アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

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第七章『過去の幻影の大戦』

地を馳せる闇の狼

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 ムストレスはその、暗い部屋の椅子に座っていた。
手すりを握り、思考を頭に浮かぶ者へと向ける。

その男は青い肌で赤い眼をして城壁の上に立ち、下から巻き上げる風に黒い髪を靡かせていた。

問う意志が流れ、促すと自分から与えた、闇の力を全身に満たし、その身から影のような分身を幾つも…幾つも幾つも、城壁の向こう、足下に転がる死体の間に立つ、アーマラスの軍勢に向け、放つ。

影は朧で薄く、しかしグレーの風のように、城門を抜け敵へと駆け去って行く。

敵に近づくにつれ、その姿は明確に成る。
色は濃くなり黒と成り…やがて地を馳せる、真っ黒な狼のように形は定まり、本物の狼もこれ程素早いか。と思う程速く、敵の一人の、喉笛めがけ襲いかかる。


「ぎゃあああああああっ!」

ばっ!と髪を振り、集っていた全員が声に振り向く。
その黒い塊は幾体も走って来た。

次々と兵に襲いかかり、喉元に噛み付くその黒い獣に、別の兵が慌てて剣を振る。
が一瞬で身を翻し、姿を消す。

しなやかで早い!
しかも…人間の、対応が追いつかない程の速度で兵の間を駆け、襲いかかる。

「…!」
アシュアークが剣を構え…が、その素早さに突っ込みかけて、歩を止めた。

兵達はその大きな狼のような獣に剣を振るが、掠る様子無く風のように身を翻し翻弄し…そして一瞬で、獣は牙剥き襲いかかる。

「ぎゃああああっ!」

オーガスタスが歩を踏み出そうとする、アシュアークに怒鳴る。
「無駄だアシュアーク!」 

アシュアークはその声が聞こえたが、尚も戦うつもりで敵の様子にその目を釘付けた。

何体居るのか見当も付かないが、その、数が増えて行く事は確か。
敵レアル城壁から次々と、グレーの風と成って馳せ来る。

シェイルが心の中でワーキュラスに問う。
がワーキュラスは全員に解る声で叫ぶ。

“剣で戦える相手では無い!
呪文を唱え、光の結界で身を護れ!”

アシュアークがまた、剣を下げ構え、一歩踏み出そうとして、オーガスタスに振り返る。

「どうやる?
光の結界?」

オーガスタスが、口で言うより早い!と、アシュアークに寄り来て腕を、掴む。
アシュアークは蹌踉めき、オーガスタスの胸に止められてその、呟く声を聞いた。

小声だった。が、オーガスタスの胸に頭を寄せた途端、自分共々オーガスタスの身が白く、発光し、僅かに…穏やかな暖かさに、包まれた気が、した。

つい、剣を握る手を見る。
その手から剣先に向けて、やはり白い仄かな光を帯びているのが、見て取れた。

一体が黒い影のように、自分とオーガスタスの横を通り過ぎる。

一瞬、だった。

それは目を追う早さを超えて、集う仲間達へと突っ込んで行った。
ざっっっっっっっ!

ディングレーの剣が、薙ぎ払われるのを見る。
ディングレーの剣は獣に触れる瞬間白く輝き、黒い獣は
「ぎゃっ!」
と叫び…傷を作り赤い血を、滴らせた。

アシュアークは目を見開き、叫ぶ。
「!ディングレーは斬ったぞ!」
オーガスタスは駄々っ子を、捕まえるように泳ぐアシュアークの腕を強く握り引き寄せ、静かに怒鳴る。

「神聖呪文を唱えてるからな!」

アシュアークの眉が、オーガスタスを見上げ、泣きそうに寄った。
「だから…!どうやる!!!」

オーガスタスは闘牙を抑えられ、敵を目前に剣を振れぬアシュアークの、もどかしさに表情を歪める、その顔を、見た。

綺羅綺羅しく美しい。
が奴は「右の王家」の男。

誰もが敵を目前に、戦う事しか念頭に無い。

オーガスタスは口の中で呪文を唱え、アシュアークの身を守護の光で満たすと、その腕を乱暴に付き放した。

放たれたアシュアークはオーガスタスの横に突き飛ばされ、蹌踉めき、が次に突っ込んで来る影の獣に向かい、剣を振った。

ざっっっっっっっっ!

叫びはしなかったが獣は斬られ、血を滴らせながらその身を翻す。
アシュアークは間近でその大きな黒い獣を、見た。

真っ黒な毛皮と四本足の、口が裂けた狼のような化け物。
がその口と牙は明らかに、自分の知ってる狼よりうんと大きく、鋭かった。

獣が地を、蹴る。
アシュアークは剣を振る。

宙でその獣は剣を避け、尚も着地場所をアシュアークの上に、飛びかかり襲い来る。

オーガスタスが呪文を唱え続ける。
アシュアークは振った剣を戻し敵に、斬りつけようとした。
がそれより獣の牙が、アシュアークの胸に届くのが先だった。

食い千切られる!
開いた胸元に喰らい付こうとする大きな獣の気配にアシュアークは眉を寄せた。
が獣の牙が胸に、触れるその直前、獣はアシュアークを包む光の結界に触れる。

ギャァァァァァアアアア!

奇怪な叫びを上げ、吹っ飛んだ。

地に転がる獣は、苦しがって地を転げる。
が身を起こし、別の獲物を見つけ、突っ込んで行く。

レイファスは、ギュンターと馬共々光の守護結界で包み護っていたから、獣はそれを怯えたように避け、その向こうの無防備な兵へと喰らい付いた。

「ぎゃあああっ!」

ギュンターがその様子に目を見開く。
「!…兵が殺られる」
レイファスはまだ、ぐったりしながらその頭をギュンターの背に寄せ、囁く。
「…兵を…護るだけの結界は張れない……。
だが…あの時、俺にこれが出来たら…オーガスタスを血塗れになんか、させなかった………」

ギュンターは思わずその告白に振り向く。

「…奴らは光が怖いから、光に包まれた俺達は襲わない」

呻くように呟くレイファスに、ギュンターは一つ吐息を吐くと言った。
「いいから、休め」

ディングレーは自ら呪文を唱えながら、近くの兵を襲う二体の獣を、斬って捨てた。

シェイルはテテュスにぴったりと寄り添い、呪文を唱える。
テテュスが、そっと振り向く。
「…いいから私が………」

がシェイルは唱えながら首を横に、振る。
その可憐で美しい麗人の、自分を庇う必死な様子を見て、テテュスはふっ…と微笑む。

が、戦場では次々に兵が襲われ、その数をあっと言う間に、減らして行く。


 ムストレスは満足そうに、微笑った。
どんどん…護りを削りそして…お前達を必ず、仕留めてやる!

城壁の遙か向こう。
獣の目を通し見える、奴らの姿をおぼろに見つめながら、くっくっくっ…と喉を鳴らし、嗤い続けた。

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