アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

文字の大きさ
上 下
248 / 389
第七章『過去の幻影の大戦』

神聖呪文と向き合わざるを得ないディンダーデンと、傀儡靴(くぐつ)王の思惑

しおりを挟む
 アイリスはワーキュラスの、声が聞こえたような気が、した。
そっ…と周囲を光の結界で囲む神聖呪文を、小声で唱えてみる。

…が、姫は護符のペンダントを持ってない。
本体は『光の里』にある筈だから、身には『光の力』が満ちている筈なのに。
その呪文が、発動する様子を見せない。

ローフィスと、話す必要がある。
が…彼も必死で今、ディアヴォロスの元へと怪我した身を押して、馬で駆けているのだろうか………?

ディンダーデンが青冷めるアイリスの表情に、顔を寄せて伺う。
「…何か、マズいのか?」

アイリスは俯いたまま顔を、上げなかった。
が突然顔を上げ目を見開き、ディンダーデンを見つめる。

「タナデルンタスは、神聖呪文を知ってるな?!」
ディンダーデンは思いっきり戸惑ったが、答えた。

「た…多分」
「何か言わせてみてくれ」

ディンダーデンは目を、閉じた。
まるで空想の書庫を漁るように、タナデルンタスの頭の中にある、自分では理解不能な言語を探し出す。

「アルツ…テル…デルアッソン…」
突然アイリスの手が口を塞ぎ、その顔は間近で自分を、睨んでた。

ディンダーデンはじっ…と口を塞がれたまま、暫く待った。
アイリスの手が離れ、ディンダーデンは呻く。

「言えと言ったのはお前だ」
アイリスが、素早く言った。
「その言葉最後迄唱えたら、塔がふっ飛ぶぞ!」

ディンダーデンは表情も変えず、ぞっとした。
アイリスが、そっ…と呟く。

「二言三言の短いのだ」
ディンダーデンは再び、タナデルンタスの頭の中を探る。

「テルアッソン」

姫…つまりアイリスの衣服の肩紐が突然裂けて、はらり…。と布が垂れ姫の右胸が、露わに成った。

ディンダーデンは目だけを見開き、目前に晒される姫の豊かで美しい裸の右胸を、見つめる。

透けた奥に良く鍛えられた、アイリスの胸筋も目に映ったが。

アイリスは吐息混じりに落ちた肩布を引き上げ、露わに成った姫の乳房を隠し、胸の真ん中に止めてあったブローチを、外しながら呟く。

「君、本当に神聖呪文は知らないんだろうな?」

アイリスに睨まれて、ディンダーデンはふい。と顔をアイリスに、向けて呟く。
「ああ」
そして次に、言った。
「が…」
次の言葉はアイリスも同時に呟いた。
「これは使える」

ディンダーデンはつい、声を揃えるアイリスを見つめた。
アイリスは顔色も変えず、裂けた衣服をブローチで繋ぎ止めながら囁く。
「君がタナデルンタスにすっかり同化したら、タナデルンタスの知識は消え去りそうか?」

ディンダーデンはもごもご言った。
「…まあ…消えて行きそうな気は、する」
「ならまだあるウチに、使える呪文を君が、覚えろ」
ディンダーデンは唸った。
「お前も使えるだろう?」

アイリスの、瞳が鋭く成った。
「さぁな…。
この“体”は神聖呪文が使えない」

「姫は使えなくてもお前が使えるだろう。と俺は言っている」
アイリスは真っ直ぐディンダーデンを見つめ、怒鳴った。
「私は使えるが、この“体”は使えない」

ディンダーデンは怒ってるアイリスに、そっ…と言った。
「つまり、姫の体のお前では使えない。とそう…言いたいのか?」

アイリスは頷く。
「幸い君の体は使える。
だからタナデルンタスの知識が消え去る前に、君が使える呪文をタナデルンタスから引き出すんだ」

「だってお前が知ってるんだろう?
お前が俺に教えられるじゃないか」

「タナデルンタスは使いこなしてる。
君は同化してるから、タナデルンタスから発音やニュアンスを全て、引き継げる。
私が講釈するより確かで早い」

ディンダーデンはげっそりして、俯いた。
「…つまり俺に、『影』を敵に回し戦えと?」

「君の本当の体は『光の里』にあるから、光が引き出せて威力が数倍で、とっても楽しいぞ?」

ディンダーデンはブローチで繋ぎ止められた、アイリスの衣服を見た。
「…女性の衣服を切り裂く方が楽しい」

アイリスは思い切り憤慨した。
「そんな遊びは別の、安全な時幻術使いに頼んで、安全な幻想内でたっぷり愉しめ!!!
今は非常時だって自覚くらい、いい加減持ってくれ!!!」

が、ディンダーデンは尚も言った。
「折角二人切りで邪魔が居ないってのに…。
怒られるより、お前とは情事がしたい」

アイリスが睨み、耐えるように歯を食い縛り、その下の拳が握り込まれぴくぴく震えるのを見。
ディンダーデンはようやく、すっ!とその綺麗な面を上げ、アイリスを真正面から真っ直ぐ見つめて言った。

「呪文の記憶に取りかかろうか」




『おや………。
この男は思ったより、利口なようだ………。
障壁を築いても、直ぐに思考を切り替える………』

「夢の傀儡靴王」は神のように巨大で透けた自分が、子供がミニチュアの作り世界を見つめるように楽しげに、塔の中の男達を見ているのを思い、ほくそ笑む。

文字道理、“神”の醍醐味を味わえる。
この愉しみに比べれば、肉体等不要。

ただの幻影なら空しいだけだが、そこに見知ってる人間。
生きて苦楽を知る人間を閉じ込めると、幻影は彼らにとっての現実と成り、極彩色に彩られて最高だった。

泣き、笑い…痛み、苦しむ。
数々の者を自分の世界に取り込んで、自分のものにして来た…。

裁かれる、迄は。

が、ミニチュアの塔の中の男が、自分の言葉に気づいたように、真っ直ぐ顔を、上げる。

「夢の傀儡靴王」には幻影内の姿で無く、入れ込んだ人間のその姿がはっきりと目に映った。

濃い栗毛を粋に背に流す、青の流し目の綺麗な顔をした、それは体格の良い男。

じっと…まるで見えない筈の自分の姿が、見えているように顔を真っ直ぐ上げ、こちらを見つめている。

『お前じゃない…。
褒めたのは、“姫”に入れ込んだ男の方だ』

が…その男は自分に向かい、ニヤリ…!と微笑った気が、した。

たかが“駒”の分際で、不敵な男だ。
「夢の傀儡靴王」はその男に微かな忌々しさを感じた。

が、“駒”に過ぎない。
ちょっと手心を加えれば、簡単に滅してしまう命だ。

「夢の傀儡靴王」はその男から視線を背け、別の部屋へと視線を移した。

『影の民』に入れ込んだ男は、苦労している。
無理も無い。
人間ですら過去の別人を操るのに苦労するが、自分とは種族の違う相手なら尚更。

相性はいいようだが、『影の民』…もしくは『光の民』達がどんな風にその能力を使うのか、想像を超えているようだった。
まして入れ込んだ『影』は『闇の帝王』。
使える力が強大だからこそ…使いこなすのはさぞかし、難しいだろう………。

ちょっと…手を動かしてやるか。
同化は進み、使いこなす事が楽に成る。
が…幻想外にある、奴の本体はダメージを受ける……。
どうしたものか。
ダメージはどこかで、幻想内の、奴の精神に跳ね返ってくるだろう。
厄介だが体と精神は連動している。
時差はあるだろうが。

…まあ…手心を加えるのは、もう少し後でもいい……。
“神”の光竜、ワーキュラスが折角…対戦相手をここに召還しようと、あの手この手を講じている。
そしてこの男が手強ければ手強い程…召還された『光の民』らはその力を使い、自らが入り込んだ世界であるこの結界に衝撃を与え………最後の盛大なフィナーレが拝めるだろう………。

崩れ行く世界から、一体何人が脱出出来るのかが、最高の見物だった。

だから…『光の民』達にその力を使わせる為…その時に成ったらこの男のダメージ等気にせず、『影』への同化を促してやろう…。

『闇の帝王』そのものに、成れば成る程奴は狂喜して自分の能力を存分に使い、召還された『光の民』達もそれに応え、さぞかし見応え有る大戦に成る筈だ。

その愉しみに比べたら…現実世界の奴の体の事等、知った事か!

「夢の傀儡靴王」は自分の創り上げた小さな世界を両手の間に、愛おしげに包み込む。

『滅び去るからこそ、愛狂おしい。
その命掛けて存分に私を、愉しませておくれ……』

告げながら…忍ぶ微笑いを、堪えきれず「夢の傀儡靴王」は笑い続けた。

くっくっくっくっくっ………。

喉を鳴らすような、不気味な胸弾む笑い声を、いつ迄も立てながら。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

偽物の侯爵子息は平民落ちのうえに国外追放を言い渡されたので自由に生きる。え?帰ってきてくれ?それは無理というもの

つくも茄子
ファンタジー
サビオ・パッツィーニは、魔術師の家系である名門侯爵家の次男に生まれながら魔力鑑定で『魔力無し』の判定を受けてしまう。魔力がない代わりにずば抜けて優れた頭脳を持つサビオに家族は温かく見守っていた。そんなある日、サビオが侯爵家の人間でない事が判明した。妖精の取り換えっ子だと神官は告げる。本物は家族によく似た天使のような美少年。こうしてサビオは「王家と侯爵家を謀った罪人」として国外追放されてしまった。 隣国でギルド登録したサビオは「黒曜」というギルド名で第二の人生を歩んでいく。

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

処理中です...