アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

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第七章『過去の幻影の大戦』

懲罰の女王の攻撃

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 ローランデは城壁の中庭に、真っ黒な靄が現れるのを見た。
薄くなるにつれその中の、とても綺麗な女性が覗い見えて、はっとする。

色白の肌の、顔立ちの整ったとても、美しい女性。
が、髪は黒く、蛇のようにうねって見える。
額に真っ赤なルビーのはめ込まれた金の輪を被り、その衣服は血のような紅。

けれどその衣服の胸元は大きく開いて、扇情的な真っ白な盛り上がった二つの胸の、その谷間がくっきりと見える。

「…すごく、そそられるけど絶対とんでもないですよね?」
ラフォーレンがスフォルツァの横で囁く。
スフォルツァは思い切り頷く。
「…ああいう女に、惚れたら最後だ」

が、ローランデだけはその『影』が、どんな攻撃を戦場の皆に仕掛けるか、見守った。


レイファスはふ…と、顔を上げる。
一瞬、影が空を覆って、駆け抜けたように薄暗く成った気がして。

気づくと雲が空を覆い、風が出て来る。
が前に跨る、ギュンターが硬直したように前に身を、折っているのに気づく。
背の服を握り、引く。

がギュンターが振り向かないのに、つい思い切り引き寄せる。
ギュンターの背は、ぐらりと揺れるが彼が
『なんだ!』と振り向く様子はない。

咄嗟にテテュスに視線を送る。
テテュスも、まるで見えない何かに覆い尽くされたように立ち尽くし地を見つめる、ディングレーの姿を凝視していた。

「………何が起こってる?」
やはり目前で立ち尽くし…俯くオーガスタスを見、アシュアークが誰に問うでもなく尋ねる。

馬上のレイファスを見るが、レイファスは顔を歪め、首を横に振る。
次いでアシュアークはテテュスを見る。
テテュスはまるで…ディングレーの表情から何が起こってるのか、読み取ろうとするように真剣に、ひたすら棒立ちで青ざめる、ディングレーを喰い居るように見つめていた。

シェイルが、前に屈み込みディングレーをひたすら見つめるテテュスを、必死で支える。

“ワーキュラス!”

叫ぶが、彼は忙しいのか返答が無い。
今迄頭の中の回路で繋がっていた筈の、ギュンター、ディングレー、オーガスタスの気配がぷっつり。
と切れ、どこか別の場所に、居るかのようだった。

「誰か!解らないか?何が起こってるのかが!!!」
シェイルは頭の中で叫ぶが、誰もが様子を伺うのに忙しく、何の返答も、無い。

ただ…アイリスだけが囁いた。
「ローランデ…。
そこに見える『影』に、見覚えは?」

が、返答したのはスフォルツァ。
「そそる美人だって事以外は何も」

シェイルが必死で頭の中の、彼らに叫ぶ。
「…だから!
どんな能力(ちから)をつかう“そそる美人”なんだ?!!!」


ワーキュラスは魂を捕らえられたような、ギュンター、ディングレー、オーガスタスの三人のその内に、広がる黒い染みのように影が広がり行き覆う様を見た。

視界で捕らえられない、それ。
明らかに心を覗かれ、体では無く心が影に覆われている。

周囲の光の結界は健在。
だがその身の内。
心が影に覆い尽くされ、彼らの心はその影に、囚われているように見えた。

幾ら声を掛けても、のしかかる『影』の見せる幻影に、気を取られてるのか三人に言葉は通じない。

ワーキュラスは術を知ってる誰かに、それを託す事にした。
ギュンターの心の中に強引に潜り込み、彼の見ているものを視覚化し、皆の頭の中に送る。

途端、レイファスもシェイルも…そして城内に居る、ローランデ迄もが、無言で顔を下げた。



ギュンターは周囲を、かつて情を交わした女性に取り囲まれ、揉みくちゃにされていた。
女性達は皆裸で、衣服を着てるギュンターの、その着衣を、先を争って脱がそうとし、掴み合いの喧嘩をしていた。
「私が、脱がすのよ!」
「あら?
彼は今夜、私とするわ?」
「何図々しい事言ってるの?」

ギュンターははだけた上着の前を握り止め、押し退けようとしてもその数の多さに、絶句し押されるまま揉みくちゃにされていた。

周囲を取り巻く女性は三十人は居る様子で、更にまだ、増えつつある。
その裸の女性の中心で、一際長身のギュンターはそれでも必死で衣服を握り止め、押して来る女性に眉を寄せ、何とかバランスを取り、この事態の収拾に脳をフル回転させていた。

ラフォーレンは口に手を当て、スフォルツァは俯き、はっ。と吐息を吐き出す。

アシュアークはかんかんに成ってテテュスを、見た。
「あの女達を全部ギュンターからどけろ!
俺をあそこに送ってくれたら、俺が女を全部斬ってやる!!!」

ディンダーデンはギュンターが必死で、自分の姿を探すのを見た。
“半分請け持ってくれ!”と助っ人を求めるように。

が、ディンダーデンは顔を背けた。
“幾ら俺だって、あんな数こなし切れるか………”
もしそんな場が本当に訪れたら、ギュンターがどれだけ自分の名を怒鳴り叫ぼうが、ばっくれよう。と心に決めた。

がその横の暗い空間に、ディングレーの姿が皆の脳裏に浮かび上がる。
彼は既に上半身裸で、上着を持ち去ろうとする女性と、上着を引っ張りっこしていた。

相手の女性は勿論、裸。
そして引っ張り合いをするディングレーの裸の胸に背に、手を這わせる女性達。
やはりディングレーの周囲にも、女性達が続々と増えて押し寄せる。

ディングレーは後ろから腕を回し、ズボンのボタンを外そうとする女性に振り向き、怒鳴ろうとした。
ディングレーはギュンターと違い、どの女の顔も見覚えが無いようで、手を振り周囲から退けようと睨み付ける。

「いいからどけ!放せ!
俺じゃなく、ギュンターかアイリスのとこに行け!」

が怒鳴った途端、女性達は一斉に叫んだ。
「だって私を綺麗と言ったのに!」
「あれ程楽しい夜を一緒に過ごして、他へ行けですって?!」
「私と一夜を過ごしたの、まさか全然覚えてないの?!」

ディングレーは一斉に叫ばれて真っ青に、成る。
今度はディングレーが押し寄せる女性の波に飲み込まれながら、縋るようにローフィスに救いを求め、心の中で哀れに彼の名を叫ぶのを皆、感じた。

ワーキュラスは必死で、皆に策があるかを探る。

が、ラフォーレンもスフォルツァもディンダーデンも無言で顔を下げ、ローランデもシェイルも呆れたように目を背け、レイファスは尋ねるワーキュラスに
『自業自得なんだろうけど…援軍は送れそう?』
と質問を返した。

“彼らの心の中だ。
幻影に気を取られてる間は言葉が通じない。
この絵ですら、彼らの心に強引に侵入し、掠め取ってきた映像だ”

が、アイリスが暗がりに浮かび上がる二つの映像の、一方のギュンターの絵に語りかける。
『ローランデとアシュアークを思い浮かべろ!
必死で…それこそ真剣に、彼らを召還するんだ!』

呟き、ディンダーデンの腕を握る。
ディンダーデンは握られた腕を見た。

アイリスが素早く囁く。
「ギュンターはあんたの姿を探してる。
だから介入出来るとしたらあんただ!
心に介入出来る呪文を唱え、私の声を中継しろ!」

ディンダーデンは頭の中のタナデルンタスに“気”を向け、呪文を引き出し、ぼやいた。
「俺を思い浮かべろ。
と言われないだけ御の字か」
アイリスは歯を剥く。
「…君なんか送ったら、衣服を脱いでギュンターと同時に女性をこなし始めるじゃないか!
あの女の、一人とでも情を交わせば、『影』に捕らえられ下僕にされるぞ?!!」

ディンダーデンはやっぱりそうか。と顔を下げ
「美味しい状況には罠がつきものか」
とぼやいた後、呪文を唱え始める。

アイリスが素早くディンダーデンの“気”に自分の“気”を沿わせ、忠告をギュンターに送った。

ローランデがぼそり…と頭の中で囁いた。
「私を思い浮かべたって、私があそこに、行く訳じゃないんだな?」

「行ってあの不届きな女共を、叩き斬れないのか?!」
咄嗟のアシュアークの叫び声の大きさに、ローランデ、シェイルだけで無く、レイファス迄もが顔を、思い切り顰めた。

が、テテュスの冷静で穏やかな声音も響く。
「アイリス…。ディングレーは私が助ける。
私の姿を思い浮かべろと。彼に忠告してくれ」

アシュアークが明るい声で、やっぱり大声で怒鳴る。
「やっぱり、行ける?!」

アイリスは愛しい息子との会話に割り込むアシュアークに明らかに、不快そうだった。が呟く。
「…行けるのは、テテュスが侵入の呪文を知っているから…。
テテュスそりゃ…私だってその呪文を知っている、君の成長ぶりを喜びたい。けど………」

テテュスは穏やかに言った。
「アイリス。私はもう、六歳じゃない」
アイリスは吐息を吐いた。

一族の誰もが皆、言い出したら自分の意見を絶対引っ込めない頑固者。
とアイリスは思い知っていたから、テテュスも当然そうだろう。と諦めの吐息を吐く。

アイリスは腕を握るディンダーデンに一つ、頷く。
ディンダーデンはしょげたアイリスを呆れたように見、が呪文を唱えた。


レイファスの気遣う“気”がワーキュラスを必死で促し、ようやく三人目、オーガスタスの幻影が暗い空間に浮かび上がる。

オーガスタスは周囲に、隙を狙って飛びかかろうとする三人の女性と、戦うように身構え隙を見せなかった。

レイファスはもう少しで
『流石オーガスタス!
相手を見知った女性でなく、ちゃんと『影』だと解ってるんだ!』
と叫びそうになった。

…………が。

オーガスタスの心がその名を呟く。
“ゼミュス、アルデス、アマランス………”

目前のがりがりの女性の裸は、あまり骨が浮き出て直視、出来なかったし、その横の女性は肉の塊でそのシルエットは円に見える程。
そしてもう一人は黒髪の素晴らしい美人で素晴らしい体付きだったが、思い切り眉をしかめてた。

「オーガスタス!
ねえオーガスタス!
私が好きでしょ?大丈夫。自分に自信が無くても、私が上に乗るから貴方は何もしなくていいのよ?」

ガリガリの女性が必死にオーガスタスに近寄ろうと叫ぶと、オーガスタスはひたすら沈黙して心の中で
“だから…骨が当たって、痛いんだってば…”
と囁くのが聞こえ、その女性の言葉に、横に居るお肉でまん丸な女性は眉を思い切り寄せ
「どうしてこんな女がいいの?!
あたしとしたら、天国に送ってあげるのに!」
と体中を覆うお肉を、たっぷり揺らして怒鳴った。

更にその横の美女は、素晴らしく綺麗な顔を陰険に歪め
「……私からの誘いを、どれだけの男が待ちわびていると思ってるの!
それを断り…よりによってこんな貧相でみっともない女と!
まさか貴方、本当に寝たって言うんじゃないでしょうね!!!」

モテる女のプライドを傷つけられ、凄みを増す美女の声にオーガスタスが内心、竦み上がるのを皆、感じ、吐息を漏らす。

「………………………」
レイファスはひたすら顔を上げず、絶句した。

が、アシュアークが大声で喚く。
「俺をあの中に入れろ!
ギュンターは俺のもんだと!あの女達に教えてやる!」

アイリスはローランデに向け、小声で囁く。
「アシュアークが五月蠅いから、彼を中へ送るけど…君はどうする?」

ローランデはぷんぷん怒って言った。
「どうして私が必要だ!
アシュアーク一人で十分だろう?!」

ディンダーデンが素早く言う。
「お前が行けばギュンターは感激で、表情はそのままでも内心は咽(むせ)び泣くのにな。
がローランデ。あれは不可抗力だ。
『影』の攻撃だし、お前が襲われたってああなるだろう?」

がローランデは怒ったまま即答した。
「ディンダーデン。アイリスに説明を聞いてないのか?
あの『影』は“懺悔の懲罰”と呼ばれる女だ。
『懲罰の女王』とも呼ばれてる。

取り込まれるのは、女性との情事に深く気を取られてる男だけだし、心を覗くから、現れるのは全部本人の見知ってる過去の女性達だ!」

アイリスが俯くディンダーデンに、そっと言った。
「あの場に居たら、君も私も確実に取り込まれてた。
テテュスがそうならないのは、流石としか言えない」

が、テテュスが済まなそうに呟く。
「アイリス。
私とレイファスはこの結界の外の、特殊ルートを辿って来ているからこの世界に干渉は出来ても、貴方方程蜜に取り込まれてなくて『影』は私達を十分認識できず、心を覗かれないだけだ。
誘惑に打ち勝てる。
と胸張って言えなくて、凄く残念だけど」

アイリスは、そうか…。と言う代わりに吐息を吐いた。
シェイルはオーガスタスの横に立ってる、アシュアークの身が一瞬真っ白に光るのを、見た。

ワーキュラスがどうやら、強引に割り込んだギュンターの心の中へ、アイリスとディンダーデンが作った回路を伝いアシュアークの心を無理矢理、送り込んだようだった。

次いで支えてるテテュスの身が、真っ白に光る。
テテュスもアイリスとディンダーデンの作った回路を伝って、呪文を唱え自らディングレーの心の中へと、自分の心を飛ばした。

レイファスがそっ…と囁く。
「アイリス。私にオーガスタスを助けさせてくれ」

アイリスは無言だった。が頷いたように直ぐ、ディンダーデンと共に呪文を唱える声が、返答代わりに頭の中に響いた。

シェイルが見ていると、レイファスの身もやはり一瞬真っ白に光った。
その場に佇む全員が今や自分を残し、立ったまま眠っているように硬直する様を、シェイルは不安げに見回した。

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