アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

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第四章『晩餐での冒険』

別れの挨拶

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 皆が馬車に乗るアリシャとセフィリアを見守り、セフィリアが馬車の中から顔を出した。
「心配しなくていいわ、レイファス。
今晩はゆっくり、休ませるから」
レイファスは、セフィリアを見上げてささやく。
「アリシャに聞いて。
僕が必要なら………!」

セフィリアはそっと奥の、背もたれにもたれてるアリシャに振り向き、そしてレイファスに向き直った。
「左将軍の、おっしやる通りよ。
私もアリシャも、ファントレイユや貴方がとても楽しそうで、ちょっと妬けるけど。
とても、嬉しいの。
それに…」
「それに?」
ファントレイユに聞かれ、セフィリアは息子を見つめて微笑む。
「とても、男の子らしくなったわ!
でもあんまり、お行儀は悪くしないでね」
その言葉に、少し離れた場所で見守るローランデは隣のギュンターを見上げ、ギュンターはとぼけたように、顔を背けた。

アリシャの、か細い声が中から聞こえる。
「自分の身を守れるくらい強くならないのに、屋敷に帰ったりしたら。
承知しないわよ?」

レイファスは、その言葉にぶすったれてぼやく。
「解ったから、アリシャはもう無茶はよしてね?」
アリシャは奥で頭を揺らし、そっと言った。
「約束するわ。
貴方が帰る頃には、ピンクの頬で出迎えるから」
「きっとだよ!」
「ええ、絶対。
…ディングレー…」
アリシャのその声に、ディングレーはギュンターの横に居たが、ギュンターに見つめられて吐息と共に、一歩前へと踏み出す。
「何だ?」
「次に会う時は、ちゃんとまた貴方を、からかうから」
ディングレーは思い切り下を向くと、唸った。
「…そうだな。青い顔されるより、マシか………」

後ろで、オーガスタスとローフィス、そしてギュンターの忍び笑いが聞こえる。
ディングレーが顔を上げ、後ろに下がろうとすると、アリシャの声が再びした。
「私、貴方の筋肉は、嫌いじゃないわ」
セフィリアはびっくりしてアリシャに振り向いたし、ディングレーは複雑な気分で眉を寄せた。
「俺に、解る言葉で言ってくれないか?」

さっきの三人に続き、シェイルの吹き出す声が、ディングレーの耳に届く。
だがセフィリアが、代わって言った。
「そうね。
貴方はお兄様より、とても素敵だって意味だと、私は思うわ」

ディングレーは思わず、斜め後ろのアイリスを見た。
が、彼は肩をすくめた。
「亭主の居る女に、そう言われてもな…!」
やっぱりそのやりとりに、背後から相変わらず忍び笑いが聞こえ続ける。

セフィリアは呆れたように、ディングレーを見つめた。
「馬鹿ね…!
夫が居るから、言ってるのよ…!
女性は現実では夫が必要だけど、夢の世界では憧れの男性を必要とする生き物なの!」

ディングレーはびっくりして、目を見開いた。
「初耳だ………。
それは…浮気願望じゃなくて?」
セフィリアはその男前を、まじまじと見つめた。
「憧れの対象がいないと、かえって浮気に走るものよ?
心が満たされていれば、浮気なんてしないわ」

ゼイブンはアイリスの後ろで、眉間を寄せまくって唸った。
「浮気しないタメに、憧れが要るのか?」
セフィリアは顎に手を付き、夫を見つめた。
「そういう事になるわね」
だがその返答に、ゼイブンの眉がますます、寄る。

「ゼイブン」
だが、妻に馬車の中から呼ばれ、ゼイブンはそっと近寄る。
馬車の窓越しに、月明かりで見る妻は相変わらず美しくて、その馬車が自分の目の前から去って行こうとするんだと思い出した途端、ゼイブンの胸は潰れそうになった。

「今夜は仕方がないから、遊んでも構わないわ。
でも、お仕事が終わったら帰っていらして…。
私、お兄様にもう少したくさん、家に帰れるようなお仕事を、貴方に割り振るよう頼むわ…!」

ゼイブンはあまりの嬉しさに、眉を切なげに寄せ、顔を傾け、妻の顔を、見つめた。
アイリスは、くすくす笑って告げる。
「もう、聞いた。
出来る限り、そうするから…」
だがセフィリアは直ぐ、思い出したのか付け加えた。
「でも、おいたが過ぎるならまた、よそで遊んで貰うから」
ゼイブンが途端、がっくりと肩を落とし、皆が気の毒そうな視線を、ゼイブンに向けた。

馬車はガラガラと音を立てて走り出し、テテュスは思わずレイファスに振り向く。
「付いて行かなくて、本当に大丈夫?」
レイファスは一つ吐息を吐くと、ぼやいた。
「僕が居ると、きっとアリシャは強がって無理をする。
ずっとアリシャの前では、大人しい演技をしてたけど。
もう、出来そうに無いから」
ファントレイユも、こっくりと頷いた。
「アリシャ、絶対レイファスと、元気を張り合うね…!」
レイファスは、ファントレイユに振り向いてささやく。
「やっぱり君も、そう思う?」
聞かれたファントレイユは、思い切り頷いた。

肩を落とす小さなレイファスを労るように。
皆が彼を、取り囲む。
レイファスは俯いたまま、それでも言った。
「僕の事はいいから…。
みんなもっと、踊ったら?」
オーガスタスが思い切り、肩をすくめる。
「お前はもう、いいのか?」
レイファスが、顔を上げて優しいライオンを見上げる。
アイリスが、そっと付け足す。
「君達がもっと踊りたいと言うなら、幾らでも付き合うけど…」
レイファスの横のファントレイユが、アイリスを見上げる。
そのうっとりとするような優雅で素晴らしい騎士を見つめ、そっと問うた。
「僕達に、付き合ってくれるの?」
アイリスが頷き、ゼイブンがぼそりと言う。
「お前達を楽しませる為に、踊り始めたんだしな」

テテュスも、レイファスの横で顔を上げ、そう言うゼイブン、ギュンター、ローランデ、シェイル…そしてローフィスを見回す。
「でもローフィスだって、もっと踊りたいんじゃないの?」
ローフィスは肩をすくめた。
「あそこにずっと居ると、オーガスタスがハラハラする。
ギュンターが、いつ暴れ出すかと。
ローランデが体面を保つ為にも、早々に逃げ出したいのが本心だ。
だが…」
ローフィスはそっと、アイリスを見つめて言った。
「屋敷に今帰ると、宴会の真っ最中の使用人達を、煩わせるんだろう?」

皆が途端アイリスを見つめ、ディングレーが言った。
「…宴会をしてるのか?連中」
アイリスは呆れるディングレーを見つめ、吐息を吐くとささやく。
「せっかく息抜きしてるし。
私達も息抜きがしたいから、途中を少し行った小さな別邸で、時間を潰してから、帰ろうと思うんだけど」
ローフィスが肩をすくめる。
「そうしよう」

オーガスタスは、自分を見るギュンターに視線を振ると、顎をしゃくってローフィスに続け。と促す。
「俺のせいで、心労か?」
問うギュンターに、シェイルが割って入って、怒鳴った。
「初めてオーガスタスの泣き言を聞いたぞ!
ローランデが絡むお前が激昂すると、オーガスタスですら、手に負えないそうだ!」

ディングレーもゼイブンも、嘘付け。と内心思った。
がオーガスタスはぼやく。
「まあ、それもあるが。
滅多に取り乱す事の無い男が、取り乱すのを見ると。
一気にどっと、疲れる」
オーガスタスのセリフに、皆が無言でアイリスを、見つめた。

がテテュスは、項垂れてささやく。
「アイリス。心配かけて本当に、ごめんなさい」
アイリスが、弾かれるように顔を揺らし、俯くテテュスを抱きしめる為に駆け寄り、ローフィスは皆に、行くぞ。と顔を振った。

レイファスはファントレイユを、見上げた。
「良かったね。舞踏の続きが出来るよ?」
ファントレイユはでも、笑った。
「レイファスが、元気ならね。
僕もテテュスも、君が笑って無いと楽しく無いんだ」

テテュスも抱きしめるアイリスの腕の中で、その通り。と、微笑んだ。
レイファスは二人の、自分より背の高いいとこ達を見つめ、やれやれと吐息を吐いた。

「僕が面倒見ないと、君達って駄目なんだな?」

テテュスがファントレイユを見、ファントレイユもテテュスを見た。
「面倒は見なくていいから、笑っててよ。
君、シェイルの事、凄く華やかだって言うけど。
君が一番可愛らしくて、華やかで中心なんだ。
君が暗いと、全部が暗くなっちゃう」
レイファスはファントレイユの言葉を聞いて、嘘付け。と思った。
自分を元気づける為の、おべっかだとも。
でも、二人の気遣いに顔を揺らし、言い切った。

「アリシャと同じで、君達も我が儘なんだな!
笑うのだって、色々大変なんだ!」

ファントレイユはそんなレイファスに笑ったし、テテュスも笑いながらそっとアイリスを見た。
「アイリスも、いつも通りじゃないとみんな調子狂うって。
僕、アイリスが普段通りでいられるよう、うんとこれからは気をつけるから」
アイリスはそう笑う無邪気な息子を見つめ、ささやいた。
「約束する?」
テテュスは、うん。と頷き、アイリスを感激させた。


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