アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

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第四章『晩餐での冒険』

アイリス、テテュスへ命を賭けた訴えかけ

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 きつく掻き抱くアイリスに、テテュスは胸がきゅんとなり、彼にしがみついた。

「…光ってたよね?!」
レイファスが興奮したように叫ぶと、後ろからファントレイユもやって来て、叫ぶ。
「…『光の国』の子供が、助けてくれたんだ!」
「…『光の国』の子供?」
シェイルがつぶやくと、オーガスタスが振り向く。
「…姿を変えた、ワーキュラスだろう?」
シェイルはテテュスを、見た。
「…一瞬浮いたよな?体が…。
あんな能力(ちから)を使っちゃ、ディアス(ディアヴォロス)は当分動けなくなる」
オーガスタスは、頷いた。
「彼を煩わす、揉め事が。
暫く起こらない事を祈ろう…」

ファントレイユが、顔を上げる。
見上げるレイファスとファントレイユの二人の視線に、ローランデは気づく。
それでそっと、自分の知ってる事情を説明した。
「…ワーキュラスがこの世界で能力を使うと、一緒にいるディアヴォロス左将軍が、ひどく消耗するんだ…」

ファントレイユが悲しげに顔を下げ、レイファスがそれに気づいて、思わずファントレイユを見つめた。
ファントレイユは小声でささやく。
「…塔の扉を、開けられないって…言っていた。
きっと…左将軍の体を気遣ったんだ」
シェイルはその言葉に頷いた。
「今度会ったら、ちゃんと礼を言っておけ」
レイファスは彼を見上げ、尋ねる。
「そういう時、お礼は誰に言うの?」
シェイルは笑った。
「左将軍に。
きっとワーキュラスに、伝えてくれる」

アイリスは顔を、揺らした。
そして腕に抱くテテュスの頭が一瞬、床に激突しかけた事を思い描くと、心と共に身が震った。
胸に顔を埋めてるテテュスを、そっ…と胸から離すと、その愛しい顔を見つめ、叫ぶ。
「…無茶をして…!
どうして飛び降りたり、するんだい?
私は心臓が、止まりかけた…!」

そう叫ぶアイリスの頬に涙が伝って、初めて。
テテュスはすまない気持ちで一杯で、顔を下げ、小声でささやく。
「…心配かけて、ごめんなさい………」

アイリスは言葉が出ず、二度、テテュスを掴んでる腕を、乱暴に揺すった。
そして両頬を涙で揺らし、だがまだ言葉が出ず、もう一度テテュスの体を、思いっきり揺する。

皆アイリスが、泣き叫ぶんじゃないかとハラハラした。
が、彼は唇を震わせて言った。
「私を、置いていかないと約束した筈なのに…!
どうして…………!」

皆がアイリスの、その切なげな震える小声につい、揃って俯く。

テテュスはいつでも、自分を捨ててしまえる…。
他人の為に、いつでも……。

アイリスは尚もテテュスに、言って聞かせた。
「ゼイブンが…痛そうだったから…?
でもそれで、ゼイブンは死んだりしない…!
私との約束より、重くなんか、ない…!
ゼイブンの手首より君の…命の方が、何倍も………!」

アイリスはもうそれ以上言えず、涙に震えて俯き、テテュスはその、誰よりも頼もしい騎士が、声も無く泣く姿を、初めて見た。

「……アイリス…………」

ごめんなさい。は、軽すぎた。
テテュスは言葉を探した。
けれど何一つ、見つからなかった。
アイリスは肩を震わせ、暫く顔が、上げられなかった。
が、ようやく顔を、上げた。

濃紺の瞳が必死に…自分を見つめるのを、テテュスは見守った。
「…君が死んだら、私も生きてはいない…!」

アイリスの…心が震えるようなその言葉が放たれた時。
ようやく、どくん…!と…。
テテュスの心が震った。

アイリスは、真剣だった。
この素晴らしい騎士はきっと……。
自分を失ったら、敵の刃(やいば)にいとも容易(たやす)く身を晒し、討ち死にする覚悟を見せ…。

それが…テテュスには痛い程感じられ、今度はテテュスが、がたがたと震え出した。

アイリスは尚もテテュスに向かって、本心を叫ぶ。
「…君はいつも…私が大丈夫だと、思ってる?
そうじゃ、ない……!
君まで逝ってしまったら、私の人生には、価値が無い……!」
「違う!」
テテュスは叫んだ。
「だって…だって、アイリスはいつもたくさんの人に頼られてる……!
凄く……大事な人だって……!
そう、見られてる!」
だがアイリスは叫び返した。
「だって君は簡単に自分の命を、投げだそうとしてしまう…!
それは君だけじゃなく、私の命でもあるのに……!
君が、要らない…と言うのなら、私はそれに従う!」

そんな力強いアイリスの声は、戦場を共にした皆ですら、初めて聞く声だった。
それは父親というより、まるで…。
運命を託し、誓いを立てた主に、語りかける言葉に似ていた。
自分の従うべき主の、間違った道を。
必死で正す、臣下のような。
そしていざとなればその主と、命を共にする覚悟の、従者のような。

テテュスは瞬間呆けて、アイリスを見た。
まだよく解らないテテュスに、アイリスは真っ直ぐその眼差しを投げ、叫んだ。
「君の命は、私の命だ…!
君が護れないなら、私に価値が無い…!
君がアリルサーシャを護れなくて、自分が駄目だと思ってるように!
私もそうだと……なぜ、気づかない…?
君の側にずっと居ろと言うなら、そうする…!
君の為に片時も離れず仕える事は……」

アイリスは顔を下げ、そして顔を横に振り、震える声でつぶやく。
「心から、望む事で。
私にとって…苦でも、何でもない…………」
そう、顔を下げて告げるアイリスに。
ようやくテテュスは、離れている間アイリスがどれ程自分の身を想い、側に居られない事を歯噛みして悔しがったか、思い知った。

「…もう、しない……!」
テテュスも、叫んだ。
「もう…解った。アイリス!
解ったから…お願い。泣かないで……!
貴方の命だと思って、もっと自分を気遣うと、約束する…!
絶対するから…!」
アイリスは咄嗟に顔を上げ、テテュスの腕を強く握り、叫んだ。
「…絶対だ…!
君の為なら私……だって命を捨てるのは、簡単だ!」
アイリスが涙で一瞬喉を詰まらせながら、あんまりきっぱりとそう言うので、とうとうテテュスの瞳から、涙が溢れた。
「…いやだ……!
アイリスは大事だ…!
凄く、大事だから、死んでほしく無い……!」

ようやくテテュスが、子供らしくアイリスの首に、せがむように抱きつき、皆がほっとした。

ギュンターが、皆の背後から、ぼそりとつぶやいた。
「…やっぱり人間、本音が一番だな…!」
皆が振り向いて、一斉にそう言うギュンターを見る。
ギュンターは、微笑んでた。

が、ギュンターは皆に一斉に見つめられ、ついぼそりともらす。
「…ゼイブンぐらいの、その場問わずの本音吐きだと、さすがにウザ過ぎて、みっともないが…」

ローフィスが後ろから、ギュンターの肩を叩いて言った。
「…安心しろ。
ゼイブンの場合、あれは本音じゃなく、本能だから」

皆が心から納得して、頷いた。
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