アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

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第七章『過去の幻影の大戦』

『闇の第二』の遺恨

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 ディスバロッサは入り込んだ『影』の狼から、弾かれて逃げ帰る『影』の一人を唇を噛んで見つめた。

『影』の男は火傷を負ったように背を丸め、痛みで呻いている。
濃厚な、光を浴びて。

ディスバロッサは『闇の第二』に成り切り、『影』の男の心を探る。
すると途端、自分にいつも寄り添う『闇の第二』が、横で共に男の心を見回すのを感じる。

光を放ったのは人間。
濃い栗色の巻き毛。

アイリスの、血縁者か……。
が寄り添う『闇の第二』が囁く。

『あの光は神聖騎士のもの…。
神聖神殿隊…ましてや人間等に、造り出す事の出来ぬ濃密なもの…』
『神聖騎士が、奴に力を貸しているのか?』
『我同様…お前の中から我が力を使うように、あの男の中から力を使う』

ディスバロッサはきつく唇を噛んだ。
『…が、自在に力は使えぬ。
我が力を貸す。
さすればもっと多くの『影』を操り、もっと戦場の兵の心を乗っ取れる』

ディスバロッサは瞬時に頷く。
そして身を差し出す『影』の候補を、見回した。



レイファスは愕然とした。
『影』の狼はその数を減らしながらも、尚も素早く兵の中を駆け抜け殺して回る。

その『影』の狼に紛れ込む『闇の第二』は兵の心を操りそして…………。

ギュンターはいななく馬を手綱を引き押さえ、周囲で仲間同士殺しあう兵達を見た。

一瞬だが、殺した兵の周囲に黒い靄が濃く浮き出る。
仲間を殺せば殺すほど…その男に張り付く靄は濃い黒だ。

そして濃い靄を纏う者程、強い。

濃い黒い霧を、まとわりつかせた兵は次々と仲間を殺して回る。
そしてそんな者はどんどんと、その数を増やしつつあった。

がっ!
ギュンターが拍車を掛けて突き進む。
「!駄目だギュンター!
殺せば殺すほど…相手は『影』そのものに成る!
そんな相手と戦ったりしたら………!」
レイファスは叫ぶ。
が、ギュンターは怒鳴り返した。
「放っとけるか!」

…が。
『影』と戦うには、レイファスの神聖呪文は必須。

「…糞!!!」

手綱を持つ手を引き、馬を止(とど)める。
仲間の兵が次々敵に取り込まれ、その数を減らすのを、歯がみして見守った。

レイファスは俯く。
『悪いが、彼らは幻影。
いつ現れるとも知らぬ、生きた仲間を襲う敵を撃退するため、少しでも気力体力を温存したい』

それを告げるまでもなく…ギュンターは察したように動かない。

ギュンターの悔しさが、その背から伝わる。
が、それでも動かず自分を気遣う、情の厚い金髪の勇者に、レイファスはそっと心の中で感謝を捧げた。


 ディスバロッサは素早く周囲に視線を送る。
一瞬の内に合図した者が次々と頷く。

それを選び出しのも、指示を与えたのも、自分なのか『闇の第二』なのか…。
ディスバロッサには判別付かなかった。

五体もの『影』は一瞬で『影』の狼に姿を変え、その場から旋風のように城門を駆け抜け、戦場に解き放たれて行く。

ムストレスが隣で静かに言った。
「…シェイルを、殺せ。
ディアヴォロスがここに、着く前に」

ディスバロッサは頷いた。
『影』の狼と成り五体の『影』と共に戦場を駆ける。
走り行く狼の視界は右に、左にぶれる。

瞬時に隣に付く、兵の心を鷲掴み、木偶人形に変えそして…命(めい)を吹き込む。
「…殺せ…。
あの銀髪の美青年を殺せ!」

五体の『影』の狼達は次々に兵の心を掴み、自分の配下に変えて行く。
…その時ようやく、それをしてるのは『闇の第二』だと、気づいた。

圧倒的な力。
通り過ぎた一瞬で相手の心を制圧し、自分の意のままに操る。

自分一人でそれをした時、掴み殺せと、吹き込むだけで精一杯。
誰を。
だなんて出来なかった。

幼い『闇の第二』の力だったからだろうか?
自分の入り込んだ『闇の第二』は無邪気に、掴んだ兵の心が操られ周囲の者を殺す度、その心の持ち主の意に添わぬ心の慟哭が、自らの力に変わる様に興奮し悦びを見せていた。

…が成長し幾年も経た『闇の第二』は既に別人。
手馴れ、素早く圧倒的に強かった。

兵達は次々に心を捕まれ、木偶人形と成って銀髪の青年に振り向く。
“殺せ…!
奴を殺せ!”

その叫びの高まりに、『闇の第二』は心を震わせる事もせず冷静に、銀の髪の美青年、シェイルを目指す。

“…かつて私の獲物だった。
あまりに美しく無垢で…か弱かったから…喰わず私のお気に入りにしようとずっと…狙っていたのに………”

微かだが、『影』の狼がシェイルを見つめる度、『闇の第二』の呟きが聞こえた。

“あの…男が邪魔をした………”

その時『闇の第二』の心に浮かび上がったのは、ディアヴォロス……。
『闇の第二』は、くっくっくっ…。と嗤う。

“まさかもう一度、あの男から奪い返す機会が、訪れようとは……”

そしてまた………。
心から楽しそうに、『闇の第二』は微笑っていた。

ディスバロッサは呆然とした。
…ふと思ったからだった。

自分も…そうだったのだろうか?と。
『闇の第二』は幼い頃から自分に語りかけて来た。

始めはそれは、『黒髪の一族』に伝わる伝説の光竜の、囁きなのかと光栄に身が、震えた。

が、まだ気狂いに成る前の母に言われた。
「その邪悪な王が、あのいまいましく澄み切った、光の竜の、筈がない」

それに、こうも言った。
「お前の守り手として、私が呼んだ」
とそう………。

気づくと、自分の小さな両手はいつも、血で汚れていた。
自分が気を失った辺りをウロつくと、小鳥や子猫の無残な死体が転がっていた。

心では叫んだ。
恐怖の叫びを。

がもう一人、自分に寄り添うそれ…は、静かに何の感情も無く、無残な骸を見つめている。

小鳥が、死体から姿を浮かび上がらせ、一瞬こちらを見、がそのまま翼を広げ、飛び立ってしまった。

幼い自分は、透けたその死んだ小鳥が、天空高く光り輝く空の中へ、消えて行くのを見守った。

が、寄り添う『闇の第二』は、唸った。
“無垢な動物の魂は、捕らえる事が難しい………。
奴らは“死”をただ“死”と受け止め、殺した者を恨まない”

まるで長い時間を暗闇の中、何をするでも無くただ、生きていた。
そう…幾度も…さらわれかけ、殺されかけたが、『闇の第二』がいつも、何とかした。

殺す筈の相手に殺され、恨めしげで悔しげな、血塗れの男達の魂を捕らえ、嗤う『闇の第二』をその都度見た。

が心が苦しかったのは、大好きだった女の子を、自らの手で殺した時。
その女の子の虚ろな魂を手にし、『闇の第二』は言った。

“もう…お前の物だ”

あの時…全てが止まった。
心が凍り付きそしてもう…永久に、溶ける事が無いと知った。

『闇の第二』はだが全てを我の心から閉め出した。

『こんな風に、欲しかったんじゃない!
ただ…出会った時、嬉しそうに私に向かって微笑んでくれたら…。
私だけに、微笑んでくれたら、それで良かった!』

けれど手に入れた魂の彼女はもう、二度と微笑まない。
頭を垂れ…傅くように…命じないと彼女は顔を、上げない。

自分を見つめる瞳は虚ろ。
その顔は青く、冷たく……何の感情も無い。

『こんなのは嫌だ!
欲しくなんて無い!!!』

『闇の第二』はそう叫ぶ、我の心を切り捨てた。
不要だから…と。

ディアヴォロス…そう、一族の期待を背負いそれに…恥じない男。
あの、男だけが知っていた。

『闇の第二』に捕らわれ既にもう…本当の自分と区別つかぬ程融合した我を…。

光竜の光は眩しく痛い。

苦しみのあまり一瞬融合が解かれ、そして体が…翼が生えたように軽く成った時、あの男が手を、差し伸べた。

あの男の神秘的な…だが暖かな眼差しを覗き込んだ時…幾体もの…我が手で死に追いやった魂に体ごと引きずられ、闇に引き戻された。

上を見ても既に出口は閉じられ、暗い周囲には死者と『影』が、ウロつくのみ。

がその時不思議な程心が、落ち着いた。
こここそ、我が安息所。

生等ほんの一瞬の事。
死の苦しみを乗り越えそして…こここそが、永遠に安らげる棺………。

ただ…時折、何かに付け思い出す。
ディアヴォロスのあの…碧とも翠とも…灰色とも言えぬ、神秘的で暖かな眼差し。

あの差し伸べる手に、届いていたなら……どうなっていたのか。と、遠い過去を、振り返るように………。

その都度『闇の第二』が囁く。
“あの男が、恋しいか?”

が…。
“いや。もしあの男の手を取っていたら、どうなっていたか、知りたいだけだ”

ムストレスは自我の強い男だったから…簡単に自分を影に、明け渡しはしなかった。
自らが主で無ければ気が済まない。
「左の王家」はその血筋の中に、影への耐性を生まれつき持っていて…影は王家の者の心を簡単には捉えられない。

王家の者は気に入らなければ直ぐに…影をその心から弾き出す事が出来た。
『闇の第二』はいつも寸での所でムストレスに弾かれ、その心を完全には乗っ取れず、我を通しいつもムストレスのその魂に囁きかける。

“ディアヴォロスは邪魔だ。
あの男が強く、美しく…誰も為し得ない光竜をその身に、降ろす者ゆえさらに余計に。

あの男の前では、お前等影。
朧な…正体すら掴めぬ儚き者。

あの男が居る場では皆あの男に魅入られ、誰一人としてお前の存在など気にかけはしない”

ムストレスは自尊心の塊だったから、『闇の第二』のその囁きにいつも憤慨していた。
ディアヴォロスを…ムストレスだけで無く『闇の第二』迄もが一番の標的とするのを、不思議に感じていた。
あの光纏うディアヴォロスに、ムストレスは勝てる筈も無い。
まして『影』の空間に閉じ込められ、人の心の隙に巣食う、光と戦うのに十分な力を持たぬ『影』である『闇の第二』が、幾ら憎くとも『光の国』の神である光竜をその身の内に住まわせたディアヴォロスを、到底仕留める事等、出来る筈も無い………。

それでもしつこくあの男を付け狙うのは…。

…そうか………。
そんな遺恨が、あったのか。

お前が欲しかった銀髪の無垢なる美少年………。
我は手に出来たが、あれは手に入らずディアヴォロスに邪魔をされ…。
さぞかし悔しかったのだろうな…?

闇の世界では最早その兄、弟ですら、追い落とす事簡単な、強大な力を持つ…お前だものな………。



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