204 / 307
落ち込むギュンター
しおりを挟む
少し行くと身なりのいい女性が、陶器の蓋付きの大きな皿を、両手で抱え歩いているのが馬上から見える。
オーガスタスはさっ!と馬から飛び降りると、手綱を引いて背後から女性に声かけた。
「こんな所でたったお一人で、しかも歩きですか?」
彼女は何気に顔を上げて振り向く。
けれど声かけた男性が、あまりの長身で胸元しか視界に入らない。
広い胸幅と肩幅の、とても逞しい青年だと分かると、顔を見ようともっと視線を上げた。
体に比べ、とても小顔で、しかもすんなりした卵形の輪郭。
赤味を帯びた栗毛は、奔放に跳ねてライオンのたてがみのよう。
けれど目鼻立ちは整っていて、鼻筋が通り、鳶色の瞳が優しげで、彼女はその青年に、いっぺんに好意を持った。
オーガスタスは背後から見下ろし、彼女の両腕に持つ、大きな蓋付き皿を見て、目を見開いた。
上から見た彼女の髪は、真っ直ぐのダークブロンド。
前髪を後ろで束ね、束ねた髪は肩に垂らしていて、ダーク・グリンの瞳と同色の、きっちりしたドレスを着た理知的な美人。
どうやら身分高い人の世話係か家庭教師をしてるのようで、品があった。
彼女はとても背が高いけど、年下に見える年若い青年に微笑む。
「…奥様の知り合いの家を尋ねた、後ですの」
ギュンターもつい、馬から降りてオーガスタスと反対方向の女性の横に付き、覗き込んで尋ねる。
「どうして馬車じゃないんだ?」
振り向くとふいに目に飛び込んでくる、珍しい宝石のような紫の瞳。
背まである金の巻き毛。
見つめ来るその顔は美麗で、滅多にお目にかかれない美貌の青年。
一瞬目を見開いて、彼女はギュンターに、見惚れた。
そっ…と最初に話しかけて来た、背の高い青年に振り向き、女性は言い淀む。
オーガスタスは気づくと、屈託なく笑って安心させ、素性を告げた。
「俺達は『教練』の学生で、こちらにはちょっと用で来ていて、怪しい者じゃない」
女性は二人がまだとても若く見え、納得出来て頷き、薔薇色の唇を開く。
「『教練』の学生さん?
じゃ、騎士候補なのね?
…このお料理はとても珍しくて、飾り付けに手が込んでいるので。
馬に揺られると、崩れてしまうと奥様がおっしゃって…。
それで歩いて運んでいますの」
「よければ俺が持つが?」
オーガスタスが申し出ると、彼女はたいそう嬉しそうに、にっこりと微笑った。
オーガスタスでさえ、胸いっぱいに広がるその蓋付きのデカい料理皿は、けれど彼女が持っているよりうんと軽そうに見えた。
この辺りを旅で訪れ、見知っていたギュンターはつい、彼女に問いかける。
「…この先のお屋敷?
じゃ女主人だろう?
眼鏡をかけて小煩い感じの」
彼女はギュンターに振り向き、微笑う。
「ご存知なの?
私はその方の、姪に当たるお嬢様の世話係なのだけれど…。
奥様はご結婚されてないのでお時間が有り余り、それは…細部にこだわられるのよ」
ギュンターはつい、軽口叩く。
「でも、旦那は居なくても男くらいは、いるんだろう?」
彼女が綺麗に結ったダークブロンドを胸に垂らし、無言で見つめるので、ギュンターは思い出した。
「…亭主が居なくて山程若い男を侍らしてるのは、横の屋敷の女主人だっけ?」
彼女はくすくす笑い、金の巻き毛を首に巻き付けた、珍しい紫の瞳の美貌の青年に説明した。
「ウチの奥様の天敵で、二人が顔を合わせるとまるで戦争!
奥様は隣のご婦人をいつも『あの淫乱女』と罵っていらっしゃるわ」
ギュンターは屋敷が隣同士の、二人の対照的な女主人の諍いが、この辺りの名物だと旅の途中で耳にした事を思い出し、頷く。
「…つまり君が居るのが、男嫌いで潔癖症の、女主人の屋敷なんだな?」
彼女は背の高いギュンターを見上げ、頷いた。
「そう。
だから料理にこだわられるの。
でも奥様はお食べにならないけれど。
お客様にお出しするのよ」
ギュンターは一度この辺りの祭りの最中ぶつかった、眼鏡をかけ色気とは全く縁のない、暗い色の堅苦しいドレスを着た、がりがりでいかめしい顔つきの年配の婦人を思い浮かべた。
「多分君の主人に、俺は一度ぶつかった」
彼女はそれを聞いて、くすくすくすっ。と笑う。
「貴方みたいなとびきり綺麗な美青年でも、奥様はきっと、男と言うだけで汚らわしい虫のように見つめたんじゃなくて?」
ギュンターは項垂れきって頷く。
「叔父貴に、すげぇ男嫌いだから、お前が女装してたら多分、愛想良くされたろうな。と聞かされた」
彼女はそれを聞いて目を見開き、まるでギュンターの女装を想像したみたいに、くすくす微笑う。
「きっと、そうね!
女性相手なら奥様は、マトモな扱いをされるから」
がその時、道の端でたむろってた数人のごろつきどもが、進行方向からやって来る。
七人いて、ギュンターとオーガスタスに挟まれた女性を見つけ、ニヤニヤ笑って寄って来る。
ギュンターは、オーガスタスを見た。
オーガスタスはデカい皿を抱えたまま、ギュンターと視線を合わせて肩竦める。
「なあ。
召使なんて放っといて、俺達とちょっと遊ばないか?」
ギュンターはまた、オーガスタスを見た。
連中はどうやら、オーガスタスを荷物持ちの。
ギュンターを年若い見習いの、召使だと思っている様子。
彼女は眉間寄せ、咄嗟にオーガスタスを助けを求めるように見上げる。
その視線受け、オーガスタスは皿抱えたまま唸った。
「…横の金髪坊やは、顔の割に喧嘩っ早い。
怪我したくなきゃ、道を開けな!」
坊や。と呼ばれギュンターは沈黙しかけた。
が、呻く。
「…良かったな。
奴の両手が荷物で埋まってて。
あいつに殴られると、軽量級の俺と違って、歯が飛ぶぞ?」
連中は
『この野郎!』
だとか
『舐めやがって!』
と走り寄って拳振って来るので、ギュンターは咄嗟彼女の前に出て背に庇い、最初の拳をさっ!と顔を背けて避け、一気に下から相手の顎目がけ、拳振り切って殴り倒した。
がっつっっ!
どったん!
ギュンターは派手な金の巻き毛を振って、直ぐ次の男にも拳握って突っ込んで行く。
が、背後でドタン!と派手な音がし、振り向くとオーガスタスが、彼女の腕を掴もうと寄って来た男の足を、ひっかけて転ばしていた。
次に寄り来る男を見ると、オーガスタスは咄嗟、皿を草の上へそっと下ろし、長い足で思い切り蹴りつけ、ふっ飛ばす。
ばっっっ!
っっっずんっ!
ギュンターは降って来る拳を、身を傾けて避け様握り込んだ拳を相手の頬目がけ、思いっきり振り込んだ。
どっっっ!
殴り倒した男の背後から、いきなり飛び出して来た男の腹に、一瞬でギュンターが拳を下からめり込ませた時点で。
残る二人は背を向け、逃げ出し始めた。
オーガスタスとギュンターに、殴られ、蹴られた男達は血の滲む口の端を拭い、殴られた場所を手で庇いながらも
『覚えてろよ!』
と、決まり文句言ってヨロヨロと逃げて行く。
ギュンターが、背に回し庇った女性に振り向く。
がその時彼女も、ギュンターに振り向く。
ギュンターは彼女が駆け出しかけた時、思わず抱き止めようと両腕差し出した。
が、彼女は一歩踏み出し横のオーガスタスに振り向くと、咄嗟オーガスタスの胸に、飛び込んで行った。
オーガスタスは慌てて、足が宙に浮く彼女の背を抱き止める。
彼女はオーガスタスの広く逞しい胸に顔を埋め、感謝の言葉を告げた。
「ありがとう!
出会うといつも、絡まれるの!
本当に、嫌な奴ら!
この辺りの、嫌われ者なのよ!」
オーガスタスは抱きつく女性の背を、彼女が落ちないよう抱き返し、ぼやく。
「…先に殴ったのは、ギュンターなんだが…」
それを聞いた途端、ギュンターはまだ差し出しかけた両腕が、上がってるのに気づき、顔を下げて決まり悪げに、腕も下げた。
彼女が、オーガスタスの広い胸に抱きついたまま。
笑顔で振り向くから。
ギュンターは一瞬、抱きつかれるかも。
と思い、また両腕差し出したものかどうか、迷った。
が、彼女はオーガスタスの胸にしがみついたまま、微笑んで言った。
「ありがとう。
貴方も、とても強いのね?」
「(…も?)」
オーガスタスは彼女がしがみつくので、仕方無く落ちないよう背を抱いて支えてたものの。
俯き髪に顔を埋めるギュンターを目にし、思いっきり気まずくて、顔を下げた。
彼女はようやく、しがみつく腕の力を緩めたので、オーガスタスは背を丸めて彼女の足を草地に下ろす。
屈んだその拍子に、彼女はオーガスタスの頬に、感謝のキスをし
「本当に、頼り甲斐のあるお方だわ」
と微笑んで言った。
オーガスタスは無言で、ギュンターに視線を振って、彼女を促す。
ギュンターもチラと、自分も感謝のキスが貰えるのかどうか、覗った。
が、彼女はもうギュンターを見ず、オーガスタスににこにこと笑いかけ続け、オーガスタスは項垂れるギュンターが視界に入り、にこにこ笑う彼女の視線から目を背け、深いため息を吐き出した。
彼女の屋敷の門の前で、オーガスタスは腕に持つデカい蓋付きの皿を手渡し、二頭分の手綱を引き、かなり離れた道の端にいるギュンターに振り向く。
ギュンターは咄嗟、オーガスタスの視線を避けて、俯いた。
揺れる馬上で、オーガスタスは斜め後ろに付いてくる、ギュンターを見た。
項垂れたように顔を下げ、金の巻き毛は馬が歩を踏み出す度、揺れている。
そしてひとっ言も、口をきかない。
オーガスタスは暮れかける夕陽に目を向け、小声で尋ねる。
「この後、酒場にでも寄るか?」
が、ギュンターは項垂れたまま呟く。
「昨日今日のアンガス調教で、たっぷり五日分は出しきった」
…だろうな。とオーガスタスも、深いため息吐く。
ギュンターがようやく顔を上げ、躊躇いながら口開く。
「なぁ…」
オーガスタスは『立ち直ったかな?』とギュンターに視線を送った。
オーガスタスに見つめられ、ギュンターはかなり躊躇いながら、それでも尋ねた。
「…俺の胸って……………。
………そんなに……薄いか?」
「………………………………」
オーガスタスは、思わず自分の胸に視線を落とす。
かなり、言い淀んだ。
が、言った。
「…そうだな。…俺に比べれば………そうかもな」
オーガスタスはギュンターの視線を、たっぷり自分の、胸に感じた。
がその後ギュンターは、また首を垂れて項垂れ、『教練』の門を潜るまで、顔を上ず口も、きかなかった。
オーガスタスはさっ!と馬から飛び降りると、手綱を引いて背後から女性に声かけた。
「こんな所でたったお一人で、しかも歩きですか?」
彼女は何気に顔を上げて振り向く。
けれど声かけた男性が、あまりの長身で胸元しか視界に入らない。
広い胸幅と肩幅の、とても逞しい青年だと分かると、顔を見ようともっと視線を上げた。
体に比べ、とても小顔で、しかもすんなりした卵形の輪郭。
赤味を帯びた栗毛は、奔放に跳ねてライオンのたてがみのよう。
けれど目鼻立ちは整っていて、鼻筋が通り、鳶色の瞳が優しげで、彼女はその青年に、いっぺんに好意を持った。
オーガスタスは背後から見下ろし、彼女の両腕に持つ、大きな蓋付き皿を見て、目を見開いた。
上から見た彼女の髪は、真っ直ぐのダークブロンド。
前髪を後ろで束ね、束ねた髪は肩に垂らしていて、ダーク・グリンの瞳と同色の、きっちりしたドレスを着た理知的な美人。
どうやら身分高い人の世話係か家庭教師をしてるのようで、品があった。
彼女はとても背が高いけど、年下に見える年若い青年に微笑む。
「…奥様の知り合いの家を尋ねた、後ですの」
ギュンターもつい、馬から降りてオーガスタスと反対方向の女性の横に付き、覗き込んで尋ねる。
「どうして馬車じゃないんだ?」
振り向くとふいに目に飛び込んでくる、珍しい宝石のような紫の瞳。
背まである金の巻き毛。
見つめ来るその顔は美麗で、滅多にお目にかかれない美貌の青年。
一瞬目を見開いて、彼女はギュンターに、見惚れた。
そっ…と最初に話しかけて来た、背の高い青年に振り向き、女性は言い淀む。
オーガスタスは気づくと、屈託なく笑って安心させ、素性を告げた。
「俺達は『教練』の学生で、こちらにはちょっと用で来ていて、怪しい者じゃない」
女性は二人がまだとても若く見え、納得出来て頷き、薔薇色の唇を開く。
「『教練』の学生さん?
じゃ、騎士候補なのね?
…このお料理はとても珍しくて、飾り付けに手が込んでいるので。
馬に揺られると、崩れてしまうと奥様がおっしゃって…。
それで歩いて運んでいますの」
「よければ俺が持つが?」
オーガスタスが申し出ると、彼女はたいそう嬉しそうに、にっこりと微笑った。
オーガスタスでさえ、胸いっぱいに広がるその蓋付きのデカい料理皿は、けれど彼女が持っているよりうんと軽そうに見えた。
この辺りを旅で訪れ、見知っていたギュンターはつい、彼女に問いかける。
「…この先のお屋敷?
じゃ女主人だろう?
眼鏡をかけて小煩い感じの」
彼女はギュンターに振り向き、微笑う。
「ご存知なの?
私はその方の、姪に当たるお嬢様の世話係なのだけれど…。
奥様はご結婚されてないのでお時間が有り余り、それは…細部にこだわられるのよ」
ギュンターはつい、軽口叩く。
「でも、旦那は居なくても男くらいは、いるんだろう?」
彼女が綺麗に結ったダークブロンドを胸に垂らし、無言で見つめるので、ギュンターは思い出した。
「…亭主が居なくて山程若い男を侍らしてるのは、横の屋敷の女主人だっけ?」
彼女はくすくす笑い、金の巻き毛を首に巻き付けた、珍しい紫の瞳の美貌の青年に説明した。
「ウチの奥様の天敵で、二人が顔を合わせるとまるで戦争!
奥様は隣のご婦人をいつも『あの淫乱女』と罵っていらっしゃるわ」
ギュンターは屋敷が隣同士の、二人の対照的な女主人の諍いが、この辺りの名物だと旅の途中で耳にした事を思い出し、頷く。
「…つまり君が居るのが、男嫌いで潔癖症の、女主人の屋敷なんだな?」
彼女は背の高いギュンターを見上げ、頷いた。
「そう。
だから料理にこだわられるの。
でも奥様はお食べにならないけれど。
お客様にお出しするのよ」
ギュンターは一度この辺りの祭りの最中ぶつかった、眼鏡をかけ色気とは全く縁のない、暗い色の堅苦しいドレスを着た、がりがりでいかめしい顔つきの年配の婦人を思い浮かべた。
「多分君の主人に、俺は一度ぶつかった」
彼女はそれを聞いて、くすくすくすっ。と笑う。
「貴方みたいなとびきり綺麗な美青年でも、奥様はきっと、男と言うだけで汚らわしい虫のように見つめたんじゃなくて?」
ギュンターは項垂れきって頷く。
「叔父貴に、すげぇ男嫌いだから、お前が女装してたら多分、愛想良くされたろうな。と聞かされた」
彼女はそれを聞いて目を見開き、まるでギュンターの女装を想像したみたいに、くすくす微笑う。
「きっと、そうね!
女性相手なら奥様は、マトモな扱いをされるから」
がその時、道の端でたむろってた数人のごろつきどもが、進行方向からやって来る。
七人いて、ギュンターとオーガスタスに挟まれた女性を見つけ、ニヤニヤ笑って寄って来る。
ギュンターは、オーガスタスを見た。
オーガスタスはデカい皿を抱えたまま、ギュンターと視線を合わせて肩竦める。
「なあ。
召使なんて放っといて、俺達とちょっと遊ばないか?」
ギュンターはまた、オーガスタスを見た。
連中はどうやら、オーガスタスを荷物持ちの。
ギュンターを年若い見習いの、召使だと思っている様子。
彼女は眉間寄せ、咄嗟にオーガスタスを助けを求めるように見上げる。
その視線受け、オーガスタスは皿抱えたまま唸った。
「…横の金髪坊やは、顔の割に喧嘩っ早い。
怪我したくなきゃ、道を開けな!」
坊や。と呼ばれギュンターは沈黙しかけた。
が、呻く。
「…良かったな。
奴の両手が荷物で埋まってて。
あいつに殴られると、軽量級の俺と違って、歯が飛ぶぞ?」
連中は
『この野郎!』
だとか
『舐めやがって!』
と走り寄って拳振って来るので、ギュンターは咄嗟彼女の前に出て背に庇い、最初の拳をさっ!と顔を背けて避け、一気に下から相手の顎目がけ、拳振り切って殴り倒した。
がっつっっ!
どったん!
ギュンターは派手な金の巻き毛を振って、直ぐ次の男にも拳握って突っ込んで行く。
が、背後でドタン!と派手な音がし、振り向くとオーガスタスが、彼女の腕を掴もうと寄って来た男の足を、ひっかけて転ばしていた。
次に寄り来る男を見ると、オーガスタスは咄嗟、皿を草の上へそっと下ろし、長い足で思い切り蹴りつけ、ふっ飛ばす。
ばっっっ!
っっっずんっ!
ギュンターは降って来る拳を、身を傾けて避け様握り込んだ拳を相手の頬目がけ、思いっきり振り込んだ。
どっっっ!
殴り倒した男の背後から、いきなり飛び出して来た男の腹に、一瞬でギュンターが拳を下からめり込ませた時点で。
残る二人は背を向け、逃げ出し始めた。
オーガスタスとギュンターに、殴られ、蹴られた男達は血の滲む口の端を拭い、殴られた場所を手で庇いながらも
『覚えてろよ!』
と、決まり文句言ってヨロヨロと逃げて行く。
ギュンターが、背に回し庇った女性に振り向く。
がその時彼女も、ギュンターに振り向く。
ギュンターは彼女が駆け出しかけた時、思わず抱き止めようと両腕差し出した。
が、彼女は一歩踏み出し横のオーガスタスに振り向くと、咄嗟オーガスタスの胸に、飛び込んで行った。
オーガスタスは慌てて、足が宙に浮く彼女の背を抱き止める。
彼女はオーガスタスの広く逞しい胸に顔を埋め、感謝の言葉を告げた。
「ありがとう!
出会うといつも、絡まれるの!
本当に、嫌な奴ら!
この辺りの、嫌われ者なのよ!」
オーガスタスは抱きつく女性の背を、彼女が落ちないよう抱き返し、ぼやく。
「…先に殴ったのは、ギュンターなんだが…」
それを聞いた途端、ギュンターはまだ差し出しかけた両腕が、上がってるのに気づき、顔を下げて決まり悪げに、腕も下げた。
彼女が、オーガスタスの広い胸に抱きついたまま。
笑顔で振り向くから。
ギュンターは一瞬、抱きつかれるかも。
と思い、また両腕差し出したものかどうか、迷った。
が、彼女はオーガスタスの胸にしがみついたまま、微笑んで言った。
「ありがとう。
貴方も、とても強いのね?」
「(…も?)」
オーガスタスは彼女がしがみつくので、仕方無く落ちないよう背を抱いて支えてたものの。
俯き髪に顔を埋めるギュンターを目にし、思いっきり気まずくて、顔を下げた。
彼女はようやく、しがみつく腕の力を緩めたので、オーガスタスは背を丸めて彼女の足を草地に下ろす。
屈んだその拍子に、彼女はオーガスタスの頬に、感謝のキスをし
「本当に、頼り甲斐のあるお方だわ」
と微笑んで言った。
オーガスタスは無言で、ギュンターに視線を振って、彼女を促す。
ギュンターもチラと、自分も感謝のキスが貰えるのかどうか、覗った。
が、彼女はもうギュンターを見ず、オーガスタスににこにこと笑いかけ続け、オーガスタスは項垂れるギュンターが視界に入り、にこにこ笑う彼女の視線から目を背け、深いため息を吐き出した。
彼女の屋敷の門の前で、オーガスタスは腕に持つデカい蓋付きの皿を手渡し、二頭分の手綱を引き、かなり離れた道の端にいるギュンターに振り向く。
ギュンターは咄嗟、オーガスタスの視線を避けて、俯いた。
揺れる馬上で、オーガスタスは斜め後ろに付いてくる、ギュンターを見た。
項垂れたように顔を下げ、金の巻き毛は馬が歩を踏み出す度、揺れている。
そしてひとっ言も、口をきかない。
オーガスタスは暮れかける夕陽に目を向け、小声で尋ねる。
「この後、酒場にでも寄るか?」
が、ギュンターは項垂れたまま呟く。
「昨日今日のアンガス調教で、たっぷり五日分は出しきった」
…だろうな。とオーガスタスも、深いため息吐く。
ギュンターがようやく顔を上げ、躊躇いながら口開く。
「なぁ…」
オーガスタスは『立ち直ったかな?』とギュンターに視線を送った。
オーガスタスに見つめられ、ギュンターはかなり躊躇いながら、それでも尋ねた。
「…俺の胸って……………。
………そんなに……薄いか?」
「………………………………」
オーガスタスは、思わず自分の胸に視線を落とす。
かなり、言い淀んだ。
が、言った。
「…そうだな。…俺に比べれば………そうかもな」
オーガスタスはギュンターの視線を、たっぷり自分の、胸に感じた。
がその後ギュンターは、また首を垂れて項垂れ、『教練』の門を潜るまで、顔を上ず口も、きかなかった。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
夏休みは催眠で過ごそうね♡
霧乃ふー 短編
BL
夏休み中に隣の部屋の夫婦が長期の旅行に出掛けることになった。俺は信頼されているようで、夫婦の息子のゆきとを預かることになった。
実は、俺は催眠を使うことが出来る。
催眠を使い、色んな青年逹を犯してきた。
いつかは、ゆきとにも催眠を使いたいと思っていたが、いいチャンスが巡ってきたようだ。
部屋に入ってきたゆきとをリビングに通して俺は興奮を押さえながらガチャリと玄関の扉を閉め獲物を閉じ込めた。
アダルトショップでオナホになった俺
ミヒロ
BL
初めて同士の長年の交際をしていた彼氏と喧嘩別れした弘樹。
覚えてしまった快楽に負け、彼女へのプレゼントというていで、と自分を慰める為にアダルトショップに行ったものの。
バイブやローションの品定めしていた弘樹自身が客や後には店員にオナホになる話し。
※表紙イラスト as-AIart- 様(素敵なイラストありがとうございます!)
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる