アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

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第五章『冒険の旅』

妖艶の女王ミラディスvsムアール 炎の女王サランディラvsドロレス

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 ムアールは闇の回路に入った途端、眉をしかめる。
幾つもの入り口が、モグラの巣のように洞窟の中に伸び、その先へと足を踏み入れた途端、輝くばかりの草原。
白い瀟洒な建物。
そして…。

豊満で見事な肢体を薄衣に纏う、美女は笑った。
「…あら………」
ムアールは口の端を上げて微笑む。
「ミレディス…」

名を呼ばれた妖艶の王女は片眉を吊り上げると、白っぽいくねる金髪と緑の瞳の長身の、素晴らしい容貌の騎士に視線を送り、つぶやく。
「…久しぶりの、『光の王』の末裔じゃないの。
私と…遊びに来たの?」
「闇の国に今すぐ帰るんなら、見逃してやる。
それとも…戦って溜め込んだ“障気”を全部、無に帰すか?」
ミレディスは妖艶に微笑む。
「あら…別の方法も、あるわよ…?
神聖騎士って、遊ぶ機会がそれは、少ないんでしょう?」
彼女を取り巻く五人の美女達は、王女のその言葉に一斉にくすくすと笑う。

ムアールは素っ気なく言った。
「…戦いたいようだな…」
ミレディスの眉が陰り、その瞳に映る素晴らしい容姿の美しい男は、特級の獲物から敵にすり代わった。
「お前達!
構わないからそのまま、あいつの生気を一滴残らず搾り取っておやり!」

彼女が叫ぶなり、取り巻く五人の美女は一気に真っ黒な化け物と化し、その口を大きく開け、周囲の空気を吸い込むようにムアールから、そのまとわりつく“気"を吸い取り始める。

瞬間、ムアールはかっ!と白く光り、吸い込み始めた五人の女達は真っ白な光を吸い込み、喉や胸や、腹を押さえて苦しがった。
「…後でいくらでも力を戻して上げるから、もっと!
もっと吸い込んでおやり!
いつ迄保つか、試してやろうじゃないの!」

侍女達はその言葉に、ムアールの纏う光に咽せながらそれでも口を開け、再び吸い込み始める。
ムアールは瞬間、肩を落とし腰のベルトに手をやり、咄嗟に短剣を投げ付ける。
その真っ白な光の塊は侍女の一人の腹を突き刺すと、女は
ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!
と叫び、黒い風船が萎んでいくように小さく萎み…。
そして、掻き消えた。

ミレディスはそれを目を見開いて見つめ、ムアールを睨み付け叫ぶ。
「何てことするの!」
ムアールは彼女の睨みにも動ずる様子無く、静かにささやく。
「戦うと決めたのは、そっちだろう?
容赦されると期待したなら、お門違いだ。
それとも昔出会った神聖騎士は、お前にもう少し、優しかったのか?」

ミレディスの眉が、思い切り寄った。
「神聖騎士なんて、ここ数世紀お目にかかってないわよ!」
「…なら神聖神殿隊か…相手は。
彼らはお前に大層、優しかったようだな?」
ミレディスは、歯噛みした。
「…仲間の、言う通りだわ!
あんた達神聖騎士なんて!
堅物でとても、食べられたもんじゃない!」
「生憎、捨て台詞を聞いてる間は無いんだ。
お前がこの当たりの空間にぼこぼこに開けた、穴の修理が大変だからな。
残り四人も失いたいなら、勝手にしろ!」

ミレディスが激しく、ムアールを睨め付ける。
が、さっ!とムアールの手が動くと叫んだ。
「待って!引くわ!」
「とっとと消えろ!」

ミレディスが侍女達に顔を振り、彼女達は一斉にその姿をどんどん消して行く。
朧に透け行くその体を見つめ、ムアールは怒鳴った。
「引き際が、汚いぞ!」
そう…叫んだ途端、影は怯えるように一気に、掻き消えた。

輝く草原も建物も一瞬で消え、ムアールは残った空間の歪みに、幾つもの穴が開いているのを見つめ、やれやれ。と吐息を吐いた。



「また…お前か………」
ドロレスが唸る。
「それは、こっちの台詞よ。
折角罠を仕掛けたばかりなのに…!
最初にかかったのが、お前だなんて!」



その、真っ赤に燃える灼熱の溶岩の中。
女は真っ赤な炎の髪を揺らめかせ、真っ黒な顔、不気味な黄色い爬虫類の目を、現れた神聖騎士に向ける。

どろどろと…溶岩がドロレスの足元へ流れ出し、周囲は燃えさかる炎で覆われ、人間が誤ってここに踏み込んだりしたら、護符を付けていない限り一瞬で、燃え尽きたろう………。

灼熱の闇の炎で焼かれる苦しみにもがきながら………。

「本当に私が初の獲物か?」
聞かれて、女は憮然。と腕組んだ。
その燃え上がる炎の髪の真っ黒な体に、炎の衣服を纏った女は、つん!と顔を上げると、朱っぽい跳ねた白金の長髪を炎の中靡かせ、真っ青の瞳を向ける素晴らしい容貌の神聖騎士から顔を背け、そっぽ向く。

「サランディラ……」
女はかっ!と黄色に黒の縦筋の入った瞳を見開くと、怒鳴った。
「いくら見知りでも、敬称は必要よ!」

ドロレスは苦笑し、体を少し前へと屈め、右手を優雅に胸元へと振りささやく。
「炎の女王サランディラ。
これでいいのか?」
「結構よ!言いたい事は解るわ!
以前、たっぷり聞いたものね!
私に闇の国で大人しくしてろ。と言う気でしょう?」
「“影”も飛ばすな」
ドロレスの目前の、女王の“影”は怒鳴った。
「食事を、するなと?!」
「“闇抜き”をし、『光の一族』に戻ればいい」
「簡単に言わないで!
『光の一族』に戻った途端、体も存在も消え失せるわ!
私を一体、何歳だと思ってるの?
あんたなんか、小僧っ子ですら無い!」
「それだけ生きても、まだ死にたくないのか?」
「そうよ…!
“狩り”は最高に楽しいわ…!
人間が燃やされて苦しむ姿とその叫び…!
幾度聞いて癒される……!
その楽しみがあるのにどうして…死ねるのよ!」

ドロレスは、付き合いきれない。と言うように女王に言った。
「よっぽど心満たされる幸せとは、無縁だったようだ。
俺より年上だと威張っても、中身がそれじゃな。
年上だと言いながら、俺に少しでも年上らしく教授出来る、事すら無いのに生汚く命を惜しむのか…?
それともここで決着を付けるか?
俺も哀れなお前を、これ以上見なくて済む」
「お前に哀れまれる程、情けなく無いわ!」
ドロレスは悲しげに眉を寄せた。
「…自分の姿を…見た事が無いのか?
お前は長生きだとぬかすが…それ程変形し…醜く変貌した闇の女に、俺は会った事が無い………」

女王はむっとした。
「この姿は…闇の世界じゃ皆が最高に美しいと崇め、そして私の力に恐れ、ひれ伏すのよ!」
ドロレスは、頷く。
「とびきり…醜いものな…。
幾人もの人間を苦しめ…歪め、葬り去ったに相応しい…。
とても、醜い姿だ…」

女王は“醜い”と連発するドロレスに、激しく眉を寄せる。
「…あんたは、嫌いよ!」
「知ってる。あんたに“闇抜き”を勧める小僧だからな」
だが女王は腕組みし、尊大に顎を上げる。
「そろそろ…あんたの方がこの炎に限界じゃないの…?
末裔で、『光の王』じゃない…。
光の力に限界が、あるんでしょう?」
ドロレスは頷く。
「だからいつも説得に失敗する。
どうする?帰るか?
それとも俺がここで、思い切り暴れていいのか?」

女王は咄嗟に組んだ腕を振り解くと、突然その体が透け始めた。
と、共に周囲の炎が暗く、陰って消えて行く。
『…あんたと戦うのは、二度とごめんよ!
年上の女に、容赦もしない!』
ドロレスはくすり。と笑った。
「光の氷山に、余程懲りたようだな」
『乱暴者!常識外れ!
『光の王』の方がまだもう少し、礼儀正しいわ!』
「“王”ならお前に断りも無く、真っ白い光をぶつけ、強引に“闇抜き”にかかるものな!」
『…氷山をぶつけるだなんて!
しもやけに成ったのよ!
あんたのお陰で私の自慢の黒い肌が、白黒斑に成ったわ!
恥をかかせて!
これだから、小僧っ子は嫌いよ!』

ドロレスは周囲の炎と共に消えて行く炎の女王の雄叫びを聞き、その後に残された空間が巨大な空洞に成っているのに、吐息を吐いた。

「よくこれだけ、広げたものだぜ………」


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