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翌日の日常
しおりを挟む無礼講の翌朝。
マレーはアスランを、見た。
アスランは夕べ、ディングレーの別室の寝室の、大きな寝台で僕と一緒に眠った。
気づくとアスランはまるで、自分を護るように抱き、眠っていた。
マレーは暫く…絡みつく、アスランの腕の温もりを感じていた。
ただ…暖かかった。
アスランは自分を腕に抱き、嬉しそうに…安心しきって眠っている。
ひどい目に遭ったのは、彼の方。
自分なんかよりうんと、悲惨な体験をしたのに。
そして見つめている僕に、大きな茶色の目を開けたアスランは、うっとりするような微笑を向ける。
胸が、きゅん。と痛んだ…。
ディングレーは朝日の中、扉を押して部屋から出て来る僕達に、微笑して呟いた。
「良く…眠れたか?」
アスランが無邪気に微笑む。
ディングレーの前へ進み出て、礼を告げるアスラン。
窓から差し込む朝陽の中、長身のディングレーが小柄なアスランに、視線を下げて微笑みかける。
二人共が黒髪で、まるで仲のいい兄弟のように見えた。
アスランは裏が無い。
とても素直に自分の感情をそのまま出す。
ディングレーはそれを好ましげに見つめ、まるで弟を、護るようにアスランを見守る。
マレーは自分が、何だかその自然な二人から、弾きだされたように感じた。
自分には…裏がある。
人に、決して見せられない後ろめたい裏が。
ふいに扉が開く。
「ヨォ…」
明るい栗毛と爽やかな青の瞳。
身軽な動作。
親しみ易く、感じの良い笑顔。
四年の、ローフィスだった。
彼よりは一学年年下とはいえ、王族の私室なのに全然構えた所無く、ふらりと室内に入り、さっさと椅子を引いて座る。
ディングレーはアスランの背を押し…そして自分にも頷いて、朝食の席に付くよう促した。
召使が目前に皿を差し出し、グラスに飲み物を注いでくれる。
隣に座るローフィスは、一言も無く差し出されたグラスを、まるで当然の事のように受け取っている。
じっ…と見つめるディングレーに気づき、顔を上げて言う。
「朝食を強請りにここに来た。
お前のとこのは豪勢だし、お前が朝食を自室で取るのは滅多に無い事だろう?」
言って、こちらに振り向く。
その明るい栗毛と朝日で煌めく青の瞳が素晴らしく粋で、どきどきするような明るくて陽気で爽やかな雰囲気を持っていて、一瞬見惚れる。
そのブルーの輝く瞳が向けられると、心臓が高鳴った。
「君達がディングレーの居室に居座ってる間は俺も美味い朝食に、ありつけて有難い」
言われた自分も呆けたけど、ディングレーは表情も変えず呆れた。
真っ直ぐな黒髪を背に流すディングレーは、ローフィスより肩幅も広く体格も良くて、やっぱり威厳が感じられたけど。
ぼそり…とローフィスに言葉を告げる。
「…別に、三年大貴族の朝食の席に紛れ込めばいいじゃないか。
そしたら毎日美味いもんが食える」
アスランも目をまん丸にしてたけど、自分もびっくりだった。
ディングレーは先輩の無礼を、咎めるどころか勧めてる。
「…馬鹿だな。
俺と居るとお前、地が出るじゃないか。
お前を崇拝してる同学年の取り巻きに、実情バレてもいいのか?」
アスランはますます目を見開いたし、自分もぎょっとした。
思わずディングレーに振り向いて…その時、気づいた。
体格は確かに、ローフィスよりいいディングレーだったけど、その顔立ちは整って男らしさを醸しだしていたけど。
でも明るく意志の強いローフィス青い瞳を、どこか頼るように見つめる、弟のようなディングレーの青い瞳に。
ディングレーは、吐息混じりに囁く。
「…時々、バレて軽蔑された方がいいのかも。とも思う。
あんたと話す調子で他とも話せたら、俺もうんと楽だ」
「ンな訳行くか!他は俺じゃない」
言われて、ディングレーはがっくり首を垂れて項垂れ、横のアスランがそんなディングレーをしげしげと見つめてた。
ディングレーは知ってる…。
自分がまだ若く、世間知らずで…頼る者が必要なんだと。
だから…本当は謙虚で…グーデンと違い、自分の身分にうぬぼれたりしないんだと。
ローフィスはディングレーの、真摯な瞳を受け、それを知っているように…。
気遣う色をチラと見せ、けれど皿に盛られた湯気の立つ料理に素早くフォークを持ち上げ、話題を変えた。
「…同学年の、編入生はどうだ?」
ギュンターの事だ。とアスランが一瞬、ディングレーの横で真っ赤になって俯く。
ディングレーはそんなアスランの反応を、思わずびっくりして目で追いながら、言葉を返す。
「…あいつ、とんでもないぞ?
マジでグーデンを、殴る気でいる」
「…計算出来る男じゃないのか?」
「全然。言っても聞かない」
アスランも…自分も夕べの会話を思い出すと、つい頷く。
『無意識に、殴ってる』
…意識しないで喧嘩出来ちゃうから、本人も止めようが無いなんて、自分には考えられなかったけど…。
ギュンターは、そうなんだ…。
ローフィスは先に肉を刺したフォークを口に放り込み、むしゃむしゃと食べながら唸る。
「…あの面でその態度じゃ、この先波乱だらけだな」
「暴風雨だ。
それにどうやらオーガスタスがあいつの事、気に入ってるんだろう?」
「オーガスタスが気に入ってるから、滅多な事では退学にはならない。
…だからと言って、絶対とは言えないが」
ローフィスはあっという間に皿を空にすると、さっ…とテーブルに盛られたりんごを一つ、掴んで席を立つ。
『もう、行くのか?』
少し寂しげなディングレーの表情に気づき、その時僕はようやく分かった。
ローフィスは確かに、僕とアスランの様子を見に来た。
心配して。
けどもう一つ。
あまり慰め慣れてなくて人慣れしてないディングレーが、きっと心細いだろうと…ここを、訪れた事に。
けどローフィスはあくまで態度に出さず、素っ気無く言う。
「あいつに言っとけ!態度を控えろと。
まあ言うのがお前なら、全然説得力無いが」
ディングレーが、部屋を出ようとするローフィスを睨む。
「俺に、どうしろって?!」
「全面戦争は、覚悟するんだな!」
足早に戸口に向かうローフィスに、ディングレーは立ち上がって怒鳴る。
「それより!
グーデン配下のデカぶつに、取り囲まれないよう気を付けろよ!
あんたがぼこぼこに殴られたら、オーガスタスだって黙ってないだろうが俺だって!」
ローフィスは戸口に手を掛け、振り向く。
ディングレーは立ち上がったまま、呟く。
「…多分、いや絶対キレる」
が、ローフィスは振り向いたまま静かに告げた。
「俺の逃げ足が半端無く早い。と、思いっきり忘れてるな?」
戸が閉まり、暫く…ディングレーは立ったまま俯いていて…そして、じっ…と見つめるアスランと僕に気づき、言った。
「…確かに綺麗に忘れてた」
そして椅子に掛け、朝食を続けていい。と僕達に顎をしゃくった………。
朝日が差し込み…静かな朝食の席だった。
アスランもディングレーも無言で食べていた。
…僕も友達は昔、たくさんいた。
けど…教練に上がる為、叔父に男を叩きこまれてから…友達は一人も、居なくなった………。
誰にも、何も言えなかった。
微笑みかけられても…返せなかった…。
そうして周囲に誰も、居なくなってた………。
ディングレーはローフィスを、とても大切に思っていて…ローフィスが殴られたらキレるんだ…。
そしてアスランは…僕を友達だと思ってくれてその為には………自分の身だって差し出す。
そう思った途端、やっぱり…涙が出そうで、一年宿舎に向かう為ディングレーに背を押された時、ぐっ…と必死で堪えた。
最近は、変だ…。
どんな些細な事でも嬉しくて…涙が滲んだ。
ディングレーの部屋は…とても立派で豪華だったけれど…どこかとても暖かくて…。
背に触れているディングレーの手の温もりと、隣に並んで進む、アスランが時折振り向き、微笑む様が何だかとても………嬉しかった。
朝日の中、アイリスは大きく気持ちよく、思い切り伸びをした。
試合は終わり、全校生徒はスフォルツァを学年筆頭と、認めた。
しかもスフォルツァの、勝ちのみを優先させず名誉を重んじる人柄までも披露され、ますます上級生達に、スフォルツァは好意的に迎えられたようだ。
つまりこれから先、立場に縛られず自由に動ける。
昨夜はスフォルツァが寝室にまで付いて来そうな勢いだったが
「疲れているから」
と丁重な、断りを入れた。
後は実家に使者を送り、アシュアークをスフォルツァに焚きつけるよう、連絡を入れ続ける事。
が、あの幼く美しい少年がまた、この教練宿舎に訪れた際グーデン配下の慰み物に成るのはいただけない。
護衛を伴い訪れるように、話を持って行かないと。
…ともかく、アイリスはシェイムの用意した衣服を着け、朝食が用意されている部屋の扉を開ける。
まだ早い。と言うのに、そこにはディングレーが、マレーとアスランを伴って来ていて、スフォルツァはディングレーから二人を託されていた。
相変わらずの長い黒髪と上背。
立派な体格と立派な態度の王族のその上級生に、朝食に集う者達は見惚れる。
アイリスはディングレーを観察し、その醸しだす無言の迫力と彼の男ぶりに、皆が見惚れても無理無いと思った。
ディングレーと同学年の男達ですら、彼の男ぶりに惚れて取り巻いているぐらいだから。
年若い自分達なら尚更その素晴らしく男前の立派な上級生に、憧れが募るのも当然。
が、ディングレーの言葉に相槌打つスフォルツァは、長身な王族の男の前でも気圧される事無く、落ち着いて見える。
皆が微かに感嘆の吐息をこっそり漏らす。
ディングレーは夕食前にまた、二人を迎えに来る。と告げ、出て行く。
スフォルツァはディングレーからその二人を引き継いだように、大貴族集う朝食のテーブル脇に、おずおずと控えるマレーとアスランの背を押し、食事の支度をする召使に
「もう二人分頼む」
と告げ、二人を席に着かせた。
二人は慌てて、もう朝食は済ませた。とスフォルツァに告げながら椅子に腰を下ろすが、スフォルツァは落ち着き払って二人に屈むと
「残してもいいから」
と耳元で囁く。
そのリードは若々しい青年の好感度に溢れていたし、頼もしげな風情は、やはり彼は学年一だ。と皆を納得させるに十分で、アイリスはその光景に大いに満足した。
が、スフォルツァは部屋の戸口にいる自分を見つけると途端、恋に熱中する若者に戻る。
スフォルツァに熱い眼差しで見つめられ、アイリスは何とかにっこり微笑って挨拶したものの、これをやはり何とかしないと。と内心吐息を吐いた。
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