若き騎士達の波乱に満ちた日常

あーす。

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負けた勝者

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 ディングレーは一気に剣を引き抜きそのまま、斜め下からデルアンダーの腹を突き刺そうとし、デルアンダーはその剣にまた剣をぶつけ叩き落とそうとした。

ディングレーは途中突き刺す剣の軌道を変える。
最初の軌道から一つ分外側からデルアンダー目がけ襲い、デルアンダーは叩き落とそうとした剣が消え、その横から剣が突き出して来るのを目に、間に合わないと悟った瞬間、一気に後ろに跳ね飛び避けた。

ディングレーは獲物が避けた瞬間握る剣の力をすっ…と抜き、剣を引き戻す。

間が開いた二人は再び互いをきつい瞳で見つめ合い、会場中はまた、あちこちで吐息が漏れていた。

まるで…狐と狼の戦いのようだ。とアイリスは思った。
狼の方が間違いなく獰猛だが、狐の俊敏さと利口さをあなどれない。

ディングレーは剣を庇わなければならず存分に本領で戦えない、苛立いらだちがにじんでる。

がその瞳は獲物の動向に気を、配ったまま。
仕留めるまでは追うのを止めない、冷静なハンターに見える。

がその激しい“気”は、存分に動き回れず時折炎が吹き出すような迫力を突然吹き散らし、デルアンダーはまるでそれを恐れるように俊敏に身を、かわしていた。

ディングレーの力任せの激しい一撃を、喰らうのを恐れるように。
が同時に、ディングレーが最終の彼の武器を、封じられてる事も解ってた。

ディングレーはその激しい、どんな剣をも叩き折る程の剣技を、最後の最期、ローランデを仕留める時にしか振らない。と
デルアンダーは知っている。

スフォルツァは静かに見えて、近寄ると殺気の塊のその王族の男が。
戦い始めると威厳だとか気品だとかを全てかなぐり捨てたように野生を剥き出しにし、激しいさまに息を飲んだ。

だがそれだからこそあの一族の男達は「左の王家」と呼ばれ、アースルーリンドの二大王族の片方の血統を、になってきたのだと解る。

がデルアンダーは戦い慣れているみたいに、その凄まじい迫力の男を相手どって巧妙に危険を避け、立ち回ってる。

「あの気迫だけで、びびって竦みそうだ…」
そっとスフォルツァが囁くと、アイリスはくすり…。と微笑った。

「君が…?
確かに体格で負けるけど…。
君も青年になってそれなりの体格を身に付けたら、相手をびびらせる側だろう?」

スフォルツァはそう微笑う、色白のアイリスの美しい面に振り向き、そっと呟く。
「それって…めてる?」

アイリスは自分が褒められる事が、嬉しいようなスフォルツァのその伺う青年らしさを滲ませた、初々しい様につい、ごくり…。と唾を飲み込んだ。

まるで…惚れた少女に認められて嬉しいような表情。
今更ながらにアイリスは、自分がどれだけスフォルツァにとってタイプなのかを思い知って、内心吐息を、吐き出した。

つい
『そんなに私は君のツボなのか?』
と聞きそうになったが、言った。

「聞くまでも無いだろう?」

がスフォルツァはその返答が、自分が期待した言葉じゃなくってちょっと、がっかりして見せた。

きっと彼の取り巻きの少女達はそんな風に彼に尋ねられたら、嬉しそうに頬を染めてスフォルツァの事をうんと、褒めたのだろう。

アイリスは内心肩を竦め、視線を対戦に戻す。
スフォルツァは思わず聞きそうになった。

『デルアンダーが、美男で凄く格好いいと思ったけど。
ディングレーの迫力は間違いなくデルアンダーを上回る。
君、どっちがタイプ?』

けれど真剣に試合を見つめるアイリスの横顔に、ため息を吐いて質問を諦めた。

がっつつ!

アイリスもスフォルツァも咄嗟、吸い寄せられるように中央二人を見つめる。

とうとう、ディングレーは我慢出来ず。
横に滑り込むデルアンダーの剣に思い切り剣を叩きつけ、一気に引いて突き刺した。
その、素早さ!

からん…………!

デルアンダーは剣を落とし、ディングレーの剣はデルアンダーの胸に、寸止めで突き付けられていた。

会場中が、水を打ったように静まりかえる。

本当に、一瞬の事だった。


『我慢出来なかったか………』
そんな様子で、オーガスタスが大きく吐息を吐き出す。
リーラスが気づいて囁く。

「この場では鬱憤うっぷん晴らしても、次がたなくて剣が辛いってか?」

が、ローフィスが言い返す。
「…まあ…剣を、替えるってテもあるが………」

オーガスタスが腕組みしたまま唸る。
「ディングレーはしない」

ローフィスも、同意するように頷いた。
リーラスは二人の様子につい、尋ねる。

「フェア・プレイの精神か?
卑怯ひきょうな手をどれだけでも使う、兄貴のグーデンとはえらい差だな?」

が、オーガスタスもローフィスも同時にリーラスに振り向く。
「お前なら替えるな」
オーガスタスが言うと、ローフィスも口を開く。
「違いない」

リーラスはぷんぷん怒った。
「貧乏人と違い、ちゃんと剣の替えがあるんだ!
特権利用してどこが悪い!」

が、オーガスタスもローフィスも同時にふい。と顔を会場中央に戻し、リーラスを一層怒らせた。


デルアンダーはゆっくり顔を上げてディングレーを見た。
が、ディングレーの表情に勝利の喜びは、見られなかった。

自分を見つめるデルアンダーにディングレーは気づき、近寄ると、ぽん…。とその肩を叩き、たたえる。

デルアンダーは目を合わせぬその目上の男の賞賛に、頭を軽く下げて礼を取った。

そしてゆっくり…床に落ちた剣を、拾う。

ディングレーにとって、それがこの勝負の勝利のあかし
が同時に、自分に負けた証でもあると思うと、デルアンダーは微かに自分が誇らしく思えた。

確かに、試合では負けた。
が、剣を温存したまま勝つ事を許さないほど自分はディングレーを、追い詰めたのだと悟って。

会場からは静かに、剣を拾うデルアンダーに拍手の雨が、降り注がれていた。

デルアンダーはそれが肩に、髪に猛者達の優しい賞賛のように触れていくのを感じ、口元に微笑を浮かべて顔を、上げた。


「良かったぞ!」
ローランデもフィンスもシェイルもが…ヤッケルが立ち上がって拍手の雨を、降らせるのを見た。

彼に追随するように拍手が大きくなって、そのどよめきの中、デルアンダーはそれでも静かに…けれど誇らしげに、微笑を浮かべ彼らの、声援に応えた。

がマレーはディングレーが、デルアンダーに送られる賞賛に賛同の表情で見守った後、きゅっ。と口元を引き、厳しい表情になるのに気づく。

隣の講師が、気づいたように囁く。
「学年一は次に、学校一の称号を賭けた戦いが待ってる」

マレーも…そしてアスランも、厳しい表情の、ディングレーの男らしい横顔を見守った。

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