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アイリスの報告
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自室に呼んだものの、オーガスタスはローフィスが仕切るのを待つ。
が、ローフィスは無言のまま。
アイリスは黙り込むディングレー、ギュンター、そして無言のまま口をもぐもぐさせてる、リーラスを見た後。
自分の机にお尻軽く乗せて腕組みする、オーガスタスをチラと見、その横のローフィスに視線を移す。
「…ハウリィはとても…嬉しそうでした」
ローフィスは頷く。
「で、監督官がもう来てたって?」
「ええ。
多分調査した者がかなり深刻な状態だと、叔父に報告したらしくて。
直ぐ遣わしたそうです。
彼は管理権を義父から取り上げ、手下のホーソンと共に領地の外れにある奥まった小さな屋敷に、看護人と共に移したそうです。
そして義兄の方ですが…」
言った途端、隣り合わせで立っていたディングレーとギュンターが、同時に顔を下げるのを、アイリスは見逃さなかった。
「…確か彼を拉致監禁して犯したって…言ってましたっけ?」
オーガスタスもリーラスもローフィスを見つめる中、ローフィスだけが大きく首を、縦に振った。
「監督者とハウリィの母が言うには。
義兄アンガスは、多数の男に犯されないと気が済まず。
男を買ってたそうです」
ローフィスは顔色も変えず、頷く。
アイリスはチラ…とディングレーとギュンターに視線を送り
「あの二人も参加した?」
と尋ねるので、オーガスタスが腕組みしたまま、ぼそり。と脅す。
「誰が参加したかは明かす気は無い。
ハウリィの屋敷の話を続けろ」
「つまり余計な事は尋ねず、報告のみに専念しろと?」
オーガスタスは無言で頷く。
ローフィスは報告するアイリスに、威圧で黙らせる迫力の体格の、悪友を見上げる。
オーガスタスはにこにこせず、無言で鳶色の瞳をアイリスに投げ、続きを促す。
「(…これを無視出来れば、大した度胸だ)」
と、ローフィスは思った。
がアイリスは、尚も尋ねる。
「…二人に、直接聞いてもダメ?」
ローフィスは内心『う゛っ…』と呻いたが、オーガスタスはやっぱり迫力のまま、無言で頷く。
ギュンターは横のディングレーが、オーガスタスに庇って貰ってほっとしてる様子に気づき、ついディングレーの俯き加減の横顔を見つめた。
リーラスだけが、やっとごっくん。と囓った食べ物を飲み込み、場の雰囲気お構いなしで発言を待っていた。
アイリスがため息と共に諦め、次の質問を口にする。
「…分かりましたよ。
ローフィス、何が問題なのか教えて頂けます?
貴方がハウリィの屋敷に行けない原因は?」
オーガスタスは横のローフィスが、口を噤んで顔を下げるのを見た。
「…私に明かせない不都合な理由ですか?」
尚も尋ねるアイリスの言葉を聞き、オーガスタスとリーラスに見つめられ、仕方なしにローフィスは口を割る。
「調教に参加した四年の課題を、代わって引き受けたが、山程あって。
現在二年の…さっき部屋に居た面々に、手伝って貰ってる」
アイリスはその時、呆れたように目を見開いた。
「…つまり課題を引き受ける代わりに。
調教に…参加して貰ったんですか?」
ローフィスが、無言で頷く。
「それ、私が何とか出来ますが」
アイリスの返答に、ローフィスは顔を下げたまま尋ねる。
「お前が?
それとも叔父で大公の、その部下が?」
アイリスは鋭いローフィスに、言い直した。
「…叔父の部下が」
「お前の課題が説破詰まったら、その時も叔父の部下に頼むのか?」
が、アイリスは怒って叫ぶ。
「私の課題なんて頼んだら!
そんな事も自分で出来ないようなら『教練』を辞めて戻って来いと言われます!
叔父はバラさないけど!
叔父の部下の誰かが多分、伯母か祖母に強引に聞き出され、絶対二人にバレるから!」
皆が目を見開き、リーラスがこほん。と咳払う。
「…楽勝で良かったなと、言う気だったが…。
他人の課題は何とか出来て…けど自分のは…ダメなのか?」
この中で一番小柄なアイリスは、濃い栗色巻き毛を背に垂らし、美少女に見える美麗な顔を下げてつぶやく。
「祖母はここは野蛮人だらけで。
孫の私を異常に可愛がってるので。
ここに置いときたくなくて、口実があれば辞めさせたがってるんです」
リーラスは、それでも笑って聞く。
「だが、課題ぐらい頼んだって…」
アイリスは早口できっぱり言い切った。
「その程度の事も出来ないなら、辞めろと間違いなく言われます」
場は突然、しーーーーん。
となった。
オーガスタスが、こほんと咳払い、声を落として尋ねる。
「…辞めたって別にいいだろう?
なんでそこまでして、『教練』に居たい?」
アイリスは怒った顔で腕組みすると、自分よりうんと長身の、『教練』のボスに言い返す。
「叔父は大公だからいいけど、私は『教練』卒業し、近衛入隊の肩書きが無ければ。
ただのひ弱な大公家の名の元に幅を利かせる青二才と、宮廷のタヌキ共に舐められる!
奴ら、大公家の名が無ければ私の様な何の実績も無い若者は、頭から馬鹿にしてかかりますからね!
いちいちそんな馬鹿相手に喧嘩売るのも面倒だから、『教練』卒業と近衛入隊の肩書きが必要なんです!」
オーガスタス始め他の皆も、思いっきり呆れたように目を見開く。
御大オーガスタスが、代表で聞いた。
「…つまり、舐められないためか?」
アイリスは大きく頷く。
「卒業までには貴方…とまでは行かずとも、それなりの鍛え上げた体を手に入れますから!
卒業できたら、ただ体格の良い、青二才と思われずに済む」
オーガスタスは、もう一度聞いた。
「宮廷の…連中に、舐められたくないから、『教練』卒業したいのか?
…マジで?」
アイリスは再度尋ねるオーガスタスに、目を見開いて頷く。
「そう言いましたよ?
どうして念押しして尋ねるんです?
…変ですか?」
オーガスタスが、ローフィスを見る。
ローフィスは頷くと、アイリスに説明した。
「…だって四年間も『教練』に在籍する方が、宮廷のタヌキと喧嘩するより大変だと、オーガスタスも俺も…他の三人も、思ってる」
アイリスは言ったローフィス、横で腕組みしたまま無言で頷くオーガスタス。
そして少し離れた場に立つ、俯き加減のディングレーとギュンター。
一番自分に近い場所で頷き倒す、背の高いリーラスを見た。
けれどそれでも言い返す。
「知らないんですか?
奴らがどれ程見下した相手にタチが悪いか。
私が卒業せず、近衛にも入隊しなければ。
数年後は身分のあまり高くないそこのギュンター殿より、うんと見下されて、いい態度取られ放題」
リーラスが、全然理解出来ないと、首捻って尋ねる。
「…下に見られたからって、どうなんだ?
だいたいここは。
体力と腕力余ってて、思い切り暴れたいヤツか。
近衛で手柄上げて、のし上がりたいヤツが来るとこだ。
そんな理由でここにいるヤツなんて、聞いた事無いぞ?」
アイリスは腕組んでふんぞり返る。
「今はそれでいいですけど。
宮廷では権威がモノを言うんです。
面と向かって、腹が立つから殴ればいい。
で済む身分の者は、ホントに少数ですから」
オーガスタスがぼそり。と尋ねる。
「つまりプライドが許さないのか?
身分ばかり高い、馬鹿な宮廷のタヌキに見下されるのが、それほど我慢出来いって事か…?」
アイリスはオーガスタスを見つめる。
真っ直ぐ、濃紺のきつい瞳で。
「もちろん、見下される男のままいて油断を誘い、情報収集するやり方もある。
伯母や祖母はそれを私に期待してる。
…よほど危険な情報に近づかない限り、戦場よりうんと安全ですから」
ギュンターが、ぼそり…と言う。
「例え見下されても、大公家の威光で楽して楽しい人生。
…で、いいじゃないか」
リーラスが、頷きながら即座に同意した。
「同感」
がディングレーはため息と共に、二人に説明する。
「大公家は…陰謀に長けてないと滅亡する。
足元掬おうといつも隙覗われ、機会あらば仕掛けて来る物騒な敵が山程いるから。
勝ち続けなければ一家離散。
王家と繋がりのある滅亡寸前の大公家の子供らを、俺達一族は何度か救い出してる。
王家の手前、そこまでしてやっと、奴らは攻撃を控えたが。
だが子供らは…親は勿論、親戚に至るまで全て毒殺され、生き残っててめっけもの。
財産は全て、毒殺指示したヤツに奪われる。
大公家とはそうして…権力を手にし、強大になった大貴族だから。
誰より目端が利き、相手より攻撃に長けた者じゃないと、生き残れない」
ギュンターとリーラスが黙り込むのを見て、アイリスは大いに頷く。
「私が拉致監禁なんてされて人質に取られたら。
祖母も叔父も、逆らえない。
そうなると、大公家を取るか、私を取るか。
母と伯母はもしかすると、大公家を救う為に私を見捨てろと、祖母と叔父を説得するかも」
ローフィスが覗ってると、ギュンターとリーラスは思いっきりアイリスから顔を背け、顔を下げていた。
「…つまり一見優雅に見えても、内情は過酷か」
オーガスタスのつぶやきに、アイリスは振り向く。
「子供の頃からそれが当たり前の環境に居ると。
慣れますけど。
流石に」
「(…一年だろうがいい態度の訳だ。
外見が一見、聖母ちっくに見えるのが最悪だ)」
オーガスタスは思ってふと気づき、周囲を見回したが。
一様に顔下げてるローフィスもギュンターもディングレーも。
リーラスですら、同じような事、思ってる様子だった。
「…貴方が、ハウリィの感謝を受けるべきだ。
このままだと、叔父の送り込んだ監視者のラウールばかりが、感謝される…」
ぼそり。と言うアイリスを、皆一斉に注視する。
そのアイリスに、濃紺の瞳で真っ直ぐ見つめられたローフィスは、顔を背ける。
「…ナニしたかなんて、言う気は無いし、感謝も必要無い」
アイリスは思いっきり、ローフィスを睨み付ける。
「…けれどハウリィが、自宅で母親を見つめ、心から笑う笑顔。
見たかったでしょう?
違うと思いました。
私では無く、その場には貴方がいるべきだと」
一斉に皆が、そう告げるアイリスを見つめる。
アイリスが顔を上げた時。
ローフィスはにこにこ笑っていた。
アイリスは呆れて叫ぶ。
「…ハウリィが笑顔。
で嬉しいですか?
聞くだけで?!
そこまで聖人ですか?!」
オーガスタスが、まだ笑ってるローフィスに代わって説明した。
「…お前がそれを分かって、感謝を横取りして自分の手柄として自慢せず。
自分の場所じゃ無いと居心地悪くて、わざわざここに報告に来た事が。
ローフィスは嬉しくて笑ってるんだ」
アイリスが目を見開くと、ローフィスは笑って言った。
「悪魔の手段は使うけど。
お前は間違いなく、情の厚い悪魔だ」
その時、アイリスはふくれっ面して文句垂れた。
「…その悪魔って例え。
もう少し、どうにかなりません?!」
途端、ディングレーもギュンターも。
そしてリーラスも吹き出し、オーガスタスも
「ぷっ…」
と吹くので、アイリスはとうとう怒鳴った。
「どこもおかしくないですよ!!!」
けれどとうとう全員、アイリスに遠慮なしで笑い出すので、アイリスはまた声を張った。
「悪魔は酷すぎると、貴方方だって思うでしょう?!!!!」
ひーーーーっひっひっひっ!!!
オーガスタスがとうとう、とんでも無く笑うので。
アイリスはぶすっ垂れて諦め、腕組みして口を閉じた。
が、ローフィスは無言のまま。
アイリスは黙り込むディングレー、ギュンター、そして無言のまま口をもぐもぐさせてる、リーラスを見た後。
自分の机にお尻軽く乗せて腕組みする、オーガスタスをチラと見、その横のローフィスに視線を移す。
「…ハウリィはとても…嬉しそうでした」
ローフィスは頷く。
「で、監督官がもう来てたって?」
「ええ。
多分調査した者がかなり深刻な状態だと、叔父に報告したらしくて。
直ぐ遣わしたそうです。
彼は管理権を義父から取り上げ、手下のホーソンと共に領地の外れにある奥まった小さな屋敷に、看護人と共に移したそうです。
そして義兄の方ですが…」
言った途端、隣り合わせで立っていたディングレーとギュンターが、同時に顔を下げるのを、アイリスは見逃さなかった。
「…確か彼を拉致監禁して犯したって…言ってましたっけ?」
オーガスタスもリーラスもローフィスを見つめる中、ローフィスだけが大きく首を、縦に振った。
「監督者とハウリィの母が言うには。
義兄アンガスは、多数の男に犯されないと気が済まず。
男を買ってたそうです」
ローフィスは顔色も変えず、頷く。
アイリスはチラ…とディングレーとギュンターに視線を送り
「あの二人も参加した?」
と尋ねるので、オーガスタスが腕組みしたまま、ぼそり。と脅す。
「誰が参加したかは明かす気は無い。
ハウリィの屋敷の話を続けろ」
「つまり余計な事は尋ねず、報告のみに専念しろと?」
オーガスタスは無言で頷く。
ローフィスは報告するアイリスに、威圧で黙らせる迫力の体格の、悪友を見上げる。
オーガスタスはにこにこせず、無言で鳶色の瞳をアイリスに投げ、続きを促す。
「(…これを無視出来れば、大した度胸だ)」
と、ローフィスは思った。
がアイリスは、尚も尋ねる。
「…二人に、直接聞いてもダメ?」
ローフィスは内心『う゛っ…』と呻いたが、オーガスタスはやっぱり迫力のまま、無言で頷く。
ギュンターは横のディングレーが、オーガスタスに庇って貰ってほっとしてる様子に気づき、ついディングレーの俯き加減の横顔を見つめた。
リーラスだけが、やっとごっくん。と囓った食べ物を飲み込み、場の雰囲気お構いなしで発言を待っていた。
アイリスがため息と共に諦め、次の質問を口にする。
「…分かりましたよ。
ローフィス、何が問題なのか教えて頂けます?
貴方がハウリィの屋敷に行けない原因は?」
オーガスタスは横のローフィスが、口を噤んで顔を下げるのを見た。
「…私に明かせない不都合な理由ですか?」
尚も尋ねるアイリスの言葉を聞き、オーガスタスとリーラスに見つめられ、仕方なしにローフィスは口を割る。
「調教に参加した四年の課題を、代わって引き受けたが、山程あって。
現在二年の…さっき部屋に居た面々に、手伝って貰ってる」
アイリスはその時、呆れたように目を見開いた。
「…つまり課題を引き受ける代わりに。
調教に…参加して貰ったんですか?」
ローフィスが、無言で頷く。
「それ、私が何とか出来ますが」
アイリスの返答に、ローフィスは顔を下げたまま尋ねる。
「お前が?
それとも叔父で大公の、その部下が?」
アイリスは鋭いローフィスに、言い直した。
「…叔父の部下が」
「お前の課題が説破詰まったら、その時も叔父の部下に頼むのか?」
が、アイリスは怒って叫ぶ。
「私の課題なんて頼んだら!
そんな事も自分で出来ないようなら『教練』を辞めて戻って来いと言われます!
叔父はバラさないけど!
叔父の部下の誰かが多分、伯母か祖母に強引に聞き出され、絶対二人にバレるから!」
皆が目を見開き、リーラスがこほん。と咳払う。
「…楽勝で良かったなと、言う気だったが…。
他人の課題は何とか出来て…けど自分のは…ダメなのか?」
この中で一番小柄なアイリスは、濃い栗色巻き毛を背に垂らし、美少女に見える美麗な顔を下げてつぶやく。
「祖母はここは野蛮人だらけで。
孫の私を異常に可愛がってるので。
ここに置いときたくなくて、口実があれば辞めさせたがってるんです」
リーラスは、それでも笑って聞く。
「だが、課題ぐらい頼んだって…」
アイリスは早口できっぱり言い切った。
「その程度の事も出来ないなら、辞めろと間違いなく言われます」
場は突然、しーーーーん。
となった。
オーガスタスが、こほんと咳払い、声を落として尋ねる。
「…辞めたって別にいいだろう?
なんでそこまでして、『教練』に居たい?」
アイリスは怒った顔で腕組みすると、自分よりうんと長身の、『教練』のボスに言い返す。
「叔父は大公だからいいけど、私は『教練』卒業し、近衛入隊の肩書きが無ければ。
ただのひ弱な大公家の名の元に幅を利かせる青二才と、宮廷のタヌキ共に舐められる!
奴ら、大公家の名が無ければ私の様な何の実績も無い若者は、頭から馬鹿にしてかかりますからね!
いちいちそんな馬鹿相手に喧嘩売るのも面倒だから、『教練』卒業と近衛入隊の肩書きが必要なんです!」
オーガスタス始め他の皆も、思いっきり呆れたように目を見開く。
御大オーガスタスが、代表で聞いた。
「…つまり、舐められないためか?」
アイリスは大きく頷く。
「卒業までには貴方…とまでは行かずとも、それなりの鍛え上げた体を手に入れますから!
卒業できたら、ただ体格の良い、青二才と思われずに済む」
オーガスタスは、もう一度聞いた。
「宮廷の…連中に、舐められたくないから、『教練』卒業したいのか?
…マジで?」
アイリスは再度尋ねるオーガスタスに、目を見開いて頷く。
「そう言いましたよ?
どうして念押しして尋ねるんです?
…変ですか?」
オーガスタスが、ローフィスを見る。
ローフィスは頷くと、アイリスに説明した。
「…だって四年間も『教練』に在籍する方が、宮廷のタヌキと喧嘩するより大変だと、オーガスタスも俺も…他の三人も、思ってる」
アイリスは言ったローフィス、横で腕組みしたまま無言で頷くオーガスタス。
そして少し離れた場に立つ、俯き加減のディングレーとギュンター。
一番自分に近い場所で頷き倒す、背の高いリーラスを見た。
けれどそれでも言い返す。
「知らないんですか?
奴らがどれ程見下した相手にタチが悪いか。
私が卒業せず、近衛にも入隊しなければ。
数年後は身分のあまり高くないそこのギュンター殿より、うんと見下されて、いい態度取られ放題」
リーラスが、全然理解出来ないと、首捻って尋ねる。
「…下に見られたからって、どうなんだ?
だいたいここは。
体力と腕力余ってて、思い切り暴れたいヤツか。
近衛で手柄上げて、のし上がりたいヤツが来るとこだ。
そんな理由でここにいるヤツなんて、聞いた事無いぞ?」
アイリスは腕組んでふんぞり返る。
「今はそれでいいですけど。
宮廷では権威がモノを言うんです。
面と向かって、腹が立つから殴ればいい。
で済む身分の者は、ホントに少数ですから」
オーガスタスがぼそり。と尋ねる。
「つまりプライドが許さないのか?
身分ばかり高い、馬鹿な宮廷のタヌキに見下されるのが、それほど我慢出来いって事か…?」
アイリスはオーガスタスを見つめる。
真っ直ぐ、濃紺のきつい瞳で。
「もちろん、見下される男のままいて油断を誘い、情報収集するやり方もある。
伯母や祖母はそれを私に期待してる。
…よほど危険な情報に近づかない限り、戦場よりうんと安全ですから」
ギュンターが、ぼそり…と言う。
「例え見下されても、大公家の威光で楽して楽しい人生。
…で、いいじゃないか」
リーラスが、頷きながら即座に同意した。
「同感」
がディングレーはため息と共に、二人に説明する。
「大公家は…陰謀に長けてないと滅亡する。
足元掬おうといつも隙覗われ、機会あらば仕掛けて来る物騒な敵が山程いるから。
勝ち続けなければ一家離散。
王家と繋がりのある滅亡寸前の大公家の子供らを、俺達一族は何度か救い出してる。
王家の手前、そこまでしてやっと、奴らは攻撃を控えたが。
だが子供らは…親は勿論、親戚に至るまで全て毒殺され、生き残っててめっけもの。
財産は全て、毒殺指示したヤツに奪われる。
大公家とはそうして…権力を手にし、強大になった大貴族だから。
誰より目端が利き、相手より攻撃に長けた者じゃないと、生き残れない」
ギュンターとリーラスが黙り込むのを見て、アイリスは大いに頷く。
「私が拉致監禁なんてされて人質に取られたら。
祖母も叔父も、逆らえない。
そうなると、大公家を取るか、私を取るか。
母と伯母はもしかすると、大公家を救う為に私を見捨てろと、祖母と叔父を説得するかも」
ローフィスが覗ってると、ギュンターとリーラスは思いっきりアイリスから顔を背け、顔を下げていた。
「…つまり一見優雅に見えても、内情は過酷か」
オーガスタスのつぶやきに、アイリスは振り向く。
「子供の頃からそれが当たり前の環境に居ると。
慣れますけど。
流石に」
「(…一年だろうがいい態度の訳だ。
外見が一見、聖母ちっくに見えるのが最悪だ)」
オーガスタスは思ってふと気づき、周囲を見回したが。
一様に顔下げてるローフィスもギュンターもディングレーも。
リーラスですら、同じような事、思ってる様子だった。
「…貴方が、ハウリィの感謝を受けるべきだ。
このままだと、叔父の送り込んだ監視者のラウールばかりが、感謝される…」
ぼそり。と言うアイリスを、皆一斉に注視する。
そのアイリスに、濃紺の瞳で真っ直ぐ見つめられたローフィスは、顔を背ける。
「…ナニしたかなんて、言う気は無いし、感謝も必要無い」
アイリスは思いっきり、ローフィスを睨み付ける。
「…けれどハウリィが、自宅で母親を見つめ、心から笑う笑顔。
見たかったでしょう?
違うと思いました。
私では無く、その場には貴方がいるべきだと」
一斉に皆が、そう告げるアイリスを見つめる。
アイリスが顔を上げた時。
ローフィスはにこにこ笑っていた。
アイリスは呆れて叫ぶ。
「…ハウリィが笑顔。
で嬉しいですか?
聞くだけで?!
そこまで聖人ですか?!」
オーガスタスが、まだ笑ってるローフィスに代わって説明した。
「…お前がそれを分かって、感謝を横取りして自分の手柄として自慢せず。
自分の場所じゃ無いと居心地悪くて、わざわざここに報告に来た事が。
ローフィスは嬉しくて笑ってるんだ」
アイリスが目を見開くと、ローフィスは笑って言った。
「悪魔の手段は使うけど。
お前は間違いなく、情の厚い悪魔だ」
その時、アイリスはふくれっ面して文句垂れた。
「…その悪魔って例え。
もう少し、どうにかなりません?!」
途端、ディングレーもギュンターも。
そしてリーラスも吹き出し、オーガスタスも
「ぷっ…」
と吹くので、アイリスはとうとう怒鳴った。
「どこもおかしくないですよ!!!」
けれどとうとう全員、アイリスに遠慮なしで笑い出すので、アイリスはまた声を張った。
「悪魔は酷すぎると、貴方方だって思うでしょう?!!!!」
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