アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

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第七章『過去の幻影の大戦』

遙か高い能力者達のチェス対戦

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 ワーキュラスは自分が、分裂の限界に来ているのではないか。と思った。
『光の里』にある本体の自分を動かし、他の光竜達に救いを求めようか。とも………。

テテュス、レイファス、ファントレイユを三体に分裂してそれぞれ導き、彼らの身を保護する為、自分の欠片を彼らの中に残した。

彼らが死ぬような目に合う直前、強制的に彼らを本来の体に戻す為の策だ。

その上、戦場に居る自分とこの幻想の結界の構造を見守る自分。
ローフィスらの側に配した自分。

そして…ディアヴォロスの側に、付きっきりの自分。
更に『光の里』にも一体を配し、様子を伺っていた。

全ての情報が、流れ込んで渦巻く。
が一番大きな自分は、幻術の結界の向こう…操り愉しむ『夢の傀儡靴王』と相対し、睨み合っていた。

壮大な、幻術の空間の両側で、チェスの対戦をしているように。
奴は神と呼ばれる『光竜』を対戦相手にし、心から嬉しそうだった。

奴は少し…手を動かす…。
すると空間の幻術に手が加えられ…中の者達が、苦しむように駒が進む…。

幻想内に捕らわれた者達に、どれだけ能力があるか試すように…。
気まぐれで残虐な神の、試練のように。

そして幻想の中でその構造を見守る小さな自分が、警告を発する…。

幻想を作り上げる、編み上げられたガラスのように薄く脆い結界が…加えられたその重みで、微かに軋む様に…。

さざ波のようなざわめきが、幻想の結界を揺らし…いつかどこかでその新たに加えられた重みで…崩落を招くと警告するように…………。

ワーキュラスは決して、見誤るまい。と思った。
幻想内の全ての者の命を奪う、その崩落を………。

“お前を召還した者共々…滅ぼして平気か?”
そう問うワーキュラスに、「夢の傀儡靴王」はやはり…『光の民』でありながら『影の民』のように、くっくっくっ…と喉を鳴らし、不気味な微笑い声を上げる。

“命は儚い…。
約束には価値が無い。
…あるのは事象のみ”

“ほざけ………!
事象とは笑止千万。
お前の…作為だろう?”

ワーキュラスは唸ったが、「夢の傀儡靴王」を喜ばせただけ。
“神の如くの『光竜』も、人に降りると俗っぽくなるものよの”

ワーキュラスは返答せず、「夢の傀儡靴王」の意図に思い巡らす。
「夢の傀儡靴王」とて、幻想内を自在に操れる訳ではない。
作り上げた幻想から、かけ離れたものを造り出し送り込む事は出来ない。

が「夢の傀儡靴王」は自らつくり出した幻影のルールを心から愉しむように…その作り物の世界に子供の遊びのように僅かずつ、手心を加え行く。

ワーキュラスはその見えぬ手が構造の先行きを変える様を見守りながら…それが内部(幻想)の中でどんな影響を、及ぼすのかを必死で手繰った。

「夢の傀儡靴王」は自らの作り上げた設定に、ワーキュラスが護るべき者を傷つけないよう必死で自分の先回りしようと、幻影内に小さな分身を飛ばす、『神』の様子を心から、愉しんだ。

“馬鹿な…ほんに馬鹿な『神』よの…。
取るに足りない儚い命と、捨て置けば良いものを………。
お主の寿命の、どれだけの長さなのだ?人間の命等。
瞬きとは言わぬ。
が…ほんの僅かな時の間の事だろう?
奴らが全て消え、時が過ぎ去れば、胸の痛みも消え行こうに………”

が、ワーキュラスは囁いた。
“長く生きれば心の痛みと長く付き合う事に成る…。
それが過ぎ去り、消え去ればもう二度と取り戻す事は叶わぬ…。
お前のように、心も痛みも、凍らせれば何物も耐えられる。
がそれはただ息をしてるだけ。
“生きている”等と、とても言えぬ”

「夢の傀儡靴王」はびっくりした。

“『神』が生を語るとは…!”

が、ワーキュラスは静かに言い返す。
“お前を氷室で眠らせる等、馬鹿げた刑罰だ。
本当に罰したければお前の心を溶かし…永遠の生を与えるべき。

…それこそが、極刑に値する”

「夢の傀儡靴王」はやはり、くっくっくっ…。と微笑った。
“永遠に一瞬の後悔の痛みを胸に抱(いだ)き生きろ。とでも言う気か?
が、それではお前と同じではないか…。
永遠の生命をどれだけ多くの者が心から欲し望んだか…”

ワーキュラスは吐息混じりに囁いた。

“それを、欲しない者こそが、真にその価値を理解出来るだろう”

がその言葉は、神のため息のように霧散して、空間に消えて行った………。


昔…遠い昔、どの竜だっただろう…?
初めて人間の、心の痛みに心引かれた竜は…?

彼はきっと…あまりに小さな生き物の、小さな痛みを棘のように、感じたに違いない。

小さな…とても小さな、だが鋭い痛み。
大きな自分は忘れていられる。
が時折つきん…!と鋭く痛み、それが…在る。と思い出す………。

そんな風にして、あまりの激しい胸の痛みをその小さな体に溢れさせた生き物があんまり…哀れで、黄金の鱗をその竜は与えたのだろう………。

自分の…『光の力』が彼らを満たし、包み、癒した時、その鋭い棘のような痛みが薄れ和らぐ様にどれだけ…鱗を与えた竜は、ほっとした事だろう………?

その…気持ちは今の自分に、痛い程解った。

彼らの命が失われる事が辛くてディアヴォロスは…自分の身の痛みを押しやってここに…来ているのだから………。

身の痛みよりも心が痛む事がどれ程辛いか、彼は思い知っているのだから………。

けれど人間のディアヴォロスは直ぐに去って行ってしまう。
その寿命を終えて、自分から瞬く間に。

もし自分の手落ちで、幻想内に居る誰かを死なせてしまったとしても………。
ディアヴォロスの心を、深く、とても深く傷つけてしまったとしても………。

無視…出来るだろう。
確かに…夢の傀儡靴王が言ったように。自分は。

が棘はそこに刺さったまま、自分に思い知らせるだろう…。
それはそこにまだそのまま、痛みとして“在る”のだと………。

それが、癒しを得鋭い痛みが和らぎ消え去る迄、永遠に…………。
消え去ってはいない。

そう時折小さな、鋭い痛みをもって自分に、思い知らしめ続けるのだ………。

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