アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

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第七章『過去の幻影の大戦』

大技を使おうとするテテュスと、察して援護するアイリス

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 ギュンターは立ち上がり始める死体の横を通り過ぎながら、背後に怒鳴った。
「逃げるしか、手が無いのか?!」
レイファスが怒鳴り返す。
「今の所は!」

そして…遙か先、視線の先のテテュスを伺い見る。

テテュスは城門近くの死体が次々と起き上がるのを、眉を寄せその濃紺の瞳で見つめる。
ディングレーは足の横の死体が、ゆらりと肩を揺らし両膝付いて、起き上がるのを、気味悪そうに歯を食い縛って見つめた。

シェイルは咄嗟に、不気味なものを避けるようにテテュスに寄り添う。

テテュスは草を蹴散らしこちらに駆け込む馬の背の、ギュンターの背後から真っ直ぐ視線を送るレイファスを、じっ、と見つめる。

レイファスには解ってた。
テテュスが自分同様、どの呪文を使うかを高速で思い巡らしてる様を。

が、一つの考えが浮かぶと、どんどん近づき大きく成るテテュスの真剣な表情を、はっ!とし見つめる。


「!」
塔の中でアイリスが咄嗟に、少し離れた場所で座る、ディンダーデンの腕を掴む。
ディンダーデンはアイリスに
『やっとソノ気に…(成ったか)』
と言いかけ、俯いてぎゅっ!と腕を痛い程掴む、アイリスの端正な横顔を見た。

栗毛の巻き毛が、美しいラインの頬にかかる。
その掴む腕は最早姫で無く、完全にアイリスだった。

「…頼む…!
私が出来たらそうする!」
絞り出されたような、低い決意籠もる声色。

ディンダーデンは掴むアイリスの手が腕に喰い込み、それは絶対ロクでもない頼みだと、解った。


ローランデ迄もが城壁から戦場の様子を伺い見て、心の中でワーキュラスに叫ぶ。
『私に、出来る事は?!』


オーガスタスはとうとう、馬の横から飛び来て、馬の腹に縋り付こうとする死体を思い切り蹴った。
そして次々に起き上がり追い縋る死体を、呆然と目を見開き見つめるアシュアークに振り向き、怒鳴る。

「何してる!
とっとと、蹴れ!」

アシュアークはオーガスタスの胴に左腕を深く回し、怒鳴り返す。
「だって俺はあんた程………!」

足が長くない…!
そう言いかけて、鞘にしまった右手に握る剣を、見た。

背後から馬の尻を掴もうとする死体に、鞘事剣を突き付けて突き倒し、前に跨る逞しく広い背の、オーガスタスに怒鳴る。
「斬っても、無駄なんだな?!」

オーガスタスは叫んだ。
「死んでるからな!」


「!」
レイファスは自分の、馬に跨る足を掴む死体を見る。
ギュンターが咄嗟に振り向き、剣を振り死体の腕を、斬った。

すばっ!

まだ死にたての死体の腕は、斬られて血を迸(ほとばし)らせ、生きてる時同様、後ろに仰け反って尻から地面に倒れ込む。

直ぐレイファスは足を振り、斬られて残った腕を振り切る。

が死体は地に仰向けで転がったかと思うと、片腕無くしその断面から血を滴らせながら、再びむっくり。
起き上がった。


テテュスが一つの呪文を唱え始める。
最初は口の中で小さく、次第に大きく…。
ディングレーもシェイルも、テテュスを見つめる。


アイリスが、苦しげに顔を歪める。
「追随して…私が唱えても力は無い!
が、タナデルンタスは知ってるし力を持ってる!
頼む、私の言葉通り………」

ディンダーデンは喰い込む指の痛さに顔をしかめた。
が、アイリスの囁きに追随した。
「…アル…カンタス………」
「カンタス……」


「デ・アッソンダルテ・ド・ラカンテ………」
次第に声高に、唱えるテテュスをディングレーは静かに見守る。
シェイルはテテュスを見上げ、その呪文の長さに嫌な予感がする。

長い呪文は大抵…恐ろしく精神を消耗させると、知っていたので。


レイファスは叫ぼうとした。
『無謀だ!
呪文が効く前にお前が倒れる!!!』

が…声が響く。
見知らぬ声が……。
がその呟きの背後にディンダーデンの気配…。
そしてその後ろに懐かしい…断固として意志を貫き通す、アイリスの呟きが聞こえた途端、同調していた。

テテュスの唱える呪文を支え…完全に同化し、自分を全て明け渡し、テテュスの唱える呪文の威力を、凄まじく増幅させる呪文。
高等…六位の呪文だった。

この呪文は滅多な相手には使えない。
完全に他人に、意識を寄り添わせる辛い呪文。


ディンダーデンはタナデルンタスが心の中で、舌打ってるのを感じたが、ねじ伏せた。
文句は聞きたい。
どれだけ危険なのかを。

が、アイリスは断固として自分と完全に同調し、まるでもう一人の自分のようにぴったりと重なり、そして呪文のその力は城壁を突き抜け、真っ直ぐ外へと、向かって行った。


ワーキュラスはテテュスのその、危険を知っていた。
オーガスタスは駄目だ。
ディングレーも激しい戦闘で“気”が消耗してる。

が、シェイルなら………。
これ程大がかりな呪文を、たった一人の人間の身で、やり通せる筈がない。

その時敵、レアル城から真っ直ぐテテュスを援護するように届く、光の呪文がテテュスを覆い尽くすのを見た。

アイリスがディンダーデンを伴っての援護だと察し、シェイルに、彼だけに聞こえる声でそっと
“まだだ”
と囁いた。


ローランデは頭に浮かぶ声が、アイリスだと、はっきりと解った。
呪文に同調し唱えようとする。

が、ワーキュラスが咄嗟に叫ぶ。
“君は駄目だ!
君が倒れたら誰が…この二人を護る?!
ここは『影』だらけなのに!!!”

ラフォーレンとスフォルツァにその声は聞こえ、咄嗟にローランデは振り向き、背後に居る二人を、表情を歪め見つめた。

『…すまない、アイリス』
そのローランデの、張り裂けそうな思いを内に秘めた声に、ラフォーレンもスフォルツァも足手まといの自分達に、ただ首を垂れて項垂れる。

が、頭の中にはディンダーデンと完全に同化したアイリスが、確固とした声でテテュスの呪文に追随し、テテュスを支え続ける姿が浮かび上がった。

二人の支える力は頼もしく強力で、ローランデは
『謝罪は必要ない』
そう知らしめるようなその映像に、胸が熱く成った。

そしてスフォルツァ、ラフォーレンも同様、不甲斐ない自分達をも力づけるようなそのイメージに、落胆から解放されたように見惚れた。


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