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第六章『光の里での休養』
都合の悪い過去の記憶
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ギュンターは目が醒めて身を起こそうとし、右肩と胸の、皮膚の奥にちくり…!と刺すような痛みを感じ、眉を寄せる。
凄腕の射手、ドラングルデを一瞬にして思い出し、そして…痛みを押しやって、随分矢が刺さったまま無茶をした事を思い出す。
あれだけの無茶の後、これだけしか痛まないとは…。
そう思い、眠っていた事に思い当たり、何日経ってるのか不安に成る。
幾ら推薦を取り付けたって、とっくにグーデンが中央護衛連隊長の信認を貰っていたら、万事休すだ。
隣でシェイルが、目を開けていた。
「お前も、寝てたのか?」
尋ねると、シェイルはぶっきらぼうにつぶやく。
「馬から降りた途端な…」
一つ向こうで、ディングレーの声がした。
「俺も目が醒めたが…確か気絶する前、胸も背も、ひどく痛んだからな………」
ゼイブンの、かったるそうな声がする。
「起きてみろよ。
“里”の癒し手は、優秀だ」
ギュンターも同意した。
「ああ…あれだけ無茶したのに、殆ど痛まない」
「嘘付け……!
っ……!
………そこそこは、痛むぞ?」
身を起こすディングレーに、ギュンターは振り向く。
「全く痛まないとは、言ってない」
ディングレーはその金髪美貌の男を、睨み付けた。
が、ギュンターはそっと尋ねる。
「何日経ってるか、解るか?」
ゼイブンの、とぼけた声がした。
「まだ、今日なんじゃないのか?
洞窟へ入ったのは」
ギュンターは思わずそのとぼけた男に怒鳴り返す。
「!…嘘を付け!
これだけ痛まないってのは、三日以上は経ってる筈だ!」
ゼイブンはよいしょっ!と身を起こすと、呻く。
「だから…言ったろう?
“里”の癒し手は優秀だと。
それに、ここをどこだと思ってるんだ?
光の力満ち溢れる、『光の里』だぞ?」
だがディングレーはともかく、全く『光の民』の知識の無いギュンターは眉を寄せる。
シェイルはそっ…と、ギュンターの横に眠るローランデを見つめる。
「まだ、目覚めないのかな?」
ギュンターは気づく。
そう言えば、夢を見ていた。
暖かな、天使の夢。
あれ以来俺は、天使は居る!と言い張って、居ないと言う奴と毎度殴り合った。
いつの間にかどうしてだか、それで喧嘩に成るのは当たり前で、どうして天使なんか居る。
と自分が思い込んでいたのか、謎だったが………。
そう言えば、そんな事もあったと、おぼろに思い出す。
ギュンターは愛しいローランデの寝顔を見つめ、そっと尋ねた。
「なぁ…。ゼイブン。
ここは不思議な場所だから、忘れていた記憶を、夢で見たりもするのか?」
ゼイブンはかったるそうにそのグレーがかった淡い栗毛を掻き上げると、淡いブルー・グレーの瞳で斜(はす)にギュンターを見つめ、呻く。
「引っかかってて、表に出したくても、なかなか出ない記憶。とかか?
…最低な事に、ある」
シェイルが思わず尋ねる。
「どうして最低なんだ?」
ディングレーは、やっと身を起こした所をゼイブンに睨み付けられて、その頭に手を添え、斜(はす)に睨み付ける淡い髪の美男を、見つめ返す。
「…何で俺を、睨む?」
「だってお前、引っかかりもせずに綺麗に忘れてるだろう?」
「何をだ?」
「俺に、迫った事をだ!」
ギュンターもシェイルも思わず、そう言ったゼイブンを見、揃ってディングレーに振り向く。
ディングレーは鳩が豆鉄砲喰らったような顔でゼイブンを見つめ、言った。
「どこの世界の、話だ?
そんな事が、あり得る筈無いだろう?」
「とぼけるな!
教練の一年で、ローフィスに連れられて酒場に初めて行った時の事だ!
お前、酔っぱらって俺を、押し倒したんだぞ!」
ディングレーは、真っ青に成った。
途端、シェイルもギュンターも、ゼイブンをチラ…と見つめ。
その後二人揃って、ディングレーに心からの同情を送る。
「俺はそれ以前から男が嫌いだったが、吐き気を催したり蕁麻疹が出たり、鳥肌立つように成ったのはあれ以来だ!」
ゼイブンの怒鳴り声を耳にし、シェイルはますます、顔を下げる。
ディングレーは援軍のローフィスが居ず、思い切り狼狽えた。
「ゼイブン。
お前に迫ったと聞かされて、ショックなのは俺の方だ!」
怒鳴るが、ゼイブンはもっと憤った。
「けどお前は記憶が無いだろう!
俺はしっかり、覚えてるぞ!
お前の、唇の感触とか、舌の感触だとか、抱いてきた胸板とか腕の感触をだ!」
ぶっ!
とうとうシェイルは吹いたし、ギュンターは俯いて肩を揺らす。
だって言われたディングレーの方こそが、自分の口元に手を当て、それこそ真っ青に成っていたので。
「…そんな…事を俺はお前に、したのか?」
声が震えていて、ギュンターとシェイルはますます、笑いに入る。
だがゼイブンは容赦無かった。
「そうだ!
その気で見つめてくるお前の瞳も顔も!
どアップで見た!」
ギュンターが、そっと言った。
「その夢をここで、見たのか?」
ゼイブンは振り向く。
「俺はここで癒される前。
男に抱きつかれて喧嘩に成り、そいつにとうとう、短剣投げつけて決着を付けた。
がそいつの兄貴が、弟は当分仕事が出来ないから、代わりに金を寄越せと怒鳴り込んで来やがるから、そいつからトンヅラして、結局徒党を組む奴らに追われて滝から落ちて大怪我して、ここに運び込まれた!」
ギュンターはとうとう、肩を揺らしてくっくっくっ!と笑う。
「巨大ワニや“影”の連中だけで無く、色んな相手とやりあってんだな!お前!」
ゼイブンはギュンターを睨みながら唸る。
「…ともかくそれで、どうしてこれ程男嫌いが進んだのかと、ここで眠りに落ちる前考え続けた」
「そして…その記憶を結局夢で、思い出したのか?」
笑うギュンターの横でいつの間にか、ローランデが身を、起こしていた。
ゼイブンは頷いた。
「全部、リアルに思い出した」
ディングレーは青冷めながらつぶやく。
「それ以上の事はまさか、して無いな?
口づけ以上の事は、まさか」
ゼイブンのブルー・グレーの瞳で真っ直ぐ睨まれ、ディングレーはもっと青く、成った。
「…………したんだな?」
シェイルとギュンターはとうとう、笑い転げる。
ゼイブンは意地悪く言った。
「具体的に、言って欲しいか?」
シェイルとギュンターが見つめる中、ディングレーは俯ききって
「いや」
と断りを、入れた。
そして、素早く言った。
「…この話はローフィスが目覚めたら、彼立ち会いの下でちゃんと一度、話し合おう」
シェイルとギュンターは揃って言った。
「絶対、立ち会わせてくれ!」
ローランデは二人に呆れ、だがさりげなくディングレーを庇う様に言った。
「でもゼイブン、君を抱いたりは、しなかったんだろう?ディングレーは」
ディングレーは途端、何て事を聞くんだ!と、考える事すら恐ろしい様に、ローランデを見つめる。
シェイルはお坊ちゃん育ちで天然な大親友ローランデの言動を聞き、兄貴分同然のディングレーとの狭間で、どっちにもつけず、ただ無言で、顔を下げた。
ゼイブンは睨むように笑って、ディングレーに凄む。
「どう、思う?」
ディングレーは凄まれて思い切り、しどろもどろった。
「あ…ど………どう………ったって…。
そりゃ、俺としては心から、未遂だった事を、祈る」
ゼイブンがふい!と顔を逸らし、ディングレーは祈る様に、ささやく。
「その……途中で俺は、正気に戻るか、酔いつぶれたんだろう?」
だがゼイブンはおもむろに頷く。
「どうしてお前が女を遠ざけ、警戒心ばりばりなのか、よく解ったぜ!
若年の頃、酒場で飲んで意識が無くなった後、何人か孕ませ、訴え出て来た女に、内密に金を払って堕ろさせたんじゃないのか?」
そのゼイブンの、じろり…!と見据えるブルー・グレーの瞳に、ディングレーは心から震って呻く。
「その方が、マシだ…。
お前を抱いたなんて事、聞かされるよりは」
シェイルが突っ込む。
「ゼイブンの言った事って実際、あったのか?」
ディングレーは俯いたまま、うっ!と呻くと、小声で洩らした。
「…それでも、せいぜいが二人程度だ………」
シェイルが、ローランデを指さす。
「ローランデはそれでちゃんと責任取って、結婚したぜ?」
ギュンターも、呆れて突っ込む。
「本当はもっと居たから、責任が取り切れなかったんじゃないのか?」
シェイルも核心を突く。
「実際、隠し子がぞろぞろ居ないか?」
ゼイブンも、畳みかける。
「お前を硬派で誠実な男だと思ってる貴婦人方は、大層ショックだろうな?!」
シェイルが、尚も言う。
「…おかしいと思ってたんだ。
“左の王家”の血筋で、遊び回らないのも、浮き名を流さないのも、ディングレーたった一人だけだったし。
ディアヴォロスだって、俺と会った頃は来る者拒まずの、ギュンターやアイリス並の遊び人だった。
…やっぱりお前もバリバリ、“左の王家”の末裔じゃないか!」
ディングレーは、俯いたまま顔を、上げない。
「ディングレー……。反論、出来るならしといた方が………」
ローランデの助け船に、ディングレーは僅かに顔を上げる。
「だから…。それは15の年で、すっぱり止めたんだ!」
が、ゼイブンは止めを刺した。
「俺との時は確かお前も俺も、14だったな」
ディングレーはもう、崩れ落ちそうな位、打撃を受けた。
「じゃやっぱり…俺はその………。
その…………」
シェイルが、言葉にすら出来ない位真っ青に成るディングレーの後を継いで、ゼイブンに尋ねる。
「突っ込んだのか?と聞きたいらしい」
ギュンターが、体を二つ折りにしたディングレーがとうとう、膝にかかる布団に顔を埋めているのを見、シェイルにささやく。
「想像も、したく無いらしい」
シェイルはディングレーの姿を見つめ、肩をすくめる。
「だって酒の上で記憶が無かろうが、実際奴のした事なんだろう?
仕方無いじゃないか!」
が、ディングレーは突然顔を上げる。
「執事も言っていたが、俺の金か名誉を汚すのが目当てで、嘘付いてないか?!」
だがゼイブンはディングレーを睨み付けた。
「俺のどこに利害が生じて、こんな最低な告白をする?!
甘い妄想も大概にしろ!
その女達だって事実、お前と行為をした上での訴えだと、俺は思うぞ!
執事は主人のお前を思いやって、お前に都合の良い言い訳したに過ぎない。
現にその女達に金を渡して追っ払った後きつく、お前に女の前で、絶対酒を飲むな!と忠告しただろう!
口調は丁寧だが、殆ど脅す勢いで!」
ディングレーは口に手を当て、思い当たるようにまた、真っ青に成った。
そして意識が拒否しているように、ゼイブンを見なかった。
「でも実際、無かったんだろう?
その…ディングレーが考える、最悪な事態は?」
ローランデに聞かれ、ディングレーはもう、死刑の判定を聞くように両拳を、握って震わせた。
ゼイブンはローランデに怒鳴りつける。
「ぎりぎり、寸前だ!
奴はその頃からガタイがでかかったし!
俺はうんと華奢だったから、殴りかかろうにも鍛え上げた奴をどうにも出来なくて。
恥も外聞も、身も世も無く叫んでローフィスを呼んだ!
奴が駆け付けてくれて、ディングレーの頭を燭台で殴りつけてくれて、俺は瀕死の状態から救われたんだ!
相手が女で、ディングレーにうっとりして助けなんか呼ばなかったら!
間違いなくそうなってた!」
ディングレーはそれで少し、ほっとしたようで、ぼそりと言った。
「燭台で殴られた事は、覚えてる。
二日酔いに加えて、傷が三日もずきずき痛んだ」
「俺への暴行未遂は?!!!」
ゼイブンの怒号に、ディングレーは項垂れきってつぶやいた。
「…………全く、覚えて無い……」
シェイルがとぼけたようにささやく。
「惜しかったな。
黙っとけばディングレーに、責任取らせる事が出来たのに」
ゼイブンは、最もだ。と頷く。
「奴を俺の、言いなりか?
考えただけでも楽しいぜ!」
ディングレーが、突然睨み付けて怒鳴る。
「ふさげるな!」
が、ゼイブンは睨み返す。
「未遂だと知って途端、何も無かったような顔をするな!
暴行された事実は消えないんだぞ!
“里”の奴らに頼んでお前の深い記憶を、呼び覚まして貰おうか?!」
ディングレーは一気に怯んで、青冷める。
「………でもまあ………。
昔、お前は華奢な美少年で、今のお前とは似ても似つかないんだろう?」
ゼイブンはかっか来て、怒鳴った。
「…だろうが、俺だ!
俺だと言う事実は、断じて変わらないんだぞ!」
ディングレーは思い知って思い切り、項垂れた。
「女は金で済むがな…」
ぼそり。と言うギュンターの言葉に、ディングレーはもう、顔が上げられなかった。
が、小声でつぶやく。
「…だから塔から降りた所を抱き留めた時、慌てて放せ!と、怒鳴ったのか?」
ゼイブンはギロリ…!とディングレーを睨み、怒鳴りつける。
「普段俺も思い出す事を拒否してるから、努めて記憶の中から抹消する様にしてたのに。
あのどアップで、一発であの夜の事が蘇っちまった!
もう少しあのままだったら、全身が発疹だらけだったんだぞ?!」
ディングレーはギュンターをじっと見、情けない声で尋ねる。
「…発疹の責任は、どう取ればいいんだ?」
その顔があんまり青冷めて真剣で哀れで、ギュンターは言葉が何一つ、思い浮かばず。
ただ、ディングレーを見つめ返した。
凄腕の射手、ドラングルデを一瞬にして思い出し、そして…痛みを押しやって、随分矢が刺さったまま無茶をした事を思い出す。
あれだけの無茶の後、これだけしか痛まないとは…。
そう思い、眠っていた事に思い当たり、何日経ってるのか不安に成る。
幾ら推薦を取り付けたって、とっくにグーデンが中央護衛連隊長の信認を貰っていたら、万事休すだ。
隣でシェイルが、目を開けていた。
「お前も、寝てたのか?」
尋ねると、シェイルはぶっきらぼうにつぶやく。
「馬から降りた途端な…」
一つ向こうで、ディングレーの声がした。
「俺も目が醒めたが…確か気絶する前、胸も背も、ひどく痛んだからな………」
ゼイブンの、かったるそうな声がする。
「起きてみろよ。
“里”の癒し手は、優秀だ」
ギュンターも同意した。
「ああ…あれだけ無茶したのに、殆ど痛まない」
「嘘付け……!
っ……!
………そこそこは、痛むぞ?」
身を起こすディングレーに、ギュンターは振り向く。
「全く痛まないとは、言ってない」
ディングレーはその金髪美貌の男を、睨み付けた。
が、ギュンターはそっと尋ねる。
「何日経ってるか、解るか?」
ゼイブンの、とぼけた声がした。
「まだ、今日なんじゃないのか?
洞窟へ入ったのは」
ギュンターは思わずそのとぼけた男に怒鳴り返す。
「!…嘘を付け!
これだけ痛まないってのは、三日以上は経ってる筈だ!」
ゼイブンはよいしょっ!と身を起こすと、呻く。
「だから…言ったろう?
“里”の癒し手は優秀だと。
それに、ここをどこだと思ってるんだ?
光の力満ち溢れる、『光の里』だぞ?」
だがディングレーはともかく、全く『光の民』の知識の無いギュンターは眉を寄せる。
シェイルはそっ…と、ギュンターの横に眠るローランデを見つめる。
「まだ、目覚めないのかな?」
ギュンターは気づく。
そう言えば、夢を見ていた。
暖かな、天使の夢。
あれ以来俺は、天使は居る!と言い張って、居ないと言う奴と毎度殴り合った。
いつの間にかどうしてだか、それで喧嘩に成るのは当たり前で、どうして天使なんか居る。
と自分が思い込んでいたのか、謎だったが………。
そう言えば、そんな事もあったと、おぼろに思い出す。
ギュンターは愛しいローランデの寝顔を見つめ、そっと尋ねた。
「なぁ…。ゼイブン。
ここは不思議な場所だから、忘れていた記憶を、夢で見たりもするのか?」
ゼイブンはかったるそうにそのグレーがかった淡い栗毛を掻き上げると、淡いブルー・グレーの瞳で斜(はす)にギュンターを見つめ、呻く。
「引っかかってて、表に出したくても、なかなか出ない記憶。とかか?
…最低な事に、ある」
シェイルが思わず尋ねる。
「どうして最低なんだ?」
ディングレーは、やっと身を起こした所をゼイブンに睨み付けられて、その頭に手を添え、斜(はす)に睨み付ける淡い髪の美男を、見つめ返す。
「…何で俺を、睨む?」
「だってお前、引っかかりもせずに綺麗に忘れてるだろう?」
「何をだ?」
「俺に、迫った事をだ!」
ギュンターもシェイルも思わず、そう言ったゼイブンを見、揃ってディングレーに振り向く。
ディングレーは鳩が豆鉄砲喰らったような顔でゼイブンを見つめ、言った。
「どこの世界の、話だ?
そんな事が、あり得る筈無いだろう?」
「とぼけるな!
教練の一年で、ローフィスに連れられて酒場に初めて行った時の事だ!
お前、酔っぱらって俺を、押し倒したんだぞ!」
ディングレーは、真っ青に成った。
途端、シェイルもギュンターも、ゼイブンをチラ…と見つめ。
その後二人揃って、ディングレーに心からの同情を送る。
「俺はそれ以前から男が嫌いだったが、吐き気を催したり蕁麻疹が出たり、鳥肌立つように成ったのはあれ以来だ!」
ゼイブンの怒鳴り声を耳にし、シェイルはますます、顔を下げる。
ディングレーは援軍のローフィスが居ず、思い切り狼狽えた。
「ゼイブン。
お前に迫ったと聞かされて、ショックなのは俺の方だ!」
怒鳴るが、ゼイブンはもっと憤った。
「けどお前は記憶が無いだろう!
俺はしっかり、覚えてるぞ!
お前の、唇の感触とか、舌の感触だとか、抱いてきた胸板とか腕の感触をだ!」
ぶっ!
とうとうシェイルは吹いたし、ギュンターは俯いて肩を揺らす。
だって言われたディングレーの方こそが、自分の口元に手を当て、それこそ真っ青に成っていたので。
「…そんな…事を俺はお前に、したのか?」
声が震えていて、ギュンターとシェイルはますます、笑いに入る。
だがゼイブンは容赦無かった。
「そうだ!
その気で見つめてくるお前の瞳も顔も!
どアップで見た!」
ギュンターが、そっと言った。
「その夢をここで、見たのか?」
ゼイブンは振り向く。
「俺はここで癒される前。
男に抱きつかれて喧嘩に成り、そいつにとうとう、短剣投げつけて決着を付けた。
がそいつの兄貴が、弟は当分仕事が出来ないから、代わりに金を寄越せと怒鳴り込んで来やがるから、そいつからトンヅラして、結局徒党を組む奴らに追われて滝から落ちて大怪我して、ここに運び込まれた!」
ギュンターはとうとう、肩を揺らしてくっくっくっ!と笑う。
「巨大ワニや“影”の連中だけで無く、色んな相手とやりあってんだな!お前!」
ゼイブンはギュンターを睨みながら唸る。
「…ともかくそれで、どうしてこれ程男嫌いが進んだのかと、ここで眠りに落ちる前考え続けた」
「そして…その記憶を結局夢で、思い出したのか?」
笑うギュンターの横でいつの間にか、ローランデが身を、起こしていた。
ゼイブンは頷いた。
「全部、リアルに思い出した」
ディングレーは青冷めながらつぶやく。
「それ以上の事はまさか、して無いな?
口づけ以上の事は、まさか」
ゼイブンのブルー・グレーの瞳で真っ直ぐ睨まれ、ディングレーはもっと青く、成った。
「…………したんだな?」
シェイルとギュンターはとうとう、笑い転げる。
ゼイブンは意地悪く言った。
「具体的に、言って欲しいか?」
シェイルとギュンターが見つめる中、ディングレーは俯ききって
「いや」
と断りを、入れた。
そして、素早く言った。
「…この話はローフィスが目覚めたら、彼立ち会いの下でちゃんと一度、話し合おう」
シェイルとギュンターは揃って言った。
「絶対、立ち会わせてくれ!」
ローランデは二人に呆れ、だがさりげなくディングレーを庇う様に言った。
「でもゼイブン、君を抱いたりは、しなかったんだろう?ディングレーは」
ディングレーは途端、何て事を聞くんだ!と、考える事すら恐ろしい様に、ローランデを見つめる。
シェイルはお坊ちゃん育ちで天然な大親友ローランデの言動を聞き、兄貴分同然のディングレーとの狭間で、どっちにもつけず、ただ無言で、顔を下げた。
ゼイブンは睨むように笑って、ディングレーに凄む。
「どう、思う?」
ディングレーは凄まれて思い切り、しどろもどろった。
「あ…ど………どう………ったって…。
そりゃ、俺としては心から、未遂だった事を、祈る」
ゼイブンがふい!と顔を逸らし、ディングレーは祈る様に、ささやく。
「その……途中で俺は、正気に戻るか、酔いつぶれたんだろう?」
だがゼイブンはおもむろに頷く。
「どうしてお前が女を遠ざけ、警戒心ばりばりなのか、よく解ったぜ!
若年の頃、酒場で飲んで意識が無くなった後、何人か孕ませ、訴え出て来た女に、内密に金を払って堕ろさせたんじゃないのか?」
そのゼイブンの、じろり…!と見据えるブルー・グレーの瞳に、ディングレーは心から震って呻く。
「その方が、マシだ…。
お前を抱いたなんて事、聞かされるよりは」
シェイルが突っ込む。
「ゼイブンの言った事って実際、あったのか?」
ディングレーは俯いたまま、うっ!と呻くと、小声で洩らした。
「…それでも、せいぜいが二人程度だ………」
シェイルが、ローランデを指さす。
「ローランデはそれでちゃんと責任取って、結婚したぜ?」
ギュンターも、呆れて突っ込む。
「本当はもっと居たから、責任が取り切れなかったんじゃないのか?」
シェイルも核心を突く。
「実際、隠し子がぞろぞろ居ないか?」
ゼイブンも、畳みかける。
「お前を硬派で誠実な男だと思ってる貴婦人方は、大層ショックだろうな?!」
シェイルが、尚も言う。
「…おかしいと思ってたんだ。
“左の王家”の血筋で、遊び回らないのも、浮き名を流さないのも、ディングレーたった一人だけだったし。
ディアヴォロスだって、俺と会った頃は来る者拒まずの、ギュンターやアイリス並の遊び人だった。
…やっぱりお前もバリバリ、“左の王家”の末裔じゃないか!」
ディングレーは、俯いたまま顔を、上げない。
「ディングレー……。反論、出来るならしといた方が………」
ローランデの助け船に、ディングレーは僅かに顔を上げる。
「だから…。それは15の年で、すっぱり止めたんだ!」
が、ゼイブンは止めを刺した。
「俺との時は確かお前も俺も、14だったな」
ディングレーはもう、崩れ落ちそうな位、打撃を受けた。
「じゃやっぱり…俺はその………。
その…………」
シェイルが、言葉にすら出来ない位真っ青に成るディングレーの後を継いで、ゼイブンに尋ねる。
「突っ込んだのか?と聞きたいらしい」
ギュンターが、体を二つ折りにしたディングレーがとうとう、膝にかかる布団に顔を埋めているのを見、シェイルにささやく。
「想像も、したく無いらしい」
シェイルはディングレーの姿を見つめ、肩をすくめる。
「だって酒の上で記憶が無かろうが、実際奴のした事なんだろう?
仕方無いじゃないか!」
が、ディングレーは突然顔を上げる。
「執事も言っていたが、俺の金か名誉を汚すのが目当てで、嘘付いてないか?!」
だがゼイブンはディングレーを睨み付けた。
「俺のどこに利害が生じて、こんな最低な告白をする?!
甘い妄想も大概にしろ!
その女達だって事実、お前と行為をした上での訴えだと、俺は思うぞ!
執事は主人のお前を思いやって、お前に都合の良い言い訳したに過ぎない。
現にその女達に金を渡して追っ払った後きつく、お前に女の前で、絶対酒を飲むな!と忠告しただろう!
口調は丁寧だが、殆ど脅す勢いで!」
ディングレーは口に手を当て、思い当たるようにまた、真っ青に成った。
そして意識が拒否しているように、ゼイブンを見なかった。
「でも実際、無かったんだろう?
その…ディングレーが考える、最悪な事態は?」
ローランデに聞かれ、ディングレーはもう、死刑の判定を聞くように両拳を、握って震わせた。
ゼイブンはローランデに怒鳴りつける。
「ぎりぎり、寸前だ!
奴はその頃からガタイがでかかったし!
俺はうんと華奢だったから、殴りかかろうにも鍛え上げた奴をどうにも出来なくて。
恥も外聞も、身も世も無く叫んでローフィスを呼んだ!
奴が駆け付けてくれて、ディングレーの頭を燭台で殴りつけてくれて、俺は瀕死の状態から救われたんだ!
相手が女で、ディングレーにうっとりして助けなんか呼ばなかったら!
間違いなくそうなってた!」
ディングレーはそれで少し、ほっとしたようで、ぼそりと言った。
「燭台で殴られた事は、覚えてる。
二日酔いに加えて、傷が三日もずきずき痛んだ」
「俺への暴行未遂は?!!!」
ゼイブンの怒号に、ディングレーは項垂れきってつぶやいた。
「…………全く、覚えて無い……」
シェイルがとぼけたようにささやく。
「惜しかったな。
黙っとけばディングレーに、責任取らせる事が出来たのに」
ゼイブンは、最もだ。と頷く。
「奴を俺の、言いなりか?
考えただけでも楽しいぜ!」
ディングレーが、突然睨み付けて怒鳴る。
「ふさげるな!」
が、ゼイブンは睨み返す。
「未遂だと知って途端、何も無かったような顔をするな!
暴行された事実は消えないんだぞ!
“里”の奴らに頼んでお前の深い記憶を、呼び覚まして貰おうか?!」
ディングレーは一気に怯んで、青冷める。
「………でもまあ………。
昔、お前は華奢な美少年で、今のお前とは似ても似つかないんだろう?」
ゼイブンはかっか来て、怒鳴った。
「…だろうが、俺だ!
俺だと言う事実は、断じて変わらないんだぞ!」
ディングレーは思い知って思い切り、項垂れた。
「女は金で済むがな…」
ぼそり。と言うギュンターの言葉に、ディングレーはもう、顔が上げられなかった。
が、小声でつぶやく。
「…だから塔から降りた所を抱き留めた時、慌てて放せ!と、怒鳴ったのか?」
ゼイブンはギロリ…!とディングレーを睨み、怒鳴りつける。
「普段俺も思い出す事を拒否してるから、努めて記憶の中から抹消する様にしてたのに。
あのどアップで、一発であの夜の事が蘇っちまった!
もう少しあのままだったら、全身が発疹だらけだったんだぞ?!」
ディングレーはギュンターをじっと見、情けない声で尋ねる。
「…発疹の責任は、どう取ればいいんだ?」
その顔があんまり青冷めて真剣で哀れで、ギュンターは言葉が何一つ、思い浮かばず。
ただ、ディングレーを見つめ返した。
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(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
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