アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

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第五章『冒険の旅』

アイリスの救助

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「…レイファス!」
「アイリス!!!」

レイファスは白い光からいきなりアイリスが現れ、横に立ち、名を呼ぶのに瞬間振り向き、彼の腰に突っ伏して叫ぶ。
「オーガスタスが…オーガスタスが、死んじゃう!」

アイリスは、はっ!と顔を正面に向け、結界の向こうで生身を曝し戦うオーガスタスが、全身を血に染め、今にも崩れ落ちそうになりながら…。
それでもよろめく足を踏み止め、レイファスに背を向け、襲い来る化け猿に剣を振る姿を見つける。

咄嗟にレイファスをそっと押し退け、飛び出し、オーガスタスの腕を掴んで一瞬で後ろへ引き倒し、代わって前へと踊り出ると、剣を抜き様立て続けに襲い来る敵に剣を振り回した。

ざっ!!!
ばさっ!!!
どさっ!!!

化け猿の鉤爪がアイリスの頬を掠り、傷を作る。
が猿は瞬時に素早い剣に斬り殺され、地にぼとりと屍を曝した。

オーガスタスは突然、凄い力で後ろに引き倒されて吹っ飛び、地に転がった衝撃で痛みが全身を駆け巡り、一瞬息が止まりそうになって、意識が飛びかけた。

が、ぼやけた視界に、見慣れた濃い栗色の巻き毛を背に垂らすその男が、身を屈め振りかかる鎌鼬を、自分に代わって倒し始める様を、ぼんやり見つめる。

アイリスは直ぐ腕を戻し、再び襲い来る敵に長い焦げ茶の髪を散らし、身を屈めて構え、機を逃さず剣を思い切り振る。

ばさっ!

「アイ…!オーガスタス!」
レイファスはアイリスのあまりに素早い行動にびっくりし、けどアイリスに代わって彼の横に尻を付き、体中から血を滴らせて顔を歪める大きなオーガスタスが、胸の一番大きな傷を押さえて震えながら身を起こし、庇うアイリスの背を、睨み付けて文句を言うのを聞いた。

「怪我人相手に、何て扱いだ………!」
「オーガスタス!オーガスタス!!
血……が。
血だらけ………!」
抱きつくレイファスの、服も手も一瞬で、オーガスタスの無数の傷口から吹き出す、鮮血で染まる。

オーガスタスは自分の体たらくを見回し、吐息を吐き、青冷めた顔で、でも少し、笑った。
レイファスは震えながら彼に、尋ねる。
「ど……オーガス…タス?」

オーガスタスは背を後ろの岩壁にもたせかけ、痛みに一瞬顔を歪め、が笑いながらつぶやく。
「どこから止血したらいいのか、困るよな?実際………」

いつもと変わらぬ彼の、その鳶色の親しげで暖かな瞳が向けられ、レイファスは涙が頬を伝うのを、止められなかった。
「馬鹿……!
そんな、場合?!」

アイリスは目の前で立て続けに剣を短く、瞬速で振り回し、化け猿を次々に地に落とす。
けどその剣は、次第に白くくっきりと、薄闇に光り始める。
アイリスは小さな声で、呪文を唱えていた。

彼の握る剣は呪文と共に光を増して行き、化け猿達がその白い光に怯え始めるのが解った。
「ぎゃっ!」
その化け猿が、斬られてアイリスの足下に、落ちるのが最後だった。

猿達は横に降ろすアイリスの剣が、真っ白に光るのに怯えきって、それ以上襲って来ないばかりか、木の枝から逃げ出し始め…。

やがてすっかり、姿を消し去った。

アイリスが戦うのを止めたその背に、レイファスは叫ぶ。
「アイリス!オーガスタスを看て!」

オーガスタスは笑みを浮かべたまま、血まみれのその身を、ぐったりと横たえていた。
アイリスは、さっ!とレイファスの元へと駆け寄り、オーガスタスに屈む。
血に染まるオーガスタスの姿に、端正なアイリスの、眉間が深く寄る。

「………ひどい…出血だ………」

オーガスタスは弱々しく頷く。
いつも奔放にくねる彼の赤味を帯びた栗毛にまで、血がべっとりと張り付いていた。

アイリスは自分の、神聖騎士のペンダント型護符を急いで外し、オーガスタスの首に掛け、呪文を唱え始める。
「アクエルゼルテス……」

ペンダントが光り始め、オーガスタスはゆっくり、目を閉じる。
その首が、がっくりと落ちる。

「オーガスタス…!!!」

レイファスの絶叫に、アイリスは落ち着いた声音でささやく。
「気絶しただけだから…」

レイファスの大きな青紫の瞳からは、ひっきりなしに涙が滴り落ちる。
「僕…僕をずっと、庇って……。
自分一人なら、結界に入れたのに………!」

アイリスは優しい口調で、そっと言った。
「君を護るのは、彼の役目だったから。
あんまり泣くと、オーガスタスががっかりする」

でも、レイファスの涙は止まらなかった。
「あんなにいっぱい、襲いかかられても、僕を押し退けたりしなかった………」
アイリスの顔が、悲しげに歪む。
「レイファス……」
「僕を奴らにくれてやれば、自分は助かるのに。
……なのに………!」

泣きじゃくるレイファスに、アイリスは優しく小さな肩に手を添え、ささやく。
「そんな事、オーガスタスは一瞬たりとも考えなかったさ」
「どうして?!
だ…って、誰でもいざとなったら、自分の命が大切に決まってる!
あんな…あんな化け物相手だったら、そうしたって誰もオーガスタスを責めたりしないよ…!」

アイリスはとうとう、レイファスを抱きしめた。
レイファスはアイリスの胸の衣服をきつく握り、すがりついて身を激しく震わせる。
「こ…んなになる迄どうして…?
他人を庇えるの?
自分が死ぬかもしれないのに、どうして…?!
オーガスタスは馬鹿だ!
どうしようもない、馬鹿だ…!!!」

アイリスは震える小さな体を抱きしめ、そっとつぶやく。
「それだけ、君が可愛いんだ」
レイファスは泣き顔を上げて怒鳴った。
「だって、他人の子供だ!
オーガスタスの息子じゃない……!
僕を庇って……死んじゃ嫌だ!
そんなの、絶対に嫌だ!!!」

レイファスは身を震わせ続け、アイリスはオーガスタスがひどい重傷だから、彼が泣きじゃくるのは無理も無いと思った。
それでそっとささやいた。
出来るだけ、優しい声で。

「君の目の前で…オーガスタスが、死んでしまうと…そう、思ったんだね?」
レイファスは、こくん…!と頷いた。
「どんどん傷が増えて…爪で切り裂かれて、噛み付かれて…それでもまだ、襲って来て。
息つく間も無い程、ひっきり無しで……!
血が、どんどん、どんどん流れ続けて………!なのに…!
なのに僕だけを結界に入れて、自分は……!
自分は………!
傷だらけなのはオーガスタスで、結界が一番必要なのは、彼の方だったのに!!!」

叫ぶレイファスを、アイリスはきつく抱きしめた。
が、体の震えは止まらず、レイファスはそれ以上、涙で喉が詰まってもう言葉が出なくて、嗚咽を上げて泣き続けた。

アイリスは頷くと、耳元でそっとささやく。
「オーガスタスを助けるには、ここから出ないと」
レイファスはぐっ!と沸き上がる感情を殺すと、こくん。と一つ頷き、まだ震える小さな手で、それでもアイリスを放した。
「大丈夫?
オーガスタスの横に、居られるね?」
レイファスは泣き顔を、上げた。

その青紫の瞳はまだ動揺で揺らめいていたけれど、しっかりした顔付きで窺(うかが)うアイリスを、見つめ返した。

アイリスは微笑んで頷き返し、そっと立ち上がると、周囲を見回した。
化け猿が去ると共に、薄靄はすっかり晴れ、そこは風そよぐ昼の陽の差し込む森だった。

左向こうに、巨大な崖の岩壁が見えて、瞬間アイリスは、ぎくっ!とする。

『アースルーリンドの、外だ………』

巨大な岩壁はアースルーリンドの周囲を被い、国を外敵から護っていた。
だが一体どうやって…重傷のオーガスタスと小さなレイファスを連れて、あの向こうに戻ればいいのだろう…?

『影の民』の何者かは力を持ち、封印を壊そうと空間を揺さぶり、歪(ゆが)みを作り…。
その歪(ひず)みで出来た回路を、完全に自分の力で支配し…。
だがその先の空間の、この森の猿達は、どうやら障気に犯されながらも自然の生き物だから、完全に“影”に自分を明け渡さず、操ろうとした『影』は完全に支配出来ないまま、猿が襲う旅人の恐怖をエネルギーとして吸い取り、それで満足しているに違いなかった。

足下に猿の、無数の死体が転がり、少し先に、アイリスが道を教えた三人の男の、バラバラに喰い千切られた死体が転がっていた。

目は飛び出し、腸は食い散らされ……。

アイリスはもう一度、吐息を吐いた。
オーガスタスの傷を抑える為に、神聖騎士の守護ペンダントは外せない。
だが今一番頼りになるのは、神聖騎士達だった。
が、救助を呼ぶだけの、光の力は、無い……。

オーガスタスからペンダントを外し、助けを呼べば。
オーガスタスは直後、瀕死に陥るだろう。

アイリスはもう一度深い吐息を吐いて、アースルーリンドを護る、高い崖壁を見つめた。
 
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