アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

文字の大きさ
上 下
194 / 389
第六章『光の里での休養』

中央護衛連隊、次期連隊長推考議会の決定

しおりを挟む



 フィンスはエルベス公が、アイリスとの血統を示すような巧みな弁舌で。
皆の中に、ギュンターは中央護衛連隊長として相応しい、十分な実力と実績を兼ね備えた適任者である。
と強く印象付けるのを、安堵の心持ちで拝聴していた。

更に身分が伴わないとの批判にも、ダーフス大公と口を揃え
「彼に、連隊長に相応しい身分を与える準備が、こちらにはいつでもある」
と言って反対意見を退け、更に所用で遅れて着いたダンザイン迄もが

「彼程、人命が尊いと知っている者は居ず、他の候補から抜きんでており、近衛の実績もそれを物語っている。
あれ程の激戦のさ中でも、部下を一人も失わずに帰還出来る隊長が、他に居ようか?」

と発言し、ディアヴォロスの側人カッツェの
「代理として、座っているだけでいい」
の言葉道理に成りそうで、フィンスは胸を撫で下ろした。

だが、強固な反対意見を発言していたゲロス公がとうとう黙り、議長が会議の終了を、告げようとしたその時。

使者が駆け込み、ゲロス公に耳打ちし、ゲロス公が顔を上げて議長に合図する。

エルベス公もダーフス公も一瞬顔を見合わせ、そして…議長がゲロス公に、発言の許可を与えるのを、見守った。

ゲロス公は立ち上がる。
彼はグーデンの、叔父に当たった。
その甥の為に、もう一肌脱ぐ気か。
と皆が見守る中、彼は渋い顔でそれを告げる。

「…確かに、候補者の一人、グーデンは私の甥だ。
が、選出は公平であるべきだ。
そちらの推すギュンター隊長は、実績がある。と推薦者の方々は申される。
ではそれを、実証して頂こう。
我が甥グーデンも、皆に相応しい実証を、示す機会を切望している。
何せ彼所属の宮中護衛連隊は、激戦等無く、それを示す機会を与えられていない」

エルベスが、まさか…!とゲロス公を凝視する。

「幻影判定で、甥グーデンは貴方方に、長足るに相応しい実力を示すだろう」

皆が一斉に、ざわめいた。

幻影判定とは、候補の実力が切迫している時。
仮定の幻の中で、その実証を示す。
というもので、候補者、そして判定者達は共に神聖神殿に出向き、幻術使い達の集う中で眠り、夢の中で、仮定の戦闘での彼らの戦い振りを観戦する。

無論、候補者は夢でありながら幻術者達の見せる、実際の戦闘で戦うし、ヘタをすればその場で命を落とし、二度と目覚めない。という危険を伴う判定だった。

が、中央護衛連隊。と言う重責を担う者が、幻の戦闘で死ぬのでは、話に成らない。

かつて数度、その判定は行われ、選び出された者は全てが、『私欲の民』を断固として退ける剛の者ばかりで、その判定は最も信頼出来る選出方法として、皆の信頼を勝ち得て来た。

エルベスは幾度も、それを口にしようとした。
が、ダーフス公は首を横に、振った。

誇り高い「左の王家」の血を継ぐ者が、自ら“良し”としない判定を強行すれば、後々面倒な遺恨を残す。と。

グーデンは本当に、剣が使えなかったので。

もしそれを言い出せば、あちらは殺気立って、それを言う者の暗殺も辞さない程、追い詰められるだろう。
選出に凶行は、避けるべきだ。
神聖神殿隊、神聖騎士団の推薦を得るだけで十分な説得力があるから、それで押し切る方が無難だと。

だからダーフス大公は、それを言ったゲロスを目を見開き見つめた。

“気が狂ったのか?”

そんな瞳でダーフスに見つめられ、ゲロスは不機嫌な表情で、本心は全くの不本意だ。と言う顔を、崩さなかった。

エルベスはつい、皮肉にささやいた。
「ギュンターを上回る実績を、そちらは示せるとお考えのようだ」

二人の実力を知る者なら誰もが、ヘタをしたらグーデンは目覚めず、そのまま葬式を出す羽目に成るだろう。
と予測した。

ダンザインですら、ゲロス公を見つめる。
神聖神殿隊が管理する以上、不正が入り込む余地が無い。
また判定者達は共に眠り、事の次第を見守る役目を担い、彼らの戦いを実戦さながら、観察する。

どう頑張っても、誤魔化しは効かない。
だが議長はとうとう、決定する。と、エルベス、ダーフスに顔を向ける。

「異論はありますか?」

エルベスはダーフスを見た。
ダーフスは暫く沈黙し、が、頷く。

エルベスが口を開く。
「我々に異論はない」



議会が終了し、ダンザインは議場を出ようと扉に歩を進める。
フィンスが駆け寄り、目前へと飛び出す。
ダンザインは了承している。と言うように、優しげに微笑むとつぶやく。

「…なぜ彼らが幻影判定を持ち出すのか?
それを知りたいんだろう?」

フィンスはその、西領地[シュテインザイン]中央護衛連隊の長でありながら同時に、神聖騎士団の長でもある、人外の神秘的な人物を驚愕の表情で見つめる。

が躊躇いながらも口を開く。
「…ご存知なら話が早い。
だって奴らには圧倒的に不利の筈だ!
………違うんですか?」

「不正が介入する余地があるか?
と問われたら、全く無い。とは言い切れない。
がほぼ不可能だ。
私も立ち会うが、神聖神殿隊の幻術師が不正を計れば直ちに判明する」

フィンスはほっ。と安堵の吐息を漏らす。
いつの間にか、二人の背後にダーフス、そしてエルベスが聞き耳を立てていた。

フィンスは振り返り、両者に会釈する。
ダンザインも同様振り返り、二人に微笑む。
「貴方方もご心配ですか?」

年配のダーフスがおもむろに口を開く。
「彼の、言う通りだ。
自分達に不利な事を言い出すだ等と。
ゲロスは全くどうかしている!
不正を行わなければグーデンが、ギュンターに勝る事は不可能な筈だ」

ダンザインはちょっと首を傾げる。
彼はこの中で誰よりも長身だったので。

「…メーダフォーテは多分、グーデンに下駄を履かせる方法を、見つけたんでしょうね」

エルベスがそれを聞いて即座に口を開く。
「だがたった今、不正を働く事は不可能だと!」
「それは幻術使い達が。だ。
が…幻の中に、その実力を増幅させるような物を、持ち込む事は可能。
だがそれだとて、幻を操る幻術師達に知られなければ。の話。
幻術師達が気づけば、即座に不正。と糾弾を受ける」

ダーフスは俯いたし、エルベスは吐息を吐いた。

フィンスが言った。
「だがギュンターが勝れば問題無いはずだ。
違いますか?」

ダーフスもエルベスも同時に顔を、上げる。
ダンザインは微笑んだ。
「その通り。
彼はそれは勇猛だ。
怪我を負ったと聞いたが、『光の里』の結界の中。
判定迄には、癒えるだろう」

ダーフスはそっ。と頷く。
が、ダンザインの肩にその手を触れてささやく。
「貴方だけが頼りだ。
私共は共に眠り、彼らが戦う夢を受け取るのみ。
不正が働いているかどうか等、知る術も無い」

ダンザインは微笑むとその、「左の王家」の血を継ぐ、黒髪の大物政治家に告げる。
「私の他に、神聖神殿隊の長も見守る。
アースラフテスは自らが仕切る神聖神殿隊隊員の、不正を決して許しません」

ダーフスもエルベスも…そしてフィンスもそう告げるダンザインを、微笑を浮かべた明るい表情で見つめ返した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...