アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

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第六章『光の里での休養』

子供達に元気な姿を見せる負傷者達

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 子供達とディンダーデンは、部屋にぞろぞろと入ってくる一同に、視線を向ける。

「ゼイブン!」
ファントレイユがその姿を見つけ、心から嬉しそうに、父親を迎えて抱きつく。

ディンダーデンが顔を上げて、金髪の悪友に
「ヨォ!」
と声を掛ける。

テテュスが嬉しそうにディングレーを出迎えたが、彼は凄く気まずそうに、幾度も視線をゼイブンに振り、その唇に目を止めると、真っ青に成って口元に手を、当てている。

「どうしたの?」
そう問うテテュスに続き、レイファスも。
ディングレーの様子に、心配そうにささやく。

「まだ気分が、良くないの?」

ゼイブンは気づくと
「いい加減にしろ!
まるで俺が、加害者に成った気分だ!」
と怒鳴る。

ギュンターがディングレーの真っ青で固まる様子に気の毒げな視線を送り、ぼやいた。
「…好物だと思った食事が、実は最悪の調味料で料理されていて。
一口食べたら、吐き出しそうになった時に似ている」

シェイルがその金髪長身の男に振り向くと、すかさず言い切った。
「…その、上手い不味いの判断も出来ず、奴は喰っちまったんだ!」

ディンダーデンが会話を引き継ぐ。
「それは悲劇だな?
で、誰が誰を、間違えて喰っちまったんだ?」

ローランデは事情も知らないのに会話の通じるディンダーデンに、さすが色事の専門家。
と呆れ混じりな、感嘆の視線を向けた。

ギュンターの視線が俯くディングレーに止まり、次いで、ファントレイユを腰に張り付かせるゼイブンに、注がれた。

ぶっ!
ディンダーデンは一気に吹き出し、どもる。

「で…で、幾つの頃の、話なんだ?
今のあいつを押し倒す程、悪趣味で根性のある男じゃ、無いんだろう?
幾らディングレーでも」

ディングレーが咄嗟に顔を上げ、年上の色男を睨み据える。
「俺だって、意識さえあったら苦瓜だけは避ける!断じて!」

ディンダーデンは思い切り肩を揺らして笑う。
「意識が無かったから、喰っちまったのか?!」

ゼイブンは振り向くと怒鳴る。
「喰われてない!未遂だ!
男に奪われてたまるか!
奪うならともかく!」

シェイルもギュンターも、顔を揺らす。
「それでも奪う相手は、もちろん女なんだな?」

ゼイブンは二人に振り向き、怒鳴りつけた。
「俺は生物学上、全く正常な反応の、“雄”だからな!」

ローランデももの凄く“自分もそうだ”と言いたかった。
喉まで出かかった。
が、ギュンターを一瞬視界に捕らえ、言葉を飲み込んだ。

けれど、シェイルは開き直る。
「生物学が、何だ!
恋愛至上主義で、どこが悪い!」

皆が途端に、その見目だけはいかにも美麗な、楚々とした銀髪の美青年に視線を投げた。

ギュンターが、俯きぼやく。
「相手がディアヴォロスとローフィスじゃな…」
ディンダーデンも、同意する。
「あれだけ開き直れるのも、無理ないぜ…」

「誰だと、開き直れないの?」
可憐なレイファスの問いに、ディングレーとゼイブン、シェイルの視線が一斉に、ローランデに注がれる。

ローランデが、チラとギュンターに視線をくべ、はぁ…。と吐息を吐いた。
皆のその反応に、ギュンターの眉間が一気に、寄る。

ファントレイユもテテュスも顔を見合わせ、レイファスが、ローランデにそっとつぶやく。
「相手がギュンターだと、胸張って、言えない?」

ローランデはレイファスを見、次いでギュンターを見て、もう一度、はぁ…。と吐息を吐いた。

ディンダーデンが悪友に、肩をすくめて見せる。
ギュンターはそのローランデの反応に、ぷい!と背を向け、開け放たれたバルコニーにさっさと出て行った。

ローランデが、そんなギュンターの背に悲しげな視線を向け、ディンダーデンがまた肩をすくめる。

「みんな、凄く元気で良かった!」
テテュスがはしゃいでそう言う。
ファントレイユも微笑む。
「アイリスもローフィスも、目覚めたらきっと、みんなみたいに元気に、成ってるよ!」

レイファスも勿論だと、笑う。
「オーガスタスも、きっと元気だよね!」

ゼイブンは子供達がはしゃぐのを見つめ、無理無いと思った。
確実に、ローフィスの命は敵に持ってかれると、覚悟した程だった。

まだ腰に張り付いたまま動かないファントレイユの頬にそっ…と口付ける。
ファントレイユが、何か言いたげにそのブルー・グレーの瞳を上げた。

が、ゼイブンは避けるように顔を背け、そっ…とその体をやんわり、押し退(の)けた。
ファントレイユが慌ててささやく。
「ゼイブン…夢を見た?」

ゼイブンは首を、横に振って言う。
「ディングレーと、話がある」

ファントレイユはまだゼイブンの表情を見つめていたが、こっくり頷いて、しがみつくその腕を、解いてゼイブンを行かせた。

ディングレーが部屋の隅でまだ、しょげたように俯く姿を目にし、寄って肩をぽん!と叩く。

「だがあんたは頼りになる。
助っ人に入ってくれた時、本当に助かったからな!」

だが、ディングレーはゼイブンの口元を見つめ、思い切り顔を下げた。
ゼイブンはその様子に、顔を寄せて耳元でささやく。
「もう、迫ったりしないだろう?」

ディングレーはもう一度吐息を吐き
「一度でもお前に迫った事があるなんて…死ぬ程ショックで立ち直れない」
と呻く。
「傷とどっちが痛む?」

ディングレーはようやく顔を上げてゼイブンの顔をまじまじと見
「…お前に迫った事の方が、心が派手に痛む」
ゼイブンも、そうか。と項垂れて頷く。

「だが俺も、お前に惚れる婦人の気持ちが解りそうに成り、凄いショックだった」
ディングレーがつい、顔を上げてそう言うゼイブンを見つめる。
「………それは………どういう意味だ?」

ゼイブンは顔をすっと上げ
「怖いから、聞かない方がいい」
と言うので、ディングレーも、それもそうだな。と同意した。



 バルコニーで夜風に身を曝すギュンターの背に、ローランデはそっと近寄る。
気配に、ギュンターは振り向くと、一瞬ローランデの顔に夢で見た小さな子供の天使の顔がだぶり、ギュンターは俯く。
「夢で…子供の頃のお前を、見た。
すっかり忘れていたが、俺はお前を、天使だと思っていた」

ローランデも頷く。
「…私も思い出した。
母の具合が思ったより良くて、はしゃいだ帰りの道中の事だった…。
…金の髪が輝く王冠のように見えたのに、その王子は随分沈んだ様子で、気になって仕方無かった」

ギュンターの眉が思い切り、寄る。
「王子…?」

ローランデは顔を上げて、笑った。
「私には、そう見えた。
とても綺麗な顔立ちの子供で、王冠を被っているように。
旅から帰って乳母に、『王子に会った!』って大声で報告したら、乳母は目を丸くして言った。
『王様夫妻にはまだ、お子様がおられないのに?!』」

ギュンターは、無理もない。と吐息を吐いた。
「じゃ俺はお前の事を天使だと思い、お前は俺の事を、王子と勘違いしてたのか?」

だがローランデはつぶやく。
「それでも…私は時々、君が王冠を、被っているように見える」

ギュンターが、顔を揺らす。
「なら随分、哀れな王冠だな…。
惚れた相手に、振り向いても貰えない」

ローランデが思い切り俯く。
「里の男が、君はとても素直だと…。
子供の頃の誓いを、それと忘れているにもかかわらず、守ってると」

ギュンターは俯ききった。
「どうしてなのか、俺自身にも解らなかったが…。
時として永遠に成る出会いも、あるのかもな………」
「永遠?」

顔を上げるローランデに、ギュンターは言った。
「俺は、選べた。
だがお前を取った。
それしか要らないとずっと、駄々をこねる子供みたいに。
だが子供の思いは一途で真っ直ぐだ。
俺は大人になっても…俺の中のその子供に、逆らえないし…逆らおうと、する気も無い」

「本当に…好きになった婦人は、居ないのか?」
ギュンターは肩をすくめる。
「多分…俺の唯一の女性は、あの丘の墓の中に眠ってる。
彼女は俺を捨て、俺に振り返ったり決してしないから。
…俺にとっての女性はそれで、終わりなんだろう…。
後はただ、戯れに触れあう相手が居るだけだ……。
俺は随分孤独だと、言った女が居た。
子を産んでくれる女性を見つけ、自分そっくりの子供を授かるしか、逃れる手立ては無いと。
だが……」

「だが…?」

ローランデの瞳が、あんまり心配そうで、ギュンターはそっとつぶやく。
「…その女が言うには、俺は決して女に心を開けないから、そんな女を見つける事は、無理だろうと……」

ギュンターは、肩をすくめてつぶやく。
「俺はその女に言ったもんだ。
結局孤独から逃れる術が、無いんじゃないか!
と……そうしたら………」

ローランデの瞳があんまり気遣わしげで、ギュンターは自分が、同情されてる。と感じた。

「女は笑って言った。
その通りだ。と………。
だから、俺の事を“北の国の氷の男”と呼んだ。
氷が溶ける事が無いように、俺の孤独も、消える事が無いそうだ。
“随分、悲劇的だな”と言ったら女は笑った。
もしその氷が溶けたなら…俺は一気に沸騰した湯と成って相手を焦がしてしまう…。
それが悲劇になるか、それとも幸せな結末に成るかは、俺の精進次第だが。
氷は分厚く溶けた途端上がる温度は半端じゃないから、相手を焦がさず求めるのは、とても大変だと、笑いやがった」

ローランデは顔を揺らし、俯いた。
ギュンターはもう、耐えられなくて話題を、変えた。

「ノルンディルの奴、血相変えてたな」
ローランデは途端、きつい瞳を上げる。
「もう少し時間があれば、殺っていた!」

ギュンターは肩をすくめる。
「体力のある男を仕留めるのは、お前でも大変か?」
ローランデは俯くと、その瞳に殺気を滾(みなぎ)らせ呻く。
「あと少しで…あいつをバラバラで出来た。
全てのリズムを狂わせ、隙だらけの丸裸に出来たのに!」

ギュンターは吐息を吐く。
「…復讐か?」
ローランデはその青の瞳を、上げる。
「こっちも人間扱いされて無いんだ!
そう扱って、どこが悪い?!」

ギュンターも、そうだな。と頷く。
「天使を敵に回す程の、馬鹿だ。
救いが必要無いと、思い上がってる」

ローランデは途端、眉を悲しげに寄せた。

「私は救いをもたらす天使じゃない」

ギュンターはじっ。とローランデを見つめた。
「…シェイルに聞いてみろ。
奴もきっと俺に、同感だ。
だから余計…あいつはお前を神聖な場所に、置いて置きたいのさ!」

ギュンターが顔を上げ、戸口を見つめるのに気づき、ローランデも振り向く。

シェイルが戸口で腕を組み、こちらを覗っていた。
シェイルは会話を、聞いていたように組んだ腕を解く。

「さっさと戻れギュンター。
夜風はまだ、傷に障る。
折角俺とローフィスが、ドラングルデの止めと狙う矢からお前を守ったのに」

ギュンターは、笑った。
「俺を殺るのは、自分じゃないと気がすまないか?」

シェイルのそのエメラルドの瞳は
『当たり前だ!』と雄弁に語り、ギュンターはそっと、ローランデに優しく気遣わしげな一瞥を投げ、その正面から姿を消した。

シェイルはギュンターと入れ替わって、ゆっくりローランデに近寄ると、ささやく。
「もう少し、休まないか?」

背に手を置かれ、ローランデは心配する親友に、そっと頷いた。

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