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故郷に帰る馬の背で実父との偶然の出会いを思い出すギュンター

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 ギュンターが馬に跨がると。
長男、四男、三男は声も無く、見送る。

いつも五月蠅い男共が静かで。
ギュンターは思わず駆け出す前、背後に振り返った。

言葉も無く四男リンデルが小さく力なく、手を振る。
末っ子ラッツェは発奮はっぷんした表情で、握った拳を上に突き出して見せ。
長男シュティツェは…俯き加減で、腕組みしていた。

つまり…リンデルは『バイバイ…』もしくは『健闘を祈る』
末っ子ラッツェは『ブチのめせ』
長男シュティツェは…。
『言いたい事は全て言った。後はお前次第だ』

ギュンターは前を向く。
思い切りかかとを馬の腹にブツけ、一気に駆け出す馬の背に、上体倒し揺れに合わせる。

『口で言えばいいのに…』

石壁に囲まれた門を抜け、今度は坂を、一気に駆け下りた。
果樹園では皆、作業に夢中で視線を向ける者は殆ど居ない。

ギュンターは『教練キャゼ』目指し再び駆けながら、馬の背でふと思い出す。

いくつの時だったか。
自分だけが兄弟の中で唯一金髪で、顔立ちも彼らと違って。
それを母に尋ねると、毎度母は抱きしめてささやく。

「お前は私の子。それだけは決して忘れては、駄目。
誰が何と言おうとね」

親父はそれを見て、その通りだと、何かに立ち向かうように、その逞しい背中を見せた。

だがある日、叔父の一人に教えられる。

『お前の本当の母は、今の母の妹。
父親は大層美貌の、金髪の男。
だが父親は大貴族の娘と婚約し、結婚してシュテインザイン西領地の都寄りに奥方と住んでいて…。
つまりお前の母親が。
お前を産んだ事すら、知らない。

実母は…お前を産んだ後、川に転がり落ちて、自殺同然で亡くなった。
妹の死をいたみ、だから…今の母親はお前を、自分の子として育てようと決めた』
と…。

そう、告げられた時の自分の気持ちを、思い出せない。
“やっぱり…”
だったのか
“嘘だ!”
なのか…。

だが実の両親を、しのぶ間もロクになかったのは、事実だ。
突然の、盗賊の襲撃にバタつきまくる城内。

二人の幼い弟の手を引き、走り回って隠れる日々。
食料を、いつも奪われ不足してたから。
食べ物を取り合い、殴り合う弟らの仲裁ちゅうさいに入り。
が兄貴らは平気で自分の量を食べ、下に分けないから。
兄貴らとも殴り合い、食べ物を奪い取る日々。

ちょっと平和だと、隣の領地の悪餓鬼息子らに、虐められ。
兄達は物心ついた時、暇さえあれば殴りかかって来て…。

“盗賊が来た時。
お前も戦力にする為だ”
とアルンデルはそう言って。

シュティツェよりは、遠慮がちに喧嘩相手になってくれた。

落ち着いて物思いにふける間なんて、どこにあった?
ちょっとぼっと、庭に座ってるだけで。
どこからか短剣が飛んで来るようになったのは、何歳の頃だっけ…。

ギュンターは思わず、顔を下げる。
多分、その頃からだ。
義母が五月蠅く
『顔に傷を作るな!』
と言い始めたのは。

シュティツェの投げる不意打ち短剣で、顔に擦り傷、作りまくってたから。

その時、ギュンターは思った。
“普通、短剣は投げるな。
とシュティツェの方に、怒鳴らないか?!”

…だがひっきり無しの盗賊襲来で、すばしこく逃げるのが当たり前。
万が一掴まっても、誰か、助けてくれはした。

がその後
「このど阿呆!」
と領地の男ら全員に、怒鳴られるのが常。

投げた短剣を、避けられない餓鬼なんてただの役立たず…。

ギュンターは異論をひっこめ、顔に喰らわないよう、ひたすら決死で、避け続けた。

だがふと、父を思い出す時。
その顔はいつも…空白。
何も。何一つ、思い浮かばなかった。

『成人の旅』の途中で、ふとした事で父と出会う、前までは。

酒場で、酒を買う使いに出され、注文した酒やハムが出て来るのを待ってる時。
ふいに…腕を掴まれて引かれ、振り向いたその先に、自分と良く似た顔があった。

その顔はうんと大人で、驚愕に…目を見開いていた。
青い瞳だった。
…目の色こそ違ったが、鼻筋、顎、頬…。
とても似ていた。

金髪も。

「…母の名は?」
男はいきなり、聞いてきた。

ギュンターは直感で、父親だと解った。

「アレステン…あんたと縁は無いはずだ」

だが男は頷いた。
「ミラーリの姉の名だ」

ギュンターは顔を、揺らした。
男も確信していた。彼を自分の子だと。

『それを…認める気か?せっかくしらばっくれてやったのに…!』
そうは思ったが、ギュンターは聞きたかった。

ミラーリ実母を、覚えているのか?」

男は頷いた。

「昔俺が付き合ってた女の、一人だ」

ギュンターは俯き、ぼそりと呟く。
「だがあんたが結婚したのは別の女だ」

男は、頷いた。その美貌が、ひどく静かで。
感情を殺しているんだと、解った。

「…そうだ…。だが様子がおかしいのは、解っていた。それで…」
男はそう言って、ため息を吐いた。

「俺の居所を、どうせ知ってるんだろう?
息子だと、名乗りに来たのか?」

ギュンターは同様に感情を殺す自分を感じた。
低く、つぶやく。

「たまたま、通りかかっただけだ!あんたの事なんて知るもんか!
俺にはちゃんと両親が、居る!」

どうしても…殺しきれなかったが。

男は一つ、ため息を付いた。
「…顔がやわだと、男共に馬鹿にされるか?」

ギュンターは顔を、揺らした。
「…大人しく馬鹿にさせたりしない」

男はまた、頷いた。
「どこに泊まってる」

「…宿がいっぱいで今夜は野宿だ。酒と食事を買いに来た」

男は聞いた。
「誰と一緒だ?」
「叔父だ」

男は彼の肩に腕を回し、顔を戸口に向けて言った。

「案内しろ」

肩を強引に引かれ、ギュンターは怒鳴った。

「注文した、酒と食事がまだだ!」

長身の男は、ギュンターを見下ろし、言った。
「…もっといいものをちゃんと、振る舞う」

ギュンターは目を、見開いた。
男は彼の肩を強引に戸口へと押し進む。

“…自分の屋敷に…?本気で?
妻と子が、居るんだろう?"

言いたかった。
が、男は無言でギュンターを、連れの叔父の元まで引き立てた。


 屋敷に、子供は二人居た。
二人共が男の子で。
一人は母親似で、ギュンターより年上に見えたけど…もう一人は、幼かった。

奥方はギュンターを見、一瞬身を、震わせた。

「食事と…酒を頼む」
男が言うと、彼女は頷いた。そして召使いに指図する。

彼女の後ろでその子供達は、ギュンターをじっと、見つめていた。

叔父は横で帽子を取り、男は奥方に向き直って、なおも言った。
「今夜は宿が無いそうだ。客室を用意してくれ」

彼女は躊躇ためらいも見せず、また、頷いた。

黒に近い栗毛と青の瞳の、美人とは言いがたかったが、気品があり…。
芯の強そうな、そしてどこか優しそうな女性だった。

食事の席で、皆が押し黙った。

だが男は叔父に訊ねた。
「俺を訊ねる気じゃなかったのか?」

明るい栗色の巻き毛で…男よりは若造には見える叔父は、だがその空色の瞳に何の感情も浮かべず、素っ気なく言う。
「こいつにはちゃんと、両親が居るからな。そういう心配はご無用だ」
そして、喉越しの素晴らしい名酒のグラスを手に取ると、美味い酒に舌鼓を打つ。

叔父の言葉は、どちらかと言えば奥方に聞かせる為の言葉だと、ギュンターには解っていた。
そしてギュンターはもう一人…ほっとした様子を見せる、彼女の二人の子供の内の、幼い方の男の子を見た。

彼は慌てて、ギュンターの視線に気づき、顔を下げる。
まるで…父親そっくりのギュンターを、凝視ぎょうし出来ないように。

だが、男は顔を揺らしてつぶやいた。
「…ミラーリは結婚したのか?
母の名を聞いたら、アレステンだと言ったぞ」

叔父はギュンターをそっくり大人にしたような、優美に整いきったその美男の顔を、たっぷり見た。
「…ミラーリは死んだ。アレステンは妹の言葉通り、こいつを自分の子にした。
今はもう、アレステンの息子だ」

男が動揺して顔を揺らすのを、ギュンターは見た。

「…どうして死んだ」
その声は、掠れていた。

叔父は首をすくめる。
「川で足を滑らせてな…。まあ…事故だろう?」

だが男はつぶやいた。
「本当に、事故か?」

叔父はその時の事を思い出すようにつぶやいた。
「あれは、事故だ…。
だが彼女はその頃、マトモじゃなかったから…。
川で無く丘でも、足を滑らせたかもな…」

奥方が青冷めてささやいた。
「…それは身投げと、言うんじゃなくて?」

叔父は顔を下げ、男と奥方に“ギュンターを気遣え!"と、視線を送った。
二人はそれに、気づく。

ギュンターは叔父を、見た。
だが叔父は『折角の機会だから、親父をちゃんと納得行くまで観察してやれ』と見つめ返した。

ギュンターはつい、俯いてため息を、吐き出した。

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