上 下
152 / 307

こんな場には嬉々として顔を出すグーデン

しおりを挟む
 背後にいたのは、グーデンだった。
「左の王家」特有の黒髪。
身分高い者だと示すように、その髪は腰まで伸ばしていた。

が、弟ディングレーとは違い、その長く艶やかな髪にはウェーブがかかり。
更にディングレーよりかなり小柄で、剣を振ってなさそうな細い肩は、幅もあまりなく。
スマートと言えば確かにスマートで、貴公子のように洒落ては見えたし、美麗な顔立ちをしていたけど。

宮廷や王城ならともかく、猛者集う『教練キャゼ』には、全く不似合い。

何より、ブルーの瞳は美しかったが、軽薄で不遜で、自尊心の塊に見えた。

グーデンはアスランの椅子の後ろに付き、まるで自分の獲物のように、震えるアスランを見ろしている。

アイリスは眉根まゆねを寄せ、その学校一身分の高い上級生を、はすに睨めつけ囁く。
「これは…「左の王家」の御曹司おんぞうし
試合中は体のお具合でも?」

最上級生グーデンの登場で、緊張に叩きこまれた皆はだが。
ついアイリスのその返答に、ぷっ。と吹き出す。

スフォルツァはアイリスの、少しも引かない答弁に呆れた。

グーデンは明らかに、気分を害したように眉を寄せ、アイリスを睨めつけた。

アイリスの、濃い栗色巻き毛に包まれた、優しげな面立ちが今や。
少し冷笑を含んだきつい濃紺の瞳を王族の男に投げかけ、ぞくりとする艶と共に鋭さを見せる。

「…あまり調子に、乗らないほうがいい。
お前は美しいが、全く私の好みじゃない。
だからと言って、害が身に及ばない等と思い上がるな」

フィフィルースもアッサリアも青くなってアイリスを見つめ、スフォルツァはぎっ!とそう言ったグーデンに目を剥く。

が、アイリスは冷ややかに言い返した。
「…そうでしょうね。
世間もロクに知らず抵抗もままならない、か弱く純白な少年を蹂躙じゅうりんするのがお好みのようだ。

…世間ではそれを「弱い者いじめ」と言って、卑怯ひきょう者がする事と皆が了承し、恥を知る者は決してしない行為です」

皆はその侮蔑ぶべつの言葉に心底ぎょっ!としたし、グーデンは肩を揺すってアイリスに向き直り、怒鳴った。

「お前は私を!
この私を卑怯者と言ったのか?!」


四年席で悪友共に酒を立て続けにグラスに注がれていたオーガスタスは、気づき顔を上げ、ぐい。と目前の友をどける。

ディングレーは咄嗟に席から腰を浮かし、ローランデはもう、立ち上がってアイリスの元へ駆けていた。


一年大貴族達集うテーブルが、緊張の渦に叩きこまれ、誰もが口を閉ざし顔を下げる中。
アイリスはグーデンを見つめ、皮肉な微笑を湛え囁く。

「…お認めになるので?
ご自身のされている事が卑怯者のする事だと」

グーデンが咄嗟に、アイリスの頬目掛け平手を振った。

皆、目を瞑った。
が頬を張る音は聞こえない。

目を開けると、アイリスが朗らかにグーデンに笑い、言った。
「なる程!剣の試合を休まれる訳だ!
こんな至近距離なのに当たらないとは!

余程よほどお体の具合がすぐれない。
そうなんですね?」

からかうような楽しげなアイリスの笑いに、グーデンは完全に頭に血がのぼって怒鳴りつける。

「当たらないのはお前が避けるからだ!
今度避けたら、ただじゃ置かない!
今は黙って私に殴られた方が、今後のお前の為だ!

今避けるともっとひどい目に合うのを、覚悟するんだな!」

マレーはもう、顔を下げ泣き出しそうで、スフォルツァは肩を抱いて「大丈夫だ」と小声で励ました。

がマレーはそれでも必死に、隣のアスランに振り向く。
アスランは真っ青で、固まっていた。
大きな茶色の瞳を伏せ、子鹿のように震えてる。

…が、グーデンの背後から声。
「殴りかかられたら避けるのは当たり前だ。
あんた今まで避けない木偶でくしか、殴った事無いのか?」

グーデンがぎょっ!として振り向く。

自分よりうんと高い背。
金髪美貌の編入生、ギュンター。

派手で人目を引きまくる、胸まである金色の巻き毛。
面長で整いきった、優美な美貌。
その紫水晶を思わせる濁りの無い紫の瞳は、滅多に見ないほど珍しく、きらりと輝くと見る人を、どきり…!とさせる。

長身で痩せていたけど、しなやかで野生動物を思わせるほど、その動作は流麗。


赤味が勝つ、栗色の長髪巻き毛を振る、誰よりも長身で体格のいいオーガスタスは。
けど目前を防ぐ、やっと勝ち取った食事の盆を持つ生徒の背を、料理を落とさないよう気遣いながら、やんわりと押し退け、掻き分けながら進む。
ディングレーも同様、山盛り料理の乗った盆持つ、目前の生徒達を突き飛ばせず。
二人共が今だ、一年席には届かなかった。

けれど目指す場にギュンターの姿を見つけ、その素早さに二人共が、呆れた。

特にディングレーは
『あれだけがっついてて、どうして気づくんだ?』
と、グーデンの背後に立つギュンターに、我が目を疑った。

ローランデがようやく、アイリスの横に滑り込む。
しなやかな殆ど真っ直ぐな明るい栗毛に幾筋も濃い栗毛が混じる、独特の艶やかな長い髪を揺らし、澄みきった青の瞳を安心させるように、テーブルの皆に投げた。

フィンスも直ぐ後ろから姿を見せる。
ローランデよりは背が高く、がっしり体型の騎士らしい風情。
濃い真っ直ぐな栗毛にダークブルーに近い青い目の、落ち着き払ったフィンスの雰囲気に。
席で固まる一年達はその頼もしさに、皆一様いちように安堵した。

が、グーデンは背後に立つ自分よりかなり長身の、憎らしい金髪美貌の男を思い切り、睨めつけた。
「…お前も試合には、出なかったそうだな?」

ギュンターは首を竦めた。
「あんたは四年連続出てないんだろう?
俺は来年は家族に病人が出なけりゃ、出場するぞ」

が、グーデンは訳ありげに頷く。
「…が、病人は出る。
そう言う事なんだろう?」

ギュンターは呆れて、そのチャラけていけ好かない王族を見た。
一見、お洒落で高貴な、美少年には見える。
が、その笑みは歪んでいて、醜い人間性を垣間見せてた。

「自分の事は棚上げか。
いい身分だな?
…王族ってそんなにツラの皮が厚いのか?」

グーデンは、駆けつけて来るごった返す生徒の向こうの、黒髪散らす逞しいディングレーに顎をしゃくる。
「…奴は、そうだろうな!」

ギュンターも…そしてアイリスも言い返そうとした時、マレーが叫んだ。
「…アスランはもう、ギュンターのものだ!
二人はそうなったんだから!」

それを聞いた途端グーデンの眼光がギラリと光り、凄まじくギュンターを睨んだ。

が、ギュンターに全くおくする様子は無い。
「…ああ…あんたが欲しがってたのはもしかして…初物だったのか?
だが解ってないようだから言ってやるが、初めての相手にはそれは優しく丁寧ていねいに接しなきゃな!

…それが出来ないから縛り上げたのか?
みじめだな」

ギュンターはその優美な美貌で冷たく笑った。
ローランデとフィンスは呆れて、そう王族の男を挑発するギュンターを、目を見開き見つめる。


ディングレーがようやく途切れた生徒に、駆け寄ろうとするその前を。
突如とつじょ、グーデン一味平貴族のボス。
四年のダランドステに塞がれ、ニヤつくその嫌味な顔を激しく睨んだ。

縮れた茶色の髪とグレーがかった茶色の瞳。
がっしりした顎と、デカい鼻。竜のようなゴツい面構え。
長身で肩幅広く、胸は筋肉で盛り上がり、せり上がって見えた。
そのデカい体で目前をすっかり塞ぎ、行く手を阻んでる。


ギュンターは横から、グーデンの配下の男達が詰め寄るのに気づく。
グーデンは吐き捨てるように言った。
「…その顔を、二度とマトモに拝めないほど整形してやれ」

咄嗟に飛ぶ拳に、ギュンターは背を反らせ、後ろに大きく顔を泳がせ避ける。
ローランデは咄嗟、叫んだ。
「ここがどういう場か!
お分かりか!!!」

が、グーデンは黄金のグリフォンを手にする、優しげな風貌の二年貴公子に冷笑を浴びせる。
「今夜は無礼講。
そうだろう?殴り合いは単なる余興。違うか?」

ローランデが唇を噛み、グーデンは笑う。

がっっっっ!

グーデンはその音に嬉々として振り向いた。
が、殴られ吹っ飛んだのは彼の、配下の方だった。


ディングレーは二度、先に進もうとし、ダランドステは二度、その巨体を寄せてディングレーの進路を阻む。

とうとうディングレーは腹に据えかねて拳を振った。

ダランドステは顔を下げて避ける。
が突然オーガスタスが真横に付き、ディングレーに告げた。
「遊んでないで、行くぞ!」

ディングレーは異を唱えようとし、が、ダランドステは。
真横の、自分よりデカいオーガスタスに、目を見開いた。

肩は一つ分高い位置にあり、その上に乗ってる顔は、拍子抜けする程小顔で整ってる。
赤味を帯びた栗色巻き毛が肩に触れるほど近い。
こちらに顔を向け、睨めつける鳶色の瞳は、奥に獣が眠ってる様子を彷彿とさせ。
何より一瞬持ち上げられた拳は、有無を言わせずデカく見えた。

次の瞬間、どすん!と腹へ一撃、オーガスタスに重い拳を喰らい。
間髪入れず、がつん!と後ろふくらはぎを足で蹴りつけられ。
思いっきりバランスを崩して後ろにどたん!と派手な音を立てて背から転がり、床の上に仰向けた途端、湧き上がる腹の痛みで、慌てて腹に両手当て、唸った。

ディングレーはつい、自分の腕を引く学校一の大物を見た。
流石、表情も変えない。

もう一度オーガスタスに腕を引かれながら、床にまだ背を付けて腹の痛みに顔を歪め呻く、巨体ダランドステを伺い見る。

そして前を見つめ進むオーガスタスの横顔を見
「(こいつだけは敵に回すまい)」
と心に固く誓った。

オーガスタスは一年席のグーデン目指しディングレーの腕を拉致らちし引っ張り歩きながら、嫌な予感がしてチラ…!と背後に視線を送る。

四年グーデン配下の男達がダランドステのかたきを打とうと、群れて迫り、その背後から自分の悪友達が、一暴れしようと配下の男達の背に迫る。

つい、オーガスタスは群れから離れ、こちらを伺うローフィスに視線を送る。

ローフィスは腕組みし、騒ぎが騒乱そうらんに成る様相ようそうに、吐息吐いていた。
がオーガスタスの鋭い視線を受け、グーデン配下に詰め寄る仲間の、前に咄嗟、飛び出す。

これで悪友共まで暴れ出したら。
間違いなく、大乱闘。

リーラスは自分からしたら、10センチは背の低いローフィスが、目前に飛び出すの姿を見た。
明るい栗毛と感じの良い、大空を思わせる青い目。
女受け良さげな、爽やかな風体。

いつもその姿を目にすると、憎らしいと同時に『いいヤツ』だと思い知ってたから、嬉しくさえある。
がその時は。
それどころじゃなかった。

ローフィスは一瞬、リーラスの目を見て押し止める。
濃い栗毛を無造作に背に流す、態度も体もデカい、金持ちぼっちゃん。
側に居ると、その体格は迫力すら感じた。

が、中身は以外と話は分かったし、柔軟。

リーラスは悪友達の中でも扇動者だったから、リーラスさえ止まれば他も止まる。
そう思ったのに…尚も進もうとするリーラスの、引き締まりきった腹に腕を回し、体ごとどっ!と音立てて必死に抱き止めながら、ローフィスは囁く。

「…いいから、止めとけ!」

押し退ける勢いでローフィスごと前に、尚も迫り出すリーラスにローフィスは叫ぶ。

「オーガスタスに任せとけ!」

リーラスが止まり…後ろから続く悪友達も歩を止める。
「御大が、止めとけって?」
リーラス背後の悪友の声に、ローフィスはたっぷり頷く。

「暴れる別の機会をちゃんと作ってくれるから、今回は止めとけ!」
「相手がグーデンだからか?」
リーラスに凄まれ、ローフィスは呻く。
「こっそり袋叩きに出来る機会があるさ!」

皆がやれやれ。と首を横に振る。
リーラスが肩を揺すって怒鳴った。
「…だがオーガスタスに何かあったら、俺はあいつらを殴るからな!」

ローフィスは、その言葉に頷きながら言った。
「…例え数が居ようが、心配するのは敵の方だ。
医療室に行くのは間違いなく、奴らの方だからな!」

悪友達は黙り込むと、互いの顔を見、頷き合って、背を向け席に戻り始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

【※R-18】αXΩ 懐妊特別対策室

aika
BL
αXΩ 懐妊特別対策室 【※閲覧注意 マニアックな性的描写など多数出てくる予定です。男性しか存在しない世界。BL、複数プレイ、乱交、陵辱、治療行為など】独自設定多めです。 宇宙空間で起きた謎の大爆発の影響で、人類は滅亡の危機を迎えていた。 高度な文明を保持することに成功したコミュニティ「エピゾシティ」では、人類存続をかけて懐妊のための治療行為が日夜行われている。 大爆発の影響か人々は子孫を残すのが難しくなっていた。 人類滅亡の危機が訪れるまではひっそりと身を隠すように暮らしてきた特殊能力を持つラムダとミュー。 ラムダとは、アルファの生殖能力を高める能力を持ち、ミューはオメガの生殖能力を高める能力を持っている。 エピゾジティを運営する特別機関より、人類存続をかけて懐妊のための特別対策室が設置されることになった。 番であるαとΩを対象に、懐妊のための治療が開始される。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

私の彼氏は義兄に犯され、奪われました。

天災
BL
 私の彼氏は、義兄に奪われました。いや、犯されもしました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

首輪 〜性奴隷 律の調教〜

M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。 R18です。 ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。 孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。 幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。 それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。 新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。

[R18] 転生したらおちんぽ牧場の牛さんになってました♡

ねねこ
BL
転生したら牛になってて、毎日おちんぽミルクを作ってます♡

新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~

焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。 美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。 スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。 これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語… ※DLsite様でCG集販売の予定あり

処理中です...