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第七章『過去の幻影の大戦』
ディアヴォロスのいる居城を目指す、ゼイブンとローフィス、それにファントレイユとギデオン
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周囲が木で覆い尽くされた、森の道をひた走る。
ファントレイユはギデオンを見た。
ゼイブンは枝道に差し掛かる度進む道を指し示し、ギデオンの素晴らしい馬術はゼイブンの指示にピタリと従い、速度も落とさず示された方向へ突っ込んで行き、先を猛速で駆け続けてた。
…が。
ファントレイユは幾度も前に抱く、ローフィスの体から、力が抜け落ちていくのを感じ、曲がる度に彼の体を抱き直す。
次の曲がり角を曲がる。
もう…ゼイブンを乗せた馬の尻は次の曲がり角の先に、消えていた。
ローフィスを抱き直すもののふっ…とファントレイユは“気”を、抜く。
気づいたローフィスが、呻く。
「…ムウ…………」
辛そうだった。
馬の振動が、余程堪えるのか…気絶寸前かと、思う程。
聞きたかった。ゼイブンに。
帰りはここを、通るのかと。
もしそうなら…この辺りでローフィスを馬上から降ろし、休ませたかった。
ワーキュラスはローフィスが、重傷だと…そう言った。
ただ、重傷だ。と。
どんな傷を負いどれ程なのかは、ファントレイユには知る術も無かった。が………。
ローフィスが、顔を上げる。
ファントレイユは気づいて、背後から彼の耳元に囁く。
「…少し、休もう…」
ローフィスが少し、顔を縦に揺らす。
視線を…横に向ける。
周囲の木々が、駆け去って行く。
馬上で、今だ傷を激しく疼かせる振動の中にいると、気づく。
身が上下に揺すられる度、斬られた刃物の痛みが傷口を、駆け抜けて行く。
ローフィスは心の中で、ワーキュラスを呼んだ。
ファントレイユは横に現れる黄金の光の中に瞬時に浮かび上がる、透けた少年の姿にちょっと驚いて、手綱を引きかけた。
ふ…と思い出し、安堵して囁く。
「…どうした?ワーキュラス」
が、ワーキュラスが纏う周囲の光は、大きくなったかと思うと小さく揺らぎ、それが…会話のように感じ、ファントレイユはふと、前に抱くローフィスを、伺った。
ローフィスはすっ…と顔を上げて横に振り向く。
そして、呻いた。
「…俺無しで…ディアヴォロスは動くのか?」
ワーキュラスはローフィス…そしてゼイブンの頭上の亀裂を手繰る。
ゼイブン一人が「左の王家」の居城に、辿り着いたとしても………。
ワーキュラスは悲しげに首を、横に振る。
そして囁いた。身に纏う光を瞬かせながら。
“二人の英雄が必要だ。
「左の王家」の援軍を、動かすには。
…が君を運ぶ、方法は、ある”
ファントレイユがワーキュラスにその顔を向けると、ローフィスが油汗垂らしながらも笑い、言った。
「…俺を、気絶させて運ぶか?」
察しのいいローフィスに、ワーキュラスは頷き、ファントレイユに囁く。
“意識があるから、振動が精神から彼の、『光の里』にある体に伝わる”
ファントレイユは頷く。
「なら、気絶させればこれ以上、振動は『光の里』の傷ついた体に、伝わらないんだな?」
“傷は開かない”
ファントレイユは、頷いた。
ギデオンは咄嗟、背後に振り向く。
ゼイブンは自分が後ろに気を取られている事がどうして…前に座るギデオンに解ったのか、ぎょっとした。
カンが鋭い。と、「右の王家」の人々達は言われて来た。
右将軍アルファロイスとは一面識も無いが、ギデオンの父、アルファロイスもそうだ。
と巷の噂で散々聞いた。
「左の王家」のディアヴォロスのように、『光の国』の光竜を、その身に宿す訳じゃないのに、なぜか。
言葉を、発する前に内容を察する。と。
「…どうする!」
ギデオンに尋ねられ、ゼイブンは背後に振り向く。
背後に続く筈の、ファントレイユとローフィスの姿が、まるで見えない。
引き返す。
そう、口を開こうとした時、黄金の光が横に瞬く。
「ワーキュラス!
ローフィスはどうした?!」
叫ぶと、光が瞬く。
“止まって…後続を待っていてくれ”
ゼイブンが前に座るギデオンを見ると、ギデオンは振り向いて、頷いた。
カサ…。
枯れ葉の音がする。
薄く幾重にも落ちた葉の間に腰を下ろす。
が、ギデオンは立ったまま、王族の血を引くに相応しく、胸を反り返らせて手にした木筒から、水を飲んでいる。
肩幅もそれなり有り、体格もそれなりにいい。
肩や胸元はどちらかと言うと、むっちり感はするが。
太目。と言うより、筋肉の上に柔らかな肉が乗ってる感じだ。
ファントレイユを見た後だと、余計だろう。
ファントレイユは無駄な肉は一切付いてない、すらりとした固い体付きに、見えたから。
なので二人比べるとどちらかと言えばギデオンの方が、丸みのある筋肉で、女性的な感じもする。
態度がデカく、そっくり返ってるし偉そうだから、そういう言葉はとても口には、出せなかったが。
だが。
その上に乗っている小造りの顔立ち。
さざめく黄金の髪といい、大きめの青緑の瞳と小さめの可愛らしく綺麗な鼻筋。
それに小さめのぽってりした赤い唇といい…呆れる程綺麗な、美女顔だった。
が、鬼門だな。
昔から、綺麗な女には言葉を惜しまず綺麗だ。
と言いまくって丁度良いが、綺麗な男に“綺麗だ”と言って、良かった試しは一度だって無い。
…その代表選手はギュンター。
確かまだ奴が教練編入したての頃、廊下でばったり出会ってその美貌に見惚れ、つい口を突いて漏れた。
「…綺麗だ」
…もし避けなかったら、横から豪速で飛んで来た奴の拳に頬骨、砕かれてたかもしれない。
あの時、頭を下に引っ込めといて本当に良かったと、今でも思う。
次が飛んで来ず、恐る恐る顔を上げると。
ギュンターはあの取り澄ました美貌を崩さず、何で避けるんだ的な無表情で言った。
「ああ…条件反射で、つい…………」
ゼイブンはその時
“そうか…綺麗な男に綺麗だ。と言うと、条件反射で殴られるのか………”
そう、心底寒い思いをした自分を、思い出した。
だから…多分ギデオンもそうなんだろう。
一生懸命彼は胸を張り、自分を男らしく見せる為に懸命な気がした。
確かに、背はそこ迄高くない。
(……とは言っても、自分と同じ程度にはあったが…)
近衛の、体格自慢のデカい男がぞろぞろ居る中では、並よりはデカいものの、かなりデカいランクには、入らないだろう………。
近衛では体格で相手をビビらせるのが常で、神聖神殿隊付き連隊のように、洒落と機転で尊敬を勝ち得るスマートなやり口とは雲泥の差の、乱暴な方法で相手を黙らせる奴ばかりだから、ギデオンはいつもきっとそっくり返って自分をデカく見せなきゃ、自分より体格のいい男を見下すのに、とっても不便なんだろうな。
ゼイブンはそう思いつい、顔を下げる。
が、その体の上に乗ってる顔が一発で、彼の“男らしく見せよう”と言う努力を、台無しにしていた。
女でも滅多に見ない、素晴らしい美女顔だったからだ。
自分ですら振り向かれ、見つめられるとぼっ。としそうだ。
なので出来るだけゼイブンはギデオンの、顔を見ず、首の下を見る努力を続けた。
間も無く現れたファントレイユの馬とその前に座ってる筈の、ローフィスの様子にゼイブンは口を、あんぐり開けた。
ギデオンもふ…と口に木筒を運ぶのを止め、顔を上げる。
以前、確か前向きにファントレイユの前に座っていたローフィスが今や、ファントレイユと向かい合わせでぐったりと顔を俯け、ファントレイユはそんなローフィスの背を、馬の振動でずり落ちない様左手で支えていた。
ギデオンはゼイブンが自分を抜き去り、先に馬に駆け寄る背を目にしつい、向かい来る馬上のファントレイユを見た。
ゼイブンは間近に飛び込むローフィスの様子に、相棒が気絶してると気づき、デカく成った息子に怒鳴る。
「気絶させたまま運び通せると、本気で思うのか?」
ファントレイユはその端正な顔を、地理を良く知る神聖神殿隊付き連隊の父親に向ける。
「まだ難所だらけ?」
問われてゼイブンは顔を下げる。
こういう時は、二・三人寄って知恵を付き合わせるのが一番いい。
自分が知ってても他は知らず、自分は知らずとも他の神聖神殿隊付き連隊の男は、知ってる道があるからだった。
この場合はローフィスだが、彼は間違いなく気絶してる。
「左の王家」の旧居城。
今は中央テールズキースと北領地[シェンダー・ラーデン]に隣接する、古い城。
岩だらけで起伏に富む、一番厄介な場所を抜けての小高い丘にその城は、あった。
だから容易に攻め込まれず、今迄生き残ったとも言えるが………。
ギデオンは背後からゼイブンの背を、見つめた。
ファントレイユは馬上から。
ゼイブンは俯き爪を噛み、頭の中に幾ルートも思い浮かべ素早く辿り、判別を下す。
ち…。ダメだ、小川に行き当たる。
流れは殆ど無い小さな川だが、両岸は恐ろしく段差があり草むらだらけで大変だ。
次のルートも崖に、行き当たった。
ローフィスが元気なら、後ろにファントレイユを乗せ乗り切れるが…。
三つ…四つ目も、駄目だった。
ゼイブンは必死で手持ちのルートを掻き集め手繰り、確認した。
だが脇で囁く声がする。
もう少しで
“五月蠅い!
今取り込み中だ!”
と怒鳴る所だった。
が、押しやった筈のその思考は、ワーキュラスの声のように荘厳に頭の中に響き渡る。
ゼイブンはとうとう仕方なしに脇にやったその考えを引き戻し、声の主に心の声で怒鳴った。
“だってまた、地下道だ!”
声の主は…ローフィスのような気がした。
無論自分にしか聞こえない声だ。
ローフィスは、“それでいい”と、頷いた気がした。
“また盗賊がごろごろ居たらどうする!”
そう問うてやると、ローフィスはファントレイユとギデオンに顔を向けてる気がした。
ゼイブンは頷く。
“二人が何とかするとして…俺がもしまた呪文を唱え損なったら?”
声には聞こえなかった。
がその囁きはゼイブンには
“口を手で押さえとけ!”
とローフィスの物言いで、聞こえた。
ゼイブンは首を縦に振り頷く。
“そこしか無いな?”
それはやっぱり耳には聞こえなかったが、ローフィスが答えたような気がした。
“ああ…”
ゼイブンは背後のギデオンに振り向く。
その美女顔の右将軍は、目を見開いた。
「俺に手綱を渡してくれ」
言うと、ギデオンはちょっと眉を、吊り上げた。
が顔を下げ囁く。
「…神聖神殿隊付き連隊だったな?」
ゼイブンはやっぱりその、カンのいい綺麗な男に内心感嘆して頷く。
ゼイブンが先に馬に乗り込むと、ギデオンは鐙に足を掛け…滅多に…どころか殆ど無い、誰かの背後に、仕方なしに乗り込みゼイブンの腰に腕を、回した。
ゼイブンは馬の手綱を手に、背後を振り向く。
ファントレイユがローフィスを抱いたまま、頷く。
ゼイブンのその目が
『本当は代わってやりたい。
俺がローフィスを抱きかかえる役でお前は…。
…が』
「…道案内を。頼りにしてる」
声に出して言う息子のそのブルー・グレーの瞳が、昔と少しも変わって無くて真っ直ぐ自分を見つめて来るのに、ゼイブンは一瞬泣きそうになった。
がぞんざいに頷き馬の首を回し、一気に拍車掛け馬を走らせる。
両足を馬の腹に打ち付ける最初の一蹴りで、一気に馬が最速に近い速度で駆け始めるのに、ギデオンは目を見開いた。
神聖神殿隊付き連隊の男は馬術に長けてると聞いた。
がこれは…馬を操ると言うより、馬を完全にその気にさせ自分の意のまま導く。
あっと言う間に人馬一体。
まるで馬と言葉が通じてるような、見事な手綱捌きだった。
ファントレイユはギデオンを見た。
ゼイブンは枝道に差し掛かる度進む道を指し示し、ギデオンの素晴らしい馬術はゼイブンの指示にピタリと従い、速度も落とさず示された方向へ突っ込んで行き、先を猛速で駆け続けてた。
…が。
ファントレイユは幾度も前に抱く、ローフィスの体から、力が抜け落ちていくのを感じ、曲がる度に彼の体を抱き直す。
次の曲がり角を曲がる。
もう…ゼイブンを乗せた馬の尻は次の曲がり角の先に、消えていた。
ローフィスを抱き直すもののふっ…とファントレイユは“気”を、抜く。
気づいたローフィスが、呻く。
「…ムウ…………」
辛そうだった。
馬の振動が、余程堪えるのか…気絶寸前かと、思う程。
聞きたかった。ゼイブンに。
帰りはここを、通るのかと。
もしそうなら…この辺りでローフィスを馬上から降ろし、休ませたかった。
ワーキュラスはローフィスが、重傷だと…そう言った。
ただ、重傷だ。と。
どんな傷を負いどれ程なのかは、ファントレイユには知る術も無かった。が………。
ローフィスが、顔を上げる。
ファントレイユは気づいて、背後から彼の耳元に囁く。
「…少し、休もう…」
ローフィスが少し、顔を縦に揺らす。
視線を…横に向ける。
周囲の木々が、駆け去って行く。
馬上で、今だ傷を激しく疼かせる振動の中にいると、気づく。
身が上下に揺すられる度、斬られた刃物の痛みが傷口を、駆け抜けて行く。
ローフィスは心の中で、ワーキュラスを呼んだ。
ファントレイユは横に現れる黄金の光の中に瞬時に浮かび上がる、透けた少年の姿にちょっと驚いて、手綱を引きかけた。
ふ…と思い出し、安堵して囁く。
「…どうした?ワーキュラス」
が、ワーキュラスが纏う周囲の光は、大きくなったかと思うと小さく揺らぎ、それが…会話のように感じ、ファントレイユはふと、前に抱くローフィスを、伺った。
ローフィスはすっ…と顔を上げて横に振り向く。
そして、呻いた。
「…俺無しで…ディアヴォロスは動くのか?」
ワーキュラスはローフィス…そしてゼイブンの頭上の亀裂を手繰る。
ゼイブン一人が「左の王家」の居城に、辿り着いたとしても………。
ワーキュラスは悲しげに首を、横に振る。
そして囁いた。身に纏う光を瞬かせながら。
“二人の英雄が必要だ。
「左の王家」の援軍を、動かすには。
…が君を運ぶ、方法は、ある”
ファントレイユがワーキュラスにその顔を向けると、ローフィスが油汗垂らしながらも笑い、言った。
「…俺を、気絶させて運ぶか?」
察しのいいローフィスに、ワーキュラスは頷き、ファントレイユに囁く。
“意識があるから、振動が精神から彼の、『光の里』にある体に伝わる”
ファントレイユは頷く。
「なら、気絶させればこれ以上、振動は『光の里』の傷ついた体に、伝わらないんだな?」
“傷は開かない”
ファントレイユは、頷いた。
ギデオンは咄嗟、背後に振り向く。
ゼイブンは自分が後ろに気を取られている事がどうして…前に座るギデオンに解ったのか、ぎょっとした。
カンが鋭い。と、「右の王家」の人々達は言われて来た。
右将軍アルファロイスとは一面識も無いが、ギデオンの父、アルファロイスもそうだ。
と巷の噂で散々聞いた。
「左の王家」のディアヴォロスのように、『光の国』の光竜を、その身に宿す訳じゃないのに、なぜか。
言葉を、発する前に内容を察する。と。
「…どうする!」
ギデオンに尋ねられ、ゼイブンは背後に振り向く。
背後に続く筈の、ファントレイユとローフィスの姿が、まるで見えない。
引き返す。
そう、口を開こうとした時、黄金の光が横に瞬く。
「ワーキュラス!
ローフィスはどうした?!」
叫ぶと、光が瞬く。
“止まって…後続を待っていてくれ”
ゼイブンが前に座るギデオンを見ると、ギデオンは振り向いて、頷いた。
カサ…。
枯れ葉の音がする。
薄く幾重にも落ちた葉の間に腰を下ろす。
が、ギデオンは立ったまま、王族の血を引くに相応しく、胸を反り返らせて手にした木筒から、水を飲んでいる。
肩幅もそれなり有り、体格もそれなりにいい。
肩や胸元はどちらかと言うと、むっちり感はするが。
太目。と言うより、筋肉の上に柔らかな肉が乗ってる感じだ。
ファントレイユを見た後だと、余計だろう。
ファントレイユは無駄な肉は一切付いてない、すらりとした固い体付きに、見えたから。
なので二人比べるとどちらかと言えばギデオンの方が、丸みのある筋肉で、女性的な感じもする。
態度がデカく、そっくり返ってるし偉そうだから、そういう言葉はとても口には、出せなかったが。
だが。
その上に乗っている小造りの顔立ち。
さざめく黄金の髪といい、大きめの青緑の瞳と小さめの可愛らしく綺麗な鼻筋。
それに小さめのぽってりした赤い唇といい…呆れる程綺麗な、美女顔だった。
が、鬼門だな。
昔から、綺麗な女には言葉を惜しまず綺麗だ。
と言いまくって丁度良いが、綺麗な男に“綺麗だ”と言って、良かった試しは一度だって無い。
…その代表選手はギュンター。
確かまだ奴が教練編入したての頃、廊下でばったり出会ってその美貌に見惚れ、つい口を突いて漏れた。
「…綺麗だ」
…もし避けなかったら、横から豪速で飛んで来た奴の拳に頬骨、砕かれてたかもしれない。
あの時、頭を下に引っ込めといて本当に良かったと、今でも思う。
次が飛んで来ず、恐る恐る顔を上げると。
ギュンターはあの取り澄ました美貌を崩さず、何で避けるんだ的な無表情で言った。
「ああ…条件反射で、つい…………」
ゼイブンはその時
“そうか…綺麗な男に綺麗だ。と言うと、条件反射で殴られるのか………”
そう、心底寒い思いをした自分を、思い出した。
だから…多分ギデオンもそうなんだろう。
一生懸命彼は胸を張り、自分を男らしく見せる為に懸命な気がした。
確かに、背はそこ迄高くない。
(……とは言っても、自分と同じ程度にはあったが…)
近衛の、体格自慢のデカい男がぞろぞろ居る中では、並よりはデカいものの、かなりデカいランクには、入らないだろう………。
近衛では体格で相手をビビらせるのが常で、神聖神殿隊付き連隊のように、洒落と機転で尊敬を勝ち得るスマートなやり口とは雲泥の差の、乱暴な方法で相手を黙らせる奴ばかりだから、ギデオンはいつもきっとそっくり返って自分をデカく見せなきゃ、自分より体格のいい男を見下すのに、とっても不便なんだろうな。
ゼイブンはそう思いつい、顔を下げる。
が、その体の上に乗ってる顔が一発で、彼の“男らしく見せよう”と言う努力を、台無しにしていた。
女でも滅多に見ない、素晴らしい美女顔だったからだ。
自分ですら振り向かれ、見つめられるとぼっ。としそうだ。
なので出来るだけゼイブンはギデオンの、顔を見ず、首の下を見る努力を続けた。
間も無く現れたファントレイユの馬とその前に座ってる筈の、ローフィスの様子にゼイブンは口を、あんぐり開けた。
ギデオンもふ…と口に木筒を運ぶのを止め、顔を上げる。
以前、確か前向きにファントレイユの前に座っていたローフィスが今や、ファントレイユと向かい合わせでぐったりと顔を俯け、ファントレイユはそんなローフィスの背を、馬の振動でずり落ちない様左手で支えていた。
ギデオンはゼイブンが自分を抜き去り、先に馬に駆け寄る背を目にしつい、向かい来る馬上のファントレイユを見た。
ゼイブンは間近に飛び込むローフィスの様子に、相棒が気絶してると気づき、デカく成った息子に怒鳴る。
「気絶させたまま運び通せると、本気で思うのか?」
ファントレイユはその端正な顔を、地理を良く知る神聖神殿隊付き連隊の父親に向ける。
「まだ難所だらけ?」
問われてゼイブンは顔を下げる。
こういう時は、二・三人寄って知恵を付き合わせるのが一番いい。
自分が知ってても他は知らず、自分は知らずとも他の神聖神殿隊付き連隊の男は、知ってる道があるからだった。
この場合はローフィスだが、彼は間違いなく気絶してる。
「左の王家」の旧居城。
今は中央テールズキースと北領地[シェンダー・ラーデン]に隣接する、古い城。
岩だらけで起伏に富む、一番厄介な場所を抜けての小高い丘にその城は、あった。
だから容易に攻め込まれず、今迄生き残ったとも言えるが………。
ギデオンは背後からゼイブンの背を、見つめた。
ファントレイユは馬上から。
ゼイブンは俯き爪を噛み、頭の中に幾ルートも思い浮かべ素早く辿り、判別を下す。
ち…。ダメだ、小川に行き当たる。
流れは殆ど無い小さな川だが、両岸は恐ろしく段差があり草むらだらけで大変だ。
次のルートも崖に、行き当たった。
ローフィスが元気なら、後ろにファントレイユを乗せ乗り切れるが…。
三つ…四つ目も、駄目だった。
ゼイブンは必死で手持ちのルートを掻き集め手繰り、確認した。
だが脇で囁く声がする。
もう少しで
“五月蠅い!
今取り込み中だ!”
と怒鳴る所だった。
が、押しやった筈のその思考は、ワーキュラスの声のように荘厳に頭の中に響き渡る。
ゼイブンはとうとう仕方なしに脇にやったその考えを引き戻し、声の主に心の声で怒鳴った。
“だってまた、地下道だ!”
声の主は…ローフィスのような気がした。
無論自分にしか聞こえない声だ。
ローフィスは、“それでいい”と、頷いた気がした。
“また盗賊がごろごろ居たらどうする!”
そう問うてやると、ローフィスはファントレイユとギデオンに顔を向けてる気がした。
ゼイブンは頷く。
“二人が何とかするとして…俺がもしまた呪文を唱え損なったら?”
声には聞こえなかった。
がその囁きはゼイブンには
“口を手で押さえとけ!”
とローフィスの物言いで、聞こえた。
ゼイブンは首を縦に振り頷く。
“そこしか無いな?”
それはやっぱり耳には聞こえなかったが、ローフィスが答えたような気がした。
“ああ…”
ゼイブンは背後のギデオンに振り向く。
その美女顔の右将軍は、目を見開いた。
「俺に手綱を渡してくれ」
言うと、ギデオンはちょっと眉を、吊り上げた。
が顔を下げ囁く。
「…神聖神殿隊付き連隊だったな?」
ゼイブンはやっぱりその、カンのいい綺麗な男に内心感嘆して頷く。
ゼイブンが先に馬に乗り込むと、ギデオンは鐙に足を掛け…滅多に…どころか殆ど無い、誰かの背後に、仕方なしに乗り込みゼイブンの腰に腕を、回した。
ゼイブンは馬の手綱を手に、背後を振り向く。
ファントレイユがローフィスを抱いたまま、頷く。
ゼイブンのその目が
『本当は代わってやりたい。
俺がローフィスを抱きかかえる役でお前は…。
…が』
「…道案内を。頼りにしてる」
声に出して言う息子のそのブルー・グレーの瞳が、昔と少しも変わって無くて真っ直ぐ自分を見つめて来るのに、ゼイブンは一瞬泣きそうになった。
がぞんざいに頷き馬の首を回し、一気に拍車掛け馬を走らせる。
両足を馬の腹に打ち付ける最初の一蹴りで、一気に馬が最速に近い速度で駆け始めるのに、ギデオンは目を見開いた。
神聖神殿隊付き連隊の男は馬術に長けてると聞いた。
がこれは…馬を操ると言うより、馬を完全にその気にさせ自分の意のまま導く。
あっと言う間に人馬一体。
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「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
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といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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