アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

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第五章『冒険の旅』

ドートネンデ川

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 緑のなだらかな裾野を駆け下りると、左手の先に、白い小石が敷き詰められた地面の、広い街道が皆の目に映る。
ローフィスがつぶやく。
「ラングシャ街道だ」

ディンダーデンが吐息を一つ吐いて、そちらに馬の首を向け、拍車を掛けようとした矢先、アイリスが言った。
「近道は?」
ディンダーデンはぐっ!と馬の足を止め、その姿を見てディングレーは俯く。
「懲りずに学習能力が、無いな」
ディングレーの感想に、ギュンターがぼそりと言い返す。
「自分の我が儘を通すのに、慣れているからな」
ディンダーデンは年下の二人に振り向くと、青の流し目で睨み付けた。
ローフィスが目を振ると、ゼイブンが頷く。
彼の走る方向に、皆が馬を進め始め、ディンダーデンは馬の首の向きを変えると、思い切りぼやく。
「街道と、正反対だ!」

暫く駆けると、目前に悠々と流れる大河が、見えた。
馬の足を止める二人の案内役の後ろで手綱を引いて馬を止め、オーガスタスが言う。
「ドートネンデ川だろう?」
ゼイブンは頷く。
ディングレーが、背後からそっとつぶやく。
「泳ぐのか?」
ギュンターがその男らしい王族を見つめた。
「泳げないのか?」
オーガスタスが唸った。
「馬にしがみついて、助けて貰え」
テテュスが振り向くと、ディングレーは少し情けない表情で、黒毛のエリスを見つめていた。

草原の坂を下り、朝日差す中、段差ある川岸へと草を踏んで馬は降り行き、進むゼイブンに迷いは無く、強引だが軽やかに馬を操る父親に、ファントレイユは頬を染めて振り向く。
「ゼイブンのこんなとこ、セフィリアが知ったら、絶対惚れ直すよね?」
ゼイブンが吐息を一つ、吐いた。
「セフィリアと結婚出来たきっかけは、彼女がボートから川に落ちたのを助けたからだ。
まあその…川岸で衣服を乾かしてる内にそうなって…お前が出来たから、結婚出来た」
「どうなったの?」
ファントレイユの問いに、ゼイブンは馬を飛び降りると、手綱を束ねて掴み、降りようとするファントレイユを押し止めた。
「ブーツを脱いで…足を、めくっとけ」
「深い?」
「お前でも浸かるだろうな。
水に沈み始めたら、馬の首にしがみついてろ」
「ゼイブンは?」
「手綱を引いて泳ぐ」

ゼイブンが、陽の反射で白く輝く砂地で、ブーツを脱ぎ始めるのを目に、皆がやれやれと馬を降りて習う。
「流されないか?」
アイリスが尋ねると、ゼイブンは振り向く。
「流されて、丁度いい」
アイリスが頷き、テテュスのブーツを脱がし、防水した革袋の中に押し込んだ。

ローフィスが、背後の皆に怒鳴る。
「革袋が沈むような物は、入れて無いな?」
「剣はどうする?」
ディングレーの問いに、ローフィスが手を差し出した。
ディングレーはその手に自分の腰に下げた剣を抜いて手渡すと、ローフィスがそれを左側の腰に下げるのを見て、目を丸くする。
「外さないのか?」
「別に、水の中でも平気だろう?」
ディンダーデンが怒鳴る。
「錆びるだろう!」
ゼイブンが振り向く。
「水から上がったら、布で拭け!」

オーガスタスが振り返って注意を促す様に叫ぶ。
「帯刀して泳ぐ自信が無いなら、馬の鞍に括り付けとけ!」
ゼイブンが全員を見渡し、大声で怒鳴った。
「着替えは絶対、濡らすなよ!」
皆慌てて、革袋の口をきつく、締め上げた。

砂地を歩き始め、進むと直ぐ踝まで水に浸かる。
そのまま手綱を引き、幅広の川中を、馬を導き進むと。
どんどん、水に浸かり始めた。

悠々と水を湛える青い川はさほど、流れは早く無い。
が、オーガスタスもディンダーデンもギュンターも、その先が暫くずっと水なのに、うんざりする。

川の水はけれど昨夜程には冷たく無く、昇り始めた陽も手伝い、水面は一斉に陽を弾き、金の光の粉で飾られる。
レイファスは、わぁ…!とその、天然の砂金のような水面の反射を見つめ、声を上げたが、直ぐ、前を進み行く水に浮かせた焦げ茶の革袋と手綱を持ち、すっかり肩迄水に浸かったローフィスに、振り向かれて怒鳴られた。
「水が来るぞ!
馬の首に、しがみついとけ!」
レイファスは慌てて、馬の鬣(たてがみ)を掴んだ。

腰迄水が来たと思ったら、一気に馬の体が沈み、小さなレイファスの腰は水に浮き、馬にしがみついてないと、流されそうだった。
馬は前足を蹴立てて、泳ぎ出す。
ゼイブンも、怒鳴る。
「この先は流れが急だ!
死ぬ気で馬に、しがみつけ!
間違っても手を放して、流されるだなんて間抜けは、するな!」

後ろの一同はゼイブンのその厳しさに、思わずファントレイユに同情を寄せた。
が、ファントレイユは言われた通り必死でしがみつき、ゼイブンに“間抜け"と、言われまいと頑張る。

オーガスタスが、青く透ける水の中を泳ぎ始めながら、つぶやく。
「…息子が、可愛い筈だ」
シェイルも横で泳ぎながらも言葉を返す。
「ああ、健気(けなげ)じゃな」

ローランデが、透けた水に沈む鞍に手を掛け、浮かせた体を馬に引っぱられる黒髪のディングレーを、見つめる。
「全然泳げないんじゃ、ないんだろう?」
手綱を持ち、楽々と水の中を泳ぐローランデを、ディングレーは見つめると、唸った。
「泳げないんじゃ、ない」
ローランデはディングレーの鞍に捕まる様子を、見た。
彼の見事な黒毛馬は悠々と、しがみつく主人を引っ張り泳ぎ、得意そうに見える。
「でも、どう見ても…………」
ローランデが言いかけると、ディングレーが振り向く。
「俺は筋肉質だ」
ローランデは、つい頷く。
「以前は軽々浮いたのに、最近はよく、沈む」

でも………。
と後ろを振り返る。
アイリスは手綱と水に浮かぶ革袋を持ち、馬の先を泳ぎながら、馬の背にしがみついて体を浮かし、はしゃいだ笑顔を浮かべるテテュスを、幾度も安全を確認するように、振り返っていた。

アイリスも、ああ見えて実はかなり、逞しい(筋肉質な)筈なんだけどな………。
ローランデは思ったが、自分が沈むのは仕方のない事で、泳げないんじゃない。
と無言の視線で言い張るディングレーに、反論を控えた。


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