アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

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第五章『冒険の旅』

地下水脈に、潜むもの

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「ファントレイユ!」

手から、その小さな手が滑り落ち、横穴へと彼の小さな息子の体が掻き消えて行き、ゼイブンはもう一度必死で、その穴を暗がりの中、探る。
ローランデがゼイブンの慌てふためく姿を目にし、髪を振って前に振り向き叫ぶ。
「アイリス!
明かりをくれ!」

ローランデの叫びを聞き、アイリスは咄嗟に振り向く。
「ディングレー!テテュスを頼む!」
叫ぶなり、松明を掲げ、ゼイブンが取り乱すその横穴へと、水を蹴立てて駆け付ける。

「ゼイブン!」
穴の中から名を呼ぶファントレイユの声が、遠ざかって行くのに焦り切って、ゼイブンは慌てて自分の膝迄しか高さの無い横穴に、頭から突っ込んで行った。

アイリスが駆けると共に、揺れる松明の明かりが、ゼイブンのブーツがその穴へ滑り落ちて行くのを照らし出し、アイリスはその穴に明かりをかざし、叫ぶ。
「ゼイブン!」

ファントレイユは、はあはあ…。
と荒い息を吐いて、必死で岩に、しがみついた。
直ぐにゼイブンの体が滑り降りて来て、岩に抱きつく息子を見つけ、体を素早く回して上下逆転させ、踵をブレーキ代わりに岩に擦りつけ、必死にファントレイユの横で止まり、息子の顔を見た。
「ゼイブン!」
泣き出しそうなファントレイユの顔。
その小さな両腕が、岩から離れ自分の首に巻き付くのに安堵し、ゼイブンは息子の体を抱きしめた。
「ファントレイユ…。
無事だったか…………」

ファントレイユは本当にびっくりして、ゼイブンに抱きついたまま、体を暫く、がたがたと震わせていた。

「ゼイブン!」
穴の上の方に松明の明かりが見え、アイリスの叫び声に、ゼイブンは怒鳴り返す。
「ファントレイユを捕まえた!
ここから引っ張り上げてくれ!」
「解った!
暫く、待ってろ!」
頼りになるアイリスの返答に、ゼイブンは、ほっと安堵する。
辺りを見回すと、光苔が岩肌を被い、ほんのり白く浮かび上がって見える。

ゼイブンの居るそこは、裾野が広がる緩やかな坂で、その先に水が溜まっているのを見つけた。
僅かな白い明かりの中、ほとんど黒く見える水がゆらゆら揺れ、波紋が覗い見え、流れがあるように感じ、ゼイブンはファントレイユのしがみつく頭を抱き、言った。
「よく止まったな!
ヘタに水の中に突っ込むと、地下水路に流され、溺れたかもしれない」
ファントレイユはガタガタ震ったまま、頷く。
ゼイブンは息子を抱いたまま、震える体を抱きしめ、耳元でそっと言った。
「大丈夫だ。
直、アイリスが縄を投げてくれる。
それに掴まれば、直ぐ皆の元へ戻れる」
ファントレイユはゼイブンの首筋にまだ顔を埋めたまま、それでも頷いた。

「居るのか?」
ギュンターの言葉にアイリスは頷き、オーガスタスに叫ぶ。
「縄を持ってないか?」
オーガスタスが、頷く。

「ファントレイユは大丈夫?」
レイファスの叫びにアイリスは振り向き、穏やかな声で返答する。
「ゼイブンが直ぐ飛び込んで助けたから、無事だ」
テテュスも、ディングレーに背を抱かれ、ほっと安堵した。
ディングレーはテテュスに屈んで顔を向け、ささやく。
「アイリスが直ぐ、引き上げる」
テテュスは、素直に頷いた。

オーガスタスは松明をローフィスに預け、直ぐ鞍に積んだ縄を、外しにかかった。
ゼイブンは愛息を抱きしめたまま、水際数センチ上の場所で踏み止まっていた。
が、水面が揺れる。
「…ファントレイユ。
顔を上げるな。そのまま、首にしがみついてろ!
アイリス!
早く縄を投げてくれ!」

アイリスは腰を屈め、その狭い横穴に松明を掲げ、伺い、オーガスタスがやって来るのを確認して怒鳴る。
「直ぐだ!」

水面に、白く細長い岩のようなものが浮かび、仄白い光る苔のお陰で、それが泳いでいると、ゼイブンには解った。
そしてそれが、何かも、推測が付いた。
願わくば小さい奴であってくれ。とも祈った。
それが、ゆっくりこちらに向かって来ている。

もぞ…。
ファントレイユの頭が動く。
「いいから…顔を上げるな。
アイリス!まだか?!」

水面から、どんどんとその姿が、上がって来てる…。
「ゼイブン!あれ………!」
ファントレイユの叫び声に咄嗟、ゼイブンは息子の振り向く頭を、自分の首筋に押しつけ怒鳴った。
「いいから、見るな!
見たっていい事なんか、一っつも無い!」

明らかに、ワニだった。
地下水路に生息してるのか、陽に当たらず真っ白な皮をした。
それが、ギョロリ。
と黄色に黒の縦筋の入った、は虫類特有の不気味な瞳をこちらに向け、水の中からどんどん、上がって来ている。

「アイリス!」
叫んだ時、ようやく待望の縄が滑り落ちて来る。
「まだ降ろすか?!」
オーガスタスの声に、ゼイブンは叫ぶ。
「もっとだ!もっと降ろせ!」

縄はするすると、数センチ毎坂を伝って下りて来る。
ゼイブンは左横に手を伸ばし、幾度も岩肌を叩き、やっと縄の先を掴む。
「もう少し、降ろしてくれ!」
がその時、ワニが水面から完全に、顔を出した。
「!」
「化け物!」
ファントレイユが悲鳴を上げ、ゼイブンも同意しそうだった。

そのあまりのデカイ頭に、ゼイブンだって出来たら卒倒したかった。
有に、体長三メートルはありそうな巨大なワニで、あれが口を開けたら、大人の自分ですら、一噛みで飲まれる。
それが、のそり…。
と更に水面から上がって、自分達の方へと、寄って来るのだ。

「ゼイブン!ゼイブン怖い!」
「俺だって怖い!
オーガスタス!一気に引き上げてくれ!
頼む早く!」

オーガスタスは横のアイリスを、見た。
アイリスは思わず穴に頭を突っ込み、叫ぶ。
「何が起こってるんだ?!」
アイリスが問いかけると、ゼイブンの引きつった絶叫がした。
「説明してる間があるか!
死体を引き上げたくなかったら、とっとと引っ張れ!」

ディングレーはテテュスの背をそっと押し、つぶやく。
「じっとしてろ!」
駆け付けようとするディングレーの胸元に、ディンダーデンは咄嗟に肩を滑り込ませて押し退け、ディングレーに振り向き告げる。
「俺のが近い。
お前は餓鬼と居ろ!」

自分より少し体格の勝る年長の色男にそう言われ、ディングレーは思わず取って返して、テテュスの小さな背に、手を添える。
オーガスタスの後ろに、ギュンターとディンダーデンが縄に付く。
オーガスタスが二人に振り向き、叫んだ。
「一気に、引くぞ!」

ゼイブンは必死で左手で縄を握り込み、掴まった。
ファントレイユを首に巻き付け、右手でその体を抱いたたまま叫ぶ。
「絶対振り向くな!
しっかり俺に、へばりついてろ!!」

言って、ファントレイユを抱いていた右手をも縄へと回し、両手で縄を思い切り握り込んで遮二無二坂を足で蹴り、少しでも上に上がろうとする。

ワニがゆらりと体を揺らし、足下に迫って来るのに、縄は少しずつしか、上がって行かない。
ワニの黄色に黒い縦筋の入ったギョロ目と目が合い、ゼイブンは絶叫する。
「オーガスタス!
あんた、力自慢なんだろう!
頼む!急いでくれ!」

オーガスタスは入り口に擦れる縄を見る。
あんまり派手に引っ張ると、切れるんじゃないか。
と心配したが、ゼイブンのひっくり返った声は緊迫感に溢れていた。
「糞…!
アイリス!ディンダーデン!
入り口から奴が見えたら、一気に引っ張り上げてくれ!」
怒鳴り、背後のギュンターに頷き、二人同時に一気に縄を手元に、引き寄せる。

アイリスは松明を素早く背後のローランデに手渡し、ディンダーデンはアイリスの反対側の穴の横に付くと、待機し、ゼイブンの姿が上がって来るのを待つ。

ゼイブンは、ほっとした。
オーガスタスが力任せに上に引っ張ってくれたお陰で、足は奴から、一メートルは離れている。

が、突然ワニは獲物が逃げると思ったのか、短い足で猛烈に、水を蹴立てて追いかけて来た。

すざざざざざざざざざざざざっ!

ファントレイユが一瞬その激しい水音に振り向き、恐怖に目を見開いて叫ぶ。
「ゼイブン!!!」
『冗談じゃない!
両手が塞がって、短剣も投げられないってのに!』

だが奴が一気に間を縮めて来るのに焦りきって、ゼイブンは咄嗟に縄を掴んでた右手を放し、腰のベルトに手を差し入れ、奴の目玉を狙って瞬時に投げ付けた。

ぐあっ!

巨体が、目玉を射抜かれくねる。
暴れ狂う巨大な鼻先がゼイブンの膝に届こうとした途端、生身の手がゼイブンの腕を、次いで肩の上着をむんず!と掴むと、一気に引きずり上げられ、穴から滑り出して肩と背を、水の溜まった地面へと叩き着けられ、顔に水しぶきを浴びた。

ずさっ!!!

アイリスの腕が彼の首からファントレイユを抱き上げ、ディンダーデンの腕が背後から両脇へと回され、一気に上へと、引っ張り上げられる。

「何があった?!」
背後から問われた途端、ゼイブンは両手を振って羽交い締めを外し、振り向き様、近衛の色男(ディンダーデン)に叫んだ。
「俺よりでかいワニだ!
出てこない内に逃げろ!」

オーガスタスが横で縄を巻きながら、やれやれと唸る。
「出て来たら、斬り殺せる…!」

ゼイブンは、横に姿を見せて屈むそのデカイ男が、近衛の勇猛な男だと思い出す。
「…それも、そうだな」

つぶやくと、オーガスタスの背後からギュンターが、顔を覗かせ言った。
「喰われかけたのか?」
「足からな!」
怒鳴るなり足がヨロめき、腕をディンダーデンに咄嗟に支え助けられ、ゼイブンは顔にかかる水を払い退けてようやく、目前に群れる男達の中からアイリスを見つけ出し、報告した。
「目を狙って短剣を投げた。
奴は片目だ」

アイリスは両手で、首に両腕を巻き付けて顔を埋め、今だ震えるファントレイユを抱きしめたまま、そっと頷く。

ディンダーデンはそう言ったゼイブンを背後から覗き込み、尋ねた。
「当たったのか?」
ギュンターが、悪友に頷く。
「こう見えても奴は短剣の名手だ。
外さない」

ディンダーデンの目が驚きに見開かれ、ゼイブンは振り向き様それをチラ見し、一気に気分を害して思い切り振り向き、怒鳴る。
「俺に“名手”の称号は、似合わないと思ってんのか?!」
「議論は避けよう」

ディンダーデンのすかした返答に、ゼイブンは一気にムカッ腹立つ。
が、ディンダーデンは青い流し目を、神聖神殿隊付き連隊の自分より頭一つ背の低い色男に向けて言った。
「優秀な道案内人の上に、短剣の名手?
これ以上お前を、見直したくない」

ゼイブンは両腕組むと、不満げに怒鳴る。
「それの、どこが悪い!」
ディンダーデンは肩をすくめた。
「ただの軽い、顔のいいだけの馬鹿。
の評価を変えるのは、とっても不本意だ」

ゼイブンはとうとう腹の底から、自分より頭一つ背の高いその近衛の色男を見上げ、怒鳴り付けた。
「“名手”は事実だ!とっとと変えろ!」
ディンダーデンは思い切り肩をすくめる。

暗がりで姿の見えないローフィスの声が、ぼそりと耳に響く。
「奴の腹はとっくに認めてるんだ。
口に出して迄それをしろと言うのは、酷だ」

ゼイブンは真っ黒な中のローフィスの顔を見、ディンダーデンの顔を窺(うかが)おうと振り向く。
が、ディンダーデンはさっさと顔を、背けた。


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