89 / 389
第四章『晩餐での冒険』
狼藉者、ギュンターとローランデの登場
しおりを挟む
シェイルが再び、うっとりと顔を傾けようとするアイリスにくるりと背を向け、ふてたように二人を見守るローフィスの方へと、軽やかに飛び跳ねながら近寄ろうとすると、ギュンターとローランデの顔が、いきなり引き締まる。
それ迄軽口を叩いていた様子とは一気に変わり、レイファスが気づいて見上げ、テテュスとファントレイユもそれに習った。
シェイルがローフィスに駆け寄り、ローフィスが満面の笑みで彼を迎え、微笑みながら膝を折って軽く頭を下げ、前に飛び込むシェイルに礼を取る。
が、突然ギュンターもローランデもが揃って中央に向かって駆け出し、テテュスはぎょっとした。
ギュンターとローランデはシェイルの左右に囲むように駆け込むと、ギュンターはシェイルの腕を掴んで振り向かせ、引っ張って腰を抱き、強引にくるりと一緒に回る。
長身のギュンターの金の髪が流れるように揺れ、シェイルは彼に引かれるようにギュンターのリードに従った。
二人の身長差は頭三つ程も違っていて、シェイルを小柄な、女性のように見せたし。
事実銀髪の巻き毛がふわりと揺れる、シェイルの色白の顔立ちの中のその唇は、続く踊りで真っ赤に染まっていて。
エメラルド色の瞳は煌めき、可憐そのもので。
金髪で紫の瞳の、隙無く整った顔立ちのギュンターの男らしさは、一層際だち、レイファスは美貌の二人のあまりにもお似合いな様子に、心惹かれた。
が、テテュスもファントレイユも、さっき短剣をその背に突き刺そうとしたシェイルが、ギュンターとまともに踊る様子につい、揃って顔を、見合わせた。
が二人が踊り終えた直後、今度はローランデがシェイルの手首を掴み、やはり腰を抱いてくるりと一緒に回る。
濃い栗毛と明るい栗毛の交互に混じる、長い髪を背に垂らし。
気品溢れる端整な彼の、あまりに隙無く流れるような華麗な動作と、腰を抱く親友を見つめるシェイルの可憐な美貌は、一枚の絵のように美しくて。
ギュンターの男らしさとは違って、二人のあまりに綺麗な踊りと、乱入者二人のその対照的なリードに、会場中は一気に興味と視線を、奪われた。
ローフィスはシェイルを取り戻そうと、ギュンターとローランデの間を交互に歩き、ローランデの手から離れるシェイルの腕を引き、やっと取り戻すと、シェイルを背に回し、ギュンターとローランデに相対する。
途端、ギュンターとローランデは揃って、二人共が戦う振りを、する。
ギュンターは拳を振り上げたし、ローランデは脇から架空の剣を抜いた。
シェイルが途端、ローフィスの背から出ようと彼の腕を掴み、だがローフィスは一歩下がって、シェイルの体を背後に止(とど)めたまま。
両手を横に広げ、シェイルが背から出るのを阻む。
オーガスタスは一つ、吐息を吐く。
ローフィスが時折切れ切れに洩らす過去で、幾度も。
もっと緊迫感ある場面で、この光景を。
この兄弟は今まで幾度、繰り返して来たろう?
だから…オーガスタスにはそれが、演技では無く、彼らの日常に見えた。
ギュンターが拳を振ると、ローフィスは頬めがけて飛び込むそれを、さっと横に体を振ってかわす。
ローランデが優美に上から、見えない剣を振り下ろすのも、やはり横に体を傾け、かわす。
テテュスもファントレイユもレイファスも、ギュンターが相手だと喧嘩に見えるのに、ローランデだとちゃんと、舞踊に見えてほっとした。
ギュンターがまた拳を振り入れ、ローランデが剣を振り入れると、ローフィスはさっと避け、二人に向かってステップを踏み出す。
それを目にしたギュンターは拳を下げ、ローランデも剣を下げた。
ローフィスの素早い足捌き。
右、左、そして右、右。
一度跳ねて右足をうんと前に出し、止める。
ギュンターがその後、ローフィスのステップを真似て同じ足捌きをして見せた。
そしてローランデが続いて、全く同じ振りをする。
長身のギュンターの横で、流れるような足捌きでステップを踏むローランデがあんまり可憐に見え、ファントレイユはつい、テテュスを見た。
「あれって、ギュンターと並んでるからなのかな?」
テテュスは意味が解らず一瞬呆け、レイファスは直ぐ察して口を尖らせた。
「そりゃ勿論、そうだと思う。
シェイルの横ならちゃんとローランデは、凛々しく見えるに決まってるもの」
ファントレイユは吐息を吐いた。
「じゃ、僕はなるべくテテュスよりレイファスと一緒に居ると、ちゃんと男の子に見えるんだ」
レイファスはチラ。とファントレイユを、斜めに眺め、言った。
「僕と居たって君は、女の子に見えると思う」
ファントレイユは途端、しょげたように俯く。
そして横の、背の高いテテュスを見上げて問うた。
「レイファスは僕だって、女の子と間違えた。
その彼と同じくらい、僕って女の子っぽいと思う?」
自分はちゃんと男の子に、世間に見えてる。
と思い込んでいるファントレイユに向かって、テテュスは
『レイファスと同じくらい、綺麗な女の子に見える』
という本心は、到底、言えなかった。
無言で、項垂れるように俯くテテュスに、ファントレイユは尚も淡いブルー・グレーの瞳を投げかけた。
が、レイファスがとうとう見かねて、ファントレイユに視線を送り、テテュスに向かって顎をしゃくる。
『もう容赦してやったら?』
レイファスの合図に、ファントレイユ迄も俯くと、可愛らしい吐息を、吐き出した。
ゼイブンがいつの間にか、背後からやって来て、口を挟む。
「お前くらいの時、俺でさえ、女の子に間違われた事があるから、心配するな。
どうも、この髪の色と瞳の組み合わせは、柔に見えるらしいからな」
ファントレイユは途端、ぱっと顔を輝かせて背後を振り向くと、ゼイブンを見つめて叫んだ。
「じゃ僕、大きくなったらゼイブンみたいにいい男に、きっと成れるね!」
レイファスはファントレイユの『いい男』の評価には、限りなく過ちがある。
と思ったが、彼の為に口をつぐんだ。
ギュンターとローランデが難なくこなすのを目に、ローフィスはまたステップを踏む。
今度は左右交互に素早く足を蹴り出し、直ぐ右足を後ろに思い切り引き、一気に飛びながら足を前へ蹴り上げ、足の高さはそのままで、体を一瞬でくるりと後ろに返し、上げた足を下げて着地した。
直ぐ左の足を後ろに蹴り出して飛び、足を上げたまま直ぐ体の向きをまたくるりと前へ返し、床に降りると。
ギュンターとローランデに向き直り、上げた足をすっと後ろに下げ、少し屈んで手を胸に当て、頭を垂れて礼を取った。
ディングレーがその複雑さに、思わず唸る。
「アイリスのほうが、マシだと思うか?」
オーガスタスが肩をすくめた。
「おまえ、得意だろう?
俺でも出来るステップにしろ。
と、目線でアイリスを脅せ」
レイファスが、思わず顔を上げ、オーガスタスに問う。
「あれって、決まってるんじゃないの?!」
ディングレーはギュンターが、その複雑なローフィスのステップを、少しぎこちないながらも、何とか真似たのを見つめ、唸る。
「…違う。
ローフィスが考えて。
その場で適当にやるのを、そっくり真似るんだ」
ファントレイユも顔を上げる。
「じゃ、アイリスはローフィスと違うことをするの?」
ディングレーはローランデが、彼流の美しさで軽々と真似るのを見、また唸った。
「そうだ」
テテュスも顔を上げる。
「だからオーガスタスは、簡単なのにしろって、アイリスを睨め。って、ディングレーに教えたの?」
ディングレーはようやく、自分をつぶらなダークブルーの瞳で見つめるテテュスに振り向くと、言った。
「出来ないと恥をかくのは、俺なんだから。
おまえの親父を睨むのは、仕方のない事なんだ」
テテュスはディングレーの為に、こくん。と頷いた。
「もっと前に僕が知ってたら、僕からアイリスにそう頼めたのに」
オーガスタスがディングレーを見てくすくす笑い、ディングレーは自分よりうんと小さいテテュスにそう気遣われ、罰が悪そうに俯いた。
が次にローフィスがステップを踏もうとした時、ギュンターがそれを遮るように体を動かした。
ゆっくり左足を思い切り後ろに引いて深く屈むと、左拳を胸に当ててローフィスを見つめ、ゆっくりと頭を下げて深い礼を、取る。
ローフィスは思わず、ギュンターの粋な突然の礼に、視線を取られる。
勿論、会場の皆も何が始まるのかと、ギュンターに視線が吸い付いた。
ローフィスの関心を自分に引きつけると、ギュンターは次に、軽快に音楽を奏で始める楽団の演奏に合わせ、左足を右斜め前に蹴り出しながら飛び、次に右足を左斜め前に蹴り出して飛んだ。
次に両手を腰に当てて右に三歩、しなやかに横に動き、左に三歩歩いて元の位置に戻る。
そして正面で見つめるローフィスの方へ右足を一歩踏み出すと、一気に飛び跳ねながらローフィスに駆け寄って、彼の腕に自分の腕を絡ませ、放し、軽くステップを踏み、飛び跳ねながらローフィスの周囲を一週した。
長身のギュンターの金髪が、彼の肩の上で揺れ、子供達は剣士の彼が、軽快に跳ねるしなやかな動きに見とれた。
オーガスタスが、子供たちに振り向く。
「ギュンターの今してるのが、皆で踊る踊りの振りだ。
この後ローランデもローフィスも同じ振りをするから、今の内に覚えとけ」
言われて三人は、大きなオーガスタスを見上げた。
が、一斉に視線を中央に向けると、一心にギュンターの動きを目で追った。
今度はギュンターは、上に飛ぶと両足を右斜め横で打ち付け着地し、直ぐ次にやっぱり飛ぶと、左斜め横で両の踵を空中で打ち付ける。
その隙の無いしなやかさはやっぱり、野生の豹を思わせたし。
ギュンターの美貌も相まって、彼を素晴らしく粋に見せた。
着地した彼は右足を前に出し、胸を張って二歩前へ進み、左足を後ろに下げて少し体を前に屈め、お辞儀をするような姿勢で二歩、下がった。
派手に打ち鳴らす楽団の音に合わせ、いきなり前へと飛びながら駆け出すと。
また、突っ立っているローフィスの腕に飛び込んで、腕を絡ませる。
今度はローフィスも、ギュンターと一緒に飛び跳ねながら。
一緒に一回転した。
腕を放しローフィスを正面に見つめながら、ギュンターは後ろに下がり元居た場所へと戻る。
そしてその長身を姿勢良く伸ばし、右足を前へ一歩踏み出し、今度は軽く頭を下げお辞儀をしながら、一歩、後ろへ下がった。
そしてその場で、今度は右足を後ろに軽く引き、頭を下げて軽い礼を取った。
それが合図のように、今度はローランデが左足を深く後ろに引き、左手を胸に当て、ギュンター同様深い礼を取る。
ファントレイユは不安になって、レイファスにそっと屈むと、耳元にささやいた。
「覚えられた?」
レイファスはギュンターと同じ振りを始めるローランデを、じっと見つめたまま、ささやき返す。
「だいたい。
でも出来るのとは、また別だ」
今度ファントレイユは、テテュスを見上げる。
「テテュスは?」
テテュスはファントレイユに振り向くと、ちょっと困ったような表情で、肩をすくめた。
ディングレーは二人の様子に腕を組んで吐息を吐くと、ぼそりと告げる。
「アイリスが教えるだろう。喜んで」
そしてファントレイユに向き直ると
「お前は親父のゼイブンを引っ張り込め」
と提言した。
ファントレイユはディングレーを見上げ、そっとささやく。
「ゼイブン、教えてくれるかな?」
二人は同時に、彼らの背後で踊りを見つめるゼイブンを、そっと伺い見る。
レイファスがその様子を見て、助け船を出す。
「最初にセフィリアを誘えば、ゼイブンは絶対付いて来る」
二人は同時に、感心したように。
そう告げる、レイファスの横顔を見つめた。
それ迄軽口を叩いていた様子とは一気に変わり、レイファスが気づいて見上げ、テテュスとファントレイユもそれに習った。
シェイルがローフィスに駆け寄り、ローフィスが満面の笑みで彼を迎え、微笑みながら膝を折って軽く頭を下げ、前に飛び込むシェイルに礼を取る。
が、突然ギュンターもローランデもが揃って中央に向かって駆け出し、テテュスはぎょっとした。
ギュンターとローランデはシェイルの左右に囲むように駆け込むと、ギュンターはシェイルの腕を掴んで振り向かせ、引っ張って腰を抱き、強引にくるりと一緒に回る。
長身のギュンターの金の髪が流れるように揺れ、シェイルは彼に引かれるようにギュンターのリードに従った。
二人の身長差は頭三つ程も違っていて、シェイルを小柄な、女性のように見せたし。
事実銀髪の巻き毛がふわりと揺れる、シェイルの色白の顔立ちの中のその唇は、続く踊りで真っ赤に染まっていて。
エメラルド色の瞳は煌めき、可憐そのもので。
金髪で紫の瞳の、隙無く整った顔立ちのギュンターの男らしさは、一層際だち、レイファスは美貌の二人のあまりにもお似合いな様子に、心惹かれた。
が、テテュスもファントレイユも、さっき短剣をその背に突き刺そうとしたシェイルが、ギュンターとまともに踊る様子につい、揃って顔を、見合わせた。
が二人が踊り終えた直後、今度はローランデがシェイルの手首を掴み、やはり腰を抱いてくるりと一緒に回る。
濃い栗毛と明るい栗毛の交互に混じる、長い髪を背に垂らし。
気品溢れる端整な彼の、あまりに隙無く流れるような華麗な動作と、腰を抱く親友を見つめるシェイルの可憐な美貌は、一枚の絵のように美しくて。
ギュンターの男らしさとは違って、二人のあまりに綺麗な踊りと、乱入者二人のその対照的なリードに、会場中は一気に興味と視線を、奪われた。
ローフィスはシェイルを取り戻そうと、ギュンターとローランデの間を交互に歩き、ローランデの手から離れるシェイルの腕を引き、やっと取り戻すと、シェイルを背に回し、ギュンターとローランデに相対する。
途端、ギュンターとローランデは揃って、二人共が戦う振りを、する。
ギュンターは拳を振り上げたし、ローランデは脇から架空の剣を抜いた。
シェイルが途端、ローフィスの背から出ようと彼の腕を掴み、だがローフィスは一歩下がって、シェイルの体を背後に止(とど)めたまま。
両手を横に広げ、シェイルが背から出るのを阻む。
オーガスタスは一つ、吐息を吐く。
ローフィスが時折切れ切れに洩らす過去で、幾度も。
もっと緊迫感ある場面で、この光景を。
この兄弟は今まで幾度、繰り返して来たろう?
だから…オーガスタスにはそれが、演技では無く、彼らの日常に見えた。
ギュンターが拳を振ると、ローフィスは頬めがけて飛び込むそれを、さっと横に体を振ってかわす。
ローランデが優美に上から、見えない剣を振り下ろすのも、やはり横に体を傾け、かわす。
テテュスもファントレイユもレイファスも、ギュンターが相手だと喧嘩に見えるのに、ローランデだとちゃんと、舞踊に見えてほっとした。
ギュンターがまた拳を振り入れ、ローランデが剣を振り入れると、ローフィスはさっと避け、二人に向かってステップを踏み出す。
それを目にしたギュンターは拳を下げ、ローランデも剣を下げた。
ローフィスの素早い足捌き。
右、左、そして右、右。
一度跳ねて右足をうんと前に出し、止める。
ギュンターがその後、ローフィスのステップを真似て同じ足捌きをして見せた。
そしてローランデが続いて、全く同じ振りをする。
長身のギュンターの横で、流れるような足捌きでステップを踏むローランデがあんまり可憐に見え、ファントレイユはつい、テテュスを見た。
「あれって、ギュンターと並んでるからなのかな?」
テテュスは意味が解らず一瞬呆け、レイファスは直ぐ察して口を尖らせた。
「そりゃ勿論、そうだと思う。
シェイルの横ならちゃんとローランデは、凛々しく見えるに決まってるもの」
ファントレイユは吐息を吐いた。
「じゃ、僕はなるべくテテュスよりレイファスと一緒に居ると、ちゃんと男の子に見えるんだ」
レイファスはチラ。とファントレイユを、斜めに眺め、言った。
「僕と居たって君は、女の子に見えると思う」
ファントレイユは途端、しょげたように俯く。
そして横の、背の高いテテュスを見上げて問うた。
「レイファスは僕だって、女の子と間違えた。
その彼と同じくらい、僕って女の子っぽいと思う?」
自分はちゃんと男の子に、世間に見えてる。
と思い込んでいるファントレイユに向かって、テテュスは
『レイファスと同じくらい、綺麗な女の子に見える』
という本心は、到底、言えなかった。
無言で、項垂れるように俯くテテュスに、ファントレイユは尚も淡いブルー・グレーの瞳を投げかけた。
が、レイファスがとうとう見かねて、ファントレイユに視線を送り、テテュスに向かって顎をしゃくる。
『もう容赦してやったら?』
レイファスの合図に、ファントレイユ迄も俯くと、可愛らしい吐息を、吐き出した。
ゼイブンがいつの間にか、背後からやって来て、口を挟む。
「お前くらいの時、俺でさえ、女の子に間違われた事があるから、心配するな。
どうも、この髪の色と瞳の組み合わせは、柔に見えるらしいからな」
ファントレイユは途端、ぱっと顔を輝かせて背後を振り向くと、ゼイブンを見つめて叫んだ。
「じゃ僕、大きくなったらゼイブンみたいにいい男に、きっと成れるね!」
レイファスはファントレイユの『いい男』の評価には、限りなく過ちがある。
と思ったが、彼の為に口をつぐんだ。
ギュンターとローランデが難なくこなすのを目に、ローフィスはまたステップを踏む。
今度は左右交互に素早く足を蹴り出し、直ぐ右足を後ろに思い切り引き、一気に飛びながら足を前へ蹴り上げ、足の高さはそのままで、体を一瞬でくるりと後ろに返し、上げた足を下げて着地した。
直ぐ左の足を後ろに蹴り出して飛び、足を上げたまま直ぐ体の向きをまたくるりと前へ返し、床に降りると。
ギュンターとローランデに向き直り、上げた足をすっと後ろに下げ、少し屈んで手を胸に当て、頭を垂れて礼を取った。
ディングレーがその複雑さに、思わず唸る。
「アイリスのほうが、マシだと思うか?」
オーガスタスが肩をすくめた。
「おまえ、得意だろう?
俺でも出来るステップにしろ。
と、目線でアイリスを脅せ」
レイファスが、思わず顔を上げ、オーガスタスに問う。
「あれって、決まってるんじゃないの?!」
ディングレーはギュンターが、その複雑なローフィスのステップを、少しぎこちないながらも、何とか真似たのを見つめ、唸る。
「…違う。
ローフィスが考えて。
その場で適当にやるのを、そっくり真似るんだ」
ファントレイユも顔を上げる。
「じゃ、アイリスはローフィスと違うことをするの?」
ディングレーはローランデが、彼流の美しさで軽々と真似るのを見、また唸った。
「そうだ」
テテュスも顔を上げる。
「だからオーガスタスは、簡単なのにしろって、アイリスを睨め。って、ディングレーに教えたの?」
ディングレーはようやく、自分をつぶらなダークブルーの瞳で見つめるテテュスに振り向くと、言った。
「出来ないと恥をかくのは、俺なんだから。
おまえの親父を睨むのは、仕方のない事なんだ」
テテュスはディングレーの為に、こくん。と頷いた。
「もっと前に僕が知ってたら、僕からアイリスにそう頼めたのに」
オーガスタスがディングレーを見てくすくす笑い、ディングレーは自分よりうんと小さいテテュスにそう気遣われ、罰が悪そうに俯いた。
が次にローフィスがステップを踏もうとした時、ギュンターがそれを遮るように体を動かした。
ゆっくり左足を思い切り後ろに引いて深く屈むと、左拳を胸に当ててローフィスを見つめ、ゆっくりと頭を下げて深い礼を、取る。
ローフィスは思わず、ギュンターの粋な突然の礼に、視線を取られる。
勿論、会場の皆も何が始まるのかと、ギュンターに視線が吸い付いた。
ローフィスの関心を自分に引きつけると、ギュンターは次に、軽快に音楽を奏で始める楽団の演奏に合わせ、左足を右斜め前に蹴り出しながら飛び、次に右足を左斜め前に蹴り出して飛んだ。
次に両手を腰に当てて右に三歩、しなやかに横に動き、左に三歩歩いて元の位置に戻る。
そして正面で見つめるローフィスの方へ右足を一歩踏み出すと、一気に飛び跳ねながらローフィスに駆け寄って、彼の腕に自分の腕を絡ませ、放し、軽くステップを踏み、飛び跳ねながらローフィスの周囲を一週した。
長身のギュンターの金髪が、彼の肩の上で揺れ、子供達は剣士の彼が、軽快に跳ねるしなやかな動きに見とれた。
オーガスタスが、子供たちに振り向く。
「ギュンターの今してるのが、皆で踊る踊りの振りだ。
この後ローランデもローフィスも同じ振りをするから、今の内に覚えとけ」
言われて三人は、大きなオーガスタスを見上げた。
が、一斉に視線を中央に向けると、一心にギュンターの動きを目で追った。
今度はギュンターは、上に飛ぶと両足を右斜め横で打ち付け着地し、直ぐ次にやっぱり飛ぶと、左斜め横で両の踵を空中で打ち付ける。
その隙の無いしなやかさはやっぱり、野生の豹を思わせたし。
ギュンターの美貌も相まって、彼を素晴らしく粋に見せた。
着地した彼は右足を前に出し、胸を張って二歩前へ進み、左足を後ろに下げて少し体を前に屈め、お辞儀をするような姿勢で二歩、下がった。
派手に打ち鳴らす楽団の音に合わせ、いきなり前へと飛びながら駆け出すと。
また、突っ立っているローフィスの腕に飛び込んで、腕を絡ませる。
今度はローフィスも、ギュンターと一緒に飛び跳ねながら。
一緒に一回転した。
腕を放しローフィスを正面に見つめながら、ギュンターは後ろに下がり元居た場所へと戻る。
そしてその長身を姿勢良く伸ばし、右足を前へ一歩踏み出し、今度は軽く頭を下げお辞儀をしながら、一歩、後ろへ下がった。
そしてその場で、今度は右足を後ろに軽く引き、頭を下げて軽い礼を取った。
それが合図のように、今度はローランデが左足を深く後ろに引き、左手を胸に当て、ギュンター同様深い礼を取る。
ファントレイユは不安になって、レイファスにそっと屈むと、耳元にささやいた。
「覚えられた?」
レイファスはギュンターと同じ振りを始めるローランデを、じっと見つめたまま、ささやき返す。
「だいたい。
でも出来るのとは、また別だ」
今度ファントレイユは、テテュスを見上げる。
「テテュスは?」
テテュスはファントレイユに振り向くと、ちょっと困ったような表情で、肩をすくめた。
ディングレーは二人の様子に腕を組んで吐息を吐くと、ぼそりと告げる。
「アイリスが教えるだろう。喜んで」
そしてファントレイユに向き直ると
「お前は親父のゼイブンを引っ張り込め」
と提言した。
ファントレイユはディングレーを見上げ、そっとささやく。
「ゼイブン、教えてくれるかな?」
二人は同時に、彼らの背後で踊りを見つめるゼイブンを、そっと伺い見る。
レイファスがその様子を見て、助け船を出す。
「最初にセフィリアを誘えば、ゼイブンは絶対付いて来る」
二人は同時に、感心したように。
そう告げる、レイファスの横顔を見つめた。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。
これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。
それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
転生王子はダラけたい
朝比奈 和
ファンタジー
大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。
束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!
と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!
ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!
ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり!
※2016年11月。第1巻
2017年 4月。第2巻
2017年 9月。第3巻
2017年12月。第4巻
2018年 3月。第5巻
2018年 8月。第6巻
2018年12月。第7巻
2019年 5月。第8巻
2019年10月。第9巻
2020年 6月。第10巻
2020年12月。第11巻 出版しました。
PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。
投稿継続中です。よろしくお願いします!

Retry 異世界生活記
ダース
ファンタジー
突然異世界に転生してしまった男の物語。
とある鉄工所で働いていた佐藤宗則。
しかし、弱小企業であった会社は年々業績が悪化。
ある日宗則が出社したら、会社をたたむと社長が宣言。
途方に暮れた宗則は手持ちのお金でビールと少しのつまみを買い家に帰るが、何者かに殺されてしまう。
・・・その後目覚めるとなんと異世界!?
新たな生を受けたその先にはどんなことが!?
ほのぼの異世界ファンタジーを目指します。
ぬるぬる進めます。
だんだんと成長するような感じです。
モフモフお付き合いおねがいします。
主人公は普通からスタートするのでゆっくり進行です。
大きな内容修正や投稿ペースの変動などがある場合は近況ボードに投稿しています。
よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる