アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

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第七章『過去の幻影の大戦』

光竜ワーキュラスの勝算

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 ワーキュラスは上空を、睨んだ。
周囲を、空間を。

結界の構造内で、作り替えられた亀裂がどこに伸びるのか、漂うように見定めている自分が、幻想内の青空の下を、身を必死で飛ばす自分に頷きかける。

ワーキュラスはそして、晴れ渡った空の下に聳え立つ、ガスパスのレアル城上空から、塔めがけ突っ込んで行った。

ディンダーデンが、アイリスを目前に暗い室内で床敷きのソファに掛け、声をかけていた。
「ノルンディルは完全に怖じ気づいたな」

アイリスは俯いていたが、きつい瞳を崩さなかった。

遠い…遠い叫びでテテュスの名が、聞こえた気がした。
誰の、声だろう?
戦闘のただ中の、多くの者が叫び、走り回る雑音のさ中。

誰に問いかける?
が、ギュンターが間に合った今、彼らは取り込み中で戦闘のただ中。

こちらの声に気を配る、余裕は当分無いだろう………。

ワーキュラスはアイリスの問いに、答えようとし、頭上を見つめる。
アイリスか…?

彼にかけられた呪いのように、アイリスの頭上に夢の傀儡靴王の采配が降り注ぐ。
結界の亀裂が彼の頭上から彼へと、真っ直ぐ不気味な枝を伸ばし伝い行く。

どう…成る?
それがこの幻想内では?

必死で目を凝らす。
が、まるで解釈の違う言語のように…ワーキュラスの瞳に映るのは、アイリスに降り注がれた亀裂だけ。

彼の行動いかんで、崩落迄招くだろうか?
必死でアイリスに降り注ぐ亀裂を辿る。

亀裂は複雑に編み込まれたガラスのような結界内に伸び、這い、幾重にも次の亀裂を生み出しては複雑な枝を作って、構造内へと消えて行く。

ワーキュラスは必死でその未知の言語…亀裂がこの幻想で、どんな状況を生み出すのか、解読しようと試みる。

どの亀裂がどんな現象を引き起こし、どの亀裂や紡がれた糸がどんな風に、幻想内の人間の行動を左右するのか。

が突然一つの亀裂が伸び行く先を見つめた分身の自分から、警告を受け取る。

“アーマラスの軍に訪れる筈の『光の民』の救援が、著しく遅れるぞ!”

ワーキュラスは別の自分がその亀裂の伸びた先を見つめているのが、透けて見えるのを感じた。

亀裂は『光の民』が集う場所へ伸び、彼らはこう話していた。
「どうして『金の蝶』は国に呼び戻される?!」
「『金の蝶』無くして…我々は大した能力(ちから)は使えない」
「手持ちの『光の力』が尽きれば、補充に『光の国』に戻らなくては無理だ」
「…が、アーマラスの軍は我々の救援無くしては全滅する!!!」

ワーキュラスは自分の顔が…もし人間の顔だとしたらその表情は、著しく歪んでるだろうな。
…そう、思った。

『光の民』の援軍が来なければ…テテュス…そしてレイファス達がどれ程過酷に成るか…。
そして彼らが命の危険を冒すような事に成れば…。

彼らはこの幻想内から本来の彼らの体に引き戻され、『光』の援軍は掻き消える。

神聖呪文を使える者は僅か…。
オーガスタス。そしてローランデ。

塔に居るアイリスに伸びる亀裂は、彼がこのレアル城戦闘で大切な神聖呪文の使い手だと「夢の傀儡靴王」は知りそれを…封じる手だてなのだろうか…?!

ワーキュラスは遙か遠く、幻想内の『黒髪の一族』の居城へと視線を振る。

ディアヴォロスに付き添う自分。
そして『光の里』でディアスの本体を見守る自分。
二人の自分が同時に顔を、上げる。

“彼は目覚めたがっている”
幻想内の自分が、そう囁きかける。

『光の里』の自分が静かに告げる。
“修復はほぼ済んだ。
が、ひどく消耗した彼は、戦うのに十分な状態じゃない”

それでも………!

今は彼(ディアヴォロス)しか、居なかった。
『金の蝶』無くして『光の民』達が、ギュンターらの応援に駆けつける為には。

自分の作り出した道はディアヴォロスが開いたもの。
その道を強固なものにする為には…ディアヴォロスに“気”が満ち溢れなければならない。

彼の意識がはっきりと覚醒した時…彼を通じて外界に伸びる“道”は、ディアスの意識と共に確かな、しっかりとしたものに成る。

その時ようやく…外界から“道”を伝い、援軍を呼べる。
『光の民』の援軍を。

彼らが“道”を通りここに来るには…光を纏う援軍を導けるだけの“気”を持つ者が必要で、人間ではディアヴォロスしか、その適任者は居なかった………。

ディアヴォロスの体を見守る『光の里』に居る自分はだが、悲しげに囁く。
“彼の体はひどい状態だ。
こんな…危機で無ければ休ませてやりたい位の………”

いつも…いつもディアスは自分の為に無理をした。
光の竜を、受け入れる器と成る為に…。

限界を超して挑み続ける彼に幾度…
“もう、いい”
と囁きかけた事か……。

が彼はいつも笑った。
どれだけ苦しい時ですら。
その表情を苦痛で歪めそれでも、必ず微笑った。

『君は『光の民』の“神”でありながら、私には随分と過保護だな?』
そう…言って。

長い間人間を見てきた。
自分と交流を持つ者がどれ程過酷な試練に立ち向かい…人間を超える程に自分を追い込まねばならないか…。
その苦労と辛さは十分…解ってる筈だ。

ディアスはいつも、言った後気づいたように呟く。
『ああ…。
貴方は“神”だったな………。
私の虚勢等お見通しか?』

触れる事すら…労る事すら出来なかった。
あまりにも彼の意志が強くて。

謝る事すらも。

ディアスはただ、言った。
『私の苦しみを全て貴方が知っている。
それがどれ程有り難い事か、“神”の貴方はお気づきに成るまい』

小さくて…脆くて儚いからこそ、彼はいつも鮮烈だった。
彼の微笑からはいつも…自分と友で居られる幸福が感じられた。

体中に傷を作りその傷から…溢れる血が途切れる事が、無い時ですら………。
彼は自分が幸福なのだと…はっきりと言い切った。

だから出来得るのなら…彼の体を労りたかった………。

ワーキュラスはだが、そっ…とシグナルを、神聖騎士団長ダンザイン…そして神聖神殿隊長アースラフテスに送る。

二人は直ぐ気づき同時に、頷いた。

結界内に入り込み、『影』と戦う静かな気構えが、二人から感じられる。

ディアヴォロスはそれを望むだろう…。
自分の身より、幻影内の皆の命が救われる事を。

ディアスはそれは、自分の失態だと、言った。
彼らを滅ぼそうとしているのは本来自分の敵で、彼らの敵では無いのだから、彼らは巻き込まれるべきで無いと…。

…ではディアスをここ迄弱めたのは、私の失態…。
幾らテテュスの命を救うためとは言え…とっさの力加減が、出来なかった私の…。

ディアスは…彼の為の戦いに、全力を尽くす。
余力を少しも残す事無く全部の力を注ぎ込んで。

なら私も私の戦いをしよう…。
ディアヴォロスの望み道理皆を皆を命ごと、この幻影内から必ず救い出す!

勿論…ディアスも含め、皆を安全な内にこの囚われの幻想内から、『光の里』の本来の姿へと…。


が問題は依然としてあった。

戦闘中の皆を『影の民』の軍団から救い出す為、『光の民』達の援軍の中にダンザインらを送り込んだとしたら…この結界内にどれだけの負担を掛けるのか、見当もつかない。

願わくばアイリスの頭上に伸びた亀裂が、彼の神聖呪文を封じる手立て、のみであって欲しい…!

もし彼の行動如何(いかん)で崩落を招くとしたら…その前に何としても、捕らわれた者達がどうしたら解放されるか、それを探り出さねばならないだろう。

ゲームにはルールが存在する。
「夢の傀儡靴王」だけが知る、ルールが。

全部が解放される、リセットポイントは必ずどこかに用意されている筈だ。
多分恐ろしく難解だが、「夢の傀儡靴王」はクリアしてみろと挑戦状を叩きつけ、更にゲームの醍醐味を味わおうとしている。

それを…何としても、崩落前に探し出さなければ!
結界内を見張る自分は、「夢の傀儡靴王」が亀裂を増やす毎に軋む、ガラスのように脆く、複雑に織り込まれた結界を見つめ続ける。

“軋むが思ったより…保ちそうだ”
ワーキュラスは一つ、頷く。
が見張る分身は警告する。

“『光の民』の援軍達…ダンザインらの濃密な光の“気”がここに導かれた時、どう変化するかは予測不可能だ”

ワーキュラスはその警告を心に留め置く。
が…敵方『影の民』に、人間の“気”が入ったのを知っている。

ディアスの敵である、あの男ムストレス!
奴は意図して、皆を襲うだろう。
滅ぼす為に。

…ディアスを苦しめる為に!

彼から大切な皆の命をもぎ取りディアスの心を奈落へ沈めそして彼を…殺すつもりだ。

この世界でディアスは…私を身に宿す事は出来ず私は彼を守護出来ない。

…が!
ダンザインらが来れば…!
私の役割を彼らは無事果たすだろう………。

ワーキュラスは今は小さく変形した自分にとって膨大に見える、織り込まれた結界とあちこちに伸びる亀裂という“謎”を見つめる。

挑むように。

勝たねばならない。どんな事をしても。

ワーキュラスはその難解で「夢の傀儡靴王」にしか理解出来ない『亀裂』と言う言語を解読しようと、その手懸かりを探し求め結界内を奔走した。

…解かねば勝てない。
そう自分に、言い聞かせ続けながら。



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