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噂と現実のギャップ

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 ダベンデスタはその時、文学の講義用の本を忘れ、取りに行って遅れて来た。
講義堂へと入ろうと先を急ぐが、階段前にたむろう数名の横を抜けようとした時。
突然腕を掴まれ、止められて、顔を上げる。

そこには三年の数十名始め、二年までもが数名、揃って自分を凝視していて、ぎょっ!とする。

「…お前、ギュンターと親しいよな?」
平貴族でも腕自慢集う一派の代表、長い栗色の長髪をいつも後ろで結んでる、男前で体格良いデラロッサにそう聞かれ、ダベンデスタは目を見開く。

一派の背後には、ディングレー取り巻き大貴族らまで居て、いつも連んでる仲間達はその背後。
そっ、と伺うが、彼らは後ろで縮こまり、奴らを押し分け出て来て、理由を説明してくれそうに無い。

「(援軍、無しか?)」

横には二年の…噂好きな軽い連中が、物見高そうに見つめてる。

「…親しいって言っても…食事時に連むだけで、奴の部屋にすら、入った事は無い」
「だが、よく話してる。
で?
ギュンターはディングレーと、とっくに関係持ってるらしいが。
オーガスタスに、乗り換えたのか?」

デラロッサに尋問口調でそう聞かれ、ダベンデスタは目を見開いた。
ゴツい鷲鼻と顎。
真っ直ぐの黒髪とゴツい体格。のお陰で、外見だけは強そうに見えるかもしれない。
が、昔小さな弟を殴って大怪我させて以来。
正直、喧嘩は苦手だった。

だがハタから見たら、デラロッサに詰め寄られても動じなく見えるらしく、誰も自分がビビってる。
なんて思ってない。
かなり後ろの、仲間達を除いて。

が、頭の中は疑問符だらけで、なんでそんな事、こんな大勢の居る場で聞かれるのか。
さっぱりだった。
恐る恐る尋ねる。

「…ギュンターって…ディングレーと関係、あったのか?」
デラロッサは声を荒げる。
「それを聞いてるのは、こっちだ!」
「…ディングレーは話題に出たことが無い」

デラロッサはその返答に、呆れたように聞き返す。
「…お前、昼いつも何話してるんだ?」

ダベンデスタは狼狽えた。
そんな重要な話なんて、してたか?
と必死で思い出そうとする。
「ヤツは編入し立てで…色々校内の行事だとか…。
力関係だとか…」
「私的な話は!」
その叫びはデラロッサの背後から聞こえ、顔を上げるとディングレー取り巻き、明るい栗毛で女顔のテスアッソンだった。
叫ばれると、女顔のせいかヒステリックに聞こえる。

ヒステリー女が苦手なダベンデスタは、心からビビリまくった。

「(…なんでヤツまで、血走ってんだ?)…ええと…。
ああ、シェイルを見てた時。
『あれで胸がありゃな』
と言ってたから、あいつは豊満な女が好みかと…」

「男は?!」

テスアッソンに、毛が逆立ちそうな勢いで聞かれ、ダベンデスタは内心すくみ上がった。

「…男…男…男の話題…」

「…オーガスタスの事とか…言ってませんでした?」

横の二年の群れから、大貴族のフィンスに丁寧語で尋ねられ、それにもびっくりしたが、ふと思い出す。
「…そう言えば、聞かれたな…。
どんな奴かって。
だから皆が尊敬して慕ってる、『教練キャゼ』のボスだと…」

「…言ったのか…」

ダベンデスタが顔を上げると、デルアンダーが呟きながら項垂れていて。
デルアンダーだけで無く、ディングレー取り巻き大貴族までもが、一斉に暗くなって顔を下げていた。

デラロッサが、頷いて大貴族らに振り向く。
「…やっぱりな。
ディングレーより更に大物と面識出来たから。
乗り換えたんだ」

ダベンデスタはやっぱり意味が、分からなかった。

二年、いつも騒ぎの中心に居る小柄なヤッケルが腕組みし、肩までの跳ねた明るい栗色短髪を揺らしながら、頷いて言い放つ。

「ディングレーが、どう出るかだな。
流石に恋敵がオーガスタスじゃ、引くかもな!」

ヤッケル横の、別の二年も口を出す。
「ギュンターが、二股かけるってテもあるぞ?」

「そんな事、誰が許すか!!!」
三年大貴族らが怒鳴り、途端その場は一気に、騒然とした。
「待てよ!
ディングレーはフラれた!
賭け金は俺達の物だ!」
「フラれるわけないだろう!
ディングレー殿が!!!」
「あんたらはフラれた方が、いいだろう?!
ギュンターを女王扱いしなくて済む!!!」
「ディングレー殿はそんな扱いは、我々に望んだりしない!」
ディングレーを侮辱する気か?!」
「フラれたと、決まってないぞ?!
ギュンターは二股かけてる!絶対!!!」
「ああ、どっちも手玉に取ってるんだ!!!」
「ディングレーはオーガスタスと!
二股されても平気なのか?!」
「そんなプライド低いのか?!」
「王族の癖に、だらしないぞ!!!」
「ディングレー殿を侮辱するな!!!」

ダベンデスタはその騒ぎに紛れ、こっそり背後に居た仲間らに駆け寄る。

「…どうなってる?」
体格良い肩までの栗色巻き毛、紺色の目をした四角顔のラッセルダンが、小声で次第を説明した。
「ギュンターが、オーガスタスと連れだって校門から出て行った」
小柄な金髪のロッデスタも、言葉を足す。
「…どう見てもカップルに見えた」

「…それで、この騒ぎか?」
「なあ…ギュンターがどういうつもりか。
お前本当に、知らないの?」
ロッデスタにこそっと聞かれ、ダベンデスタは頷いた。
「ディングレーとすでに付き合ってる話も、初耳だ」
ラッセルダンが、頷く。
「それは俺もだ。
だが奴は最近よく、ディングレー私室に出入りしてる。
中でナニしてるか、聞いてないのか?」
「…あんなロクでなし兄貴の尻拭いする、ディングレーは偉い。
と言ったことは、覚えてる。
がそれ以降、終始話題はグーデンのロクデナシ具合に、れた」

いつの間にか騒ぎは収まってて、全員が背後を取り巻き、聞き耳立ててて。
一斉に
「あ~あ」
とぼやくので、ダベンデスタは顔を下げきった。



 オーガスタスとギュンターが酒場の扉を開けると、たむろってる女達が一斉に振り向き、押し寄せる。
「どうしたの?こんな早くに!」
「珍しいじゃない???」
「サボったの?!」

ギュンターは華やかで甘やかでまろやかな女性達に取り囲まれ、いかに男だらけの『教練キャゼ』が殺伐としてるか。
改めて思い知った。
旅では、老若男女が入り乱れて出会ってたから、今まで気づかなかった。

が、花の香りに包まれた雰囲気に、尖った気分がほぐれていく。

オーガスタスは周囲を取り囲む女達に、横のギュンターを顎で差す。
「欲求不満で限界だ」
「貴方…ギュンターが?!」
「そう言えば二日ほど顔出してなかったけど…」
「二日が限界なの?」

色とりどりの質素なドレス。
娘らしく結い上げた髪。
柔らかな仕草。
やさしい吐息。

ギュンターはうっとり見とれた。
が、一人に
「…それとも夕べの相手が、よほど最悪だったの?」
と尋ねられ、ギュンターは次から次へと過酷な故郷への帰還を思い出し、むっつりと言った。
「昨日は親戚の病人のため、馬で駆け詰めで、夜は疲労でふらふらだった」

「それで、女がいいの?」
腕に抱きつかれ、胸が押し付けられるとギュンターの欲望に火が点く。
「寝室に、誘っていいか?」
つい抱きつかれた娘に屈み、そう尋ねる。

彼女は目を丸くし、が寄せられるギュンターの、金髪巻き毛と長い睫に囲まれた切れ長の優美な紫の瞳。
綺麗な真っ直ぐの高い鼻と顎のライン。
薄いけれどセクシーな唇の、その美貌が凄く気に入った様子で、朗らかに笑う。

「もう…?!
でも、いいわ!」

アッシュブロンドを結い上げ、背に残り毛を垂らし、胸元が白の、空色のドレスを着て。
ふくよかな薔薇色の頬を上気させ、茶色の愛らしい瞳を輝かせ、彼女はそう答える。

他の女性達が、一気に彼女を睨む様子を、オーガスタスは見た。
が、ギュンターにそんな事構ってる余裕は無いようで、さっさと彼女を腕に絡ませたまま、二階へと上がっていく。

古びた木の、あちこちへこんだり、すり減ってる階段の、その上には。
幾室もの区切られた、個室が並んでいた。

オーガスタスは二階の簡易寝室に上がって行く二人の後ろ姿を見送って、肩を竦める。
「…オーガスタス。
貴方なら私、今直ぐでもいいんだけど」

黒髪の縮れ毛の、少し挑発的な赤い唇をした、赤いドレスの青い瞳の娘にそう言われ、オーガスタスは注文した酒のグラスを、手を出し受け取りかけて…目を見開き。
けれど、思い直して呟いた。

「夕食前には、戻れるな」


コトが終わってギュンターはしなだれかかる女の肩を抱き、ようやく人心地付いて眠気でふらふらだった、今日を思い起こした。

途端、グーデンの私室に足を運ぼうとした時、止めようとしたローランデの、必死な白面しろおもてが蘇る。

はっ!とするほど、色白な肌。
その中で印象的な、物言う澄みきった青い瞳。

…けれど今日対戦した彼は、別人だった。
頭に血が上りすぎ、更に避けるのに必死だったからロクにその様は、覚えて無いが。

けれど時折見かける、ゆったりと気品溢れ、控えめで優しげな彼。

その一学年下の奴にヒヤリと幾度もされられ、決着の一撃を、叩き込めないまま。
思い返すと血が、沸騰する。

盗賊から、逃げるのを止め、立向い始めてから…絶対負けないと心に誓った。
男の使役物に、成り下がるのが真っ平だった事も勿論もちろん、あった。

が負け。は間違いなく屈辱的な状態を産む。
“それ位なら逃げろ!"

叔父貴に言われ、年端も行かぬ少年の頃は逃げ続けた。
だがもう…逃げるのには飽きた。

だから…勝つしかない。
そう、決めて以降、どれほどデカイ相手でも決して…引かず勝って来た。
その体験が無駄になると、思いたくない。

今度対戦する時はもっと…ちゃんと目が覚めてる時。
必ずあいつを、叩きのめしてやる。

ギュンターは、硬くそう心に誓った。
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