若き騎士達の波乱に満ちた日常

あーす。

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スフォルツァの思い煩い

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 スフォルツァは大貴族の集う食堂での夕食時。
アイリスが輝くばかりに艶やかで美しく見えて、今日一日の疲労を、彼を見つめる事で癒した。

補習後、アスランをディングレーに引き渡した時、アスランは俯いていて。
自分よりもっと、落ち込んでる様子で、声もかけられなかった。
アスランは自分、そして意見した二年大貴族のシュルツに、とてもすまなそうで。
厩に馬を戻した後もロクに顔を上げず、けれどシュルツを見つけ、側に寄りかけて何か言いかけ…。
けれど言葉が見つからないようで、そのまま止まった。

シュルツは直ぐ気づいて、小柄なアスランに振り向く。
とても優しい、陽気な笑顔で。
「明日も来るね?補習」
シェイルも背の高いシュルツの背後から、そっと囁いた。
「明日は、剣だし」
『大丈夫だよ』
二人に微笑まれ、アスランは茶色の瞳を潤ませてた。

手で背を押し、ディングレーの方へと導く。
アスランはディングレーの姿を見た後、振り向いて何か言いかけ…。

だから、シュルツやシェイルのように、自分も…笑顔で頷いた。

けど正直、ミシュランは最悪だった。
もっと問題なのは…アスランを一人で騎乗させること。
多分、乗れても皆には決して、ついて来られない。

アイリスは食事中スフォルツァが、自分を見つめ微笑み、が、思い悩むように顔を俯けるのを見た。
またスフォルツァが顔を上げ、目が合った時。
アイリスは、にっこり微笑んだ。
「(私が無理にスフォルツァを学年筆頭に押し上げた以上。
彼の負担を減らすのも、私の役割だ)」
そんな思いで、スフォルツァに囁く。
「相談事があったら、いつでも聞くから」

けれど同じテーブルの、フィフィルース、アッサリア、ディオネルデスは。
まるでそれが、情事の承諾のように聞こえて、一斉に顔を下げてた。

食後、スフォルツァはアイリス私室の、扉の前に居た。
いつもならアイリスに、夕食時あんな言葉を告げられたら、意気揚々とアイリスの部屋をノックしてた。
けれど今日は、そんな気分じゃ無い。

けれどアイリスは素晴らしい笑顔で扉を開け、長く艶やかな濃い栗毛を胸に垂らし、濃紺の瞳を真っ直ぐ向けて、室内へ招き入れてくれた。

ソファを促され、濃いピンクが地色の、金刺繍の美しいソファに腰掛けると、直ぐシェイムがお茶のセットを持って、入って来る。

スフォルツァはつい、その素晴らしい容姿の、男の色香に包まれた隙無い美男に、気後きおくれした。

シェイムが下がると、スフォルツァはティーカップを口に運び…が、下ろして囁く。
「君の所の監督生って…テスアッソン?」
アイリスは、頷く。
いつも堂たる態度で気迫のあるスフォルツァが、かなり意気消沈いきしょうちんしてる様子。
それで自分から尋ねた。
「確か君の所は、唯一の平貴族、ミシュランだっけ?」

スフォルツァは、頷く。
「今日、二年の大貴族、シュルツが…俺を庇って意見したら、首を締め上げられて…」
スフォルツァは言ってアイリスを見る。
が、アイリスは表情を崩さず、頷いた。
じっ…と見つめ、続きを促すから、スフォルツァは口を開く。
「ディングレーが通りかかって注意すると、途端ネコなで声。
思いっきり、裏表のあるヤツで、王族にはゴマすり。
俺達グループ生は…まるで下僕のように思って、卑下してる」
アイリスはすかさず提案した。
「そんなにひどい奴なら、交代させれば?」
スフォルツァはびっくりして…アイリスの、面長の綺麗な顔を見つめる。
「…簡単にはいかないだろう?
監督生の選抜については、講師がとっくに彼らが二年の頃から絞り込んで。
厳選され、選び抜かれた一人のはずだ」

アイリスは肩竦める。
「例え剣と乗馬が優秀でも。
人を教えられるとは限らない」

スフォルツァはそう言うアイリスを、真摯なヘイゼルの瞳で見つめる。
アイリスは見つめられ、スフォルツァの表情を覗う。
が、見つめ返されたスフォルツァは、ひどく弱った表情かおで俯き、そんな様子は確かにシェイム言うところの“仔犬”を連想させ、アイリスはまた情にほだされないよう、必死で自制した。
「(…ヤバい…。
滅多に活躍しない私の“良心”が、ぐらぐらする…。
この隙を付かれ、迫られても。
何とか、断らないと…!)」

スフォルツァは弱々しい小声で呟く。
「…俺とシュルツに迷惑かけたと、アスランは萎縮しきってる。
ともかく一人で騎乗させるなら、校内の平地限定で、常歩なみあしが限界だと思う」
アイリスは講義でのアスランの乗馬を思い出すと『確かに』とため息吐く。
「…そうだろうね。
彼、殆ど乗ったこと無い様子だし。
初心者に優しい馬を持ってるから。
私がアスランに貸すよ。
それに…アスランが馬に乗れるよう、私も手伝うから」

スフォルツァはそれを聞いて嬉しそうに微笑み、感激したように顔を俯けた後、顔を上げてぼそり…と言った。
「…君は、天使だ」

アイリスは一瞬、目を見開く。
聞いたら絶対爆笑する、空想のアドルッツァとエルベスが突然、ぼんっ!と脳裏に浮かび、二人は笑い転げていたけど。
頭の中で、手で振り払って、顔は極力真面目顔して、スフォルツァにそっと囁く。
「…ともかく、どのみちアスランは乗馬が出来ないと退校になる。
でも家庭の事情を聞くと、今のままだと結局、また別の場所に追い出されかねないし」

スフォルツァはじっ…とその、美しいいとしのアイリスを見つめた。
濃い艶やかな栗毛に囲まれた、色白の頬。
たおやかで気品溢れ、赤い唇を見ているとたまらなくなる。
「…君は、優しい」
そしてテーブルの上に置かれたアイリスの手を取り、持ち上げて手の甲に、そっ…と口付けた。
アイリスはやっぱりスフォルツァが、自分を“お姫様”扱してる。と思い知り、目を背けた。

けれどその時。
シェイムが美しく飾り付けられたケーキを銀の盆に乗せ、室内に入って来る。

スフォルツァのほぼグリンなヘイゼルの瞳が、その素晴らしい容貌の色男に、切なげに投げかけられた。

シェイムは一瞬その可哀想な青年の哀切あいせつこもる瞳に盆を揺らし、が何事も無い素晴らしい笑顔で彼の前のテーブルに皿を置く。

シェイムが出て行った後、スフォルツァはアイリスの手を放し、がっくり肩を落として意気消沈いきしょうちんし、独り言のように悲しげな声で言った。
「…シェイムが居るから、もう俺は全く、必要無い?」

アイリスはもう一度ため息を吐くと、一気に言い切った。
「シェイムが君と少し話したいと言ってたけど…構わないかな?」

その、敵に回すには強敵過ぎる相手との会合に、スフォルツァは打ちのめされたような哀れな表情で、顔を上げる。
が…言った。
「ああ…。構わない」

アイリスは頷くと席を立ち、部屋を出て行く。
入れ替わりにシェイムが部屋へ、入って来た。

スフォルツァは顔を上げ、恋敵シェイムを見る。
オリーブブラウンのさらりとした髪の、整いきった顔立ちと琥珀のきらりと光る瞳。
長身で引き締まったスレンダーな体付きをした、男の色香溢れる年上の美男。
目にしたシェイムの素晴らしい男ぶりに圧倒され、スフォルツァは思わず顔を下げた。

シェイムはソファの横に立つと、低音の美声でそっと尋ねる。
「横にかけても、構いませんか?」
スフォルツァは打ちのめされていたから、顔を上げないまま、頭を揺らすように微かに頷く。
シェイムはそっと横にかけると、項垂れるスフォルツァを横からそっと覗き込み、囁いた。

「…アイリス様の念頭にあるのは、女性だけだ」
スフォルツァはその言葉にびっくりして、顔を跳ね上げる。
シェイムは微笑んでいた。

「アスラス婦人の名を、聞いた事は?」
スフォルツァは顔を、揺らした。
素晴らしいおもむきのある、社交界屈指くっしの美女。

「…アイリス様はアスラス婦人を、口説き落としたのはいいが…。
二度目は無いと言われ。
更に、従者の私に“良く教えてもらうといい”と皮肉まで言われ、たいそうムキになっている」
スフォルツァは、掠れた声で告げた。
「アスラス婦人相手に…一度目が、あるだけでも大したものだ」
シェイムは頷く。
「でもご納得されない。
二度目を言い渡される男が、どれだけ少なかろうと」

スフォルツァはその告白に、戸惑いまくったが、言った。
「…それで…教師として君が…?
でも…」

シェイムはにっこり微笑む。
「抱かれるあの方は素晴らしいのは貴方も良く、ご存知だろうが。
それで済む器のお方じゃない。
彼は私の年になった時、私以上になりたがってる」

スフォルツァは困惑しきった。
「…だって君と…寝て。
…それでもまだ…ご婦人を、忘れられないのか?」
シェイムはもっと微笑った。
「私では、役不足なご様子。
彼の目的は、私の向こうのアスラス婦人だから」
スフォルツァはそう言ったシェイムの整いきった顔を、目を見開いてマジマジと見た。
その後、がっくり…と首を垂れてつぶやく。
「俺も…きっとうんと、役不足だ」

シェイムが途端、気の毒げに顔を寄せてささやく。
「それは違う。
あなたの事は大変好ましく思っていらっしゃる。
が、アイリス様は幼いアシュアーク様の事を、同時にたいへん、気の毒に思ってる。
貴方とする事を考える度、アシュアーク様の顔が浮かぶ。
…そう、おっしゃってらした」

スフォルツァはもっとがっくり首を垂れ、呻いた。
「…アイリスは、天使のように優しいから………」

そして顔を上げ、シェイムの端正な顔を縋るように見つめる。
「それで俺とはもう…出来ないと?」
シェイムは同情を寄せるように頷く。
スフォルツァは何か言おうとし…が、アスラス婦人の事を思い出し、更にアシュアークの事まで思い出し、思いっきり顔を下げ、大きなため息を吐き出した。


 スフォルツァが退室し、自室へ戻った後。
アイリスはシェイムの笑いがいつ、止むのかを待った。

だが一向に笑い止まず、アイリスはとうとう我慢の限界で、叫んだ。
「スフォルツァ言うところの、“天使”で。
アドルッツァとエルベスが笑い転げる様は、想像出来た。
が君にまで、これほど受けるとは知らなかった!」

「……くっ…くくくっ…すみ…ません。
が、スフォルツァ様の手前、笑う訳にも行かず…。
…だっ…て…仕方ないでしょう?“天使”ですよ?
よりに寄って小悪魔みたいな貴方の事を!
天と地を、取りちがえてるようなものなのに…!
誤解を解きたい気持ちを、どれだけ私が耐えたと思ってるんです?」

「天と地よりは、も少しマシだろう?
その…馬とロバぐらいしか、違わないか?」
アイリスが遠慮がちにそう言うと、シェイムはアイリスの真顔を見つめ
「そんなに近かったら、私がこれほど笑い転げますか?!
エルベス様に、笑わずご報告出来るか。
今から心配です」
そう言って、もっと笑うから。

アイリスはふてきって、言った。
「そんな事、いちいち報告しなくて良いから」

けれどその言葉は、シェイムの笑いに更に火を注いだ。
シェイムは激しく身を折って笑い続け、アイリスはもう聞いてられない。
と、さっさと寝室に、引っ込んだ。
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