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第九章 新しい生活
懐かしの広間
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侍従が声をかけ、エルベスが皆を促す。
「短期に滞在できるよう、玄関近くの部屋は、掃除が終わってます。
応接間でくつろぎませんか?」
玄関広間の右の廊下へと入り、侍従に開けられた扉を潜る。
ギュンターは想わず思い出が蘇り、室内を見回した。
城に来た時、駆け込んで叱られた部屋。
広間で…綺麗な刺繍が施された、品の良いソファが並び、優雅にお茶をしていた夫人と客人達が、暴虐武人に突入してきた汚い悪餓鬼を、目を丸くして見つめ…。
頑健な召使いに、襟首捕まれて怒鳴られていたのを…夫人はたしなめ、すっかり大人しくなった子供達…自分も含めて…の手に、焼き菓子を握らせてくれた。
玄関から追い出され、その後みんな一斉にお菓子を頬張る。
砂糖がけの焼き菓子は…バターの香りがして、とても美味しかった…。
もっとも腹ぺこだったから、一瞬でなくなったが。
そう…こんな風に花が飾られ…花瓶がとても大きく、華奢な飾り模様がたくさんついていて、とても豪華で美しいと…記憶に刻まれていた。
ローランデはまるで、過去を手繰るようなギュンターの表情に、思わず視線が吸い寄せられた。
一つ一つ…確かめるように…懐かしむように、調度を眺めてる。
花瓶…暖炉…優美な棚…ステンドグラスの窓…。
カーテンの色まで…当時のカーテンと同じ色だった。
模様や飾り…詳細は違ったけど。
ギュンターは綺麗に掃除される以前の…蜘蛛の巣だらけで、一人掛け用ソファは半分に割れ、椅子の脚が一つ壊れた、傾いたソファを思い返していた。
見に来たみんな…悪餓鬼だったが、誰も…壊れかけたソファの上に、飛び乗ろうとしなかった。
小さな…弟のリンデルが泣き出し…腕白なラッツェも、顔を下げていた。
年上の…めちゃくちゃ勇敢な、隣領地のデラッンラですら…眉を険しく寄せて、握った拳を、震わせていた…。
みんな、悔しかった。
あれほど美しかった…汚い貧乏領主の息子達の、あこがれの夢の世界を、破壊されて。
シャンデリアも…傾いてほこりが溜まり、いくつも飾りが下に落ちて砕けていて…。
だが今は、すっかり修復され、窓から差す陽光で、クリスタルの飾りはきらきら輝いている。
ギュンターは、聞きたかった。
あの時悔しい思いをしたみんなは…今のこの広間を、見たのか。と。
けれど黙ってソファに座る。
隣にローランデが腰掛けてくれて、つい嬉しくて視線を向けると、ローランデのその向こうにシェイルが腰掛け、ジロリ!ときつい視線を向けて来る。
見るとレイファスは、まだ室内の端でマディアンに小声で話してる、オーガスタスを心配そうに見つめてる。
やがてオーガスタスは、ステンドグラスの両扉を侍従に開けられ、続く庭園に促され、マディアンと消えて行った。
お茶を出され…すすりながら向かいに腰掛ける、エルベスに訪ねる。
「まさか庭園も、もう…?
直したのか?」
エルベスは頷く。
「君の所の…弟二人に同行して貰って、私の植物園から植物を運んで。
どこに配置して良いのかも、彼らに尋ねた。
出来る限り…以前の様子に戻したいと、彼らが言うので」
ギュンターは、惚けた。
「…そうか…」
つまりリンデルもラッツェも…もうこの修復された広間を、見た…どころか、修復に一役買っていたんだ…。
「…最初は…君への反発が酷くて、他の者達は冷たい目で見てたらしいけど…。
でも、ラッツェが
『ここが昔どんなだったかの、記憶がないけど、どうだった?』
と聞いて回ったら…見かねて数人が同行し、作業員達に指図を始めて…。
それで玄関広間の右廊下の。
この一角だけは、綺麗になって、部屋も三部屋は寝泊まり出来るようになった」
ギュンターは、頷く。
「ニ階の、領主の部屋辺りは…図書室だけは、ほこりを被っていたけど無傷で。
端の宝物部屋の損傷だけは酷いけど、他は掃除で、かなり綺麗にはなってる。
まだ少し…かび臭いけど」
ギュンターはまた、頷く。
けど気づいてエルベスに告げる。
「俺がここに来て時、泊まりたい部屋は…離れの小さい方の…」
エルベスは、思い当たって頷く。
「かなり奥まった場所だね?
確か、ご婦人用コテージのように…こじんまりしてる…」
ギュンターは、頷く。
「そこが、俺の領地で構わない」
エルベスは目を、見開く。
「…じゃ他全部は…他の者達が勝手に使って良いと?!」
ギュンターはまた、頷く。
「彼らに全部任せる。
で、夫人が…戻って来るようなら、コテージからも撤収する」
エルベスは大きなため息を吐いた。
「君の母君…生母じゃなく、義母…だそうだが。
彼女は多分君は、そのつもりだ。
夫人を女神のように崇めていたから。
と言ってたから…ここに来る前に子供達と出会った城。
あの城を君の名義にしておいたから。
それと、この城の土地から取れた作高は、君は受け取られないで、城を管理する者達に分配するだろう。
とも、君の義母がおっしゃってたので。
私がここで購入した領地からの取れ高の、三割を君に分配する事にした。
君の、管理料だ。
それでも公爵としては、とても収入は少ないけど、宮廷に出る時の衣服代と宝石代は、捻出できると思う」
ギュンターは、顔を下げた。
「あなたから、もらえない」
が、エルベスは言った。
「けど君のご実家の、口利きがなかったら。
この地で私達は、作物を育てるのに苦労する。
人手も、知識も。
土に関しても。
そして、どんな手法をとったら良く育つのかも、植える品種も。
地元の人々の協力無くしては、出来ないんだ。
だから三割は、橋渡し料だと思ってくれ。
ご実家の方は、私が取引役を引き受け、取れた作物を高値で都で売るから」
レイファスもファントレイユもテテュスも微笑んでいて。
ディングレーもディンダーデンも腕組みして聞き入り、ゼイブンが口を開く。
「エルベス大公家は、どの土地でも誠実な取引をする。
だからいつも土地の協力を得られ、大成功するんだ。
エルベス大公領の、そこで働く農民達は。
皆瞳を輝かせ、とても良い作物を、自信と誇りを持って作ってるから。
都で本当に高値で取引されてる」
エルベスは微笑んで頷く。
「本当に必要なのは、領地の人々の、自身の作物に対する熱意だ。
それが無いと、良い作物は出来ないし、高値も付かない」
ギュンターは戸惑う。
「俺は喧嘩は出来るが。
物を作り出す能力にかけては、さっぱりだ」
横でローランデが笑い、ギュンターは笑われても彼の笑顔が嬉しくて、つい見とれる。
途端また。
シェイルがギロリ!
と鋭い視線で、たしなめた。
レイファスがぼやく。
「…前途多難だね」
他のみんなは、小さなレイファスのその大人びた批判に目を見開くが。
ギュンターとゼイブンだは、揃って大きく、頷いた。
エルベスは気にもせず、言葉を続ける。
「ともかく、金は受け取った方が良い。
中央護衛連隊長の給料もそこそこ高いけど。
最初は宮廷に出なきゃ行けない用も、かなりある。
それなりの宝石を身につけていないと、見下す奴らも居るから。
私が手配して、君に渡す金額から差し引く…で、どう?」
ギュンターは、俯いた。
「その…それなりの宝石付けてないと、推薦したあなたやダーフスに、恥を掻かせることになるのか?」
エルベスは目を見開いた。
「当然、推薦した君が、堂とした飾り宝石を付けて出席してくれた方が。
我々も鼻が高い」
ギュンターは『恥を掻くから止めてくれ』とは言わず『鼻が高い』と表現するエルベスに、感謝した。
エルベスは微笑む。
「宝石や宮廷用衣装を持って行く時は、必ず幾つか用意して。
君が気に入った物を、選べるようにするから」
ギュンターは、顔を下げた。
「…以前…教練(キャゼ)時代、アイリスに招待され、あんたの…その、母親に会ったけど。
凄い衣装を用意されて…」
突然、ディングレーとローランデ、シェイルも、思い出してこっそり、笑い始める。
ディンダーデンは横のディングレーが、背を丸めて笑う様子を青の流し目でジロリと見ると
「よほど、酷かったらしいな」
とつぶやく。
ファントレイユもテテュスも、笑う皆を見、レイファスだけが、首を振って尋ねた。
「…どんなの?!」
エルベスは気づくと、椅子の背もたれに背を倒し、口元に手をあてる。
「…もしかして…紫のレース…の?」
ギュンターは、顔を下げたまま頷いた。
エルベスは、深いため息を吐いた。
「母がとてもとても、とても気に入って購入してしまって。
最初は私に、と勧められたんだ」
ギュンターは、顔を下げたまま頷く。
「みんなに断られて。
やっと似合う者を見つけた。
と…持って来られた」
シェイルがとうとう、笑いこけて声を発する。
「ど・びらびらの紫の。
もんの凄くゴテゴテした飾りの…!」
とうとうディングレーも、顔を思い切り下げて肩を揺らしまくってる。
「あれ…あれ…あれを着たら、お前もどっかの囲われ愛人に見えたぜ…」
ディンダーデンは呻く。
「そんなに酷いのか?」
テテュスが、エルベスに尋ねる。
「いつか…おばあさまがファントレイユに。
って…クリーム色の、レースだらけの上着ぐらい…凄い?」
ファントレイユが思い出して顔を下げ、レイファスは思わずファントレイユを見つめる。
「少し動いただけでレースを破きそうで、人形しなくちゃならない。
って言ってた…凄いヤツ?」
テテュスはファントレイユに振り向く。
「僕、衣服は見せて貰ったけど。
君には会ったことなくて『似合うかしら?』って聞かれても、凄く困ったんだ。
その時も、最初は僕に…って持って来られたんだよ?
アイリスが『おばあさま、いくら何でもこれを着たら、テテュスが女の子と間違われてしまう』
って、断ってくれた」
ファントレイユはもっと、顔を下げる。
「…僕…ギュンターの気持ち、凄く分かる」
ギュンターが途端、顔を下げたまま頷き、横のローランデとシェイルのくすくす笑いが、一際大きくなった。
「短期に滞在できるよう、玄関近くの部屋は、掃除が終わってます。
応接間でくつろぎませんか?」
玄関広間の右の廊下へと入り、侍従に開けられた扉を潜る。
ギュンターは想わず思い出が蘇り、室内を見回した。
城に来た時、駆け込んで叱られた部屋。
広間で…綺麗な刺繍が施された、品の良いソファが並び、優雅にお茶をしていた夫人と客人達が、暴虐武人に突入してきた汚い悪餓鬼を、目を丸くして見つめ…。
頑健な召使いに、襟首捕まれて怒鳴られていたのを…夫人はたしなめ、すっかり大人しくなった子供達…自分も含めて…の手に、焼き菓子を握らせてくれた。
玄関から追い出され、その後みんな一斉にお菓子を頬張る。
砂糖がけの焼き菓子は…バターの香りがして、とても美味しかった…。
もっとも腹ぺこだったから、一瞬でなくなったが。
そう…こんな風に花が飾られ…花瓶がとても大きく、華奢な飾り模様がたくさんついていて、とても豪華で美しいと…記憶に刻まれていた。
ローランデはまるで、過去を手繰るようなギュンターの表情に、思わず視線が吸い寄せられた。
一つ一つ…確かめるように…懐かしむように、調度を眺めてる。
花瓶…暖炉…優美な棚…ステンドグラスの窓…。
カーテンの色まで…当時のカーテンと同じ色だった。
模様や飾り…詳細は違ったけど。
ギュンターは綺麗に掃除される以前の…蜘蛛の巣だらけで、一人掛け用ソファは半分に割れ、椅子の脚が一つ壊れた、傾いたソファを思い返していた。
見に来たみんな…悪餓鬼だったが、誰も…壊れかけたソファの上に、飛び乗ろうとしなかった。
小さな…弟のリンデルが泣き出し…腕白なラッツェも、顔を下げていた。
年上の…めちゃくちゃ勇敢な、隣領地のデラッンラですら…眉を険しく寄せて、握った拳を、震わせていた…。
みんな、悔しかった。
あれほど美しかった…汚い貧乏領主の息子達の、あこがれの夢の世界を、破壊されて。
シャンデリアも…傾いてほこりが溜まり、いくつも飾りが下に落ちて砕けていて…。
だが今は、すっかり修復され、窓から差す陽光で、クリスタルの飾りはきらきら輝いている。
ギュンターは、聞きたかった。
あの時悔しい思いをしたみんなは…今のこの広間を、見たのか。と。
けれど黙ってソファに座る。
隣にローランデが腰掛けてくれて、つい嬉しくて視線を向けると、ローランデのその向こうにシェイルが腰掛け、ジロリ!ときつい視線を向けて来る。
見るとレイファスは、まだ室内の端でマディアンに小声で話してる、オーガスタスを心配そうに見つめてる。
やがてオーガスタスは、ステンドグラスの両扉を侍従に開けられ、続く庭園に促され、マディアンと消えて行った。
お茶を出され…すすりながら向かいに腰掛ける、エルベスに訪ねる。
「まさか庭園も、もう…?
直したのか?」
エルベスは頷く。
「君の所の…弟二人に同行して貰って、私の植物園から植物を運んで。
どこに配置して良いのかも、彼らに尋ねた。
出来る限り…以前の様子に戻したいと、彼らが言うので」
ギュンターは、惚けた。
「…そうか…」
つまりリンデルもラッツェも…もうこの修復された広間を、見た…どころか、修復に一役買っていたんだ…。
「…最初は…君への反発が酷くて、他の者達は冷たい目で見てたらしいけど…。
でも、ラッツェが
『ここが昔どんなだったかの、記憶がないけど、どうだった?』
と聞いて回ったら…見かねて数人が同行し、作業員達に指図を始めて…。
それで玄関広間の右廊下の。
この一角だけは、綺麗になって、部屋も三部屋は寝泊まり出来るようになった」
ギュンターは、頷く。
「ニ階の、領主の部屋辺りは…図書室だけは、ほこりを被っていたけど無傷で。
端の宝物部屋の損傷だけは酷いけど、他は掃除で、かなり綺麗にはなってる。
まだ少し…かび臭いけど」
ギュンターはまた、頷く。
けど気づいてエルベスに告げる。
「俺がここに来て時、泊まりたい部屋は…離れの小さい方の…」
エルベスは、思い当たって頷く。
「かなり奥まった場所だね?
確か、ご婦人用コテージのように…こじんまりしてる…」
ギュンターは、頷く。
「そこが、俺の領地で構わない」
エルベスは目を、見開く。
「…じゃ他全部は…他の者達が勝手に使って良いと?!」
ギュンターはまた、頷く。
「彼らに全部任せる。
で、夫人が…戻って来るようなら、コテージからも撤収する」
エルベスは大きなため息を吐いた。
「君の母君…生母じゃなく、義母…だそうだが。
彼女は多分君は、そのつもりだ。
夫人を女神のように崇めていたから。
と言ってたから…ここに来る前に子供達と出会った城。
あの城を君の名義にしておいたから。
それと、この城の土地から取れた作高は、君は受け取られないで、城を管理する者達に分配するだろう。
とも、君の義母がおっしゃってたので。
私がここで購入した領地からの取れ高の、三割を君に分配する事にした。
君の、管理料だ。
それでも公爵としては、とても収入は少ないけど、宮廷に出る時の衣服代と宝石代は、捻出できると思う」
ギュンターは、顔を下げた。
「あなたから、もらえない」
が、エルベスは言った。
「けど君のご実家の、口利きがなかったら。
この地で私達は、作物を育てるのに苦労する。
人手も、知識も。
土に関しても。
そして、どんな手法をとったら良く育つのかも、植える品種も。
地元の人々の協力無くしては、出来ないんだ。
だから三割は、橋渡し料だと思ってくれ。
ご実家の方は、私が取引役を引き受け、取れた作物を高値で都で売るから」
レイファスもファントレイユもテテュスも微笑んでいて。
ディングレーもディンダーデンも腕組みして聞き入り、ゼイブンが口を開く。
「エルベス大公家は、どの土地でも誠実な取引をする。
だからいつも土地の協力を得られ、大成功するんだ。
エルベス大公領の、そこで働く農民達は。
皆瞳を輝かせ、とても良い作物を、自信と誇りを持って作ってるから。
都で本当に高値で取引されてる」
エルベスは微笑んで頷く。
「本当に必要なのは、領地の人々の、自身の作物に対する熱意だ。
それが無いと、良い作物は出来ないし、高値も付かない」
ギュンターは戸惑う。
「俺は喧嘩は出来るが。
物を作り出す能力にかけては、さっぱりだ」
横でローランデが笑い、ギュンターは笑われても彼の笑顔が嬉しくて、つい見とれる。
途端また。
シェイルがギロリ!
と鋭い視線で、たしなめた。
レイファスがぼやく。
「…前途多難だね」
他のみんなは、小さなレイファスのその大人びた批判に目を見開くが。
ギュンターとゼイブンだは、揃って大きく、頷いた。
エルベスは気にもせず、言葉を続ける。
「ともかく、金は受け取った方が良い。
中央護衛連隊長の給料もそこそこ高いけど。
最初は宮廷に出なきゃ行けない用も、かなりある。
それなりの宝石を身につけていないと、見下す奴らも居るから。
私が手配して、君に渡す金額から差し引く…で、どう?」
ギュンターは、俯いた。
「その…それなりの宝石付けてないと、推薦したあなたやダーフスに、恥を掻かせることになるのか?」
エルベスは目を見開いた。
「当然、推薦した君が、堂とした飾り宝石を付けて出席してくれた方が。
我々も鼻が高い」
ギュンターは『恥を掻くから止めてくれ』とは言わず『鼻が高い』と表現するエルベスに、感謝した。
エルベスは微笑む。
「宝石や宮廷用衣装を持って行く時は、必ず幾つか用意して。
君が気に入った物を、選べるようにするから」
ギュンターは、顔を下げた。
「…以前…教練(キャゼ)時代、アイリスに招待され、あんたの…その、母親に会ったけど。
凄い衣装を用意されて…」
突然、ディングレーとローランデ、シェイルも、思い出してこっそり、笑い始める。
ディンダーデンは横のディングレーが、背を丸めて笑う様子を青の流し目でジロリと見ると
「よほど、酷かったらしいな」
とつぶやく。
ファントレイユもテテュスも、笑う皆を見、レイファスだけが、首を振って尋ねた。
「…どんなの?!」
エルベスは気づくと、椅子の背もたれに背を倒し、口元に手をあてる。
「…もしかして…紫のレース…の?」
ギュンターは、顔を下げたまま頷いた。
エルベスは、深いため息を吐いた。
「母がとてもとても、とても気に入って購入してしまって。
最初は私に、と勧められたんだ」
ギュンターは、顔を下げたまま頷く。
「みんなに断られて。
やっと似合う者を見つけた。
と…持って来られた」
シェイルがとうとう、笑いこけて声を発する。
「ど・びらびらの紫の。
もんの凄くゴテゴテした飾りの…!」
とうとうディングレーも、顔を思い切り下げて肩を揺らしまくってる。
「あれ…あれ…あれを着たら、お前もどっかの囲われ愛人に見えたぜ…」
ディンダーデンは呻く。
「そんなに酷いのか?」
テテュスが、エルベスに尋ねる。
「いつか…おばあさまがファントレイユに。
って…クリーム色の、レースだらけの上着ぐらい…凄い?」
ファントレイユが思い出して顔を下げ、レイファスは思わずファントレイユを見つめる。
「少し動いただけでレースを破きそうで、人形しなくちゃならない。
って言ってた…凄いヤツ?」
テテュスはファントレイユに振り向く。
「僕、衣服は見せて貰ったけど。
君には会ったことなくて『似合うかしら?』って聞かれても、凄く困ったんだ。
その時も、最初は僕に…って持って来られたんだよ?
アイリスが『おばあさま、いくら何でもこれを着たら、テテュスが女の子と間違われてしまう』
って、断ってくれた」
ファントレイユはもっと、顔を下げる。
「…僕…ギュンターの気持ち、凄く分かる」
ギュンターが途端、顔を下げたまま頷き、横のローランデとシェイルのくすくす笑いが、一際大きくなった。
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