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第三章『三人の子供と騎士編』
16 鬱憤晴らし
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子供達は、テテュスの部屋の大きな寝台に潜り込むと、口を開く間も無く、眠りに付いた。
もうここ数日はいつもこうで、お休みなさいも言わず、いつの間にか眠り、気づくと朝。
アイリスはそっとテテュスの寝顔を伺うと、部屋を出ようとしてゼイブンが、戸口で腕組みしている姿を見つける。
「…あんた位強く成って、絶対生き残る…か」
アイリスはゼイブンにそっと頷く。
「手助け、してやるのか?」
ゼイブンの問いに、アイリスがささやく。
「そのつもりだ」
アイリスに顎をしゃくられ、ゼイブンも部屋を後にした。
横に並ぶゼイブンに、アイリスが告げる。
「ローランデが、話があるそうだ」
ゼイブンは無言で、頷いた。
が…。
居間ではオーガスタスとギュンターが、二人立ちすくんで睨み合っていた。
「…どうした?」
アイリスがそっと尋ねる。
オーガスタスの長身の後ろにはローランデが、困惑したように隠れ、ディングレーがギュンターの横で諫めてる。
ゼイブンは部屋を見回したが、ローフィスとシェイルの姿が見えない。
ディングレーが振り向いて、告げた。
「…シェイルがローフィスの寝室に泊まると言い、ローランデの寝室にギュンターが入る気で、言い争ってる」
ゼイブンの横で、アイリスががっくりと肩を落とした。
ゼイブンが問う。
「まずいのか?」
アイリスが、髪の間から顔を上げ、言った。
「まずいだろう?」
ゼイブンは肩をすくめる。
「だって餓鬼の前でする訳じゃない。
品良く二人で寝室に籠もるんなら、問題無いだろう?
第一ギュンターときたら、とっ替えひっ替え相手が居たんだぞ?
禁欲なんて、どだい無理だ」
アイリスがオーガスタスを見ると、オーガスタスは頷き、後ろのローランデに振り向いて彼を促す。
ディングレーはローランデの反対横に付き、オーガスタスに従い、ローランデを部屋から連れ出した。
「…おい!」
ギュンターが、その背に怒鳴る。
が、ディングレーが振り向き、深い青の瞳で押し止めるように見た。
ゼイブンは彼らが室内から出て行くのを黙って見守っていたが、アイリスは彼らに続き最後に戸口に手をやり、部屋に残るギュンターとゼイブンに振り向くと、ゼイブンに言った。
「…そう思ったら、君が、何とかしてやるんだな」
途端、それまで他人事のように見ていたゼイブンが、血相変えて怒鳴る。
「俺に何とか、出来る訳が無いだろう!」
だが戸は閉まり、思わず駆け寄るギュンターが隣に並び、ゼイブンは彼を、見た。
ギュンターは糞!と、激しく手を振り降ろし、ゼイブンは黙った。
ギュンターがいきり立つように肩をせり出し、後を追おうとする、その腕を掴むと、ゼイブンは小声で声落とし、そっとささやく。
「少し行けば酒場がある」
ギュンターが、唸った。
「酒は持って来てる!」
「そっちじゃ、無い」
「代わりに、なるか?他の誰かが!」
ゼイブンは自分より頭一つ程長身の、怒鳴る優美な猛獣の、激しい怒りを感じ、ため息を付いた。
「…だが寝室に押し入る手助けは出来ないからな」
ギュンターはもう一度
「糞!」
と怒鳴ったが、促すゼイブンに、従った。
ローフィスがテラスから、何の騒ぎだったんだ?と、シェイルを連れて顔を覗かせ、ゼイブンは部屋を出かけて、彼に告げた。
「ギュンターと出かける。あんたは、ゆっくりしてくれ」
ローフィスは隣のシェイルをそっと見た後、頷いた。
月明かりが煌々と照らし出す馬上で、ギュンターはまるで口を、きかない。
絶対側には近づかないと決めた男との道行きで、ゼイブンは会話に困ったが、ついいつもの自分に戻った。
「…ローフィスの義弟は近衛でディアヴォロスと一緒で、神聖神殿隊付き連隊所属のローフィスは、たまにしか機会が無い」
ギュンターは俯き、黙ったままだ。
「…あれで…顔にも出さないが、凄く…想ってる」
ギュンターが大きな吐息を吐き、ゼイブンに振り向き怒鳴った。
「それで?俺が大人しくしてたら、ローフィスもシェイルも安心だってか?!」
ゼイブンは静かに頷いた。
「その通りだ」
ギュンターは、かったるい。と言うように、馬に拍車を掛ける。
ゼイブンが駆け去るギュンターの背に、怒鳴った。
「おい…!道案内の俺を置いて行く気か?!」
ギュンターの、声が響いた。
「どうせ、この先だろう?!」
だが着いた酒場と、その前の広い馬場は大騒ぎだった。
馬を降りようとした時、ランプの吊された木々に囲まれたその場所に人が数人、悲鳴を上げて店から飛び出して来る。
ギュンターが馬上で怒鳴った。
「どうした!」
だが店からいかにも大柄で人相の悪い男達が、女の手を掴み、逃げ出す人々を蹴立て、出て来る。
「嫌!放して…!」
見ると他のごろつき共も、嫌がる女を引っ立てていた。
その内の一人が美人で、ギュンターより先にゼイブンが馬を降りる。
その素早さに、今度はギュンターがその背に怒鳴る。
「おい…!」
ゼイブンはいきなりのし歩く男達の前に立ち塞がり、進路を阻むと怒鳴った。
「何してる…!」
腕に掴まれた女が、顔を歪め、叫んだ。
「助けて…!」
男は乱暴に女を揺すって黙らせると、ゼイブンをにやにや笑って見た。
「どけ…!へなちょこの色男!
それとも俺に、斬り殺されたいのか?」
男が全部で六人。
ゼイブンはさっと数え、内の三人がそれぞれ女を捕まえ、さらおうとしてるのを目に、止める。
背後にギュンターが、闘気満ちる迫力で、静かに立つのを感じた。
「…女は嫌がってる。放してやれ」
ゼイブンがそっと言うと、だが正面の人相の悪い男は周囲の男達に笑いかけた。
「俺達に、命令する気でいやがる!」
別の男が言い、正面の男がゼイブンに向き直り、目を剥いて怒鳴った。
「どけ!」
正面のごろつきは体が一番デカく、なかなか大した迫力だった。
が、ギュンターが見ていると、ゼイブンはすっ、と背筋を伸ばした。
その端正な横顔は、動揺も無いが怒気すら無い。
「…可哀想だと、思わないのか?
抱く気なら、嫌がる女相手は…彼女達にとってはただの、暴行だぞ?」
男はへっ!と笑った。
「酒場の、女だぞ?」
ギュンターがそっ、と伺うと、ゼイブンのその表情は悲しげにすら、見えた。
その腕を、乱暴に男に掴まれた、綺麗な女の歪んだ泣き顔が、こたえてるみたいに。
「関係、無いだろう?女は女だ」
その声は、静かだった。
ギュンターはまどろっこしく成ってさっさと喧嘩を売りたかった。
が、ゼイブンはしつこく、自分と居ると、厄介事に巻き込まれて嫌だと怒鳴るのを散々聞いていたので、俯き、短いため息を吐いて、仕方無しに大人しくしていた。
男達は、大声で笑った。
「面が綺麗でもあっちの方で役に立たなきゃ、意味無いんだよ!色男さん達よ!
どうせ、その面で女が寄って来るから、大層いい顔して見せてんだろ?
格好付けるのも、大概にしろ!
やる事ぁ俺達と、どうせ変わらないだろう?」
「…達?」
ゼイブンが、眉を寄せる。
そして思い出したように、斜め後ろのギュンターに振り向く。
確かに派手な金髪で長身の、目立ちまくる美男だ。
ゼイブンは頷き、男達に告げる。
「そりゃ俺は柔な色男に見えても仕方無いが、この男は近衛の隊長だ。
こう見えても、勇敢極まりない。
敵に回していいのか?さっさと女を放せ!」
ギュンターは、自分をネタにして説得するゼイブンに思い切り呆れ、深く俯く。
が、男達の目の色が、変わる。
「…近衛の?」
「しかも、隊長か?」
ゼイブンが、おや?と連中を、見る。
「はったりだろう?」
一人が言い、ギュンターがとうとう堪忍袋の尾が切れ、怒鳴った。
「はったりじゃ無い!」
肩を怒らせて怒鳴るギュンターが総毛立つのを見、ゼイブンは彼がここで喧嘩して、憂さを晴らしたいんだと解った。
「…本当に隊長なら…」
「仕留めりゃ、親方に大金を、貰える」
「本当に、近衛の隊長なんだな?」
ギュンターは、ゼイブンを見た。
「言っとくが、俺は巻き込んで無いからな。
先に奴らに突っかかったのも、俺を近衛だとバラしたのもお前だ!」
ゼイブンはギュンターを、じっ、と見た。
「一人で六人は、軽いだろう?」
ギュンターはぐっ!と怒りが登って来た。
「で、お前は女を助ける役か?」
当然だろう?とその、明るいグレーに近い栗毛の軽い色男が頷き、ごろつきより先に、こいつを殴ろうかと、ギュンターは思った。
が、男達が剣を抜き始め、ギュンターは唸る。
「死にたくなけりゃ、鞘に戻せ。抜いたら命の保証はしないぞ!」
ゼイブンはそっ、とギュンターの側を離れ、ギュンターは剣を持ち周囲を取り囲み始める男達に視線を送り、自分を残して離れていくゼイブンに舌打ったが、とうとう剣をすらりと抜いた。
「どうしても剣で、やりたいのか?」
ギュンターが静かに尋ねると、正面の一番でかい男は汚い髭面で、笑った。
「仕留めるってのは、普通剣を使わないか?」
へらへら笑う男達の手元を見つめ、ギュンターは疑問視する。
「…お前ら本当に剣が、使えるのか?」
ギュンターが言うと右端の男が斬りかかり、ギュンターはさっと避けて、足を掛け転ばした。
ずどん!
凄い音で、マトモに転んだ様子だった。
ギュンターのぐるりを男達が囲み、ゼイブンはそれを見、小声でつぶやく。
「…まるで猛獣狩りだな」
酒場の店の前で賊の一人が、捕まえた女三人を右手で一人、左腕で二人の腕を抱え込み捕まえていて、女達は一生懸命その男に蹴りを入れていた。
ゼイブンが真正面に立って、にっ!と笑い、男がその笑顔に気を取られた隙、腹に一発喰らわすと、男は膝を折り、二人の女が手を放されて必死で逃げ出す。
が、右手で掴まれてた、ゼイブンが気に止めた一番美人の黒髪の女だけが、放されず捕まったままで、彼女は必死に掴まれた手を引き、泣き出しそうだった。
「…しつこいな」
ゼイブンが、屈む男の腹に蹴りを入れようとした時、背後に気配を感じ、咄嗟に体を前に屈めて後ろから襲いかかる男の腹に、後ろに肘を入れてふっ飛ばす。
「…何で、こっちに来てるんだ?」
体を起こしながら見ると、ギュンターを囲む男は四人で。
一人は体を起こしてヨロめき、他はまるで猛獣をからかうように剣を突きだしては引き、ギュンターから間合いを取ったままで、ギュンターの怒りを更に、煽ってる。
『なんて危険なことを…!』
ゼイブンは思ったが、視線を逸らせた隙に、男は女を引っ立てて走り出していた。
「…この…野郎!」
後ろからその背に、蹴り入れようと足を振り上げた時、後ろからさっき肘を入れた男が抱きついて来た。
「…女と、間違えるなよ!」
ゼイブンがきっちりキレ、膝を垂直に曲げると、後ろの男の股間目がけ、思い切り蹴った。
「うがっ!」
男は股を押さえ、もんどりうって地面に転がる。
女を引っ立て、逃げ去る男の右肩にゼイブンは短剣をさっと投げる。
「あっ!」
男が右肩を押さえて女を放す。
女が放されて振り向き、こちらにそのつぶらな黒い瞳を向け、駆け始めた。
ゼイブンは思わず両手を広げて彼女を迎えた。
が、彼女はゼイブンの少し前でいきなり向きを変え、横の酒場の戸口へ飛び込み、彼女の姿は中へと消えて、扉が閉まった。
「…………………………」
ゼイブンは両腕広げたまま、暫く固まった。
が、戸が再び開く様子無く、がっかりして肩を落とすと。
戦うギュンターの方へ、視線を投げた。
一人がばっさり斬られて足元に転がり、だが残りの三人は用心してギュンターに迂闊に近づかず、ギュンターのイラ立ちは頂点で怒鳴ってた。
「逃げるか斬りかかるか、どっちかにしろ!この腰抜け共!」
ゼイブンは俯き、ため息を吐いた。
剣を手に持つギュンターはもう美男に見えずただの野獣で、怒鳴ったりしたら余計相手がビビるじゃないか。と俯くが、自分が始めたんだと、顔を上げた。
ざっ!ざっ!
二本投げ、ゼイブンに近い男二人が右肩に手を当て、思わず握る剣をその手から落とす。
ギュンターが短剣が投げられた方向に顔を上げ、そのとぼけた色男を、見た。
ゼイブンはギュンターに見つめられて肩を、すくめる。
「後もう一人斬ったら、気が済むだろう?」
だがただ一人剣を構えた男は、残り自分一人だと解るといきなり剣を放り投げ、くるりと背を向け、とっとと逃げ出し始める。
ギュンターはそれを見て、男の背に怒鳴りつけた。
「…おい…!ここ迄人を煽っといて、それは無いだろう?!」
ギュンターは素早く剣を鞘に戻すと、追いかける。
それを見てゼイブンは肩をすくめた。
「どうしてローランデじゃない男の尻を、追いかけたいんだ?」
だが俊速のギュンターは直ぐに追いつくと、男の襟首を後ろから掴み、振り向かせ様拳を振り上げ、顎に殴り入れた。
がっ…!
男はもんどり打って土の上に、倒れる。
ゼイブンが見ているとギュンターはさっと肩を起こしさっさと歩み寄ってゼイブンの前迄来ると、真横に転がり、股間を押さえて立ち上がろうと試みる賊の背を、乱暴に足で踏み倒して怒鳴った。
どさ!
「目当ては奴の尻じゃ無いぞ!」
ゼイブンはあのさ中、自分の小声の軽口を聞いていたギュンターに、呆れた。
が、ギュンターはゼイブンの顔をたっぷり見、皮肉に、笑う。
「…女はお前より、酒場の中の男が良かったって?
助けたのはお前なのにな!」
ゼイブンは思わず顔を下げ、つぶやく。
「見てたのか?」
ギュンターは思い切り笑って、俯くゼイブンを覗き込んだ。
「当たり前だ!一番の見物だろう?
目の前で弱腰どもが、慣れない剣を振ってようが。
見逃せるか?」
ゼイブンは俯いたまま、吐息を吐き出した。
「笑ってたな?」
ギュンターは更に体を屈めて俯くゼイブンを覗き込み、口の端を上げて笑って見せた。
「最高に、愉快だったぜ!」
ゼイブンは思い切り笑う美貌の野獣をチラと見るが、いきなりさっと顔を背け、ギュンターを避けてさっさとその場を離れ、酒場の扉を開けた。
もうここ数日はいつもこうで、お休みなさいも言わず、いつの間にか眠り、気づくと朝。
アイリスはそっとテテュスの寝顔を伺うと、部屋を出ようとしてゼイブンが、戸口で腕組みしている姿を見つける。
「…あんた位強く成って、絶対生き残る…か」
アイリスはゼイブンにそっと頷く。
「手助け、してやるのか?」
ゼイブンの問いに、アイリスがささやく。
「そのつもりだ」
アイリスに顎をしゃくられ、ゼイブンも部屋を後にした。
横に並ぶゼイブンに、アイリスが告げる。
「ローランデが、話があるそうだ」
ゼイブンは無言で、頷いた。
が…。
居間ではオーガスタスとギュンターが、二人立ちすくんで睨み合っていた。
「…どうした?」
アイリスがそっと尋ねる。
オーガスタスの長身の後ろにはローランデが、困惑したように隠れ、ディングレーがギュンターの横で諫めてる。
ゼイブンは部屋を見回したが、ローフィスとシェイルの姿が見えない。
ディングレーが振り向いて、告げた。
「…シェイルがローフィスの寝室に泊まると言い、ローランデの寝室にギュンターが入る気で、言い争ってる」
ゼイブンの横で、アイリスががっくりと肩を落とした。
ゼイブンが問う。
「まずいのか?」
アイリスが、髪の間から顔を上げ、言った。
「まずいだろう?」
ゼイブンは肩をすくめる。
「だって餓鬼の前でする訳じゃない。
品良く二人で寝室に籠もるんなら、問題無いだろう?
第一ギュンターときたら、とっ替えひっ替え相手が居たんだぞ?
禁欲なんて、どだい無理だ」
アイリスがオーガスタスを見ると、オーガスタスは頷き、後ろのローランデに振り向いて彼を促す。
ディングレーはローランデの反対横に付き、オーガスタスに従い、ローランデを部屋から連れ出した。
「…おい!」
ギュンターが、その背に怒鳴る。
が、ディングレーが振り向き、深い青の瞳で押し止めるように見た。
ゼイブンは彼らが室内から出て行くのを黙って見守っていたが、アイリスは彼らに続き最後に戸口に手をやり、部屋に残るギュンターとゼイブンに振り向くと、ゼイブンに言った。
「…そう思ったら、君が、何とかしてやるんだな」
途端、それまで他人事のように見ていたゼイブンが、血相変えて怒鳴る。
「俺に何とか、出来る訳が無いだろう!」
だが戸は閉まり、思わず駆け寄るギュンターが隣に並び、ゼイブンは彼を、見た。
ギュンターは糞!と、激しく手を振り降ろし、ゼイブンは黙った。
ギュンターがいきり立つように肩をせり出し、後を追おうとする、その腕を掴むと、ゼイブンは小声で声落とし、そっとささやく。
「少し行けば酒場がある」
ギュンターが、唸った。
「酒は持って来てる!」
「そっちじゃ、無い」
「代わりに、なるか?他の誰かが!」
ゼイブンは自分より頭一つ程長身の、怒鳴る優美な猛獣の、激しい怒りを感じ、ため息を付いた。
「…だが寝室に押し入る手助けは出来ないからな」
ギュンターはもう一度
「糞!」
と怒鳴ったが、促すゼイブンに、従った。
ローフィスがテラスから、何の騒ぎだったんだ?と、シェイルを連れて顔を覗かせ、ゼイブンは部屋を出かけて、彼に告げた。
「ギュンターと出かける。あんたは、ゆっくりしてくれ」
ローフィスは隣のシェイルをそっと見た後、頷いた。
月明かりが煌々と照らし出す馬上で、ギュンターはまるで口を、きかない。
絶対側には近づかないと決めた男との道行きで、ゼイブンは会話に困ったが、ついいつもの自分に戻った。
「…ローフィスの義弟は近衛でディアヴォロスと一緒で、神聖神殿隊付き連隊所属のローフィスは、たまにしか機会が無い」
ギュンターは俯き、黙ったままだ。
「…あれで…顔にも出さないが、凄く…想ってる」
ギュンターが大きな吐息を吐き、ゼイブンに振り向き怒鳴った。
「それで?俺が大人しくしてたら、ローフィスもシェイルも安心だってか?!」
ゼイブンは静かに頷いた。
「その通りだ」
ギュンターは、かったるい。と言うように、馬に拍車を掛ける。
ゼイブンが駆け去るギュンターの背に、怒鳴った。
「おい…!道案内の俺を置いて行く気か?!」
ギュンターの、声が響いた。
「どうせ、この先だろう?!」
だが着いた酒場と、その前の広い馬場は大騒ぎだった。
馬を降りようとした時、ランプの吊された木々に囲まれたその場所に人が数人、悲鳴を上げて店から飛び出して来る。
ギュンターが馬上で怒鳴った。
「どうした!」
だが店からいかにも大柄で人相の悪い男達が、女の手を掴み、逃げ出す人々を蹴立て、出て来る。
「嫌!放して…!」
見ると他のごろつき共も、嫌がる女を引っ立てていた。
その内の一人が美人で、ギュンターより先にゼイブンが馬を降りる。
その素早さに、今度はギュンターがその背に怒鳴る。
「おい…!」
ゼイブンはいきなりのし歩く男達の前に立ち塞がり、進路を阻むと怒鳴った。
「何してる…!」
腕に掴まれた女が、顔を歪め、叫んだ。
「助けて…!」
男は乱暴に女を揺すって黙らせると、ゼイブンをにやにや笑って見た。
「どけ…!へなちょこの色男!
それとも俺に、斬り殺されたいのか?」
男が全部で六人。
ゼイブンはさっと数え、内の三人がそれぞれ女を捕まえ、さらおうとしてるのを目に、止める。
背後にギュンターが、闘気満ちる迫力で、静かに立つのを感じた。
「…女は嫌がってる。放してやれ」
ゼイブンがそっと言うと、だが正面の人相の悪い男は周囲の男達に笑いかけた。
「俺達に、命令する気でいやがる!」
別の男が言い、正面の男がゼイブンに向き直り、目を剥いて怒鳴った。
「どけ!」
正面のごろつきは体が一番デカく、なかなか大した迫力だった。
が、ギュンターが見ていると、ゼイブンはすっ、と背筋を伸ばした。
その端正な横顔は、動揺も無いが怒気すら無い。
「…可哀想だと、思わないのか?
抱く気なら、嫌がる女相手は…彼女達にとってはただの、暴行だぞ?」
男はへっ!と笑った。
「酒場の、女だぞ?」
ギュンターがそっ、と伺うと、ゼイブンのその表情は悲しげにすら、見えた。
その腕を、乱暴に男に掴まれた、綺麗な女の歪んだ泣き顔が、こたえてるみたいに。
「関係、無いだろう?女は女だ」
その声は、静かだった。
ギュンターはまどろっこしく成ってさっさと喧嘩を売りたかった。
が、ゼイブンはしつこく、自分と居ると、厄介事に巻き込まれて嫌だと怒鳴るのを散々聞いていたので、俯き、短いため息を吐いて、仕方無しに大人しくしていた。
男達は、大声で笑った。
「面が綺麗でもあっちの方で役に立たなきゃ、意味無いんだよ!色男さん達よ!
どうせ、その面で女が寄って来るから、大層いい顔して見せてんだろ?
格好付けるのも、大概にしろ!
やる事ぁ俺達と、どうせ変わらないだろう?」
「…達?」
ゼイブンが、眉を寄せる。
そして思い出したように、斜め後ろのギュンターに振り向く。
確かに派手な金髪で長身の、目立ちまくる美男だ。
ゼイブンは頷き、男達に告げる。
「そりゃ俺は柔な色男に見えても仕方無いが、この男は近衛の隊長だ。
こう見えても、勇敢極まりない。
敵に回していいのか?さっさと女を放せ!」
ギュンターは、自分をネタにして説得するゼイブンに思い切り呆れ、深く俯く。
が、男達の目の色が、変わる。
「…近衛の?」
「しかも、隊長か?」
ゼイブンが、おや?と連中を、見る。
「はったりだろう?」
一人が言い、ギュンターがとうとう堪忍袋の尾が切れ、怒鳴った。
「はったりじゃ無い!」
肩を怒らせて怒鳴るギュンターが総毛立つのを見、ゼイブンは彼がここで喧嘩して、憂さを晴らしたいんだと解った。
「…本当に隊長なら…」
「仕留めりゃ、親方に大金を、貰える」
「本当に、近衛の隊長なんだな?」
ギュンターは、ゼイブンを見た。
「言っとくが、俺は巻き込んで無いからな。
先に奴らに突っかかったのも、俺を近衛だとバラしたのもお前だ!」
ゼイブンはギュンターを、じっ、と見た。
「一人で六人は、軽いだろう?」
ギュンターはぐっ!と怒りが登って来た。
「で、お前は女を助ける役か?」
当然だろう?とその、明るいグレーに近い栗毛の軽い色男が頷き、ごろつきより先に、こいつを殴ろうかと、ギュンターは思った。
が、男達が剣を抜き始め、ギュンターは唸る。
「死にたくなけりゃ、鞘に戻せ。抜いたら命の保証はしないぞ!」
ゼイブンはそっ、とギュンターの側を離れ、ギュンターは剣を持ち周囲を取り囲み始める男達に視線を送り、自分を残して離れていくゼイブンに舌打ったが、とうとう剣をすらりと抜いた。
「どうしても剣で、やりたいのか?」
ギュンターが静かに尋ねると、正面の一番でかい男は汚い髭面で、笑った。
「仕留めるってのは、普通剣を使わないか?」
へらへら笑う男達の手元を見つめ、ギュンターは疑問視する。
「…お前ら本当に剣が、使えるのか?」
ギュンターが言うと右端の男が斬りかかり、ギュンターはさっと避けて、足を掛け転ばした。
ずどん!
凄い音で、マトモに転んだ様子だった。
ギュンターのぐるりを男達が囲み、ゼイブンはそれを見、小声でつぶやく。
「…まるで猛獣狩りだな」
酒場の店の前で賊の一人が、捕まえた女三人を右手で一人、左腕で二人の腕を抱え込み捕まえていて、女達は一生懸命その男に蹴りを入れていた。
ゼイブンが真正面に立って、にっ!と笑い、男がその笑顔に気を取られた隙、腹に一発喰らわすと、男は膝を折り、二人の女が手を放されて必死で逃げ出す。
が、右手で掴まれてた、ゼイブンが気に止めた一番美人の黒髪の女だけが、放されず捕まったままで、彼女は必死に掴まれた手を引き、泣き出しそうだった。
「…しつこいな」
ゼイブンが、屈む男の腹に蹴りを入れようとした時、背後に気配を感じ、咄嗟に体を前に屈めて後ろから襲いかかる男の腹に、後ろに肘を入れてふっ飛ばす。
「…何で、こっちに来てるんだ?」
体を起こしながら見ると、ギュンターを囲む男は四人で。
一人は体を起こしてヨロめき、他はまるで猛獣をからかうように剣を突きだしては引き、ギュンターから間合いを取ったままで、ギュンターの怒りを更に、煽ってる。
『なんて危険なことを…!』
ゼイブンは思ったが、視線を逸らせた隙に、男は女を引っ立てて走り出していた。
「…この…野郎!」
後ろからその背に、蹴り入れようと足を振り上げた時、後ろからさっき肘を入れた男が抱きついて来た。
「…女と、間違えるなよ!」
ゼイブンがきっちりキレ、膝を垂直に曲げると、後ろの男の股間目がけ、思い切り蹴った。
「うがっ!」
男は股を押さえ、もんどりうって地面に転がる。
女を引っ立て、逃げ去る男の右肩にゼイブンは短剣をさっと投げる。
「あっ!」
男が右肩を押さえて女を放す。
女が放されて振り向き、こちらにそのつぶらな黒い瞳を向け、駆け始めた。
ゼイブンは思わず両手を広げて彼女を迎えた。
が、彼女はゼイブンの少し前でいきなり向きを変え、横の酒場の戸口へ飛び込み、彼女の姿は中へと消えて、扉が閉まった。
「…………………………」
ゼイブンは両腕広げたまま、暫く固まった。
が、戸が再び開く様子無く、がっかりして肩を落とすと。
戦うギュンターの方へ、視線を投げた。
一人がばっさり斬られて足元に転がり、だが残りの三人は用心してギュンターに迂闊に近づかず、ギュンターのイラ立ちは頂点で怒鳴ってた。
「逃げるか斬りかかるか、どっちかにしろ!この腰抜け共!」
ゼイブンは俯き、ため息を吐いた。
剣を手に持つギュンターはもう美男に見えずただの野獣で、怒鳴ったりしたら余計相手がビビるじゃないか。と俯くが、自分が始めたんだと、顔を上げた。
ざっ!ざっ!
二本投げ、ゼイブンに近い男二人が右肩に手を当て、思わず握る剣をその手から落とす。
ギュンターが短剣が投げられた方向に顔を上げ、そのとぼけた色男を、見た。
ゼイブンはギュンターに見つめられて肩を、すくめる。
「後もう一人斬ったら、気が済むだろう?」
だがただ一人剣を構えた男は、残り自分一人だと解るといきなり剣を放り投げ、くるりと背を向け、とっとと逃げ出し始める。
ギュンターはそれを見て、男の背に怒鳴りつけた。
「…おい…!ここ迄人を煽っといて、それは無いだろう?!」
ギュンターは素早く剣を鞘に戻すと、追いかける。
それを見てゼイブンは肩をすくめた。
「どうしてローランデじゃない男の尻を、追いかけたいんだ?」
だが俊速のギュンターは直ぐに追いつくと、男の襟首を後ろから掴み、振り向かせ様拳を振り上げ、顎に殴り入れた。
がっ…!
男はもんどり打って土の上に、倒れる。
ゼイブンが見ているとギュンターはさっと肩を起こしさっさと歩み寄ってゼイブンの前迄来ると、真横に転がり、股間を押さえて立ち上がろうと試みる賊の背を、乱暴に足で踏み倒して怒鳴った。
どさ!
「目当ては奴の尻じゃ無いぞ!」
ゼイブンはあのさ中、自分の小声の軽口を聞いていたギュンターに、呆れた。
が、ギュンターはゼイブンの顔をたっぷり見、皮肉に、笑う。
「…女はお前より、酒場の中の男が良かったって?
助けたのはお前なのにな!」
ゼイブンは思わず顔を下げ、つぶやく。
「見てたのか?」
ギュンターは思い切り笑って、俯くゼイブンを覗き込んだ。
「当たり前だ!一番の見物だろう?
目の前で弱腰どもが、慣れない剣を振ってようが。
見逃せるか?」
ゼイブンは俯いたまま、吐息を吐き出した。
「笑ってたな?」
ギュンターは更に体を屈めて俯くゼイブンを覗き込み、口の端を上げて笑って見せた。
「最高に、愉快だったぜ!」
ゼイブンは思い切り笑う美貌の野獣をチラと見るが、いきなりさっと顔を背け、ギュンターを避けてさっさとその場を離れ、酒場の扉を開けた。
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