259 / 389
第七章『過去の幻影の大戦』
地を馳せる闇の狼
しおりを挟む
ムストレスはその、暗い部屋の椅子に座っていた。
手すりを握り、思考を頭に浮かぶ者へと向ける。
その男は青い肌で赤い眼をして城壁の上に立ち、下から巻き上げる風に黒い髪を靡かせていた。
問う意志が流れ、促すと自分から与えた、闇の力を全身に満たし、その身から影のような分身を幾つも…幾つも幾つも、城壁の向こう、足下に転がる死体の間に立つ、アーマラスの軍勢に向け、放つ。
影は朧で薄く、しかしグレーの風のように、城門を抜け敵へと駆け去って行く。
敵に近づくにつれ、その姿は明確に成る。
色は濃くなり黒と成り…やがて地を馳せる、真っ黒な狼のように形は定まり、本物の狼もこれ程素早いか。と思う程速く、敵の一人の、喉笛めがけ襲いかかる。
「ぎゃあああああああっ!」
ばっ!と髪を振り、集っていた全員が声に振り向く。
その黒い塊は幾体も走って来た。
次々と兵に襲いかかり、喉元に噛み付くその黒い獣に、別の兵が慌てて剣を振る。
が一瞬で身を翻し、姿を消す。
しなやかで早い!
しかも…人間の、対応が追いつかない程の速度で兵の間を駆け、襲いかかる。
「…!」
アシュアークが剣を構え…が、その素早さに突っ込みかけて、歩を止めた。
兵達はその大きな狼のような獣に剣を振るが、掠る様子無く風のように身を翻し翻弄し…そして一瞬で、獣は牙剥き襲いかかる。
「ぎゃああああっ!」
オーガスタスが歩を踏み出そうとする、アシュアークに怒鳴る。
「無駄だアシュアーク!」
アシュアークはその声が聞こえたが、尚も戦うつもりで敵の様子にその目を釘付けた。
何体居るのか見当も付かないが、その、数が増えて行く事は確か。
敵レアル城壁から次々と、グレーの風と成って馳せ来る。
シェイルが心の中でワーキュラスに問う。
がワーキュラスは全員に解る声で叫ぶ。
“剣で戦える相手では無い!
呪文を唱え、光の結界で身を護れ!”
アシュアークがまた、剣を下げ構え、一歩踏み出そうとして、オーガスタスに振り返る。
「どうやる?
光の結界?」
オーガスタスが、口で言うより早い!と、アシュアークに寄り来て腕を、掴む。
アシュアークは蹌踉めき、オーガスタスの胸に止められてその、呟く声を聞いた。
小声だった。が、オーガスタスの胸に頭を寄せた途端、自分共々オーガスタスの身が白く、発光し、僅かに…穏やかな暖かさに、包まれた気が、した。
つい、剣を握る手を見る。
その手から剣先に向けて、やはり白い仄かな光を帯びているのが、見て取れた。
一体が黒い影のように、自分とオーガスタスの横を通り過ぎる。
一瞬、だった。
それは目を追う早さを超えて、集う仲間達へと突っ込んで行った。
ざっっっっっっっ!
ディングレーの剣が、薙ぎ払われるのを見る。
ディングレーの剣は獣に触れる瞬間白く輝き、黒い獣は
「ぎゃっ!」
と叫び…傷を作り赤い血を、滴らせた。
アシュアークは目を見開き、叫ぶ。
「!ディングレーは斬ったぞ!」
オーガスタスは駄々っ子を、捕まえるように泳ぐアシュアークの腕を強く握り引き寄せ、静かに怒鳴る。
「神聖呪文を唱えてるからな!」
アシュアークの眉が、オーガスタスを見上げ、泣きそうに寄った。
「だから…!どうやる!!!」
オーガスタスは闘牙を抑えられ、敵を目前に剣を振れぬアシュアークの、もどかしさに表情を歪める、その顔を、見た。
綺羅綺羅しく美しい。
が奴は「右の王家」の男。
誰もが敵を目前に、戦う事しか念頭に無い。
オーガスタスは口の中で呪文を唱え、アシュアークの身を守護の光で満たすと、その腕を乱暴に付き放した。
放たれたアシュアークはオーガスタスの横に突き飛ばされ、蹌踉めき、が次に突っ込んで来る影の獣に向かい、剣を振った。
ざっっっっっっっっ!
叫びはしなかったが獣は斬られ、血を滴らせながらその身を翻す。
アシュアークは間近でその大きな黒い獣を、見た。
真っ黒な毛皮と四本足の、口が裂けた狼のような化け物。
がその口と牙は明らかに、自分の知ってる狼よりうんと大きく、鋭かった。
獣が地を、蹴る。
アシュアークは剣を振る。
宙でその獣は剣を避け、尚も着地場所をアシュアークの上に、飛びかかり襲い来る。
オーガスタスが呪文を唱え続ける。
アシュアークは振った剣を戻し敵に、斬りつけようとした。
がそれより獣の牙が、アシュアークの胸に届くのが先だった。
食い千切られる!
開いた胸元に喰らい付こうとする大きな獣の気配にアシュアークは眉を寄せた。
が獣の牙が胸に、触れるその直前、獣はアシュアークを包む光の結界に触れる。
ギャァァァァァアアアア!
奇怪な叫びを上げ、吹っ飛んだ。
地に転がる獣は、苦しがって地を転げる。
が身を起こし、別の獲物を見つけ、突っ込んで行く。
レイファスは、ギュンターと馬共々光の守護結界で包み護っていたから、獣はそれを怯えたように避け、その向こうの無防備な兵へと喰らい付いた。
「ぎゃあああっ!」
ギュンターがその様子に目を見開く。
「!…兵が殺られる」
レイファスはまだ、ぐったりしながらその頭をギュンターの背に寄せ、囁く。
「…兵を…護るだけの結界は張れない……。
だが…あの時、俺にこれが出来たら…オーガスタスを血塗れになんか、させなかった………」
ギュンターは思わずその告白に振り向く。
「…奴らは光が怖いから、光に包まれた俺達は襲わない」
呻くように呟くレイファスに、ギュンターは一つ吐息を吐くと言った。
「いいから、休め」
ディングレーは自ら呪文を唱えながら、近くの兵を襲う二体の獣を、斬って捨てた。
シェイルはテテュスにぴったりと寄り添い、呪文を唱える。
テテュスが、そっと振り向く。
「…いいから私が………」
がシェイルは唱えながら首を横に、振る。
その可憐で美しい麗人の、自分を庇う必死な様子を見て、テテュスはふっ…と微笑む。
が、戦場では次々に兵が襲われ、その数をあっと言う間に、減らして行く。
ムストレスは満足そうに、微笑った。
どんどん…護りを削りそして…お前達を必ず、仕留めてやる!
城壁の遙か向こう。
獣の目を通し見える、奴らの姿をおぼろに見つめながら、くっくっくっ…と喉を鳴らし、嗤い続けた。
手すりを握り、思考を頭に浮かぶ者へと向ける。
その男は青い肌で赤い眼をして城壁の上に立ち、下から巻き上げる風に黒い髪を靡かせていた。
問う意志が流れ、促すと自分から与えた、闇の力を全身に満たし、その身から影のような分身を幾つも…幾つも幾つも、城壁の向こう、足下に転がる死体の間に立つ、アーマラスの軍勢に向け、放つ。
影は朧で薄く、しかしグレーの風のように、城門を抜け敵へと駆け去って行く。
敵に近づくにつれ、その姿は明確に成る。
色は濃くなり黒と成り…やがて地を馳せる、真っ黒な狼のように形は定まり、本物の狼もこれ程素早いか。と思う程速く、敵の一人の、喉笛めがけ襲いかかる。
「ぎゃあああああああっ!」
ばっ!と髪を振り、集っていた全員が声に振り向く。
その黒い塊は幾体も走って来た。
次々と兵に襲いかかり、喉元に噛み付くその黒い獣に、別の兵が慌てて剣を振る。
が一瞬で身を翻し、姿を消す。
しなやかで早い!
しかも…人間の、対応が追いつかない程の速度で兵の間を駆け、襲いかかる。
「…!」
アシュアークが剣を構え…が、その素早さに突っ込みかけて、歩を止めた。
兵達はその大きな狼のような獣に剣を振るが、掠る様子無く風のように身を翻し翻弄し…そして一瞬で、獣は牙剥き襲いかかる。
「ぎゃああああっ!」
オーガスタスが歩を踏み出そうとする、アシュアークに怒鳴る。
「無駄だアシュアーク!」
アシュアークはその声が聞こえたが、尚も戦うつもりで敵の様子にその目を釘付けた。
何体居るのか見当も付かないが、その、数が増えて行く事は確か。
敵レアル城壁から次々と、グレーの風と成って馳せ来る。
シェイルが心の中でワーキュラスに問う。
がワーキュラスは全員に解る声で叫ぶ。
“剣で戦える相手では無い!
呪文を唱え、光の結界で身を護れ!”
アシュアークがまた、剣を下げ構え、一歩踏み出そうとして、オーガスタスに振り返る。
「どうやる?
光の結界?」
オーガスタスが、口で言うより早い!と、アシュアークに寄り来て腕を、掴む。
アシュアークは蹌踉めき、オーガスタスの胸に止められてその、呟く声を聞いた。
小声だった。が、オーガスタスの胸に頭を寄せた途端、自分共々オーガスタスの身が白く、発光し、僅かに…穏やかな暖かさに、包まれた気が、した。
つい、剣を握る手を見る。
その手から剣先に向けて、やはり白い仄かな光を帯びているのが、見て取れた。
一体が黒い影のように、自分とオーガスタスの横を通り過ぎる。
一瞬、だった。
それは目を追う早さを超えて、集う仲間達へと突っ込んで行った。
ざっっっっっっっ!
ディングレーの剣が、薙ぎ払われるのを見る。
ディングレーの剣は獣に触れる瞬間白く輝き、黒い獣は
「ぎゃっ!」
と叫び…傷を作り赤い血を、滴らせた。
アシュアークは目を見開き、叫ぶ。
「!ディングレーは斬ったぞ!」
オーガスタスは駄々っ子を、捕まえるように泳ぐアシュアークの腕を強く握り引き寄せ、静かに怒鳴る。
「神聖呪文を唱えてるからな!」
アシュアークの眉が、オーガスタスを見上げ、泣きそうに寄った。
「だから…!どうやる!!!」
オーガスタスは闘牙を抑えられ、敵を目前に剣を振れぬアシュアークの、もどかしさに表情を歪める、その顔を、見た。
綺羅綺羅しく美しい。
が奴は「右の王家」の男。
誰もが敵を目前に、戦う事しか念頭に無い。
オーガスタスは口の中で呪文を唱え、アシュアークの身を守護の光で満たすと、その腕を乱暴に付き放した。
放たれたアシュアークはオーガスタスの横に突き飛ばされ、蹌踉めき、が次に突っ込んで来る影の獣に向かい、剣を振った。
ざっっっっっっっっ!
叫びはしなかったが獣は斬られ、血を滴らせながらその身を翻す。
アシュアークは間近でその大きな黒い獣を、見た。
真っ黒な毛皮と四本足の、口が裂けた狼のような化け物。
がその口と牙は明らかに、自分の知ってる狼よりうんと大きく、鋭かった。
獣が地を、蹴る。
アシュアークは剣を振る。
宙でその獣は剣を避け、尚も着地場所をアシュアークの上に、飛びかかり襲い来る。
オーガスタスが呪文を唱え続ける。
アシュアークは振った剣を戻し敵に、斬りつけようとした。
がそれより獣の牙が、アシュアークの胸に届くのが先だった。
食い千切られる!
開いた胸元に喰らい付こうとする大きな獣の気配にアシュアークは眉を寄せた。
が獣の牙が胸に、触れるその直前、獣はアシュアークを包む光の結界に触れる。
ギャァァァァァアアアア!
奇怪な叫びを上げ、吹っ飛んだ。
地に転がる獣は、苦しがって地を転げる。
が身を起こし、別の獲物を見つけ、突っ込んで行く。
レイファスは、ギュンターと馬共々光の守護結界で包み護っていたから、獣はそれを怯えたように避け、その向こうの無防備な兵へと喰らい付いた。
「ぎゃあああっ!」
ギュンターがその様子に目を見開く。
「!…兵が殺られる」
レイファスはまだ、ぐったりしながらその頭をギュンターの背に寄せ、囁く。
「…兵を…護るだけの結界は張れない……。
だが…あの時、俺にこれが出来たら…オーガスタスを血塗れになんか、させなかった………」
ギュンターは思わずその告白に振り向く。
「…奴らは光が怖いから、光に包まれた俺達は襲わない」
呻くように呟くレイファスに、ギュンターは一つ吐息を吐くと言った。
「いいから、休め」
ディングレーは自ら呪文を唱えながら、近くの兵を襲う二体の獣を、斬って捨てた。
シェイルはテテュスにぴったりと寄り添い、呪文を唱える。
テテュスが、そっと振り向く。
「…いいから私が………」
がシェイルは唱えながら首を横に、振る。
その可憐で美しい麗人の、自分を庇う必死な様子を見て、テテュスはふっ…と微笑む。
が、戦場では次々に兵が襲われ、その数をあっと言う間に、減らして行く。
ムストレスは満足そうに、微笑った。
どんどん…護りを削りそして…お前達を必ず、仕留めてやる!
城壁の遙か向こう。
獣の目を通し見える、奴らの姿をおぼろに見つめながら、くっくっくっ…と喉を鳴らし、嗤い続けた。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

元邪神って本当ですか!? 万能ギルド職員の業務日誌
紫南
ファンタジー
十二才の少年コウヤは、前世では病弱な少年だった。
それは、その更に前の生で邪神として倒されたからだ。
今世、その世界に再転生した彼は、元家族である神々に可愛がられ高い能力を持って人として生活している。
コウヤの現職は冒険者ギルドの職員。
日々仕事を押し付けられ、それらをこなしていくが……?
◆◆◆
「だって武器がペーパーナイフってなに!? あれは普通切れないよ!? 何切るものかわかってるよね!?」
「紙でしょ? ペーパーって言うし」
「そうだね。正解!」
◆◆◆
神としての力は健在。
ちょっと天然でお人好し。
自重知らずの少年が今日も元気にお仕事中!
◆気まぐれ投稿になります。
お暇潰しにどうぞ♪

最初からここに私の居場所はなかった
kana
恋愛
死なないために媚びても駄目だった。
死なないために努力しても認められなかった。
死なないためにどんなに辛くても笑顔でいても無駄だった。
死なないために何をされても怒らなかったのに⋯⋯
だったら⋯⋯もう誰にも媚びる必要も、気を使う必要もないでしょう?
だから虚しい希望は捨てて生きるための準備を始めた。
二度目は、自分らしく生きると決めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
いつも稚拙な小説を読んでいただきありがとうございます。
私ごとですが、この度レジーナブックス様より『後悔している言われても⋯⋯ねえ?今さらですよ?』が1月31日頃に書籍化されることになりました~
これも読んでくださった皆様のおかげです。m(_ _)m
これからも皆様に楽しんでいただける作品をお届けできるように頑張ってまいりますので、よろしくお願いいたします(>人<;)

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい
増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。
目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた
3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ
いくらなんでもこれはおかしいだろ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる