アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

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第五章『冒険の旅』

頼れる者

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「少し、休もう」

暗いがらんとした洞窟を走り続け、アイリスの抑揚のない声が響く。
ふ…と皆が、振り向くオーガスタスを意識する。
総大将である彼がいつも命を叫ぶ、その声を待つ、ように。

ディングレーもギュンターも、この洞窟に入ってからはオーガスタスは後方を、護ってたな。と思い出し、馬を降りる。
シェイルは直ぐレイファスを抱き下ろすと、地下水の染み出し始め、岩肌を伝う水に布を浸し、呆けて人形のように大人しいレイファスの、手を取り、べっとりと付いたオーガスタスの血糊を拭き取った。

皆無言で円に成り、シェイルの作業を横目で見つめる。
ファントレイユはレイファスがもう何も口をきかないのに心から心配げな視線を向けて見つめ、テテュスはレイファスの横に来ると、そっとその顔を窺う。

「…泣き疲れたんだ。ちょっと休ませてやれ」
シェイルに言われ、テテュスは頷いてアイリスの横に戻る。
ローフィスは口に付けた飲み水の入った木筒を下げて傾け、やはり無言のアイリスを見つめ、吐息を吐く。
一度首を横に振って、アイリスにぶっきらぼうにつぶやく。
「まだこの先、長いか?」

アイリスはテテュスに見つめられ、ああ…と気づいてローフィスに振り向く。
「周囲が濡れ始め、足元が起伏に富み始めたから、直出口近くに出るだろう」
ディンダーデンが察して吐息を吐き、自分の木筒を口から降ろす。
「…もう少し、あると言う事か………」
ゼイブンが頷き、木筒を持ち上げ口に付け、言葉を返す。
「まあ、かっ飛ばせるのはここ迄だな」

ローランデはギュンターを心配そうに見上げたが、ギュンターは俯いたまま無言で、木筒の飲み物を喉に流し込んでいた。
シェイルはレイファスの頬を擦り上げて血糊を落とし、つぶやく。
「少し寝かせてやれればいいが」
が、レイファスは小声でそっと言った。
「でもまだ、頑張れる。
弱音なんか吐いたら、死神と戦ってるオーガスタスに笑われる」

小さなレイファスのその言葉に、皆が一斉に振り返る。
レイファスはやっぱり無表情で呆けて見えた。
が、その言葉はしっかりしていた。

ローフィスが頷く。
「レイファスの言う通りだ。
呆けてたら、笑い飛ばされるぞ!」

その言葉はアイリスに向けられ、アイリスは俯く。
そして一つ、吐息を吐いてローフィスを見つめた。
「そんなに、呆けて見える?」
ローフィスは肩をすくめる。
「だってお前が分相応の年下の男に見える、なんて事、今迄一度だって無かったしな!」
ゼイブンも笑う。
「…確かにな!」

アイリスは二人を見つめ、俯く。
「じゃ今迄二人共私を、上司として尊敬するでも無く、かと言って年下扱いもした事無いのは、そう言う訳か?」
ローフィスは異論を唱えた。
「ちゃんと、敬ってやってるじゃないか!」
ゼイブンも追随する。
「尊敬はしてる。一応」
アイリスは俯き切る。
「…………………………」

テテュスがそっと、顔を下げるアイリスを覗き込んでつぶやく。
「ローフィスとゼイブンが部下だと、大変?」
アイリスは顔を下げたまま頷き、さっと顔を上げると、愛しい愛息のつぶらな濃紺の瞳を見つめ、ささやく。
「年上の有能な男を部下にすると、敬って貰うのに、大変苦労する」
皆が見てると、ローフィスもゼイブンも揃って
『嘘を付け…!』
と言う顔をした。

ファントレイユがそっと言う。
「でも、ローフィスもゼイブンも、ちゃんと敬ってるって!」
アイリスは困った様にファントレイユの無邪気な顔を見つめ、ささやく。
「彼らは大人だし部下だから、ちゃんと社交辞令を心得てる」

ファントレイユが首を傾げ、レイファスが振り向いた。
「口だけだって」

ローフィスもゼイブンも、ファントレイユに見つめられて同時に叫ぶ。
「そんな事無いぞ!」
「口だけじゃない!」

ディンダーデンもディングレーも、ローランデ迄もがくすくすと笑い、アイリスはますます、ムキに成って言い訳する嘘くさい二人に、がっくり肩を落とした。


 馬にテテュスを乗せるアイリスの背後にディングレーが立ち、ぽん!と肩を叩いて言った。
「まだ先があるんだろう。しっかり頼む」

ディンダーデンも手綱を引くと振り向く。
「また訳のわからない化け物が出たら、お前に全部任せるからな!」
アイリスはそう言うディンダーデンを見つめ、隣のギュンターをチラ…!と見る。

ギュンターは気づくと
「『光の里』に着いたら、聞いてもいいか?」
と言い、アイリスは来たか…。と項垂れ、一つ、頷いた。

シェイルは馬に跨り前に乗せたレイファスの腰を抱き、真っ直ぐそのエメラルドの瞳で見つめ、つぶやく。
「…頼りにしてる」

アイリスの瞳はまん丸に成る。
だがローランデも微笑むと
「君を信じてる」
と言い、隣のギュンターにすかさず睨まれた。

がそのギュンターでさえ
「仕方無いからオーガスタスの代わりに、お前に付いてってやる」
と言い、ローフィスとゼイブンには
『今更だろう?』
と見つめられて目を、見開いた。

「………オーガスタスの代わり………?
だってこの中で私が一番、年下で………」

ディンダーデンが馬の手綱を取って進みを制し、面倒臭げに唸る。
「四の五の言うな!」
ディングレーも隣で深い青の瞳を、投げかけた。
「役目を、果たせ」

テテュスにまで見つめられ、アイリスは馬に跨ると背後に従う皆を振り向いて見回す。
ファントレイユやレイファスでさえ、つぶらな瞳を輝かせ自分を、見上げていた。
おもむろに口を、開く。

「この先は地下水が染み出し、足場が滑る。
速度をそれ程上げられない。
馬を、急かすな」
皆がその言葉に一様に頷く。

「行くぞ!」

肝の据わったアイリスのその声に、ローフィスもゼイブンもが顔を見合わせて笑い、ディンダーデンもディングレーも微笑して手綱を握り、シェイルもローランデも一気に顔を引き締め、ギュンターは少し、俯くとその優雅な一番年下の男の統率力に、首を二度、横に振って拍車を、掛けた。


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