若き騎士達の波乱に満ちた日常

あーす。

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二学年 試合開始前の緊迫感

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 二年の名が講師に呼ばれ、二年席から皆が一斉に、中央へと雪崩れ込む。

が、取り巻く三年席、四年席の猛者らも表情を引き締め、途端しん…。
と静まりかえる緊張の中、四列に並び始める二学年を、皆が無言で伺う。

対抗戦を終えた一年は皆、さっきまで騒いでた上級生達の様子に異様さを感じ、首を振ってキョロキョロと周囲を見回した。

皆、上級の様子を目に、口々に囁き合う。

「…二年のローランデだよ。
三年も四年も、注目してるのは」
「ああ…」
「だって今年はディアヴォロスがいない。
ヘタしたら二年の…ローランデが金の獅子だ」
「二年で…金の獅子?」
「…そうなったら三年も四年も、面目丸潰れだぞ…?」
「けどディアヴォロスは、彼が一年の時に金の獅子を取ったって!」
「…ディアヴォロスは別格だ」
「教練の歴史で…しょっ中あるの?
一・二年が金の獅子を取る事」
「…近年はアルファロイスとディアヴォロスくらいだろう?
一学年で取ったのは」
「…じゃ…ローランデはそれに匹敵する剣士って事か?」
「上級の奴ら、それがマグレである事を内心祈ってたりして…」
「俺達、つくづく後の学年で良かったよな」

そして一斉に一年達は、『教練キャゼ』の大物と呼ばれる三学年ディングレー。
四学年のオーガスタスを、こっそり伺う。

ディングレーのローランデを見つめる瞳は険しく、オーガスタスは両腕組んでいたが、吐息混じりに俯き、が顔を上げたその黄金きんに見えるとび色の瞳は、鋭かった。

一年の大貴族達はこぞって、一年最前列に並ぶ、中央のスフォルツァの様子を伺った。
が、彼もディングレーやオーガスタス同様。
厳しい表情で、二年の列に並ぶ中肉中背、ローランデのしなやかで気品溢れる姿を伺っていた。

ひそひそ声も…自分の様子を伺う視線をも、スフォルツァは感じていた。
がどうしても…。
抱き止めるはずだった、アイリスの背が。
別の手にさらわれ…気絶する彼をどこかに運び去られた事が、気になってしかたない。

“アイリスの周囲には、いい男が多すぎる…”

この対戦で、アイリスの全てを知った気になり、今度こそは…。
燃えるような時間を、彼と過ごせる…。
そう…思い描いてた。
なのに…………。

「…その…やっぱりローランデが、二年の一番になると思う?」
おずおずと話しかける声に振り向き、スフォルツァは言葉を返す。
「当然、そうだろうし…彼がならなければオーガスタスもディングレーも。
さぞかし、ほっとするだろうな。
…勿論、俺もそうだ。
けど………」

「けど?」
周囲が一斉に、顔を覗き込む。

「………アイリスが心配だ」
その言葉を聞いて、大貴族達は一斉にため息を漏らす。
「…まだ、スフォルツァが二学年一と対戦するのはずっと先だから…。
どうしても気になるんなら、様子見に行けば?」

提言されて、スフォルツァは躊躇ためらう。
あの…美男の従者が気絶したアイリスを抱きかかえ…。
衣服をはだけ、介抱してる様を思い描くと。

正直、気が重かった。

“大人の余裕の彼は、きっとアイリスに顔を寄せ…。
もしくは口づけしてる場を俺に見られようが。
きっと、余裕の笑みを、返すだけなんだろうな………”

スフォルツァは思い切り顔を下げると、深いため息を吐き出した。


「…シェイム」
間近にその整った美男の顔。
「気絶したのでお運びしました」

アイリスは寝台から身を起こす。

衣服ははだけ、身に付けていた金綺羅鎧は全て、取り外されていた。
身を傾けると、筋肉通で腕も腿も。
ギシギシ言って、鋭い痛みが走るから、つい顔を思い切りしかめる。

シェイムは一つ、吐息を吐く。
寝台の横に立ち、はだけた衣服を寝台に残して、素っ裸のアイリスを一気に両腕に、抱き上げた。

アイリスは慌ててシェイムの首に、両腕回し抱きつき、かなり重くなった自分を平気で抱き上げる、シェイムに呆れる。

「…それでもまだ、私は君からしたら、軽い?」
シェイムの、眉間が寄る。
「…重いに、決まってる!
でも大人には、例えそうでも顔に出せない事情があります」

アイリスはくすり。と笑う。
「大人の誇り(プライド?)」

シェイムは無言で頷くと、肘で続き部屋の扉を押し開け、さっ!と抱くアイリスごと室内へと足を運ぶ。
部屋に入ると、湯気の立つ陶器の大きなバスタブには、湯が張られていた。
その中に、シェイムは裸のアイリスを、そっと降ろす。

ちゃぷん…。

アイリスは白磁色で金の蔦飾りで飾られた、洒落たバスタブを見つめ、囁く。
「木桶じゃない…!」
シェイムは頷くと、呻くように言った。
「必要になると思って、慌てて取り寄せました。
本当はもっと以前に、届くはずだったんですが………」
アイリスがシェイムを見上げる。
シェイムの眉間は、寄ったまま。
「…私が出した注文を、ニーシャ様がご覧になって。
このバスタブは趣味が悪い。
と勝手に、ずいぶん手の込んで、作成日数がやたらかかる商品に、変えてお終いになったので…」

アイリスはそれを聞いて、俯いた。
「…それで、間に合わなくて…。
私はずっと野菜を洗う桶に、浸かる羽目に、なったのか?」

シェイムは肩を竦めた。
「木桶では、焼き石もそうそう入れられないから…。
直ぐ湯も冷めてしまいますが、今度は湯加減も出来ます。
薬湯湯ですから。
しっかり浸かって癒して下さい。
筋肉通程度。と馬鹿にしてると、筋を痛める事になりますよ?
ご存知だとは思いますが、筋は痛めると、最悪に厄介やっかいだ」

アイリスは頷く。
「で…………」

シェイムは濡れた両腕を布でぬぐいながら、振り向く。
「で?」

伺うアイリスの顔を、シェイムは真顔で見つめ返す。
オリーブブラウンの、真っ直ぐな長い髪と、時折緑に光る、ヘイゼル(緑がかった茶色)の瞳。
通った鼻筋。睫の長い、涼やかな目元。
整いきった、美男。

いつもならアイリスは、シェイムの男らしい美しさに見惚れた。
が今は、それどころじゃなかった。

シェイムはアイリスを見つめたまま、ぼそりと口を開く。
「…私の判定が重要なようだ」

アイリスは首を振っていったん顔を背け。
が顔を戻して、シェイムを見据える。
「君に逃げ出されたなんて、エルベスに知られたら…。
ましてやお祖母ばあ様に知られたら!
近衛どころか騎士なんてとんでもないと、籠の鳥にされちまう!
社交界のツバメみたいに、ただ軟弱に着飾って。
ご婦人に愛想を振りまく、情けない男でずっと、居ろって?!」

そう叫ぶアイリスを、シェイムははすに見つめ、呟く。
「ご安心を。
間違っても貴方はそんな身分には、不似合いなうつわですから」

が、アイリスはそう言ったシェイムを、上目使いで伺う。
「…それは……?
私の元を去らないと…そう言ったと思って…いいのか?」

心配げに自分の表情を伺うアイリスに、シェイムは素っ気なく言った。
「大観衆の前ではったりカマした度胸は、なかなかだったのに。
私相手には出来ないんですか?」

アイリスは肩を竦めた。
「出来る訳無いだろう?!
…私以上のハッタリ屋で先生じゃないか、シェイムは!!!」

シェイムはようやく、うっとりするような微笑を浮かべ、言い返した。
「それでもハッタリカマす事を『根性がある』って言うんですよ」

アイリスは『根性無し』と遠回しに言われ、思い切り眉間を寄せ、シェイムを睨んだ。

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