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第三章『三人の子供と騎士編』
14 剣士の器量 ローフィス編
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ローフィスが剣を握るのを見て、アイリスがテテュスに視線を送り、目で止(とど)めた。
テテュスは剣を下げるアイリスを見、そしてローフィスに気づく。
ファントレイユも、打って来ないローランデがローフィスを見つめているのに気づく。
ローランデは剣を握るローフィスに、尋ねた。
「どっちと、やる?」
ローフィスは顔を、上げた。
「見本が、要るんだろう?」
ローランデは頷いた。
ギュンターは耐久力のある俊敏な男で、その一撃に晒されたら危険な男だったし、オーガスタスと来たらその大柄な体格を裏切って素晴らしくしなやかで、その腕の長さから彼が真剣を振ると、どれだけ間合いを空けても彼の射程内で、他の倍以上剣を入れて隙を狙わなければ、彼の懐には入れない。
ディングレーはいつでも真っ直ぐ相対し、それを外す事が困難な位に素早い。
そして、そのまま攻撃に転じてもよさそうなのに彼は来ない。
全く攻撃の様子を見せずにいきなりばっさり斬りかかる、定石外れの喰えない男だった。
アイリスはその舞踏のような優美さで踊るような剣運びをし、見とれると一瞬の隙も見逃さず切って捨てる、ぞっとする男で…。
シェイルは一旦その気になると冷酷無比のハンターに成り、その短剣は容赦なく殺気を帯びて、頭、心臓、首筋を狙い、それを避けると燕のような素早さで懐に突っ込んで来る、勇敢な男だった。
そして…ローフィスは………。
ローランデの前に立つローフィスに、全然構えた所が無く普段通りで。
ファントレイユとレイファスは、テテュスの両脇に並び見つめて、呆けた。
ゼイブンとは真逆で、ローフィスは変わらない。
いつもの、とても軽やかに見える男ぶりでにこやかにローランデを見つめ、かかって来いと顎をしゃくる。
だが子供達がローランデを見ると、彼はとても真剣な表情を見せた。
「…つまり、あれが罠だ」
アイリスが静かに告げた。
テテュスが顔を上げる。
ローランデが、まるで隙だらけに見えるローフィスの様子をまだ、伺う。
シェイルは手を額に当て、吐息を吐き出した。
「…ゼイブンでさえ、おちゃらけじゃなかったのに…」
アイリスは苦笑した。
「だって、おちゃらけで油断させるのが、ローフィスの手だものな」
シェイルは呆れてアイリスを見つめた。
「…乗る、ローランデじゃないぜ?」
アイリスが、頷いた。
じっと見つめるレイファスの視線を受けて、シェイルがつぶやく。
「あれを参考にすると、性格が悪い奴に成るぜ」
テテュスもファントレイユもつい、思った。
だってローフィスはどう見ても、凄くいい奴だ…。
ローランデがとうとう、一瞬で間を詰め、そのままがっつり、迎え撃つローフィスと剣を重ねる。
燕のように後ろに飛び跳ね、ローランデは一旦下がるが続き、剣を振りかぶり、ローフィスにかかっていく。
全くの正攻法で、ローフィスはその剣も、受けた。
がっ!
かかっていくローランデのバランスは素晴らしく、どれだけ足場を変えても直ぐ、その体勢を持ち直し、皆はそのしなやかで流れるような動きに、見とれた。
がっ!
ローランデがローフィスを揺さぶるが、ローフィスはまだ奥の手を出して来ない。
ローランデの速度が、上がる。
がっ!がっ!がっ!
間合いを詰めると、その俊速で一気に三度、打ってかかる。
ローフィスは最初の一撃を剣合わせ止め、次の一撃をひょい!と頭傾け避け、直ぐ次の一撃を剣で叩き落とす。
がっ!
打ち込んだ後引き様、ローランデの脇に、短剣が見えない早さで飛び込む。
ローランデが血相変えてそれをはたき落とし、瞬間、振り切った剣を慌てて引き上げた。
がっ!
ローフィスの剣が、頭上から襲うのを何とか食い止め、ローフィスはそれを見てさっと引いて間合いを取る。
にこやかに笑うと、続けるか?と問う顔を、した。
レイファスが呆けてつぶやく。
「…投げたとこ、全然見えなかった」
シェイルははーっと、息を吐いて顔を下げた。
「ああいうのが、大好きだ」
アイリスも頷く。
「絶対、飛んで来ないだろう。
と、隙を付くのがだろ?」
シェイルは、うんうんと首を縦に、振った。
性格が悪い…と言うのを、テテュスとファントレイユは何となく、解った気がした。
続きローランデが間合いを詰めて突っ込むと、ローフィスも同様に突っ込む。
両者、あんなに素早い男達があんな勢いで詰めたら、ぶつかるんじゃないかと思う勢いで、剣を構えて斬りかかるローランデの真正面に、ローフィスは明るい栗色の髪を散らして一気に間を詰めて入ると、直ぐその体を鮮やかに横に滑らす。
「…やられる…」
シェイルのつぶやき声に、皆がどこ?と見た。
だってローフィスの剣は、下がったまま。
が、ローランデは剣を携え、長い髪を跳ねながら横のローフィスに向き直り、一瞬で後ろに跳ね飛んだ。
皆がどうして?と呆然と見るが、アイリスが唸った。
「…ローフィスが足を、掛けようとした」
テテュスもファントレイユもレイファスもが、あんぐり口を、開ける。
体勢を崩し様、ローランデは短剣を警戒したがローフィスは剣を横から、大振りする。
ざっ…!
跳ね飛んだ位置から更に後ろに、ローランデは体を泳がせて腹を掠める剣を避け、そして直ぐ剣を持ち上げて、心臓を急襲する短剣をはたき落とし、直ぐ、体勢を持ち直すと、ローフィスめがけてかかっていく。
短剣は飛ばないと判断した大胆な攻撃に、だがローフィスは投げた。
腹の真ん中で、ローランデは進む足を止めぬまま、左手で脇差しを半身抜いてそれを弾き、二度、三度と肩を振り剣筋を変えて、ローフィスめがけて突っ込んで行く。
「…さすが…」
その流れるようなしなやかさに、思わずシェイルが見とれて声を洩らす。
ローフィスは思い切り体を倒して突っ込み、突っ込むローランデの腹へと長剣を先に叩き込み、ローランデは左の脇差しで瞬時に剣を合わせ、外へと弾き様、右手の剣をローフィスの頭上から、一気に振り下ろす。
がローフィスはその剣が身を襲う前、更に速度を上げて突っ込み、ローランデに体当たって、剣を避ける。
がっ!
ローランデは肩で息をし、体当たった時抱きつくローフィスに、つぶやいた。
「…斬り合いだよな?」
オーガスタスは顔を手で被い、ギュンターは腕組みして顔を、下げた。
ディングレーに至っては、顔に当てた指の隙間から、対戦を見守っていた。
ローフィスはローランデの体から身を起こすと、深い空色の瞳を向けて屈託無く笑った。
「勝てないが、負けない戦法だ」
ローランデは深いため息を吐くと、握る剣を鞘に収める。
そして見つめる子供達に向くと、言った。
「…ローフィスは油断ならない。
オーガスタスも射程が広いから、迂闊に間合いに飛び込めないが。
ローフィスは飛び込むと短剣か、足掛けが待ってる。
しかも左右両方。
終いに…これだ」
レイファスが、小声で尋ねる。
「…抱きつき?」
ローランデはため息混じりに、頷いた。
「戦闘中に抱きつく奴が、居るか?」
アイリスも頷く。
「…しかも相手はローランデだ。
彼はどれだけ、素早く剣を振ると思う?
余程の見切りの良さと判断力、それに勇気が無けりゃ、ローランデ相手に突っ込もうだなんて…。
ましてや抱きつくだなんて考える奴は、居ない」
シェイルも唸った。
「絶対!真似するな。
お前らがやったら、抱きつく前に一瞬で斬り殺されるぞ!」
子供達は朗らかに笑う、ローフィスを思わず尊敬の眼差しで見つめた。
ローランデがローフィスを、軽く睨んで言った。
「手本にならない」
「こういう戦法もあると、覚えとくだけで十分だ」
シェイルが怒鳴る。
「あんな戦い方するのは、あんたぐらいだ!」
ローフィスは肩をすくめた。
その軽やかな男は微笑むと倍、爽やかな美男に見える。
「足掛けならギュンターがしょっ中やってるし、オーガスタスもだ。
オーガスタスの場合は悲惨だぞ。あいつ、足が長いからな。
離れて走ってたら突然転んで、上から剣を浴びせられるくらい、悲しい負け方は無い」
オーガスタスが鬣のような赤毛を頭ごと揺らし、鳶色の瞳を向けて異論を唱える。
「…その気で斬りかかって、いつの間にか短剣で腹を突かれてるのも、最悪だと思うぞ。
投げてるのが全然、見えないからな!お前は」
ローフィスはその大柄な友を見つめて笑った。
「お前に負ける方が絶対、悲しい。
無様ったら無いからな!」
ギュンターが、だれきってるゼイブンを見た。
「…関心が、全く無いようだな?」
ゼイブンは殆ど仰向けなくらい椅子に沈み込み、腹の上で両手を組んでぼやく。
「ローフィスと一緒の仕事だと、俺は短剣を持たずに、済む」
ディングレーもオーガスタスも、その言動に呆れきった。
が、ゼイブンは言葉を続ける。
「…でも上司のアイリスが意地悪だから、最近は滅多にローフィスと組ませて貰えない」
アイリスがぷんぷん怒った。
「お前が断るから、ローフィスの面倒な仕事が増えるんだ!」
ローフィスも呻いた。
「俺はお前の、尻拭いなんだぜ?」
ゼイブンは二人に怒鳴った。
「出世させるような仕事を俺に割り振るからだ!
俺は平でそこいらを、蝶のようにひらひら、飛んでいたいんだ!」
アイリスはがっくり、肩を落とす。
「…隊長にローフィス。顧問にゼイブンを押して、私は後ろに引っ込みたいのに…。
どうして私の部下は皆、出世欲が、無いんだ?!」
ゼイブンが手を、振り上げた。
「そりゃ、あんたが適任だ。
優雅なのに睨みはきくし、王族にも宮廷貴族にも顔はきく。
上の覚えもめでたいし、肝も座って相手に侮られない。
あんたが居たら、周囲は自然にあんたに椅子を譲っちまう」
今度はアイリスが、ぼやいた。
「ゼイブンに誉められても、ちっとも嬉しくない」
ローフィスは軽やかに笑った。
「だが顧問くらいなら出来るだろう?ゼイブン。
『神聖神殿隊』は美形だらけだぞ!」
ゼイブンが一つ年上の上司の軽口に、論外だと目を剥いた。
「男ばっかじゃないか!
第一、綺麗な顔して人外の者だ!
全うな会話に、どれだけ苦労すると思ってる!
迂闊に接すると、心を読まれるんだぞ!
それに、神聖呪文だなんてあんな面倒なものを覚えるだなんて、もっての他だ!
そういうのは素晴らしく要領のいい、あんたの仕事だ!」
ローフィスとアイリスは顔を見合わせ、ローフィスが拳を顎に当て、おもむろにつぶやく。
「そういえば、監査長のポストが直空くな」
ゼイブンは慌てて両腕を振り、椅子からすっ飛んで身を起こし、ローフィスを指差して怒鳴った。
「絶対!俺に振るなよ!
野郎の尻追っかけて、どこが楽しい!」
オーガスタスもディングレーもが一瞬目を見交わすと、二人して大きなため息を、付いた。
アイリスが、ゼイブンをじっと、睨むように見る。
ローフィスは、自分より上背で普段は優雅そのものの、二つ年下のその男の切羽詰まった様子を目にし、静かにつぶやく。
「どっかに入っといた方が、無難だぞ?
『神聖神殿隊』付き連隊長を押しつけられても、いいのか?
アイリスは少しでも長くテテュスと一緒に居たいから、どっかでキレたら絶対、俺かお前に回って来る」
間髪入れずにゼイブンが怒鳴る。
「間違いなくお前だろう!年も上だし、人望もある!」
ローフィスはマジに怒るゼイブンをじっと見、すかさず言った。
「だってお前、アイリスとは親戚じゃないか。
それに近衛の後、入隊した俺と違い、先に入隊してるから職歴も長い。
皆も納得する」
ゼイブンが、ぐうの音も出ず、思わず歯を剥く。
ファントレイユは心配そうにそっと視線を送り、尋ねた。
「セフィリアと…離婚する?」
ゼイブンはファントレイユを怒鳴りつけた。
「セフィリアと離婚しない!連隊長もごめんだ!」
ローランデが大きなため息を吐き、ゼイブンがそれに気づいて尋ねる。
「…何だ?」
ローランデは髪に顔を埋めるように俯いたまま、言った。
「息子の面倒さえ見る気の無い奴に、役職を迫るなんて…」
シェイルも思い切り同意して、頷く。
「論外だ」
テテュスは剣を下げるアイリスを見、そしてローフィスに気づく。
ファントレイユも、打って来ないローランデがローフィスを見つめているのに気づく。
ローランデは剣を握るローフィスに、尋ねた。
「どっちと、やる?」
ローフィスは顔を、上げた。
「見本が、要るんだろう?」
ローランデは頷いた。
ギュンターは耐久力のある俊敏な男で、その一撃に晒されたら危険な男だったし、オーガスタスと来たらその大柄な体格を裏切って素晴らしくしなやかで、その腕の長さから彼が真剣を振ると、どれだけ間合いを空けても彼の射程内で、他の倍以上剣を入れて隙を狙わなければ、彼の懐には入れない。
ディングレーはいつでも真っ直ぐ相対し、それを外す事が困難な位に素早い。
そして、そのまま攻撃に転じてもよさそうなのに彼は来ない。
全く攻撃の様子を見せずにいきなりばっさり斬りかかる、定石外れの喰えない男だった。
アイリスはその舞踏のような優美さで踊るような剣運びをし、見とれると一瞬の隙も見逃さず切って捨てる、ぞっとする男で…。
シェイルは一旦その気になると冷酷無比のハンターに成り、その短剣は容赦なく殺気を帯びて、頭、心臓、首筋を狙い、それを避けると燕のような素早さで懐に突っ込んで来る、勇敢な男だった。
そして…ローフィスは………。
ローランデの前に立つローフィスに、全然構えた所が無く普段通りで。
ファントレイユとレイファスは、テテュスの両脇に並び見つめて、呆けた。
ゼイブンとは真逆で、ローフィスは変わらない。
いつもの、とても軽やかに見える男ぶりでにこやかにローランデを見つめ、かかって来いと顎をしゃくる。
だが子供達がローランデを見ると、彼はとても真剣な表情を見せた。
「…つまり、あれが罠だ」
アイリスが静かに告げた。
テテュスが顔を上げる。
ローランデが、まるで隙だらけに見えるローフィスの様子をまだ、伺う。
シェイルは手を額に当て、吐息を吐き出した。
「…ゼイブンでさえ、おちゃらけじゃなかったのに…」
アイリスは苦笑した。
「だって、おちゃらけで油断させるのが、ローフィスの手だものな」
シェイルは呆れてアイリスを見つめた。
「…乗る、ローランデじゃないぜ?」
アイリスが、頷いた。
じっと見つめるレイファスの視線を受けて、シェイルがつぶやく。
「あれを参考にすると、性格が悪い奴に成るぜ」
テテュスもファントレイユもつい、思った。
だってローフィスはどう見ても、凄くいい奴だ…。
ローランデがとうとう、一瞬で間を詰め、そのままがっつり、迎え撃つローフィスと剣を重ねる。
燕のように後ろに飛び跳ね、ローランデは一旦下がるが続き、剣を振りかぶり、ローフィスにかかっていく。
全くの正攻法で、ローフィスはその剣も、受けた。
がっ!
かかっていくローランデのバランスは素晴らしく、どれだけ足場を変えても直ぐ、その体勢を持ち直し、皆はそのしなやかで流れるような動きに、見とれた。
がっ!
ローランデがローフィスを揺さぶるが、ローフィスはまだ奥の手を出して来ない。
ローランデの速度が、上がる。
がっ!がっ!がっ!
間合いを詰めると、その俊速で一気に三度、打ってかかる。
ローフィスは最初の一撃を剣合わせ止め、次の一撃をひょい!と頭傾け避け、直ぐ次の一撃を剣で叩き落とす。
がっ!
打ち込んだ後引き様、ローランデの脇に、短剣が見えない早さで飛び込む。
ローランデが血相変えてそれをはたき落とし、瞬間、振り切った剣を慌てて引き上げた。
がっ!
ローフィスの剣が、頭上から襲うのを何とか食い止め、ローフィスはそれを見てさっと引いて間合いを取る。
にこやかに笑うと、続けるか?と問う顔を、した。
レイファスが呆けてつぶやく。
「…投げたとこ、全然見えなかった」
シェイルははーっと、息を吐いて顔を下げた。
「ああいうのが、大好きだ」
アイリスも頷く。
「絶対、飛んで来ないだろう。
と、隙を付くのがだろ?」
シェイルは、うんうんと首を縦に、振った。
性格が悪い…と言うのを、テテュスとファントレイユは何となく、解った気がした。
続きローランデが間合いを詰めて突っ込むと、ローフィスも同様に突っ込む。
両者、あんなに素早い男達があんな勢いで詰めたら、ぶつかるんじゃないかと思う勢いで、剣を構えて斬りかかるローランデの真正面に、ローフィスは明るい栗色の髪を散らして一気に間を詰めて入ると、直ぐその体を鮮やかに横に滑らす。
「…やられる…」
シェイルのつぶやき声に、皆がどこ?と見た。
だってローフィスの剣は、下がったまま。
が、ローランデは剣を携え、長い髪を跳ねながら横のローフィスに向き直り、一瞬で後ろに跳ね飛んだ。
皆がどうして?と呆然と見るが、アイリスが唸った。
「…ローフィスが足を、掛けようとした」
テテュスもファントレイユもレイファスもが、あんぐり口を、開ける。
体勢を崩し様、ローランデは短剣を警戒したがローフィスは剣を横から、大振りする。
ざっ…!
跳ね飛んだ位置から更に後ろに、ローランデは体を泳がせて腹を掠める剣を避け、そして直ぐ剣を持ち上げて、心臓を急襲する短剣をはたき落とし、直ぐ、体勢を持ち直すと、ローフィスめがけてかかっていく。
短剣は飛ばないと判断した大胆な攻撃に、だがローフィスは投げた。
腹の真ん中で、ローランデは進む足を止めぬまま、左手で脇差しを半身抜いてそれを弾き、二度、三度と肩を振り剣筋を変えて、ローフィスめがけて突っ込んで行く。
「…さすが…」
その流れるようなしなやかさに、思わずシェイルが見とれて声を洩らす。
ローフィスは思い切り体を倒して突っ込み、突っ込むローランデの腹へと長剣を先に叩き込み、ローランデは左の脇差しで瞬時に剣を合わせ、外へと弾き様、右手の剣をローフィスの頭上から、一気に振り下ろす。
がローフィスはその剣が身を襲う前、更に速度を上げて突っ込み、ローランデに体当たって、剣を避ける。
がっ!
ローランデは肩で息をし、体当たった時抱きつくローフィスに、つぶやいた。
「…斬り合いだよな?」
オーガスタスは顔を手で被い、ギュンターは腕組みして顔を、下げた。
ディングレーに至っては、顔に当てた指の隙間から、対戦を見守っていた。
ローフィスはローランデの体から身を起こすと、深い空色の瞳を向けて屈託無く笑った。
「勝てないが、負けない戦法だ」
ローランデは深いため息を吐くと、握る剣を鞘に収める。
そして見つめる子供達に向くと、言った。
「…ローフィスは油断ならない。
オーガスタスも射程が広いから、迂闊に間合いに飛び込めないが。
ローフィスは飛び込むと短剣か、足掛けが待ってる。
しかも左右両方。
終いに…これだ」
レイファスが、小声で尋ねる。
「…抱きつき?」
ローランデはため息混じりに、頷いた。
「戦闘中に抱きつく奴が、居るか?」
アイリスも頷く。
「…しかも相手はローランデだ。
彼はどれだけ、素早く剣を振ると思う?
余程の見切りの良さと判断力、それに勇気が無けりゃ、ローランデ相手に突っ込もうだなんて…。
ましてや抱きつくだなんて考える奴は、居ない」
シェイルも唸った。
「絶対!真似するな。
お前らがやったら、抱きつく前に一瞬で斬り殺されるぞ!」
子供達は朗らかに笑う、ローフィスを思わず尊敬の眼差しで見つめた。
ローランデがローフィスを、軽く睨んで言った。
「手本にならない」
「こういう戦法もあると、覚えとくだけで十分だ」
シェイルが怒鳴る。
「あんな戦い方するのは、あんたぐらいだ!」
ローフィスは肩をすくめた。
その軽やかな男は微笑むと倍、爽やかな美男に見える。
「足掛けならギュンターがしょっ中やってるし、オーガスタスもだ。
オーガスタスの場合は悲惨だぞ。あいつ、足が長いからな。
離れて走ってたら突然転んで、上から剣を浴びせられるくらい、悲しい負け方は無い」
オーガスタスが鬣のような赤毛を頭ごと揺らし、鳶色の瞳を向けて異論を唱える。
「…その気で斬りかかって、いつの間にか短剣で腹を突かれてるのも、最悪だと思うぞ。
投げてるのが全然、見えないからな!お前は」
ローフィスはその大柄な友を見つめて笑った。
「お前に負ける方が絶対、悲しい。
無様ったら無いからな!」
ギュンターが、だれきってるゼイブンを見た。
「…関心が、全く無いようだな?」
ゼイブンは殆ど仰向けなくらい椅子に沈み込み、腹の上で両手を組んでぼやく。
「ローフィスと一緒の仕事だと、俺は短剣を持たずに、済む」
ディングレーもオーガスタスも、その言動に呆れきった。
が、ゼイブンは言葉を続ける。
「…でも上司のアイリスが意地悪だから、最近は滅多にローフィスと組ませて貰えない」
アイリスがぷんぷん怒った。
「お前が断るから、ローフィスの面倒な仕事が増えるんだ!」
ローフィスも呻いた。
「俺はお前の、尻拭いなんだぜ?」
ゼイブンは二人に怒鳴った。
「出世させるような仕事を俺に割り振るからだ!
俺は平でそこいらを、蝶のようにひらひら、飛んでいたいんだ!」
アイリスはがっくり、肩を落とす。
「…隊長にローフィス。顧問にゼイブンを押して、私は後ろに引っ込みたいのに…。
どうして私の部下は皆、出世欲が、無いんだ?!」
ゼイブンが手を、振り上げた。
「そりゃ、あんたが適任だ。
優雅なのに睨みはきくし、王族にも宮廷貴族にも顔はきく。
上の覚えもめでたいし、肝も座って相手に侮られない。
あんたが居たら、周囲は自然にあんたに椅子を譲っちまう」
今度はアイリスが、ぼやいた。
「ゼイブンに誉められても、ちっとも嬉しくない」
ローフィスは軽やかに笑った。
「だが顧問くらいなら出来るだろう?ゼイブン。
『神聖神殿隊』は美形だらけだぞ!」
ゼイブンが一つ年上の上司の軽口に、論外だと目を剥いた。
「男ばっかじゃないか!
第一、綺麗な顔して人外の者だ!
全うな会話に、どれだけ苦労すると思ってる!
迂闊に接すると、心を読まれるんだぞ!
それに、神聖呪文だなんてあんな面倒なものを覚えるだなんて、もっての他だ!
そういうのは素晴らしく要領のいい、あんたの仕事だ!」
ローフィスとアイリスは顔を見合わせ、ローフィスが拳を顎に当て、おもむろにつぶやく。
「そういえば、監査長のポストが直空くな」
ゼイブンは慌てて両腕を振り、椅子からすっ飛んで身を起こし、ローフィスを指差して怒鳴った。
「絶対!俺に振るなよ!
野郎の尻追っかけて、どこが楽しい!」
オーガスタスもディングレーもが一瞬目を見交わすと、二人して大きなため息を、付いた。
アイリスが、ゼイブンをじっと、睨むように見る。
ローフィスは、自分より上背で普段は優雅そのものの、二つ年下のその男の切羽詰まった様子を目にし、静かにつぶやく。
「どっかに入っといた方が、無難だぞ?
『神聖神殿隊』付き連隊長を押しつけられても、いいのか?
アイリスは少しでも長くテテュスと一緒に居たいから、どっかでキレたら絶対、俺かお前に回って来る」
間髪入れずにゼイブンが怒鳴る。
「間違いなくお前だろう!年も上だし、人望もある!」
ローフィスはマジに怒るゼイブンをじっと見、すかさず言った。
「だってお前、アイリスとは親戚じゃないか。
それに近衛の後、入隊した俺と違い、先に入隊してるから職歴も長い。
皆も納得する」
ゼイブンが、ぐうの音も出ず、思わず歯を剥く。
ファントレイユは心配そうにそっと視線を送り、尋ねた。
「セフィリアと…離婚する?」
ゼイブンはファントレイユを怒鳴りつけた。
「セフィリアと離婚しない!連隊長もごめんだ!」
ローランデが大きなため息を吐き、ゼイブンがそれに気づいて尋ねる。
「…何だ?」
ローランデは髪に顔を埋めるように俯いたまま、言った。
「息子の面倒さえ見る気の無い奴に、役職を迫るなんて…」
シェイルも思い切り同意して、頷く。
「論外だ」
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辺境で暮らす孤児のカイラは、人には見えないものが見えるために悪魔つき(カイラ)と呼ばれている。
同じ日に拾われた孤児の美少女ルイーズといつも比較されていた。
16歳のとき、神見の儀で炎の神の守護を持つと言われたルイーズに比べて、なんの神の守護も持たないカイラは、ますます肩身が狭くなる。
そんなある日、魔物の住む森に使いに出されたカイラは、魔物の群れに教われている人々に遭遇する。
カイラは、命がけで人々を助けるが重傷を負う。
死に瀕してカイラは、自分が前世で異世界の精霊王の姫であったことを思い出す。
エブリスタにも掲載しています。
デッドエンド済み負け犬令嬢、隣国で冒険者にジョブチェンジします
古森真朝
ファンタジー
乙女ゲームなのに、大河ドラマも真っ青の重厚シナリオが話題の『エトワール・クロニクル』(通称エトクロ)。友人から勧められてあっさりハマった『わたし』は、気の毒すぎるライバル令嬢が救われるエンディングを探して延々とやり込みを続けていた……が、なぜか気が付いたらキャラクター本人に憑依トリップしてしまう。
しかも時間軸は、ライバルが婚約破棄&追放&死亡というエンディングを迎えた後。馬車ごと崖から落ちたところを、たまたま通りがかった冒険者たちに助けられたらしい。家なし、資金なし、ついでに得意だったはずの魔法はほぼすべて使用不可能。そんな状況を見かねた若手冒険者チームのリーダー・ショウに勧められ、ひとまず名前をイブマリーと改めて近くの町まで行ってみることになる。
しかしそんな中、道すがらに出くわしたモンスターとの戦闘にて、唯一残っていた生得魔法【ギフト】が思いがけない万能っぷりを発揮。ついでに神話級のレア幻獣になつかれたり、解けないはずの呪いを解いてしまったりと珍道中を続ける中、追放されてきた実家の方から何やら陰謀の気配が漂ってきて――
「もうわたし、理不尽はコリゴリだから! 楽しい余生のジャマするんなら、覚悟してもらいましょうか!!」
長すぎる余生、というか異世界ライフを、自由に楽しく過ごせるか。元・負け犬令嬢第二の人生の幕が、いま切って落とされた!
※エブリスタ様、カクヨム様、小説になろう様で並行連載中です。皆様の応援のおかげで第一部を書き切り、第二部に突入いたしました!
引き続き楽しんでいただけるように努力してまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします!
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