アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

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第九章 新しい生活

感激するオーガスタスと、安らぎに包まれるディアヴォロス、デスクに縛り付けられ怒れるディングレー

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 オーガスタスは横たわった寝台から、体を起こす。
猿の化け物の付けた傷跡から『闇の第二』が入り込み、内蔵を鷲づかみにし、神経に、筋肉に、骨にまで進入し、思う限りの激痛を与えられた心の苦痛が。

暖かい光によってどんどん消え去って行く。

これで治療は二度目だが、忘れていた記憶が鮮明に思い出され、それが確固として心の中にあった。
と思い知らされた。

が…癒えていく。

起きる度、光の威力の素晴らしさに、感服した。

一度目は、治療後猛烈に腹が減って、見越した癒やし手に食卓に移動させられ、テーブルに山と積まれた食事に、直ぐ様かぶりついた。

けど今度は…さほど空腹を感じなかった。

ふと横を見ると、横の寝台の上に目を閉じ横たわる、ディアヴォロスの姿を見つける。

立ち上がり…そっ…と近寄る。
頭の中で響く声が告げる。

“大変な消耗なので。
光に包んで眠らせています。
まだしばらくはそのままで。
ほんっとに、舞踏会に出るなんて、無茶です!!!
しかも!!!
踊るなんて!!!”

最後の怒り声に、オーガスタスは顔を下げた。

“やっぱり治療が長引くのか?”

聞くと、声の主…ミラーレスは、やはり怒りが籠もった声で告げる。

“当然でしょう!!!
三日で済む治療が、一週間に延びましたからね!!!”

オーガスタスは、光に包まれて眠る、ディアヴォロスの整いきった…少し青ざめた顔を見つめる。
気づくと…頬に涙が一筋、伝わっていた。

泣いてる、自覚もない。

けれど出来れば…彼を抱きしめて、感謝の限りを、伝えたかった。

治療で痛みが浮かび上がる度、あの時の事が、鮮明に思い出されたから。

“来てくれて…どれだけ嬉しかったか、知れない”

ふ…と、手首が温かく感じ、見る。
肉体は動いてないのに、透けたディアヴォロスの手が。
手首に添えられていた。

“あんたの仕業か?
ワーキュラス”

ワーキュラスは沈黙した後、頭に響く荘厳な声で告げる。

“君が感謝を囁いてる、と言ったら、彼がした。
つまり私のした事は、伝えたことだけだ”

オーガスタスは透けたディアヴォロスの添えられた手を見つめ、ディアヴォロスに語りかける。

“こんな事したら、治癒の妨げになる。
と、ミラーレスに怒られるぞ?”

オーガスタスはディアヴォロスが、くすくす笑ってる気がした。

“だって、私が危機の時。
君は絶対、駆けつけてくれるだろう?
私のした事は、当然の事だ。
なぜ…私がすると、特別なことのように思うんだ?”

声は、ワーキュラスの声だった。
だからきっと、ワーキュラスが眠ってるディアヴォロスの…微かな思考を読んで、伝えてくれてるんだと、分かった。

“しょうがないだろう?
どう言おうが…あんたは特別なんだから。
俺にとって、だけでなく。
皆にとっても”

ディアヴォロスが、微笑んだ気がした。

“だが君も私にとって、特別だ。
君が教練(キャゼ)に入学してきた時。
ワーキュラスに君の事を、見せて貰った。
傷だらけの、誇り高いライオン…。
けれど君は最初、項垂れて見えた。
が、ゆっくり…君は顔を上げ、きっ!
と黄金の瞳で空を見据えていた。

その瞬間、君の傷は消え去る。
そして…普段の君は…深い傷を全身に負っていて、時折り痛みに顔を歪めても…それを少しも、人には見せない。
と気づいた。
だから私は、ワーキュラスに聞いた。
君の瞳が黄金に輝く時とは…どんな時なのか?と。
するとワーキュラスは…人が不当に傷つけられた時、だと。
君自身も含めて。
私はそれを聞いた時、君の側に寄り添いたい。
そう思った。
その時、同様思う存在に気づいた。
…ローフィス…だった”

オーガスタスは、言おうと思った。
『あんま喋ると。
またミラーレスが怒るぞ』
と。

けれどディアヴォロスの頭の中に響く言葉は続く。

“おかしな事に、君らは入学したて。
ローフィスはその他大勢と一緒に、君の取り巻きにいたというのに。
けれどその時、気づいた。
会って間もないのに、心で寄り添いたいと、ローフィスも直感で感じたんだと。
ローフィスと私の感性は…似てるのかもしれないな”

オーガスタスは苦笑した。
“惚れた相手も同じだしな。
情が…深いんだ。
一見、そう見えないが。
二人共”

けれどディアヴォロスは、ため息のように、吐息のように。
とても…微かな声で囁いた。

“君を失わなくて…良かった…。
君を亡くさなくて…本当に嬉しい…”

そして声が途切れた時。
オーガスタスは手を口で覆い…涙が次々、頬を滴っていくのを、止められなかった。

オーガスタスは言葉がひとっことも思い浮かばず。
ただ感情のまま、涙を頬に、伝わせ続けた。



 左将軍補佐官邸で、ディングレーはリーラスに次々、問われたことについての、指示を伝える。
頭の中でワーキュラスの荘厳な響きで、オーガスタスの言葉が聞こえ続けていたから。

「(くそ!
里から戻ったら、ツーカーでワーキュラスの声が聞こえるようになって!
こき使われて、最悪だ!!!)」

「シェイルとも通じてるんだろう?」
リーラスに問われ、書状を見せられる。

「…ヨイネッタ村に潜む盗賊について?
まだ潜伏先が見つけられず、が、盗賊どもはまだどこも襲撃をしてない?」

途端、シェイルの声で指示か聞こえる。
“引き続き、様子をうかがって潜伏先を見つけるよう、指示出して”

ディングレーは顔を下げる。
そして頭の中でワーキュラスに告げる。

“結界内にいた全員と!
あんた話が出来るようになったのか?!”

荘厳なワーキュラスの返答。

“彼らが里にいる時だけ。
里から出たら、ここまで通じないだろう”

“俺も里にいたかったぜ!”
“だが、君は今そこにいる。
次にオーガスタスに聞きたいことは?”

ディングレーは内心
「(まだ俺をこき使う気なんだな…!)」
と、やっと諸事情から解放され、ダレきって好き放題出来る機会を奪った、者達に悪態突き続けながらも。
リーラスに、オーガスタスの指示を伝え続けた。

お茶の時間も無視され、休憩も取ってもらえず。
とうとうディングレーは弱音吐く。

「…いつになったら解放されるか、知りたい」

リーラスは、顔色も変えない。
「オーガスタスが何日不在だったと思う?
まあその間、俺らは暇だったが」

言うとディングレーが睨むので、リーラスはやっと推測を口にした。
「…二日もあれば、片付く」
そう、横の広いテーブルの上に、山と積まれた書状を、視線で指し示した。

ディングレーはたっぷり、頷くと
「じゃ、お茶にしよう」
と言う。

異論を唱えようとするリーラスを睨み付け
「お茶の後に、再開だ!
どーせ今夜は遅く。
明日も、あるんだろう?!」

あまりに怒気籠もる口調に、リーラスは黙して、頷くしか無かった。


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