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アイリス退出後の会話

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 結局アイリスは一皿分の料理を、『教練キャゼ』の大物に混じって平らげた後。
「週末、ハウリィと同行する前に、もう一度顔出します」
と言って、部屋から出て行く。

ローフィスは言うだけ言ってさっさと退場するアイリスの後ろ姿を、チラ見してぼやく。
「…アテにしてたディングレーとこの料理人が、平貴族の夕飯当番で手一杯で。
たまたま見かけたアイリスに『4・5人分の料理が余ってたら、分けてくれ』と。
声かけただけなのにな…」
オーガスタスが顔上げる。
「で、俺の部屋で集会すると。
ご丁寧にアイリスに告げたのか?」

ローフィスは肩すくめた。
「いや。どこに運ぶのかと、聞かれたので」
オーガスタスは、顔下げた。
「…ここだと言ったんだな」
ローフィスも、頷き返す。
「料理の大皿ここに運び込んだのは、あいつアイリスんとこの召使いだ」

オーガスタスは、戸口でチラと振り向くアイリスを見た後。
斜め横の椅子に腰下ろす、ローフィスに視線を移し、尋ねた。
「なんで俺達が帰ってくる時間、分かったんだ?」
「分かる訳無いだろう?
食いながら、待ってるつもりだった。
食べる前に、早々のご帰還だったから」
「…まだ、食べてなかったのか…」

開け放たれたオーガスタスの部屋の扉から、アイリスの姿が消え去るまで。
立ったまま食べてたディングレーと、横のスツールに座るギュンターは、無言で見送る。

オーガスタスは二人の様子に気づき、尋ねた。
「グーデンの私室に乱入した時。
グーデンを脅すアイリスを、お前らとっくの昔に見てるんだろう?」

ギュンターは俯ききった。
「…あの品のいい女顔の坊ちゃん振りを見ると、…つい一瞬忘れる」

ローフィスは椅子から腰上げギュンターに歩み寄ると、ギュンターの肩にずっしり手を乗せ、言って聞かす。
「絶対、忘れるな。
あいつぐらい裏表の差の激しいヤツも、そうそういない。
お前もだが。
綺麗な顔にダマされると、本性見た時、あまりの落差に心臓バクつくぞ?」

ギュンターは思わず歯を剥く。
「…俺は好きで“綺麗”とか言われてる訳じゃ無い!
義母がこの顔が気に入ってて、顔に傷作ると激しく罵るから!
仕方無く、気遣ってるだけだ!
いい加減、見慣れて本当の俺の姿を認識してくれ!」

けれどオーガスタスもローフィスも。
ディングレーでさえ、ため息吐く。

「…なんだその反応」
ギュンターが尋ねると、オーガスタスが鳶色の瞳をギュンターに向けた。
「学期早々にある、学年無差別剣の練習試合に出てたら。
多分とっくに、誤解は解けてたろうな」

ローフィスとディングレーが、同感だ。と言うように、無言で頷く。

ギュンターは言い淀む。
「好きでバックレた訳じゃない」
ディングレーが、すかさず口挟む。
「世間はそう思ってない」

ギュンターは同年の王族にそう言われ、思わず項垂れた。

が、ディングレーは小声で呻く。
「…お前の中身は、外見と違って分かりやすくて好感持てるが。
…アイリスは………ある意味、恐怖だな」
ギュンターも頷く。
「天使が実は悪魔だった。
ぐらい、インパクトがある」
ディングレーも同感だ。と頷く。
「お前は、貴婦人のツバメだと思ってたら、野生の獣だった。
で、親近感沸くけどな」

ギュンターはツバメ…で歯を剥こうとしたが“親近感”で思いとどまった。

ローフィスがディングレーを見る。
そしてオーガスタスも見ると
「…要するにお前ら、ギュンターとまるっと、同類なんだな?」

ギュンターが見てると、ディングレーだけで無くオーガスタスまでもが。
無言で、頷いた。

「(だから一緒に居ても、疲れないんだな)
ほこりまみれで風呂に浸かりたいから、そろそろ戻る」
ギュンターがそう言って、立ち上がると。
ディングレーも
「俺も帰らないと」
と言って、ギュンターの背に続く。

真っ直ぐの黒髪で俯く顔を半分隠すディングレーを見て、オーガスタスは思った。
アイリスに口止めされてるが、もしディングレーに、酒場でアイリスが男の一物握り潰した件を話したら。
もしかして青くなって、震え上がるかも。

そう思った途端、オーガスタスは青くなるディングレーを想像出来てしまい、思わず笑おうとした。
が突然ディングレーがきびすを返し、戻って来る。
「?」
オーガスタスが目を見開いて、寄って来るディングレーを見る。
ディングレーはオーガスタスに顔を寄せ、耳元で尋ねた。
「…あんた、アイリスから申し込まれて『酒の方が良い』
と断らなかったか?」

オーガスタスは真剣な眼差しで見つめ来る、ディングレーの深い青の瞳を見、微かに頷く。
ディングレーは頷き返し、一気に言い放った。
「俺もだ。
そのせいかは定かじゃ無いが、アイリスにベタ惚れのスフォルツァの前で、迂闊にも屈み込んだ俺の唇の、端にキスし。
俺を恋敵だと、スフォルツァに勘違いさせた。
お陰で俺はアイリスと何にも無いのに、スフォルツァに恋敵と敵視され、睨まれまくった。
アイリスとは何もない。とスフォルツァに解らせるのに、俺がどれだけ苦労したか想像つくか?
お陰で俺は、二度とアイリスの前では迂闊に屈んで顔を寄せまい。
と、固く心に誓った」

ディングレーは、それを聞いて固まって無反応なオーガスタスに、言い聞かす。
「…あんたも、気をつけた方がいい。
教練キャゼ』のボスといい仲なら、『教練キャゼ』の女王クィーンになれてそこら中の奴らに一目置かれ、大抵の言い寄ってくる気にくわない男を牽制けんせい出来る」

それを聞いた途端、オーガスタスは一瞬で固まり、青ざめて微かに震った。
ディングレーは、心から忠告する。
「…次は『酒の方がいい』より、もうちょっとマシな断り方、考えろ。
それに…気を付けてないと、あんたもアイリスにとんでもない仕返しされるぜ?」

オーガスタスはそのディングレーの気遣いに、悲しげにつぶやいた。
「…そういう仕返しだと、流石に拳は振れないな」

ディングレーはその御大の呟きに、心から同意し、悲しげなため息を吐き出した。
「…し返す手が、俺には全く無い」

その後、葬式に列席したように暗くなるオーガスタスとディングレーを見、ローフィスは呆れて二人に言い渡す。
「確かに使い方を間違えるととんでもないが…。
あいつアイリスは権力の使い方を熟知し、頭の回転の速い、役立つ下級だ」

去った筈のギュンターが、戸口で腕組みし、吐息吐く。
「…つまり熟知してるから…オーガスタスとディングレー垂らし込んだら。
ここでの女王クィーンになれて、グーデン以外は誰も自分に逆らわなくなると、画策してるんだな?」

それを聞いて、オーガスタスもディングレーも内心震え上がり、二人同時に顔を思いっきり下げた。

とうとう、ギュンターまでもが呆れて二人を見る。
「…あんたらくらい体格のいい男らが、あんな小柄な下級を怖がるのか?」

二人は返答せず、代わってローフィスが言った。
「二人の取り柄は、威圧と迫力だからな。
どっちも割と直情型だから、人を罠にハメる巧妙な策略家は、毛嫌いしてる」

二人は途端、顔上げて口々に言った。
「お前には好意を持ってる」(オーガスタス)
「あんたは別で、大好きだ」(ディングレー)

ギュンターが見てると、ローフィスはそれを聞いた途端、思いっきり顔、下げた。

「…つまり暗に二人ともが俺を、策略家と思ってるんだな?」

オーガスタスとディングレーは頷く。
「…違ったか?」(オーガスタス)
「…だって策略家だろう?」(ディングレー)

ギュンターが見てると、ローフィスは素早く立ち直って言う。
「だからお前らから、目が離せないんだ。
どっちもこの先、王宮舞踏会に招かれそうな男だろう?
上品な人種は大抵、裏の顔を持ってる。
グーデンは珍しく、裏がそのまま表に出て、分かりやすいが。
…ああ二年のローランデはグーデンとは真逆で、表がそのまま裏だな。
が、二人とも共通して人に見せる顔は一つで、透けて別の顔が見え隠れする不気味さは無い。
が二人以外の身分高い奴らは絶対、表と裏を使い分けてるから。
見かけ道理信頼すると、馬鹿見るぞ」

ギュンターはそれを聞いた途端、思い当たってため息吐いた。
「…上品な人種とは昔から…とにかく肌が合わないと思ってたが…。
裏表のあるせいか…」

そしてディングレーをチラ見する。
「…珍しく俺でも王族と話が出来る。
と思ってたが…もしかして俺と同じ、単純明快な人種だから、ウマが合うのか?」

ローフィスがたっぷり、頷いた。
「王族の顔の方が、仮面だ」

ディングレーは『窮屈な仮面を付けてるな』
とギュンターに同情されてるのを感じ、思いっきり顔を下げた。


結局、ギュンターとディングレーは行き先が同じなので、連れだって三年宿舎に歩き始めた。
ディングレーは何気に横を歩くギュンターの視線を胸に感じ
「(…気のせいかな?)」
と首捻ったが、尋ねた。
「今から、屋外浴場か?」
ギュンターは頷く。
「タオルと石けんを取りに部屋へ戻る」
ディングレーは埃まみれのギュンターをしげしげと見ると、提案した。
「俺の部屋で浸かれ。
タオルも石けんも用意しなくて済む」
ギュンターはチラ…と、王族の男を見た。
「…そんな親切受けても、俺は返せないぞ?」

ディングレーは呆れた。
「アンガスの調教、手伝ってくれたろう?
風呂ぐらい、使ってくれていい。
ついでに高級酒も付ける。
それでも足りないぐらいだが…」

ギュンターは『もういい』と頷くと
「忘れたのか?
薬草を用立ててくれた」
「それをさし引いても、調教の方が絶対大変だ」

言われて、ギュンターは降参した。
「…あんたの好意を受ける」
ディングレーは王族に戻り、おもむろに頷いた。

二人が三年宿舎の扉を開けると、ちょうど夕食にさしかかった所で、大食堂は皿とトレーを持つ平貴族でごった返していた。

が、ディングレーとギュンターが、並んで入って来る姿を見、全員が目を見開き、ピタリ…!と動きを止める。

「…?」
ディングレーも思ったが、ギュンターも
「?」
と思った。
が気にせず二人は、大貴族宿舎への階段を上がる。

大貴族用食堂でも、振り向いたデルアンダーに目を見開かれ。
他の数名は、食べてた物を喉に詰まらせそうになり、隣の者に、水を差し出されたり、背をとんとんされたりしてた。

「?
気にせず、食べてくれ。
俺は自室で食事するから」

何とか立ち直ったデルアンダーは必死に、詰まらせかけた食べ物を喉の下に落とすまいと口の中に止めながら頷き、他の皆も、作り笑いして応える。

ギュンターはそんな皆の様子を怪訝けげんに伺い、ディングレーが開けた扉を潜った後、ディングレーに尋ねた。
「俺は彼らの事は良く、知らないが。
…いつも外では、びしっ!としてなかったっけ?」

ディングレーは頷く。
「…タマに、間抜けな様も見せる」

ギュンターはそれを聞いて、納得して頷いた。

やがて召使いに開けられた扉を潜り、王族の風呂に浸かりに、ギュンターは部屋を出た。
ディングレーはどっか!とソファで寛ぐと、高級酒をグラスに注ぎ、舌鼓打って満面の笑みをたたえた。

三年宿舎でまた爆発的に『終わった』と思われてたディングレーとギュンターのラブ・シーンの妄想が飛び交う事など、微塵も念頭に無く。

ギュンターは短い旅の疲れを心地よい湯で洗い流し、ディングレーは大好きな高級酒の喉越しを、楽しんだ。
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