アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

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第五章『冒険の旅』

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 テテュスはよく見ると、アイリスも肩や腕、頬に傷を作り、血を流しているのを見つける。
「アイリス。痛い?」
アイリスはそう尋ねる愛しい息子が、震えながら心配げな表情を向けるのに
「大丈夫」
と微笑んで見せた。

ローフィスがそっと寄る。
「闇の傷か?
どんな敵だ?」
アイリスがささやく。
「アースルーリンドの外に通じた空間で、襲って来たのは結構でかい猿の集団だ」

ローフィスは俯くと、オーガスタスの姿を念頭に思い浮かべ、唸る様にささやいた。
「…おまけに闇の結界で回路を閉じられ、護符も威力を発揮しない中でか…」
ゼイブンもつぶやく。
「障気にどっぷり浸かって、化け物化してたか?」
アイリスが、『そうだ』と頷く。
「最悪に、厄介だな………」
ゼイブンは身震いして呻き、オーガスタスが血塗れに成る筈だ。と青冷めて俯く。

ローフィスがアイリスの上着の襟に手を掛けると、アイリスは微笑む。
「大丈夫だから…」
「いいから脱げ。
闇の傷は手当てが悪いと厄介だと、お前も知ってる筈だ」
「神聖騎士団の護符なんて、大層なものを付けてるのに?」
ローフィスは吐息を、吐く。
「だがオーガスタスを癒すのに、大半以上の力を使ってるんだろう?」
アイリスは思い出したように、頷いた。
そして上着を肩から滑り落とし、シャツを脱ぐ。

ディンダーデンは、背に垂れる長い焦げ茶の艶やかな髪を、手を後ろに回して掻き上げ、首筋の傷を見せるアイリスを見た。
「今思い出したが、あの男に女を取られて寝室に割り込んだ事が、ある」
ギュンターの、眉が寄る。
「どうしてあれを見て、今思い出すんだ?」
「スカした美男なのに妙に色気があって、だが逞しい肩と胸をしていたからかな?」
ギュンターは、上半身裸のアイリスが髪を掻き上げうなじを見せ、優美な顔立ちの割、しっかりした長い首と、逞しいその肩と胸を曝す様子に、頷く。
「なる程」
ディングレーが吐息を吐く。
「服を着てると、凄く上品なやさ男に見えてるしな」
ゼイブンも呻いた。
「奴は確かに、着痩せする」
ローフィスに薬草を塗られながら、アイリスがぼやく。
「昨夜一緒に湯に浸かったのに、今頃?」
ギュンターにじっと見つめられ、ディンダーデンは怒鳴った。
「くつろいでる最中に、男の裸をマジマジ見るか?」
ギュンターが、なる程。と頷き、アイリスも俯いて言った。
「君のそういう性格を、綺麗に忘れてた」

テテュスが心配そうに、長く切れ込む傷が幾つもあるのに気づいて尋ねる。
「アイリスの戦った敵と、オーガスタスも戦ったの?
だからオーガスタスはもっといっぱい、傷ついてたの?」
アイリスは、そうだ。と頷く。
「とても、素早くてね。
障気に憑かれると、限界を超えてその生き物の能力が発揮されるから………」

一通り塗りおえると、ローフィスはゼイブンに振り向く。
「光の粉を、くれ」
ゼイブンは懐から袋を取り出し、ローフィスに手渡す。
「自分のは?」
「馬の、鞍だ」
ゼイブンは肩をすくめた。途端、思い出したのか突然叫ぶ。
「コーネル!」

ヒヒン!
いきなり前方から返事が返って来て、ゼイブンはびっくりしてそちらに振り向く。
馬が奥から駆けて来て、ゼイブンも思わず駆け寄る。
「コーネル!
戻って来たのか?!」

ディンダーデンが、それを見てつぶやく。
「逃げた女房に出会ったみたいに感激してる」
ディングレーもその様子を目に、つい叫んだ。
「エリス!」
その暗い洞窟の奥から、黒光りする体を振って駆け来る、ディングレーの頼もしい愛馬、エリスも姿を見せた。

皆がそれぞれ、口笛を吹くと、愛馬達は彼らの元に戻って来た。
「ミュス…心配したぞ…」
シェイルがなぜると、ミュスは嬉しそうにその手に頬を擦りつけた。
レイファスが、涙で濡れた顔を上げる。
途端、ミュスに心配そうに顔を寄せられ、レイファスはそれでも笑顔を浮かべて、大きな馬の鼻をなぜた。

ローフィスもギュンターも、ディンダーデンも愛馬の手綱を取る。
ローランデは女性を扱うように優しく愛馬の頬をなぜ、その優しい色の栗毛を背に流すたおやかな風情に、ギュンターが物欲しげに、目を向ける。
が途端、どんっ!
と激しい空気音が轟き、馬達は驚いて一斉に前足を跳ね上げた。

「エリス!」
戻って来たばかりの愛馬を放すまいと、ディングレーは手綱を、引く。
一瞬で空間に消えた神聖騎士達、三人が姿を現し、ウェラハス、ドロレス、ムアールの三人が、馬と彼らを背に回し、立ち上る黒い靄から円を描いて護る。

ファントレイユは、自分達に背を向けて立つ、その長身の細く流れる白っぽい金髪に白の衣服を身に着けた神聖騎士の頼もしさに、感嘆の吐息を吐いた。

周囲は煙のように黒い靄が渦巻き、けれど神聖騎士に三方を取り囲まれた皆の居る場所は白い光で護られ、渦巻く靄は弾かれて届く事が無い。

「…何が起こった?」
ディンダーデンが慌てて尋ねる。
ギュンターも、ローフィスとアイリスを交互に見つめる。

ゼイブンが、唸った。
「連中が、歪みに巣喰った敵に決着を付ける。
黙って見てろ!」

ローランデは思わず、ウェラハスの背を見つめる。
真っ直ぐ伸ばした背は不動で、現れ来る敵を睨み据えている。

“罠の空間を閉じた。
主が直、姿を、現す筈だ…”

その心話が頭に響くのに、テテュスはつい、ウェラハスが睨み据える黒の靄が渦巻く中心を、息を飲んで見つめた。

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