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第六章『光の里での休養』
夢の傀儡王(くぐつおう)
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メーダフォーテは岩陰に馬を繋ぐと、そっ…と呪文の彫られた腕輪を付ける。
伺い見える目前の岩山は、心なしか白く霞んでいるように見える。
神聖神殿の結界はこの先。
腕輪にそっ…と触れる。
この彫られた呪文が透視者達の視線から、我が身を隠す筈だ。
そう…心の中でつぶやいて。
だが崖下に伺い見える神聖神殿は、遙か下。
この先は厄介な岩場が続き、馬は入れない。
メーダフォーテは書斎に籠もり、鍛えて来なかった我が身に舌打ちながらも、でこぼこした岩を乗り越え、岩肌に掴まり先へと進む。
岩山に添うように道はあったものの、足元は岩が突き出てごつごつし、その道幅も狭く、左に聳える岩山の岩肌に掴まってなければ、右下に神聖神殿が伺い見える空間へと、真っ逆さまに落ちて行く。
神聖神殿の気づいた人外の者が空中で受け止めてくれない限り、地面に叩き着けられ無様な死体を晒す事だろう…。
メーダフォーテは慎重に、その曲がりくねった道を進んだ。
足元の岩は一層鋭く突き出し、足場を探すのに苦労したが、その道は岩に掴まっている限り落ちる様子無く、目前に無数の岩が広がり、ほっと安堵の吐息を吐く。
ごつごつとした大きな岩を幾度も乗り越えると、ようやくその先に、平らな場所が広がる。
その先には、岩をくり抜かれたような大きなほら穴。
見つけた…!
伝説通りだ!
メーダフォーテは心の中で叫ぶと、腰のベルトに挟んだ松明を取り出し、火石(マッチのようなもの)を擦って火を点け、その暗く、がらん。とした洞窟の、中へと足を踏み入れる。
かつん…かつん……。
洞窟の横幅は広く、その先にようやく、氷の壁が、見つかる…。
壁を松明を翳し眺めると、中に寝台に横たわる、一人の男が氷の中に、閉じ込められていた。
メーダフォーテはそっ…と懐から書き付けを取り出し、松明の明かりでそれを、唱え始めた。
「…ゼネキスゼゥント…アキメデ…ダルエント…デッサールーン!」
唱え終わり、身を屈めたまま周囲の気配に耳をそばだてる。
が、静寂が広がり、メーダフォーテは書き付けを握る手が、震えるのを感じた。
発音をどこか、間違えたか?
もう一度唱えよう。
と、書き付けを松明の光に近づけたその時、頭の中に声が、響き渡った。
“我を起こすのは、そなたか?
起こした以上、我にとって良い、知らせであろうな?”
メーダフォーテは頭を垂れた。
がそっ…と氷の壁の中を伺い見る。
が氷の中の男はやはり寝台の上で、眠ったままだ。
“肉体が、気に成るか?
だが我の精神は何処にでも出向ける。
但し意識が、目覚めていたら。の話だが”
メーダフォーテは慌てて頭を下げ、慎み深くささやく。
「夢の傀儡靴(くぐつ)の王であらせられる、アメンゼステ王…。
楽しい催し物を、ご用意致しております……」
“……メーダフォーテ。敵を滅ぼしたいか?”
その声に、メーダフォーテは心の中で自問した。
「(心を…読むのか?
そんな事はあの本には一言も………)」
“心を読まずしてどうやって、その相手を夢の中へと送り込める?
お前の考えて居る事等、澄んだ青空のように明快だ。
敵の男を我の罠へ…。
そして判定者達らへは、偽りの夢を送れ。と我に要求しておる”
メーダフォーテはごくり…!と唾を飲み込んだ。
そして氷室に横たわる、偉大なる『光の民』の能力者、夢の傀儡王に告げる。
「それをしてくれるか?」
“目覚めた以上、それに見合った愉しみが無いとな…。
お前の様子だと我は、60年近く、眠っていたようだ………”
メーダフォーテは興奮を抑え、ささやく。
「では罠にかける男を、思い描く」
そしてメーダフォーテは金の髪の美貌の男、ギュンターを強く、思い浮かべる。
傀儡靴王は、くっくっくっ…。と笑う。
“栗毛の男…。大柄な者ともう一人…。
珍しい髪色だな?
そして…金の王の一族の男…。
…こやつらにも随分な恨みが、有る様子だ………”
メーダフォーテは、思い浮かべるギュンターの影に、透けて揺らめくようにその三人を、思い描いていた。と気づく。
「まとめて始末、出来るのか?」
“丁度奴らは光の結界の中に居る。
我と同族で無い人間だ。
簡単に、操れる”
メーダフォーテはごくり…!と再び喉を鳴らす。
「では…この男達はどうだ?」
メーダフォーテは次々と、その顔を思い浮かべる。
ローランデ。
アイリス。
ディンダーデン。
オーガスタス。
シェイル。
そしてディングレー。
…ローフィス。
最後の男は揺らめいたが、思い出した。
一度、会った事があった。
アイリスの使いだと、近衛のテントを訪れた、あの銀髪に近い栗毛の伊達男………ゼイブン!
“これだけか?”
メーダフォーテは顔を揺らした。
子供達も罠にかけられれば最高だったが、彼はその顔を、知らなかった。
一つ、吐息を吐き俯く。
「………ああ。
『光の里』の結界の中に居なければならないんだな?」
“お前が憎悪する、金の髪の男は居ないな。
“里”の結界に入れば操れるが”
メーダフォーテはそれが、殺しても飽き足りないアシュアークだと解ると、落胆の吐息を吐いた。
“……では始まりの戦いに、放り込んでやろう……。
過去に起きた事は今だ、強い力を放ち空間に漂っている…。
その中に奴らを放り込んでやろう。
過去に存在した男らに、奴らを入れ込めば…容易に夢から逃れる事は出来まい。
戦いに成れば奴らは自分に戻り、自由に動ける。
が………それ以外は、すり替わった過去の男の行動に、支配される………”
メーダフォーテは聞きながら、チラ…!とディアヴォロスを、思い浮かべた。
直ぐ様王は唸る。
“『光竜』を身に付ける男を、罠には誘えないぞ?
第一、そんな事をしたら、我の夢の結界は崩れ、捕らえた奴らは解放される………。
だが万一『光竜』に気づかれても…奴らを深く夢の世界に捕らえれば、幾ら『光竜』と言えど、簡単に我の結界を崩す事は不可能に成る…。
結界の崩落に飲み込まれ…捕らわれた者達は皆、死ぬからな………”
メーダフォーテは顔を歪めた。
「では、深く捕らえる前に、気づかれたら?」
“…結界は崩れ、捕らえた者は自分に帰る”
「失敗か?」
“その通り”
「『光竜』に、気づかれずに捕らえられるか?」
夢の傀儡靴の王は再び、くっくっくっ…。と気味の悪い声を発する。
『光の民』とは到底思えない、まるで『影の民』のようだった。
がここは神聖神殿の裏山。
今だ光の結界が張り巡られされた、その内。
傀儡靴の王は人の苦しみで無く、光の力を使い能力を使う筈だ。
“奴らは今、結界の中で傷を癒している…。
それは外界との遮断を意味する。
癒し手が、奴らを癒す、その時以外は。
結界の中で深く眠る奴らを、捕らえ我の夢に誘い込むのは簡単だ。
『光竜』と言えど、その微かな気配を読むのは並大抵では無い。
なぜか、解るか?
小さき陰謀者”
メーダフォーテは首を横に振った。
「『光竜』は万能では無いのか?」
“奴は竜。
人間の、小さき感覚など、解りようか?
お前は蟻の痛みが解るか?
…それと同じ。
巨大な奴には、その身を降ろす人間の感覚があって初めて、人間がどういう時に痛み、幸福を感じるのかがようやく解る。
だがその、身を降ろした人間も今は光の結界の中………。
奴が気づかなければ、『光竜』とて知る術が無い”
「…つまり『光竜』は、ディアヴォロスを通して人間が理解出来るのか?」
“それも、大変な苦労よの…。
お前は蟻に、加減が出来るか?
潰して終わずに、その身に触れるか?
人間と関わる等、ほんに物好きな『光竜』よ………。
ほんの僅か、本来の力を使えば崩れ去る程の小さき者と、寄り添うだ等と……………”
メーダフォーテはつい、俯く。
「………『光竜』ワーキュラスとは……それ程大きいのか?」
“精神も偉大だ。
その大きな者が小さな器に身を降ろす…。
『光竜』とて、神経がくたびれ果てる作業だ。
まして自分とは掛け離れた、理解を超えた下等な生物と。
我は一度『光竜』を間近で見た。
あまりに光に包まれ、眩しくて姿すら見えなかった。
奴らは『光の国』アシュランド・リンデーネスの中心、巨大な光柱の中で光を食す生き物。
その身を光で浸した、この世で最も崇高で偉大な生き物……。
だが偉大ゆえ…我ら人間のちっぽけな苦しみは理解出来ぬ…。
依り代(よりしろ)が無ければな………”
メーダフォーテが顔を、上げた。
“お前達の国、アースルーリンドの名は『光の国』アシュランド・リンデーネスから取った名だ。
『光の民』…そして、『影の民』と呼ばれる反逆者が居たからこそ…民は統一され、国として統治されている。
だが昔は……。
個々の部族が群れ集い、時に諍う、まとまり等無い地だった”
メーダフォーテはその…創始の頃を熟知する王を見つめた。
氷室の中、凍ったまま眠る、白い横顔を。
“お前が知りたければ見せてやろう…。
介入したければそれも可能だ”
「私も捕らえる気か?」
“我は“影”では無い…。
娯楽を与えたお前を罠にははめぬ”
「だが“影”に近い……。
だから、眠らされてここに居る…違うか?」
王は再び、くっくっくっ…と笑った。
“誰でも、気に入った者は手に入れたい…。
我はそれを我の夢の結界で実現し、集め、飼っていた。
それは意志を縛る不当な行為だと…、咎められても我は止めぬ。
小さき陰謀者。お前と同じ事を言う者が居た。
“影”へ下れ。と。
眠るか…“影”へ下るか。
二つしか我に選択は無い。と”
「…眠りを選んだのか?」
“我は正しかった。
現にお前のような者が現れる…。
“影”に下れば…悪戯に力を求めて、闇の底を駆けずり回り…ひたすら人間を狩り…そして闇の中での、勢力争いに勝たねば自分の力を強い者に奪われ生き残る事すらままならぬ。
…それのどこが楽しい?
眠っていれば…光の結界の、光が幾らでも力の源として無限に使う事が出来る。
その方が、楽だろう?”
メーダフォーテは一つ、吐息を吐いた。
“我の友が闇に下り、“影”と成った。
一度逢うたが、ひどい姿に、成り果てた。
それは素晴らしい、容貌をしていたのにな………。
我は…あのような醜悪な姿で生きながらえたいとは思わぬ”
「力の源が違うと…それ程違うのか?」
“当然よ……。
切り花を赤い水に浸ければ赤く染まる。
金色なら金に。
そして…黒なら黒に。
それと同じ。
人のどす黒い苦しみを吸えば、醜く歪むのも無理は無い…”
「…だが貴方は人を、苦しめるのが好きだ」
“違う。
我の世界で遊ばせるのが、好きなのだ。
苦しむかどうかは、本人次第…。
だが夢は現実と変わらぬ。
力量が無ければ、夢の中で死ぬ。
ただそれだけだ。
夢使いとはそういうもの”
メーダフォーテは幻影判定の夢使い達を、思い浮かべた。
確かに、自らが夢に誘う者が死んでも、彼らは関知しない。
王はメーダフォーテの心に気づき、理解を促す。
“ただ我の力は強すぎた。
一時はこの“里”の全住民を、夢に引きずり込んだ事もある………。
『光の王』の末裔と『光の国』から下った民にその結界を、破られはしたが。
…我の夢の中で死ぬのは、人間だけだ。
『光の民』は死にはしない。
人間の精神は脆弱で、自分の世界以外の価値観に出会うと途端に崩れ去る。
肉体を支えるのが精神だから、精神が崩壊すれば肉体も滅び去る。
…だが今世代の夢使いは、むざむざ判定で人を殺す事を、良しとしないようだ…。
我の世代からもう幾世代…。
人の精神を、死より救う術を見つけたようだ。
長い間眠っていた…。
この光の結界の中が隅々迄見通せる……。
が………”
メーダフォーテは顔を上げた。
「が?」
“我が全てを見通す様に、誰も、気づかない……。
最も能力(ちから)の、強い者ですら………。
長い間眠っていたから、我の“気”は、余程薄いらしい………”
メーダフォーテは尋ねた。
「………では…起きた事は気づかれぬか?」
“今暫くは”
「ではいずれ気づかれる?」
“目覚めが進み、意識がはっきりするにつれ、我が“気”は強く成るからな。
これは何だ?と気づき…皆がその源を、手繰ろうとするだろう”
「気づかれる前に、奴らを捕らえられるか?」
“出来そうだ”
メーダフォーテはほっ………と吐息を、吐いた。
“奴らを監視したいのなら光の結界の中に居ろ…。
結界の外だと、我はぼやけたお前の姿しか見えぬ。
ぼやけたお前は我の夢には導けぬ”
メーダフォーテは一つ、頷いた。
伺い見える目前の岩山は、心なしか白く霞んでいるように見える。
神聖神殿の結界はこの先。
腕輪にそっ…と触れる。
この彫られた呪文が透視者達の視線から、我が身を隠す筈だ。
そう…心の中でつぶやいて。
だが崖下に伺い見える神聖神殿は、遙か下。
この先は厄介な岩場が続き、馬は入れない。
メーダフォーテは書斎に籠もり、鍛えて来なかった我が身に舌打ちながらも、でこぼこした岩を乗り越え、岩肌に掴まり先へと進む。
岩山に添うように道はあったものの、足元は岩が突き出てごつごつし、その道幅も狭く、左に聳える岩山の岩肌に掴まってなければ、右下に神聖神殿が伺い見える空間へと、真っ逆さまに落ちて行く。
神聖神殿の気づいた人外の者が空中で受け止めてくれない限り、地面に叩き着けられ無様な死体を晒す事だろう…。
メーダフォーテは慎重に、その曲がりくねった道を進んだ。
足元の岩は一層鋭く突き出し、足場を探すのに苦労したが、その道は岩に掴まっている限り落ちる様子無く、目前に無数の岩が広がり、ほっと安堵の吐息を吐く。
ごつごつとした大きな岩を幾度も乗り越えると、ようやくその先に、平らな場所が広がる。
その先には、岩をくり抜かれたような大きなほら穴。
見つけた…!
伝説通りだ!
メーダフォーテは心の中で叫ぶと、腰のベルトに挟んだ松明を取り出し、火石(マッチのようなもの)を擦って火を点け、その暗く、がらん。とした洞窟の、中へと足を踏み入れる。
かつん…かつん……。
洞窟の横幅は広く、その先にようやく、氷の壁が、見つかる…。
壁を松明を翳し眺めると、中に寝台に横たわる、一人の男が氷の中に、閉じ込められていた。
メーダフォーテはそっ…と懐から書き付けを取り出し、松明の明かりでそれを、唱え始めた。
「…ゼネキスゼゥント…アキメデ…ダルエント…デッサールーン!」
唱え終わり、身を屈めたまま周囲の気配に耳をそばだてる。
が、静寂が広がり、メーダフォーテは書き付けを握る手が、震えるのを感じた。
発音をどこか、間違えたか?
もう一度唱えよう。
と、書き付けを松明の光に近づけたその時、頭の中に声が、響き渡った。
“我を起こすのは、そなたか?
起こした以上、我にとって良い、知らせであろうな?”
メーダフォーテは頭を垂れた。
がそっ…と氷の壁の中を伺い見る。
が氷の中の男はやはり寝台の上で、眠ったままだ。
“肉体が、気に成るか?
だが我の精神は何処にでも出向ける。
但し意識が、目覚めていたら。の話だが”
メーダフォーテは慌てて頭を下げ、慎み深くささやく。
「夢の傀儡靴(くぐつ)の王であらせられる、アメンゼステ王…。
楽しい催し物を、ご用意致しております……」
“……メーダフォーテ。敵を滅ぼしたいか?”
その声に、メーダフォーテは心の中で自問した。
「(心を…読むのか?
そんな事はあの本には一言も………)」
“心を読まずしてどうやって、その相手を夢の中へと送り込める?
お前の考えて居る事等、澄んだ青空のように明快だ。
敵の男を我の罠へ…。
そして判定者達らへは、偽りの夢を送れ。と我に要求しておる”
メーダフォーテはごくり…!と唾を飲み込んだ。
そして氷室に横たわる、偉大なる『光の民』の能力者、夢の傀儡王に告げる。
「それをしてくれるか?」
“目覚めた以上、それに見合った愉しみが無いとな…。
お前の様子だと我は、60年近く、眠っていたようだ………”
メーダフォーテは興奮を抑え、ささやく。
「では罠にかける男を、思い描く」
そしてメーダフォーテは金の髪の美貌の男、ギュンターを強く、思い浮かべる。
傀儡靴王は、くっくっくっ…。と笑う。
“栗毛の男…。大柄な者ともう一人…。
珍しい髪色だな?
そして…金の王の一族の男…。
…こやつらにも随分な恨みが、有る様子だ………”
メーダフォーテは、思い浮かべるギュンターの影に、透けて揺らめくようにその三人を、思い描いていた。と気づく。
「まとめて始末、出来るのか?」
“丁度奴らは光の結界の中に居る。
我と同族で無い人間だ。
簡単に、操れる”
メーダフォーテはごくり…!と再び喉を鳴らす。
「では…この男達はどうだ?」
メーダフォーテは次々と、その顔を思い浮かべる。
ローランデ。
アイリス。
ディンダーデン。
オーガスタス。
シェイル。
そしてディングレー。
…ローフィス。
最後の男は揺らめいたが、思い出した。
一度、会った事があった。
アイリスの使いだと、近衛のテントを訪れた、あの銀髪に近い栗毛の伊達男………ゼイブン!
“これだけか?”
メーダフォーテは顔を揺らした。
子供達も罠にかけられれば最高だったが、彼はその顔を、知らなかった。
一つ、吐息を吐き俯く。
「………ああ。
『光の里』の結界の中に居なければならないんだな?」
“お前が憎悪する、金の髪の男は居ないな。
“里”の結界に入れば操れるが”
メーダフォーテはそれが、殺しても飽き足りないアシュアークだと解ると、落胆の吐息を吐いた。
“……では始まりの戦いに、放り込んでやろう……。
過去に起きた事は今だ、強い力を放ち空間に漂っている…。
その中に奴らを放り込んでやろう。
過去に存在した男らに、奴らを入れ込めば…容易に夢から逃れる事は出来まい。
戦いに成れば奴らは自分に戻り、自由に動ける。
が………それ以外は、すり替わった過去の男の行動に、支配される………”
メーダフォーテは聞きながら、チラ…!とディアヴォロスを、思い浮かべた。
直ぐ様王は唸る。
“『光竜』を身に付ける男を、罠には誘えないぞ?
第一、そんな事をしたら、我の夢の結界は崩れ、捕らえた奴らは解放される………。
だが万一『光竜』に気づかれても…奴らを深く夢の世界に捕らえれば、幾ら『光竜』と言えど、簡単に我の結界を崩す事は不可能に成る…。
結界の崩落に飲み込まれ…捕らわれた者達は皆、死ぬからな………”
メーダフォーテは顔を歪めた。
「では、深く捕らえる前に、気づかれたら?」
“…結界は崩れ、捕らえた者は自分に帰る”
「失敗か?」
“その通り”
「『光竜』に、気づかれずに捕らえられるか?」
夢の傀儡靴の王は再び、くっくっくっ…。と気味の悪い声を発する。
『光の民』とは到底思えない、まるで『影の民』のようだった。
がここは神聖神殿の裏山。
今だ光の結界が張り巡られされた、その内。
傀儡靴の王は人の苦しみで無く、光の力を使い能力を使う筈だ。
“奴らは今、結界の中で傷を癒している…。
それは外界との遮断を意味する。
癒し手が、奴らを癒す、その時以外は。
結界の中で深く眠る奴らを、捕らえ我の夢に誘い込むのは簡単だ。
『光竜』と言えど、その微かな気配を読むのは並大抵では無い。
なぜか、解るか?
小さき陰謀者”
メーダフォーテは首を横に振った。
「『光竜』は万能では無いのか?」
“奴は竜。
人間の、小さき感覚など、解りようか?
お前は蟻の痛みが解るか?
…それと同じ。
巨大な奴には、その身を降ろす人間の感覚があって初めて、人間がどういう時に痛み、幸福を感じるのかがようやく解る。
だがその、身を降ろした人間も今は光の結界の中………。
奴が気づかなければ、『光竜』とて知る術が無い”
「…つまり『光竜』は、ディアヴォロスを通して人間が理解出来るのか?」
“それも、大変な苦労よの…。
お前は蟻に、加減が出来るか?
潰して終わずに、その身に触れるか?
人間と関わる等、ほんに物好きな『光竜』よ………。
ほんの僅か、本来の力を使えば崩れ去る程の小さき者と、寄り添うだ等と……………”
メーダフォーテはつい、俯く。
「………『光竜』ワーキュラスとは……それ程大きいのか?」
“精神も偉大だ。
その大きな者が小さな器に身を降ろす…。
『光竜』とて、神経がくたびれ果てる作業だ。
まして自分とは掛け離れた、理解を超えた下等な生物と。
我は一度『光竜』を間近で見た。
あまりに光に包まれ、眩しくて姿すら見えなかった。
奴らは『光の国』アシュランド・リンデーネスの中心、巨大な光柱の中で光を食す生き物。
その身を光で浸した、この世で最も崇高で偉大な生き物……。
だが偉大ゆえ…我ら人間のちっぽけな苦しみは理解出来ぬ…。
依り代(よりしろ)が無ければな………”
メーダフォーテが顔を、上げた。
“お前達の国、アースルーリンドの名は『光の国』アシュランド・リンデーネスから取った名だ。
『光の民』…そして、『影の民』と呼ばれる反逆者が居たからこそ…民は統一され、国として統治されている。
だが昔は……。
個々の部族が群れ集い、時に諍う、まとまり等無い地だった”
メーダフォーテはその…創始の頃を熟知する王を見つめた。
氷室の中、凍ったまま眠る、白い横顔を。
“お前が知りたければ見せてやろう…。
介入したければそれも可能だ”
「私も捕らえる気か?」
“我は“影”では無い…。
娯楽を与えたお前を罠にははめぬ”
「だが“影”に近い……。
だから、眠らされてここに居る…違うか?」
王は再び、くっくっくっ…と笑った。
“誰でも、気に入った者は手に入れたい…。
我はそれを我の夢の結界で実現し、集め、飼っていた。
それは意志を縛る不当な行為だと…、咎められても我は止めぬ。
小さき陰謀者。お前と同じ事を言う者が居た。
“影”へ下れ。と。
眠るか…“影”へ下るか。
二つしか我に選択は無い。と”
「…眠りを選んだのか?」
“我は正しかった。
現にお前のような者が現れる…。
“影”に下れば…悪戯に力を求めて、闇の底を駆けずり回り…ひたすら人間を狩り…そして闇の中での、勢力争いに勝たねば自分の力を強い者に奪われ生き残る事すらままならぬ。
…それのどこが楽しい?
眠っていれば…光の結界の、光が幾らでも力の源として無限に使う事が出来る。
その方が、楽だろう?”
メーダフォーテは一つ、吐息を吐いた。
“我の友が闇に下り、“影”と成った。
一度逢うたが、ひどい姿に、成り果てた。
それは素晴らしい、容貌をしていたのにな………。
我は…あのような醜悪な姿で生きながらえたいとは思わぬ”
「力の源が違うと…それ程違うのか?」
“当然よ……。
切り花を赤い水に浸ければ赤く染まる。
金色なら金に。
そして…黒なら黒に。
それと同じ。
人のどす黒い苦しみを吸えば、醜く歪むのも無理は無い…”
「…だが貴方は人を、苦しめるのが好きだ」
“違う。
我の世界で遊ばせるのが、好きなのだ。
苦しむかどうかは、本人次第…。
だが夢は現実と変わらぬ。
力量が無ければ、夢の中で死ぬ。
ただそれだけだ。
夢使いとはそういうもの”
メーダフォーテは幻影判定の夢使い達を、思い浮かべた。
確かに、自らが夢に誘う者が死んでも、彼らは関知しない。
王はメーダフォーテの心に気づき、理解を促す。
“ただ我の力は強すぎた。
一時はこの“里”の全住民を、夢に引きずり込んだ事もある………。
『光の王』の末裔と『光の国』から下った民にその結界を、破られはしたが。
…我の夢の中で死ぬのは、人間だけだ。
『光の民』は死にはしない。
人間の精神は脆弱で、自分の世界以外の価値観に出会うと途端に崩れ去る。
肉体を支えるのが精神だから、精神が崩壊すれば肉体も滅び去る。
…だが今世代の夢使いは、むざむざ判定で人を殺す事を、良しとしないようだ…。
我の世代からもう幾世代…。
人の精神を、死より救う術を見つけたようだ。
長い間眠っていた…。
この光の結界の中が隅々迄見通せる……。
が………”
メーダフォーテは顔を上げた。
「が?」
“我が全てを見通す様に、誰も、気づかない……。
最も能力(ちから)の、強い者ですら………。
長い間眠っていたから、我の“気”は、余程薄いらしい………”
メーダフォーテは尋ねた。
「………では…起きた事は気づかれぬか?」
“今暫くは”
「ではいずれ気づかれる?」
“目覚めが進み、意識がはっきりするにつれ、我が“気”は強く成るからな。
これは何だ?と気づき…皆がその源を、手繰ろうとするだろう”
「気づかれる前に、奴らを捕らえられるか?」
“出来そうだ”
メーダフォーテはほっ………と吐息を、吐いた。
“奴らを監視したいのなら光の結界の中に居ろ…。
結界の外だと、我はぼやけたお前の姿しか見えぬ。
ぼやけたお前は我の夢には導けぬ”
メーダフォーテは一つ、頷いた。
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