アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

文字の大きさ
上 下
52 / 389
第三章『三人の子供と騎士編』

ローランデの機嫌を伺い続けるギュンター

しおりを挟む
 オーガスタスは二階の客間から、庭を見て、唸った。
「シェイルが…レイファスとテテュス相手に、鬼ごっこしてるのはいいが…」
鬼ごっこ。でついディングレーが体を椅子から持ち上げて、オーガスタスの横迄来る。

昼の陽光輝く広いバルコニーに続く、カーテンを風が巻き上げなぶる窓辺で。
腕組んで立つオーガスタスの隣から彼を見上げた後、ディングレーもつい庭の様子に視線を落とすと、黙り込む。
が、そっとささやいた。
「…あれがあんたの目にもやっぱり、ゼイブンに見えるか?
良く似た髪の、他の誰かじゃなくて?」
ディングレーにとても慎重に尋ねられ、オーガスタスは彼を見つめ返した。
「あの髪の色はゼイブン以外はファントレイユしか、俺は知らない。
あの髪の色の他の知り合いが、居るか?」
逆に問い返されて、ディングレーはオーガスタスを腑に落ちない様子で見つめ、いや。と無言で首を横に振った。

ローフィスはようやく椅子から立ち上がると、呆けて庭を見る二人の友人の横に、立つ。
そして、視線の先をおもむろに探る。

緑が鮮やかな芝生と、白いテラスと花が色とりどりに咲き乱れる美しい庭。
その向こうの大木を挟んだ土の見える、剣の訓練をするいつもの場所で。
ローランデの独特な髪の色では無く別の…。
神聖神殿隊付き連隊で見慣れた色が、同色の髪をした子供と剣を振っているのを、ローフィスは目に、した。

ローフィスの反応が無く、ついオーガスタスもディングレーも、彼を注視する。
ローフィスは無表情だったが、ぼそりと二人に問う。
「俺は、酔っぱらってるのかな?」

オーガスタスとディングレーは顔を見合わせると、オーガスタスが言った。
「実は俺もそれを、お前に聞こうと、思ってた所だ」
ローフィスが二人に振り向くと、ディングレーも自分もそうだ。と頷く。
ローフィスは俯くと、ささやく。
「…ローランデが居なくて…ゼイブンが居て、ギュンターの姿が無いんだろう?」

ローフィスは顔を上げなかったが、ディングレーがぎくっ!
とする気配を感じた。
が、オーガスタスは肩をすくめる。
「だがアイリスも居ない」

ローフィスはそっ…と顔を上げて、教練から馴染みの友を見上げる。
ディングレーが横でつぶやいた。
「そうだな。ギュンターが連れ込もうとしても、ローランデが大人しく従う筈も無い」
ローフィスも、頷いた。
「絶対シェイルが喧嘩売る筈だ」
オーガスタスがぶっきら棒に言った。
「…仮に連れ込んだとしても、屋敷の管理はアイリスの管轄だしな」
三人は顔を、見合わせた。

ディングレーが、そっとつぶやく。
「…確かに俺も目を、疑ったが…」
オーガスタスもローフィスを見つめて、後を続けた。
「長年奴と付き合ってると、あれを見てゼイブンが、心を入れ替えて息子の面倒見る気に成ったと、素直に思えないものなのか?」

ローフィスは顔を上げて二人を見、素っ気なく言った。
「無理だろう?
だってゼイブンには、入れ替える心が、無い」

オーガスタスの大きなため息が、その場を、包んだ。




 ローランデは気付けのアーフォロン酒の味に目を開けると、ギュンターの唇が離れて行き、その紫の透ける瞳が、自分を覗き込んでいるのを見た。
「………っ」
ローランデは顔を揺らし、顔を歪める。
ギュンターが心配げに、覗き込む。
ローランデの、その青の瞳が、潤んでいたので。

「…………」
ローランデの言葉が聞き取れなくて、ギュンターは顔を、寄せた。
「?…何だ?」
ローランデは悔しくて怒鳴りつけたかったが、代わりにギュンターの首筋にしがみついてやった。
ギュンターが、思い切り動揺しているのが感じられ、ようやくローランデは顔を、上げる。
「…約束…したな?」
ギュンターが今度は顔を揺らす番だった。
「君がしたのがどういう事か、解ってるのか?」
ローランデの声がまだ、掠れていて、ギュンターは切なげに眉を寄せる。
「…ゼイブンを、殴ったのか?」
ギュンターは顔を揺らしたが、一つ吐息を吐くと、ささやくようにつぶやいた。
「この場所を教えたのは奴で、自分なら我慢したりしないと俺を焚き付けたのは奴だが…。
それに乗ったのは、確かに俺だ」

ローランデの顔が泣き顔のように歪み、ギュンターは弱り切った。
「私に応える準備が出来たらそう言うと、君に約束した筈だ…!」
ギュンターは口を、閉じた。
「まだ、講義の途中なんだぞ?
君とこんな風に成って…意識せずに、いられるか?
講義の相手は…子供なのに!」

ギュンターは一つ吐息を吐いて、そっと告げた。
「どうせ俺は野獣なんだから…。ロクで無しと見下して構わない」
ローランデの顔がもっと歪んで瞳が潤み、ギュンターは思い切り、狼狽えた。
「…君にどれ程私が…世話になって恩を感じてるのか、解って無いだろう?
約束を例え破られたって…それ以上の恩を受けてる。
でも、だからと言って…。
左将軍…ディアヴォロスの依頼をこんな形で………!」

ローランデが泣き出しそうで、ギュンターはそっと、ささやいた。
「俺に抱かれるのがそんなに…恥ずかしいのか?」
ギュンターの問いに、ローランデは絶叫した。
「女のように抱かれて、恥ずかしく無い筈、無いだろう?!」

ギュンターは叫ばれ、切なげに眉を寄せるとローランデを見つめ、一つ吐息を吐く。
「気が済む迄殴って、いい」
「…それで気なんか、済まない!
…だって君とした後…私の様子が、変わるのは君だって良く、知ってるだろう?!」

ギュンターはさっき、自分の腕の中で深い快感に震えて今現在、素晴らしく艶やかで色気のあるローランデを目にしたものの、ささやく。
「…だがお前は剣を持ってると緊張感があるから、目立たないぞ?」
「慰めて、どうする!」

だが衣服をはだけ、白い胸と肩。そして腰を晒すローランデのしどけない情事の後の姿が、心から愛おしくて、ギュンターは切なげに眉を、寄せた。
「…衣服を付けるといつも、俺の事なんか知りもせず、気づきもしない男に戻るじゃないか」
ローランデは、わなわなと今だ真っ赤な唇を戦慄かせて怒鳴った。
「そんな訳、無いだろう?
大体…こんな大きな図体の男に射るように始終見つめられて、どうして無視出来る!
いっぱいいっぱいだから…オーガスタスもディングレーも察してくれて、庇ってくれているのに!」




 ライオネスはアイリスの様子に、まず気づいた。
言い争うような小声を耳に、白い飾り彫刻がふんだんに施された壁の、小さな東屋へと馬を進め始める、アイリスの後に。
馬を促し、従う。

耳を済ますアイリスに、ライオネスがそっとささやく。
「賊が、潜んでいたんでしょうか?」
アイリスはライオネスをそっと見ると、眉を寄せて変な顔を、した。
「いや…。声に聞き覚えが、あるんだ」

アイリスは裏に回り、ノブに手を掛け、その戸が開いているのを知った。
この扉は外から鍵がかかり、そして鍵は、管理者が持ってる。
アイリスはそっ、と扉を開け、中を見て暫く固まった後、静かに告げた。
「…私とライオネスの二人がかりで連れ出されたく無かったら、自分から出てくれ」

ライオネスも馬から降りた後、アイリスの背から中を伺う様子を見せた。
が、室内を見る前に、アイリスが戸を閉めた。

アイリスが告げて間も無く。
扉の中からギュンターが、姿を見せる。
「……………。
どうして彼が、こんな所に居るんです?」
ライオネスはアイリスに尋ねた。
が、アイリスは怒りを抑えた様子で、憮然として言った。
「それを彼に聞きたいのは、私の方だ」

ライオネスはギュンターを見た。
が、いつも隙の無い猛々しい男がどうやら…項垂れているように見えて、我が目を疑った。
アイリスは厳しい目を、ギュンターに向けて言い放つ。
「話は屋敷に帰ってから聞こう。
ライオネスと一緒に。
先に、帰っていてくれないか?」

殆ど、命令に近い口調で、ライオネスはギュンター相手にその言いようはまずいんじゃないか。とギュンターを伺ったが、彼は顔を揺らして返答に代え、ライオネスに、行こう。とその紫の瞳で促す。
ライオネスはギュンターのその金の髪を肩に垂らして俯く、珍しくしおらしい様子に、目をまん丸に見開いた後。
ギュンターの後に従った。

アイリスはライオネスと並び去るギュンターの背を見、一つ吐息を吐くと、その後、すっ!と戸の影から姿を見せるローランデにそっと心配げな視線を向けた。
アイリスは、小柄なローランデにその長身を屈め、小声でつぶやく。
「私が、仲裁を務めるから…」
ローランデは少し顔をきっと上げ、アイリスの心配げな濃紺の輝く瞳を見つめ
「介抱して、やってくれ」
と掠れた声で告げた。

そしていきなり足早で後ろからギュンターに追いつくと、足音で振り向くギュンターの顔めがけ、思い切り拳を叩き込んだ。

がっ!

ギュンターが金の髪を散らし、仰け反って頬を腫らし、口の端に血を滴らすのをチラと、ローランデは見る。
ライオネスは仰天し、アイリスが慌てて追いついてローランデとギュンターの有様を目にする。
が、ローランデはその青く澄んだ瞳にきつさを滲ませアイリスに視線を送ると、アイリスはギュンターにつぶやいた。
「…介抱してくれと、言われたが」

ギュンターはぺっ!と俯いて血を、吐き出すと、口を手の甲で拭って言葉を返す。
「必要、無い」

ローランデが、泣きそうな青の瞳を向け、怒鳴りつけた。
「足りないか?!」
ギュンターは顔を一瞬揺らすと、ぼそりと言った。
「アイリスに介抱させたいんなら、全然足りない」
アイリスがささやく。
「…私の問題じゃ無いだろう?
ローランデ。君の気は、済んだのか?」
ローランデは顔を揺らすと、アイリスを泣き出しそうな青い瞳で見つめ、怒鳴った。
「どれだけ殴ったって、気なんか、済む筈無いじゃないか!」

ライオネスが見ていると、ローランデが泣き出さないか、はらはらしているのは殴られたギュンターの方で。
ローランデはアイリスを見つめながら、とうとう、頬に涙を滴らせた。
アイリスもぎょっとしたが、ギュンターはもう、心臓に矢が突き刺さったみたいな情けない表情で。
労るようにローランデを見つめ、ローランデに振り向かれ、又怒鳴られた。
「そんな表情して見せる位なら、私を泣かせるような真似を、するな!
約束を破られて、どれだけ…!」
ローランデの声が涙で詰まり、ギュンターは端で見ても解る程、おろおろした。

ライオネスはそのギュンターの様子に、目をまん丸に見開いて心から驚き、アイリスは大きなため息を、吐き出した。
「…今まで泣かせた事が、無いのか?」
アイリスがそっと、ギュンターに聞くとギュンターの声は平静に聞こえた。
「…およそ泣きそうに無い奴に泣かれると…ひどく傷つけた気分になる」
アイリスがローランデの様子を目に止め、つぶやく。
「ひどく…傷つけられたから、彼は泣いているんだろう?」

ぐさっ!

ライオネスにすら。
ギュンターの心臓に、ぶっとい釘が、思い切り突き刺さったようなイメージが、見えた気がした。
ギュンターは止めを刺されたように、動揺のあまり、思い切り顔を揺らしたからだ。
その後ギュンターは、動揺しきって抱き寄せようと、ローランデに腕を伸ばし、思い切り、振り払われた。

だがギュンターはどうにか、ローランデを泣きやませたいようで、更に腕を伸ばして払われ、また伸ばして、思い切り、その手をはたかれてようやく、ローランデに狼狽えた声でつぶやいた。
「…頼む。
顔が変わる迄殴っていいから、泣き止んでくれ………」

ライオネスがその、とても情け無いギュンターの声にとうとう、がっくり顔と肩を下げた。

ローランデが、きっ!と振り向き、怒鳴り返す。
「…嫌だ…!殴ったって、こたえないじゃないか!」
アイリスが、その通りだ。と、頷く。
「君に泣かれる方が、ずきずき心が、痛んでるようだ。
顔を殴られるより、ずっとこたえて見える」

ギュンターが、そう言うアイリスを睨むが、ローランデはやっぱり。と頷き、涙をぽろぽろ零して言った。
「お前を殴ったって、拳が痛いだけじゃないか…!」

ギュンターは頬をひっきり無しに伝うローランデの涙に、彼の方迄泣きそうになって、つぶやいた。
「…だって…お前は誇りを大事にしてる。
その…名を轟かせた剣士が泣いたりしたら、絶対恥ずかしいぞ?」
だがローランデは涙で溢れた瞳で叫んだ。
「お前が私にした事は!恥ずかしく無いのか?!」
アイリスは、ローランデの横で、そっと言った。
「…子供達の前でしようと誘うくらい、厚顔無恥なんだ。
恥ずかしさなんて、ギュンターにある筈無いだろう?」

ローランデはそれを聞くと俯いて肩を震わせ、もっとぽろぽろと頬に涙を滴らせ、ギュンターは狼狽えきってアイリスに怒鳴った。
「もっと泣かせて、どうする!」
アイリスはため息混じりにささやく。
「でも、私が言ったのは単なる事実で。
泣かせたのは、恥を知らない君なんだけどな」

ギュンターは何とかローランデを慰めたいようだった。
が、ライオネスがぽん、と肩を叩く。
「気の済む迄、泣かせてやるしか、方法が無いだろう?」
ギュンターはライオネスを見ると、怒鳴った。
「…放っとけるか?!」
アイリスがジロリと見つめ、冷たく言った。
「ローランデがどれだけ泣くか見届けて、せいぜい良心の呵責に、耐えたまえ」

ギュンターは思い切り、顔を、揺らした。
「泣き止まなかったら、どうなるんだ?」
アイリスは、そのギュンターの情けない声音に振り向くと、肩をすくめた。
「君の毛の生えた心臓が、止まりかける位、痛みまくるだけだ」

ギュンターは真っ青に成って俯き、ライオネスも横からギュンターを見、泣いているローランデを心底参ったように見つめるギュンターに呆れ、アイリスにそっと告げた。
「…ひどくこたえるのは確かに、ギュンターの方のようだ」
アイリスは頷き、その刑罰からギュンターを救い出さないまま、ローランデの肩を抱いて、彼の気が済む迄泣かせる事に、した。

ギュンターはずっと、馬上でも落ち着かずにおろおろしまくり、ローランデを盗み見てはその涙がまだ滴ってるのに、心臓を抑え、俯いた。
ローランデは時々、馬に同乗するアイリスを見ると、アイリスはギュンターの様子に視線をくれて促し、ローランデは微かに頷いてまた、ぽろぽろと涙を、滴らせた。
その度、ギュンターは青く成り、周囲に解る程心を痛める様子を、見せた。

一行が裏庭からこっそり、屋敷の一室に入るまで。
ギュンターがげっそり見える程青冷めて、憔悴しきったのは、言う迄も無い。

ローランデを一人掛けのソファに座らせ、アイリスが様子を伺った後、召使いを呼ぶ紐を、引く。
ギュンターはそっと戸の側に立ったまま、ローランデの様子を伺った。
ライオネスはアイリスの横に静かに寄ると、また不審な事があればいつでも駆けつけると告げ、いとまを言い、アイリスは彼の背を見送った。
そして室内に目を、向ける。

ギュンターはソファの横に付き、ローランデの濡れた頬にそっ、と手を触れていた。
「…どうしたら…許してくれる?」
ギュンターの声が震えていて、アイリスが思い切り、ため息を吐く。

ローランデはまるで、抑えていた支えが解けたように涙を滴らせ続け、俯いて答えた。
「…君も、知ってる癖に…!
君に求められたりしたら、私は簡単に身を君に委ねてしまう…!
どれだけ恥ずかしいか、解らないんだろう?!」

ローランデが子供達の為に自分を保とうと努力しているのをアイリスは感じ、側に歩み寄り、ソファの横に膝を付いてローランデを覗き込むギュンターの背後で足を、止めた。
「…ギュンター。
ローランデはちゃんと君に応える気はあるんだ。
待てないのか?!
第一、どうして彼との約束を破る気に成ったんだ?」

召使いがディングレーとオーガスタス。それにローフィスを室内に案内し、彼らは通された室内に姿を見せてその言葉を耳にし、呆然とした。

オーガスタスが、静かに言った。
「それは俺も、聞きたいな」
ギュンターはオーガスタスの声に一瞬気づいて身を揺すった。
が、振り向かなかった。

いつも朗らかな男が笑っていなくて、ローフィスもディングレーもついオーガスタスを見つめた。
真顔で、真剣で静かな眼差しだった。

アイリスが振り向く。
そしてオーガスタスには報告の義務があるとばかりに、事情を説明した。
ローフィスが見ていると、オーガスタスは眉を寄せた。

「…どうしてそんな場所に居た?」
オーガスタスの言葉はギュンターに向けられていた。
が答えたのはソファに身を静め、俯いたままのローランデだった。
「…ゼイブンが、彼に教えた場所だと…ギュンターが言った」

ローフィスは、顔を片手で覆って大きなため息を吐くと、言う。
「…ゼイブンが焚き付け、ゼイブンが…君を呼び出したんだな?」
名が出た所で全部を察するローフィスに、オーガスタスもディングレーもローフィスに目を向けた。

ローランデは返事をしなかったが、アイリスがギュンターの表情を伺い、そうだ。とローフィスの見解が正しい事を、彼に振り向いて軽く頷き、保証した。

「…あいつを連れて来て、管理出来なかった俺の、責任だ」
つぶやくローフィスに、ディングレーが思い切り眉を寄せて怒鳴った。
「どうしてそうなる!勝手にギュンターが暴走したんだぞ!」
オーガスタスも、ローフィスを見つめて告げた。
「ギュンターの管理責任者は、俺だ」
ローフィスは二人に、肩をすくめた。
「…だがゼイブンをきっちり押さえて置けば。
今回の事は起きなかった。
俺のせいだろう」

ギュンターがようやく、ローフィスに振り向く。
「…俺が悪いに、決まってる」
そのげっそりし、青冷めきった美貌の男の面変わり様に。
皆が一瞬、驚愕の表情を浮かべる。
が、ローフィスは静かに言った。
「そんな解りきった事はどうでもいい。
爆薬の近くに発火物を置けば、爆発するんだ。
爆薬と発火物の責任を追求したって、意味が無い」

ギュンターの、眉が寄り。
顔を激しく揺らすと怒鳴る。
「…だがローランデを泣かせたのは、俺だ!」

ディングレーとオーガスタスが見つめていると、ローフィスはそれでも顔色も変えずに続ける。
「それは君らの間の問題だ。
ローランデとマトモに付き合っていたんなら、誠実な彼が約束事を破った事が無く、例え口約束でもそれを重視すると、知っていた筈だろう?
それを、無視したんだ。
泣くのは、当たり前だ。
だがギュンター。
お前も約束を、滅多に無視しない男だ。
俺は、ゼイブンの口が上手い事も、奴のやり用に、ついうっかり乗っかる男達をも。
良く知っている」

ギュンターが、その言葉に思い切り顔を揺らす。

ディングレーがそっと、ローフィスを伺い、尋ねる。
「…本当にそこ迄、ゼイブンに責任があると思うのか?」
ローフィスは、大きく頷く。

がギュンターは俯くと、告げた。
「…あいつに焚き付けられようが、乗った俺の、責任だろう?」
オーガスタスが肩を揺らすと、ギュンターの覚悟を誉めた。
「自覚がそこ迄あるんなら、いい覚悟だがな」
アイリスも言った。
「した事は全然、誉められない。
だがギュンターの様子を私は知り尽くしていたし。
第一、ゼイブンを連れてきてくれとローフィスに頼んだのは、私だ」

直ぐにローフィスは肩をすくめた。
「つまり俺ならゼイブンを管理出来ると任されたんだろう?
期待を裏切って、悪かった」

ようやく、ローランデは俯いたまま小声で尋ねた。
「…ゼイブンの…責任を問う気か?」
ローフィスはそっと言った。
「今、君の思惑通りあいつは君の代理で、ファントレイユの稽古を付けている。
折角自分の責任だと、仕方なしでも息子の面倒を見ているんだから、稽古が終わったら呼び出して締め上げる」

ローランデはようやく、顔を上げてローフィスに、振り向いた。
「…ファントレイユの稽古を?あの、ゼイブンが?」
その青い瞳は潤んではいたが、見開かれていた。
ローフィスは腕組みすると、大きく、頷いた。

オーガスタスはたっぷり、ローフィスの持っていきように感心し。
ギュンターは、やっと泣き止むローランデの様子に安堵して、泣きそうな表情でローフィスに感謝の意を滲ませ。
ディングレーとアイリスは、さすが。と下を向いて、この愁嘆劇に終止符が打たれ、ほっと安堵の吐息を吐いた。


建物の影から、ローランデはゼイブンが、自分と対戦した時のように引き締まって大層美形に見える真剣な表情で。
小さな息子と剣を交え、時にその手を止めて突きや振り方を教えている様を、見た。

ファントレイユがとても嬉しそうで、だがやはり父親同様、とても真剣な眼差しで、父親の言葉や動作を受け止めて必死で剣を、振っていた。

ローフィスはそっとローランデの横でささやく。
「君はあいつに、あいつのせいだから当分ファントレイユの講義はしない。
と、言ってやれ」
ローランデはローフィスを、見た。
ローフィスが頷き、ローランデもようやく、泣き顔を笑顔に、変えた。
途端、ギュンターが心底ほっとして、脱力しきったように肩を大きく落とし、安堵の吐息を吐き出した。

それを凝視するディングレーとオーガスタスに、アイリスは説明する。
「ローランデに思い切り泣かれ、極刑を受けた男のように、哀れだった」

ディングレーもオーガスタスもが肩を揺すって笑ったが、あまりの安堵に包まれたギュンターが、笑う二人を睨む事は、無かった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

転生リンゴは破滅のフラグを退ける

古森真朝
ファンタジー
 ある日突然事故死してしまった高校生・千夏。しかし、たまたまその場面を見ていた超お人好しの女神・イズーナに『命の林檎』をもらい、半精霊ティナとして異世界で人生を再スタートさせることになった。  今度こそは平和に長生きして、自分の好きなこといっぱいするんだ! ――と、心に誓ってスローライフを満喫していたのだが。ツノの生えたウサギを見つけたのを皮切りに、それを追ってきたエルフ族、そのエルフと張り合うレンジャー、さらに北の王国で囁かれる妙なウワサと、身の回りではトラブルがひっきりなし。  何とか事態を軟着陸させ、平穏な暮らしを取り戻すべく――ティナの『フラグ粉砕作戦』がスタートする! ※ちょっとだけタイトルを変更しました(元:転生リンゴは破滅フラグを遠ざける) ※更新頑張り中ですが展開はゆっくり目です。のんびり見守っていただければ幸いです^^ ※ただいまファンタジー小説大賞エントリー中&だいたい毎日更新中です。ぜひとも応援してやってくださいませ!!

ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。

千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。 気付いたら、異世界に転生していた。 なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!? 物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です! ※この話は小説家になろう様へも掲載しています

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

於田縫紀
ファンタジー
 ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。  しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。  そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。  対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

処理中です...