アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

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第五章『冒険の旅』

西の聖地

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 アイリスの、青白い月明かり照らす石壁の外階段を登るその背に、ローフィスとオーガスタスが続く。

アイリスはチラと後ろの二人を見た。
が、二人ともやっぱり先頭は引き受ける気が無いらしく、騎士団長を起こすのは、自分の役目のようだ。

アイリスはもう一度、吐息を吐く。
二階の踊り場から三階へと続く階段を登り始める。
滑らかな石の階段で、足音がかつん、かつんと鳴り響く。

『西の聖地』は表館と内館があり、一般人は表館で彼らと相対し、内館は神聖騎士達の生活の場として割り振られていた。
アイリスらが入ってきた中庭は本来立ち入りが厳しく制限されている、神聖騎士達の生活の場、内館に当たる。

表館と内館は門で隔てられ、普段は鍵が掛かって部外者は入れないから、この内館には警備もいない。
狼藉者等入る筈も無い。と皆、自室に鍵すら掛けて無いと、以前話を聞いた事がある。

アイリスとて、私室のある内館には足を踏み入れた事すら無かったが、情報として騎士団長の私室は三階だと、聞き知っていた。
オーガスタスのぼやきが背後から聞こえる。
「案内したんだから、これ位の事は想定済みだったんじゃないのか?」
ローフィスの返答は、投げやりだった。
「だって俺が前来た時は昼間で、連中は揃って洞窟の出口で、出迎えてくれていたからな!」
アイリスは、がくっ。と肩を落とすと、無理矢理足を引き上げ、階段を登った。

三階に上がり、廊下へ進むと、大きな窓から月明かりの照らす、明るく広い廊下の右手に部屋が並んでいて、一番手前の部屋には扉すら無かった。

開け放たれたその部屋はどうやら人が集う場所のようで、光沢あるベージュの生地に、細やかな小花の刺繍の施されてる布が張られたソファと椅子が、配置良く置かれ、花瓶には花が生けられ、淡い黄色の壁にはめ込まれた、彫刻の刻まれた木枠には金箔が施されていた。

だがその先は扉が横一列に並び、アイリスはローフィスのささやきを背後から、聞く。
「一部屋一部屋、開けて確認して回る気か?」
オーガスタスも、言った。
「本当に、騎士団長の寝込みを襲う気なのか?」
アイリスは振り向くと、声を潜めてささやき返す。
「だって他に、方法があるか?
控えの間でお行儀良く、起きていらっしゃる迄待つ訳にも行かないだろう?」
オーガスタスもローフィスも、そんな事したらディンダーデンが間違いなく騒ぎ出すな。と思い描いた。

吐息を吐き、アイリスは覚悟を決め、前に振り向いた、その時だった。
廊下に、薄衣を付けた人影を見たのは。

月光に透ける銀に近い金の、癖の無い髪を長く胸に垂らした崇高な顔立ちの、長身の人物が口を開く。
「ようこそ。アイリス。
私は表館の貴賓室で君と朝、会えると思っていた」

アイリスは、自ら起きて出迎えてくれた騎士団長、ダンザインに恐縮してささやく。
「こんな時間にこんな場所で、申し訳ございません…。
手違いでどうやら、中庭に辿り着いてしまって…」

ダンザインは、透ける神秘的でどこまでも青い瞳を、アイリスに投げて頷く。
「神聖神殿隊付き連隊の、特別な近道を通って来たらしい」
そう言って、ローフィスを見つめた。
ローフィスはつい、騎士団長の視線を受けて俯く。
「あの道は緊急連絡用だが、まあ…。
今回も緊急と言えば、それに当てはまるかな?」
アイリスは頭(こうべ)を垂れ、言った。
「寛大なお言葉、感謝致します」


アイリスらが揃って騎士団長を起しに出かけた後、ディングレーも、どかっ!と草の上に腰を降ろす。
ファントレイユはもう、夢中でゼイブンの腰にまとわりついて、父親を褒めた。
「ゼイブン、凄い!
もの凄く、早くて恰好良かった!!」

ゼイブンは息子に褒められ、内心いい気持ちだったが、ずっと晩餐の席で食べられると思っていたご馳走、美女との甘い一時がまたお預けになって、心底がっくり来ていた。

ディングレーは、テテュスがそっとエリスに寄り添い、その艶やかな黒毛の頬を、大きな長い鼻を、小さな手で一生懸命なぜている様子を、ディンダーデンから少し離れた草の上で見守った。

ギュンターはローランデを今度こそ捕まえると、腕を腰に回して抱き寄せる。
顔を寄せ、その愛しい青く澄んだ瞳を間近に見つめ、口を開いて話し出そうとした途端、背に刃物の殺気を感じ、固る。

背後で、シェイルの声がした。
「俺が居るって、知ってて迫る気か?
なら、覚悟が要るな!」
ギュンターはそのままの姿勢で、低い声で背後に向けて怒鳴った。
「大概(たいがい)話しくらい、させろ!」
だが振り向かないギュンターが、ローランデに屈んで顔を寄せたまま微動だにしないのに、シェイルは眉間をきつく寄せた。
「話をするのに、腰を抱いて顔を寄せる必要がどこにある?!」

ギュンターはとうとう振り向き、かんかんになって怒鳴った。
「口づけくらい、いいだろう?!」
ゼイブンが、息子を腰に張り付かせたまま俯く。
「禁欲が長いから、それで済まないだろうと、シェイルは言ってるんだ」
ファントレイユが、早速始める二人に顔を背け、そうつぶやく父親の整った顔を見上げた。
ギュンターはきっちりゼイブンを睨んだが、ディンダーデンはくっくっくっ!と草の上に腰を降ろしたまま肩を揺らして笑った。

レイファスはその広い庭がとても神秘的で、自然に草花が自生しているように見せて、でも丁寧に手入れが施されている事に感心したが、笑うディンダーデンに振り向くと、彼の側へと歩き出す。
ディンダーデンは直ぐ気づくと、その小さく可憐なレイファスに唸る。
「餓鬼は寄るな!」
が、レイファスはディンダーデンの直ぐ横に来ると、草の上で睨む大きな騎士に平気な顔をして、横に腰掛け、尋ねた。
「どうして?」
ディンダーデンは聞かない子供にそっぽ向くと、怒鳴る。
「餓鬼は嫌いだ!」
やっぱり、レイファスはめげなかった。
「どうして嫌いなの?」
ディンダーデンは動じない、その明るい肩迄ある栗色の巻き毛の、青紫の大きな瞳をした女の子のような可愛らしいレイファスに顎をしゃくり、ギュンターに怒鳴った。
「この餓鬼を、何とかしろ!!」
ギュンターはディンダーデンを見るとぶすったれた。
「今、取り込み中だ!
…いい加減殺気を引っ込めないと、俺も本気に成るぞ!」
だがシェイルは引かなかった。
「成ってみろ!」
ギュンターは今シェイルと対決すると、ローランデを放さなきゃならない。
と理解する。
シェイルの目的はローランデから自分を引き剥がす事だから、奴にとって矛先を自分に向けるのは願ったりだと気づき、腕に抱いたローランデの甘やかな肢体を放しづらくて、それは戸惑った。

久しぶりの彼の体は身を寄せただけで甘い気分に成り、もう彼が、食べたくてたまらない美味しいお菓子に思え、自分が飢えきって腹ぺこを通り越している哀れな絶食者のようだ。と感じた。
が、察したシェイルの殺意は、更に増す。

仕方無しにギュンターは、ローランデの腰に回した腕を振り解くと、両手を持ち上げ、横に広げて
「これでいいか」
と、ぶっきらぼうにつぶやく。

シェイルは短剣を引っ込め、向かい合う二人の真横に来ると、見張るように長身のギュンターを見上げた。
「話を、するんだよな?」

「理屈無く、子供が嫌いなの?」
レイファスに尚も突っ込まれ、ディンダーデンは嫌そうに、そのめげない小さな子を見た。
「そうだ!」
「理由は無いの?」
尚も質問するレイファスに、テテュスはエリスに触れながらもつい、その度胸に感心して見つめ、ファントレイユもゼイブンの腰にまとわりついたまま、状況を見守った。

ディンダーデンはむすっと顔を背け、唸った。
「女以外はお断りだ!」
「何だ。ゼイブンと一緒なんだ」
これには、ディンダーデンは振り向いた。
「ゼイブンって、誰だ?」
レイファスは目を丸くした。
「だって貴方、話してたでしょう?ここに来る前。
そこに居るファントレイユの父親だ。
…まさか、名前知らないの?」
ディンダーデンは神聖神殿隊付き連隊の色男か。
と立ったまま息子を腰に張り付かせるゼイブンを、チラ見した。
レイファスはその大柄な美男の、整った横顔を凝視する。
「アイリスの名前も、忘れてた。
ローフィスだって昔近衛に居たんだから、知ってたんじゃない?
どうして忘れるの?」
「必要のない野郎の名前は、覚える価値が無い」

ディングレーがとうとう見かねて、レイファスに口を挟んだ。
「無駄だ、レイファス。
ゼイブンと張るくらいの女好きだし、男の名でマトモに覚えてるのは、寝られる相手くらいだ」
レイファスはディングレーに振り向く。
「じゃ、僕が将来凄く美青年に成長しても、覚えて貰えない?」
ディングレーは濃い栗色の巻き毛を胸に流す、青の流し目の美男の色男を、ため息混じりに見た。
「そうなったらその時は、手の平返したように態度が変わるに違いない」

ディンダーデンは年下の王族に怒鳴った。
「その時はだろう!
今はただの、五月蠅(うるさ)い餓鬼だ!」

ギュンターはローランデを見つめ、言葉を吐き出そうとした。
が、横で見張るように立つシェイルの、突き刺すような視線に甘い気分を吹き飛ばされ、とうとう視線の主へと、振り向いて怒鳴る。
「お前は邪魔だ!」

エリスが軽く、ブヒヒヒヒ…。と鼻を鳴らす。
テテュスはエリスが鼻先で指し示す方向に佇(たたず)む、古木の陰から。
その人物が音も無く滑るように現れて、くつろぐ一行に近づくのに、視線を送った。

白っぽい、緩やかに毛先のくねる金髪を長く夜風になびかせ、白いローブを身に纏い、浮かぶ緑がかった青い瞳の、白い肌の長身の人物に。
テテュスは一辺に記憶を呼び覚まされ、叫ぶ。
「ウェラハス!」

テテュスの笑顔に、ウェラハスは嬉しそうに微笑み返す。
「元気そうだ」
皆が一斉に、テテュスの叫びに誘われて彼を見つめる。
ウェラハスは見つめる一同に視線を振り、ささやくような、けれどとても響く声音で告げた。
「ダンザインに言われて、君達を迎えに来た。
ずいぶん、くたびれている様子だ。
風呂に浸かるといい。
水に濡れて、凍えているだろう?」

ディンダーデンはその男の登場に、降ろした腰を一気に引き上げ、立ち上がった。
「案内を頼む」

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