アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

文字の大きさ
上 下
174 / 389
第六章『光の里での休養』

『光の里』

しおりを挟む
 その結界内に入る時、体が一瞬、びり…!と金色に光る。

ファントレイユもテテュスも、『光の里』に入ったんだ。と周囲を見つめる。

木々がまばらに立ち生える森で、清々しい“気"に満ち、光が柔らかに降り注いでいた。

途端、馬がひひん!と叫んで一斉に足を止め、空間から次々に人が現れ、皆がぎょっとした。
彼らは次々馬に寄ると、乗っている怪我人に手を添える。

ゼイブンが、唸る様に怒鳴る。
「見捨てる気だったのか?!」
怒鳴られた、透けるような銀の髪の、『光の民』特有の長身で整いきった顔立ちの男が一人、振り向くと眉間を寄せる。

「…仕方無いだろう?
人間の諍いには、関われない」

ローフィスも馬上で殆ど気を失いかけ、青冷めた顔で唸る。

「…子供が襲われてる時は、例外だった筈だろう?!」

男の一人が、彼を馬から抱き下ろしながらつぶやく。
「里から距離が少しある。
力が十分使えないのに、狙いがそれて君達迄攻撃しても、良かったのか?
ちゃんと武器を、手元に戻したろう?」

一人がアイリスを抱き下ろして言った。
「ひどい怪我だ。アイリス」

テテュスが馬から降りながら、それを聞いて振り向く。

けれどアイリスは青ざめた顔で微笑を浮かべ、里の男に告げた。
「テテュスが無事だから…」

言った途端、アイリスはぐったりと身を男に投げかける。
テテュスが、必死の表情で駆け寄る。

だがアイリスを抱く男は微笑んで、心配する彼の息子に告げた。
「癒す為に、気を失わせた。
体の機能を全部、活性化させる。
でもそうすると、もの凄く傷が、痛む事に成る。
正気で居ると、大抵の人間には耐えられる痛みを、越してしまう。
だから………」

「気絶させるの?」

男はその整いきった美しい顔立ちを、その小さな子供に向け、微笑んで頷いた。

「さて…!子供を除いて皆、怪我人か…」

男の一人が言い、馬から降りたレイファス、ファントレイユ、テテュスの、それぞれの手を、三人の里の男が取った。
途端、レイファスもファントレイユもテテュスも、辺りの風景が、変わっていくのにぎょっとする。

森に居たのに、白い瀟洒(しょうしゃ)な建物が目前に現れ、周囲に馬も、彼らを護った騎士達もの姿が無いのに、三人揃ってきょろきょろする。

レイファスの手を取る男は、くすくす笑ってささやく。
「お腹が、減ったろう?
喉も、乾いてるようだ」

ファントレイユの手を取る男が、優しく言った。
「ゆっくり休みなさい」

テテュスの手を取る男は、テテュスにそっと告げる。
「皆は“癒し手”達が、癒す。
だから…」

テテュスは素早く言った。
「会えませんか?」
「傷の、具合に寄る」

「オーガスタスは?」

尋ねるレイファスが、震えているのに男は微笑む。
「随分、良く成った。
けど闇の傷が深かったから、ずっと結界の中に入れて置いたのに。
アイリスの叫びに応じて、体を抜け出してしまってね。
後少し、寝たきりだ」

レイファスが、びっくりして叫ぶ。
「体を、抜け出したの?!」

ファントレイユも叫ぶ。
「だから、金に光って透けてたの?!」

テテュスだけは、にっこり笑って微笑んだ。
「じゃ、オーガスタスは無事だったんだね?」

男達は、テテュスに微笑んだ。


三人は心地良い窓の開け放たれた、白い壁に囲まれた室内へと、通された。

壁一面に白いソファが敷き詰められ、三人はそのふかふかの上に座り込むと、目前の白い石で出来た、飾りの掘られたテーブルの上に、並ぶご馳走の盛られた幾つもの皿を見つめる。

激しい戦闘で胸が一杯で、お腹なんか全然、減って無かった筈なのに。
食べ始めると、一気に空腹を思い出して、大きなソーセージにかぶりつき、鳥の丸焼きを手で掴んで食べ、柔らかなパンを喉に放り込む。

あんまり美味しくて、三人は物も言わず、夢中で食べた。

少し酸味のある爽やかな飲み物で思い切り喉を潤し、満腹感に浸った時、眠気に襲われる。

そして、意識を無くすようにソファに崩れ落ち、そのまま、そのフカフカのソファに倒れ込むように、眠ってしまった………。


ローランデは次々に現れる“里”の『光の民』の末裔達が、馬の轡を掴み気を失う乗り手達を抱き止め、そして一瞬で掻き消えて行くのを、ラディンシャに跨ったままぼんやり見つめていた。

くっきりと、その淡いブルーの瞳はラディンシャの横から自分を見つめていて、見返すと、その背の高い“里”の男は自分に向かって手を、差し伸べる。

ローランデはそっ…。とその手に掴まりラディンシャから降りた時、ギュンターが、真っ青な顔と青味を帯びた金髪を“里”の男の背に垂らし、体を二つ折りで“里”の男の肩に担がれて行くのを見た。

「…子供達は…?」

尋ねると“里”の男は、高い背を自分に屈め、ささやく。
「先に行かせました。
幼い心がとても…とても疲労しているので…」

ローランデはそっ…。と頷く。

“里”の男は、何かを尋ねようとし、止めた。
そしてささやく。

「では、こちらへ…。
でも貴方も、子供達と一緒に寛がれるといいのに…」

ローランデは不思議そうに、その背の高い“里”の男を見つめた。

白く輝くような“気"で包まれた銀髪を長く胸に垂らし、色白で整いきった顔立ちをしていた。
その彼に、聞かれた気がしたのだ。
声にならぬ声で。

“子供達の所へ、ご案内しましょうか?”

そして自分は無意識に答えた。

“傷を負った仲間の所へは、行けませんか?”
そう…。

だが、ここは『光の里』。
そういう不思議もあるのだと、ローランデは疲労を感じながらも男の促す後へと、付いて行った。


血生臭い戦闘の後は決まって、湯で汚れと疲労を落とすまでは、どれだけ疲れていようが、気が張っていた。
なのに…この“里”にはまるで…空気の中に癒しの“気"が漂っているみたいに体がじんわりほぐれ、暖かく優しい“気"で包まれて、足が時折り、絡まりそうでおぼつかない。

“里”の男は振り向くとささやく。

「“里”の中を自在に飛べる男達は皆、怪我人を運び、私には………」
ローランデは察した。
「結構です。
私はまだ、歩けますから…」
男は、申し訳なさそうに小さく頷く。

ローランデは森の小道の先に白い瀟洒な建物を見つけ、ふ…と思い出して俯く。
“里”の男が、振り向いた。

「“影”に出会ったのですか?
でもあの建物の中には残念ながら、薄衣の女性は一人も居ません」

ローランデは“飛べない”代わりに人の心を鋭く読み取り、『妖艶の王女ミラディス』を思い浮かべたことを瞬時に悟る彼の言葉に、思わず赤面し、つい、顔を下げた。

白く大きな玄関扉を開け、中へと促される。

大理石の床はぴかぴかで、屈むと顔が映るんじゃないか。
と言う位磨き上げられていた。
柱も壁も全てが白で、手の込んだ彫刻が彫られていて、とても優美だった。

“こんなに真っ白なら、掃除をする召使い達はさぞ毎日、気を張って汚れを取らなければならないだろうな…"

ぼんやり考えてると、先を歩く“里”の男はくすり…。と笑った。
そして…ローランデの心のつぶやきに、答えていいものかどうかを思案する。

それで、ローランデは彼の背にささやいた。
「掃除は、必要無いんですか?」

男は笑顔で振り向いた。
「ええ。
まるっきり。と言う訳でもありませんが、埃をあっと言う間に取り去る能力(ちから)を持つ者も居ます」

ローランデも笑った。
「汚れも、あっと言う間に取り去る?」

彼は少し考える表情をし
「…汚れを、取ると言うよりは白くする能力(ちから)でしょうね。
お陰で、幾ら色を塗っても白に成ってしまう」
そう、ぼやく。

ローランデはその言葉に呆れ、天井までもが白い、その白一色の広い建物を見回しつぶやく。

「元は、違う色だったんですか?」
男は頷き
「たまに、色が好きな男があちこち塗りたくるけど。
汚れてくるとその汚れを払った後、また白に成る」
そう、気落ちしたようにつぶやく。

ローランデはきっと自分が、元気な時ならくすくす笑いが止まなかったろう…。
そう、思った。

疲労を、そのまま感じるように足が、鉛のように重い。
ノルンディルを目前にした時、それまでの疲労は全て忘れ、脳が体に命じ、体は脳に支配された。

『この男に侮蔑と“死”を…!』

今迄どれ程…悔しかったかしれない。
近衛と言う組織に護られ、上級士官である彼に自分はどれだけ腹を立てても、剣など決して、抜けはしなかったから………。

ギュンターのように…何も負う物等無ければ、後先考えずに抜いていた。
だが…そんな事をすれば故郷、北領地[シェンダー・ラーデン]で自分の後を継ぐ。
と信じてる父を、どれだけ悲しませるだろう。

…そう、思ったら出来なかった。
だから…その男相手に剣で立ち向かう事を許された一瞬。
今迄の…ずっと押さえていた鬱憤が全て解き放たれた気がした。

体は風のようだった。
あの男の、決して見いだせぬ隙を作り出そうと…体は自在に動き、最高の気分だった………。

准将の地位に座る好敵手。
手強い相手だからこそ…隙を作り少しずつ…あの誇り高い男の焦りと憤りが、絶望へと追いやられるその焦燥感に手応えを感じ、胸が喜びに震えた。

だが…見えない援軍との細い絆が、あの誇り高い男を支えていた。

メーダフォーテ。

そしてローランデは思い出す。
メーダフォーテのずたずたに斬られた死体を目前になら…ノルンディルはもっと早く自分に、膝を折ったろう。と…。

そしてメーダフォーテは、ノルンディルの期待に応えるようにやはり、援軍を用意していた。

傷付いたあの男に止めを刺さぬまま背を向けるのは、死ぬ程悔しかった。
が…剣を手放す相手に…どうしても止(とど)めの剣は振れない。

その自分の習性を…ローランデは思い返すと唇を噛んだ。

“里”の男が戸口の前で足を止めて自分を迎え、高い背のその顔の上に、困惑の表情を浮かべている。
ローランデはつい、彼が全て知った。と解り俯く。

「復讐は一時の愉しみと変わらない」

ローランデは彼の言葉に、顔を上げる。
言葉は続く。

「喉の溜飲が下がり気が晴れるのは…。
ほんの、一時だ。
ご自分の判断を、褒める時がいずれ来る」

ローランデはだが、冷たい言葉でささやく。
「いいえ。
後悔の時が来ない事を、祈るだけです」

「でも…今の貴方の身分なら、近衛の男は…遠い異国の男と変わらない」

ローランデはそれでも…今だ近衛に居るギュンターの身を、思った。
“里”の男は優しく言った。

「でも、貴方の敵ではない。
ギュンターか…もしくはディアヴォロスの敵だ。
戦うのは彼らで、貴方の相手では本来無いのだから、故郷に戻ったら忘れる事です」

だがローランデのきつい瞳は緩まず“里”の男を見つめ返す。
途端、部屋から別の男が出て、ローランデの小柄な肩を抱く。

そして促すように室内へと招き入れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

悪役に転生したけどチートスキルで生き残ります!

神無月
ファンタジー
学園物語の乙女ゲーム、その悪役に転生した。 この世界では、あらゆる人が様々な神から加護と、その神にまつわるスキルを授かっていて、俺が転生した悪役貴族も同様に加護を獲得していたが、世の中で疎まれる闇神の加護だった。  しかし、転生後に見た神の加護は闇神ではなく、しかも複数の神から加護を授かっていた。 俺はこの加護を使い、どのルートでも死亡するBADENDを回避したい!

転生王子はダラけたい

朝比奈 和
ファンタジー
 大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。  束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!  と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!  ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!  ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり! ※2016年11月。第1巻  2017年 4月。第2巻  2017年 9月。第3巻  2017年12月。第4巻  2018年 3月。第5巻  2018年 8月。第6巻  2018年12月。第7巻  2019年 5月。第8巻  2019年10月。第9巻  2020年 6月。第10巻  2020年12月。第11巻 出版しました。  PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。  投稿継続中です。よろしくお願いします!

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

処理中です...