アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

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第三章『三人の子供と騎士編』

6 休養

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 アイリスが微笑んで頷き、皆が彼の後をぞろぞろ付いて行く。
ファントレイユとレイファスが顔を上げた。
馬が横一列に並ぶ厩だった。

シェイルが一頭に寄ると、レイファスに顎をしゃくり、レイファスは無言のまま彼の元へ、項垂れるように出頭する。
夕べだって夢の中に怖いシェイルが現れ、怒鳴られまくってうなされそうだった。
綺麗な美青年が、もうその姿の通りには決して見えなくなるくらいのインパクトのシェイルの前に立つと、シェイルは鐙に足を駆け様、さっと馬に跨り、後に屈むと、手を差し伸べる。
「馬に乗るの?」
小さなレイファスはその手に捕まり、引っ張り上げられた。

ファントレイユはローランデにやはり手を差し伸べられる。
剣を持たない彼は本当に端正で優しげな微笑みをたたえる、気品溢れる騎士だった。
ファントレイユも彼の前に乗る。
テテュスはアイリスの前に乗っていた。
が気持ちが吹き出し、まだ戦いの余韻が残っていて、切り替える事がなかなか出来なかった。

風を感じると、アイリスが馬を走らせ始めたと解った。
こんな風にアイリスと二人で馬に乗ったのは、初めてじゃないかとテテュスは思ったが、アイリスはテテュスがもっと小さな頃、彼を乗せて同じ道を走らせた事を思い出していた。
テテュスははしゃぎ、でもとてもお行儀良くお利口にしていて、アイリスは彼と一緒の時間が嬉しくてたまらなかったのを思い返し、今はどれだけ邪魔者が居るんだ。と一行を見つめ、ギュンターがローランデと二人きりで過ごしたい気持ちが痛い程解って、また俯いた。

オーガスタスもディングレーも、ギュンターもが無言で馬を、走らせている。
先頭はアイリスで、その後ろにローランデとシェイル。
彼らは二頭並び、親友らしく楽しげにおしゃべりをしていた。
レイファスもファントレイユも、疲れ切って項垂れていた。
だがシェイルはあれ程口が悪くて態度もきつかったのに、前に乗るレイファスが落ちないようそっと抱く腕がさりげなく相手を気遣うのに慣れた様子で、レイファスをびっくりさせた。
ファントレイユは彼を時々気遣うように見つめるローランデが、とても優しい父親のように思えてつい、彼に甘えるように背をもたせかけた。
ファントレイユは甘える自分をどうかと思ったが、アイリスもローランデも子供に甘えられるのが、ゼイブンとは違って、好きなようだった。
甘えようとすると、ゼイブンは突き放したりはしないものの、少し相手をしてはくれるが、やっぱり彼の頭にあるのはセフィリアか、彼女が居ない時は別の女性で、男の子はベタベタするもんじゃない。と思ってるみたいだった。
甘えられるのは大抵女中かセフィリアのような女性達で、背に感じる感触がその柔らかな女性のもので無く、優しいけれどどこか秘やかな男性で、ファントレイユは父親に優しくされるのはこんな感じなんだ。とその包まれるような安心感を、初めて味わった。
暖かくて、でもとても頼もしかった。

レイファスは嬉しそうに頬を染めて俯くファントレイユをチラと見、後ろの騎士達に振り向いた。
三騎ほぼ並んでいた。
ギュンターを中心に、左にディングレー。右にオーガスタス。
三人の馬上姿は迫力で、ディングレー一人ですら彼が肩で風を切って歩いていたりするだけで目が惹きつけられるのに、その上美貌のギュンター、誰よりも頼もしいオーガスタス迄並ぶと、人目を引きまくるんだろうな。とレイファスは感心した。

が、道行きは短かった。
アイリスの領地内で、屋敷中央の庭から横道に入り、少し小高い丘の果樹園を抜けて行くと、農具を持ち道を歩く使用人の姿が見え、アイリスは馬上から声かけて挨拶を交わす。
右横に池のような湯の湧き出る湯気立つ場所が見えてきた。
「ここじゃないのか?」
後ろからギュンターの声が、飛ぶ。
「あの建物だ」
その先の坂の上。
小高い場所に、見るからに手の込んだ小さな建物が見えた。
柱には装飾の彫刻が掘られ、優美な明るいオレンジ色の屋根。
象牙色の壁をしていた。

その前でアイリスは馬を降りて横木に繋ぐ。
皆次々に馬から下りる。
ファントレイユもレイファスもが、先に降りたローランデとシェイルに抱き下ろされた。

テテュスはその場所の記憶がうっすらと蘇った。
入ると脱衣場があって、そしてその先に、乳白色の湯がたっぷり張られた豪華なタイル張りの広い浴場。
二つ、三つに区切られていた気がする。

浴場はだが段差になっていた。
手前から段々下って行き、下の方の区切られたその場所にはもう屋根が無く、そのままタイルを貼った床から庭へと続いていた。
庭は高い木塀で仕切られ、人が入ってこられないようになっていて、素晴らしい花々が咲き誇っていた。

ギュンターは幾つもの浴槽が段差で並ぶ、その広さと豪華さに呆れ、オーガスタスは横のディングレーに少し屈み、尋ねる。
「お前の所も、こんなんか?」
ディングレーが肩をすくめた。
「こんなに手は込んで無いがまあ…。平屋でそれなりには広い浴場だ」
ギュンターはオーガスタスに、素っ気無く告げる。
「俺は岩の露天しか、浸かったことが無いぞ」
オーガスタはこれだから大貴族は…と肩をすくめ
「ご同様だ」
とギュンターに同意した。
ファントレイユもレイファスも、二人に同感だった。

だがシェイルもローランデも、素晴らしいね。と言いながら驚く様子も無かったから、自宅か出入りする場所にこういう場所があって、慣れているんだろうと思った。
見ると誰も何も言わない内から衣服を脱ぎ出すものだから、ファントレイユもレイファスも慌てて服を脱ぎ始めた。
アイリスがテテュスを連れて先を行き、シェイルもローランデも、競い合う程色白な素肌を晒して並んで立ち、見つめて二人を促すものだから、ファントレイユはとても焦った。
レイファスが慌てて脱ぎ散らかすのを目に、自分もブーツを放り出すと、皆の後を付いていく。

浴槽の横にある、段差の低い階段を、滑らないようにとシェイルとローランデに気遣われながら下り、一番下の庭に一番近い浴槽に入ると、乳白色の湯の広がるその浴槽は六人が入ってもまだ余裕の広さで、上を見ると天井が無くて青空で、レイファスがつい
「わぁっ!」
と無邪気な声を上げて、皆の笑いを誘う。

がファントレイユが見ると、残りの三人は脱衣場に近い、一番上の浴槽に浸かっていた。
「…どうして一緒じゃ無いの?」
彼の問いにアイリスが答えた。
「こういう時はギュンターが、一番危険になるからね」
ファントレイユにはさっぱり解らなかった。
だって裸だと剣も短剣も、隠し持ったり出来ないのに?
レイファスには解ったみたいで、軽くローランデを見つめ、顔を伏せた。

アイリスはテテュスの肩に湯を掛けてささやいた。
「腫れてない…?」
ローランデが、心配げな顔を上げた。
「熱を持ってるか?」
「少し…」
だがテテュスが平気だ。とアイリスに微笑む。

ローランデがレイファスの腕を取る。その肩を優しく揉むと、尋ねた。
「痛むかい?」
レイファスはほぐされたように表情をゆるめ、首を横に振った。
シェイルがレイファスに微笑む。
「可愛らしい顔の割には、なかなか鋭いのを投げるようになったな。
その内相手の首を、掻っ切るやり方を教えてやる。
接近戦には効果抜群だ」
テテュスもファントレイユも思わず想像してぞっとし、揃って目を伏せた。

シェイルはファントレイユを見つめると、湯の中の彼の腿に触れた。
ファントレイユはびっくりして、恥ずかしがった。
「………犯す気は無いから、安心しろ」
綺麗な顔が間近で、ファントレイユは思い切りどぎまぎした。
後ろからアイリスが、呆れたようにつぶやく。
「その『犯す』が、ファントレイユには理解出来てない」
「この年で理解出来てたらヤバく無いか?」
シェイルは反論し、ファントレイユの腿をゆっくり揉み始めた。
「やり方を、覚えとけ。
急に使い慣れない筋肉を使うと、こうなる。
戦地では湯になんか浸かれ無いから、もし張ったら自分でこうやってほぐすんだ」
シェイルの思いの外真剣な眼差しに、ファントレイユは頷く。
「体は武器だ。剣がさびついて、相手と戦えるか?」
ファントレイユはシェイルを見た。
艶やかな銀髪とエメラルドの瞳を持つその美貌は、でもとても真剣に見えた。
「満足に動けないと、それで生死を分かつ事もある。
側に頼りになる味方が居なければ」
ファントレイユは聞くなり、そっとローランデを見つめた。
次にアイリスを。
そして上の浴場で、ゆったりくつろぐ三人の騎士達を。

レイファスが小声でささやいた。
「じゃあ、いつもちゃんと頼れる相手と一緒に居るのは、大事な事なんだね?」
ローランデが、その通りだと微笑んだ。
最もローランデはきっとたった一人でも大丈夫だろうけど。

テテュスが見ると、ローランデは誰かに頼るより、自分を頼って来る相手をその剣で、一人でも多く護ろうとしているみたいに見えた。
テテュスも自分が、その頼られる者に成りたいと思った。
アイリスが、テテュスのその気持ちに気づいて横でため息を吐く。
その濃紺の美しい瞳に心配を湛えて、テテュスにそっと顔を傾げる。
「でもテテュス。
相手を護るくらい強くても、自分が死んでしまっては誰の役にも立たない。
絶対自分を大切にしないと」

ローランデとシェイルが、顔を見合わせた。
テテュスが、解ったと言うようにアイリスに無邪気に微笑む。
アイリスはその笑顔を見つめながら、懇願した。
「…それに、テテュス迄アリルサーシャのようにいなくなったりしたら、私も生きて行けない………」
テテュスはその、とても頼りがいある立派な騎士の泣き言に、それは困惑した表情を浮かべた。
アイリスはだが、テテュスを本当にじっと見つめて言葉を続ける。
「私が立派でいられるのは、君やアリルサーシャが居てくれるからなんだ。
アリルサーシャが逝って君迄いなくなったら、私はとても立派でいられない。
…きっと毎日泣き暮らして、みんなに呆れられてしまう」

シェイルもローランデも、決して弱味を見せた事の無いその男のそう言う姿を、見てはいけないものを見てしまったように、二人同時に顔を、伏せた。

テテュスは真剣に自分を見つめる濃紺のアイリスの瞳を見つめ、その手をそっと、アイリスの頬に当てた。
「じゃ、僕が元気でいればアイリスはずっと立派でいられる?」
アイリスは悲しげにテテュスを見つめた。
「元気なだけで無く、私を父親だと思ってうんと甘えてくれないと、きっととても寂しくて、立派に成れないと思う」
レイファスとファントレイユが見つめていると、シェイルもローランデもその言葉を聞いて、顔を背けきっていた。
「…甘えるのって、よく解らないけど…。
じゃあ、なるべくアイリスの事を考えるから、そしたらアイリスはうんと立派に成る?」
アイリスは微笑んだ。
「でもあんまり立派になると、テテュスが凄い剣士になった時、君に護ってもらえなくなるな」
テテュスも目をまん丸にしたし、レイファスもファントレイユも、アイリスが護られてる図が、想像つかなかった。
何よりとうとうシェイルが、ぷっ!と吹いた。
肩を揺らす親友を見て、ローランデがアイリスに尋ねる。
「…君、誰かに護られたいと、本気で思ってるのか?」
ローランデの青い瞳は困惑しきっていたが、アイリスは真顔だった。
「私だって、テテュスに護って貰いたい」
だが皆の予想に反し、テテュスはそれは嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ僕、アイリスを護れるくらいに強く成る!」
アイリスは感激した様子で、テテュスを抱きしめた。
シェイルはもう、見ていられないと顔を伏せきった。

がローランデは、レイファスとファントレイユがその様子を羨ましそうに見つめるのに、気づく。
それでファントレイユに、そっと尋ねた。
「君の父親はあんな風じゃないのかい?」
ファントレイユはそう尋ねる優しげなローランデを見つめたが、レイファスが言った。
「僕の所も彼の所も、父親と言えば妻に夢中で、子供は二の次なんだ」
ローランデが、ほうっと吐息を吐いた。
「とても母親に大事にされている子供達だと、ディアヴォロスに聞いたが」
ファントレイユは俯いた。
「その分、父親から遠ざけられてる」
シェイルが頷いた。
「つまりそれで…お前なんかは凄く、必要以上にお行儀がいいんだな?」
ファントレイユは顔を上げる。
「僕は普通のつもりだけど…」
シェイルは唸った。
「乱暴な事も、言葉使いも全部駄目か?」
ファントレイユはこっくりと頷く。

ローランデが俯きながらささやく。
「私の所も、君達より少し大きい男の子がいるけど…。
毎日喧嘩して泥だらけで帰って来る」
その言葉に、ファントレイユもレイファスも思わず顔を上げる。
ファントレイユが、そっと尋ねた。
「それで…お母さんは何も言わないの?」
ローランデは微笑む。
「負けて帰って来ると、情けないと意地悪を言う」
ファントレイユはびっくりした。
「怪我してても?」
ローランデが頷く。
「男の子は強く無いと、価値が無いそうだ」
ファントレイユは俯いて言った。
「僕も、そう思う。
だって強く無いと、セフィリアみたいに誰かに護って貰わなくちゃいけなくて、僕は男の子でセフィリアと違うから、護ってくれる男の人なんてなかなか見つからない」
ローランデは目をまん丸にし、シェイルは気の毒そうにファントレイユを見、思った事を口にした。
「…それは違うだろう?
お前が断っても、護りたいという図々しい奴は絶対現れるぞ?」
レイファスが、湯で赤く染まった可愛らしい唇を開く。
「でもファントレイユは面食いで、凄く理想が高くて。
それにぴったりだったアロンズに逃げられて、落ち込んでる」
シェイルもローランデも、呆れたようにレイファスを見つめ、ため息を吐き出した。

テテュスが笑顔で振り向く。
「僕が護るよ」
だが、言った後にファントレイユとレイファスの視線を受け、綺麗なファントレイユの理想がうんと高いと思い出し、思わず俯く。
「…僕じゃ…アロンズよりうんと、見劣りする?」
アイリスをそっくり小さくしたみたいな、とても整った顔立ちの色白のテテュスの初々しい美しさに、皆が思い切り呆れた。
アイリスが慰めようとして口を開くが、それより先にファントレイユが微笑を浮かべ、告げる。
「テテュスは同い年の誰より立派な男の子だ。
じゃあ僕、テテュスの足手まといにならないよう、もっと頑張る」

ファントレイユの決意を聞いて、ローランデが困惑の表情を浮かべ、シェイルはそれを見て口開く。
「足手まといより、世話かけないようにしろ。
大体、お前剣を覚えたら護られる必要無いだろう?」
ファントレイユがその美貌の剣士に、素直に訊ねた。
「どうして?」
ローランデが目を伏せる。
「だって、ギュンターですら本気にさせるくらいの気迫の持ち主だ」
シェイルも、言った。
「お前がとんでもない野獣に突っかかって行って、命を落とさないかって、テテュスがきっと、はらはらするぞ。
お前を庇って必要以上に強い相手と戦ったりしたら、命を落とすのはテテュスの方かもしれない」
ファントレイユは顔を揺らし、テテュスを見つめる。
隣で心から、息子を気遣い寄り添うアイリスをも。
「そんな事になったら、一生アイリスに嫌われる!」
ファントレイユがアイリスの事がどれだけ好きかを示すように、泣きそうに顔を歪めるので、シェイルはファントレイユを覗き込んだ。
「じゃあ、今度からキレる相手はちゃんと選べ。
間違っても猛獣の中でも更に危険なギュンターみたいな相手には、キレるなよ!」
ファントレイユは俯くが、レイファスもアイリスも、事情が解って顔を下げた。

レイファスは顔を下げたまま、そっと言葉を吐き出す。
「でもファントレイユは、気づくとキレてる」
アイリスも頷いた。
「彼の父親のゼイブンも、普段は危険で乱暴な事は大嫌いで、近づく事すら拒否するお気楽男なのに。
一旦キレると、手に負えない」
ローランデとシェイルが、やれやれとため息を吐いた。
ファントレイユは必死で叫んだ。
「…でも僕、テテュスの事が凄く大好きだから!
彼が護ってくれるなら、うんと気を付ける!」
シェイルは、そうしろ!と彼の頭をぽんと軽く叩いた。


 皆がすっきりした気分で脱衣場に戻るが、上の騎士三人はもうとっくに上がっていて、馬の横でおしゃべりしていた。
三人がはしゃいで彼らの側に行く。
レイファスが可愛らしく笑って、ディングレーに尋ねた。
「もう、上がったの?」
ディングレーは笑い
「のぼせるからな!」
そう言って、レイファスの頭をなぜた。
オーガスタスが、ファントレイユとテテュスに微笑む。
「痛みは取れたか?」
相変わらず朗らかなその大柄な男に、彼らは笑って頷いた。
見るとギュンターは、冴えた美貌を更に輝かせていた。
が、後ろからシェイルと並び来るローランデを、じっとその紫の瞳で見つめている。

オーガスタスが、呆然とその様子を見てる二人に促した。
「腹が、減ったろう?」
二人は一気に空腹を思い出し、テテュスは馬に乗るアイリスの横に駆けていき、見上げてアイリスの差し伸べる手に捕まって登り、ファントレイユはローランデに手を借りて先に馬に乗って、彼が後ろに乗り込むのを、鞍の上で待った。

ディングレーがギュンターの腕に触れて促し、馬に乗り込むオーガスタスの横で、馬の手綱を引き寄せた。



 一同が夕食の席に着くと、三人の子供の食べっぷりに皆揃って言葉を無くし、暫く食卓に沈黙が流れた。
レイファスが立て続けにお代わりをし、テテュスは品良く、空の皿に料理を注いでくれるよう侍従にお願いし、ファントレイユはいつものお行儀の良さがどこかへ行ったみたいに、チキンを手掴みし、歯で食いちぎっていて、それを見たアイリスが一気に肩を落とした。
ディングレーが気の毒そうにそれを見つめ、口を開く。
「…だがアイリス。どうせこうなるしか無いだろう?
元々、元気な少年なんだ」
アイリスは、俯いた。
「解っているけどね…。
でもこの変わり様を見たら、セフィリアは絶対私を、睨み続けるだろうな………」
その言葉で、ディングレーはファントレイユを見つめたが、本人は気づく様子無く、もう片手にもチキンを握り締めて、両方交互に、喰い千切っていた。
ローランデがギュンターを見つめ、シェイルも気づいて、ささやく。
「…やっぱり、ギュンターと渡り合ったせいだと、思うか?」
ローランデはそっ、と頷く。
オーガスタスも気づいたがギュンターのその手は、ファントレイユ同様やっぱり、チキンが握られていた。
ディングレーとアイリスの視線をも感じ、ギュンターは唸った。
「骨付きチキンはこうして、食うもんだろう?」
ローランデはため息混じりにつぶやく。
「それは…そうだけど、行儀の良い人間はナイフで切って、骨の回りの肉は残すものだ」
ギュンターはアイリスとローランデを見たが、二人共そうしていた。
ギュンターは異論を唱えた。
「…ディングレーはどうなる」
ディングレーの皿のチキンはやはり歯で喰い千切った後があり、ディングレーはため息を吐いた。
「…俺は手掴みはしない。
一応フォークで刺してから喰い千切る。
そりゃ、ここが野営のテントなら…お前同様に食うけどな」
ギュンターはオーガスタスを見た。
彼も手掴みだった。
オーガスタスは、肩をすくめた。
「ご婦人の居るテーブルでは、俺もフォークで刺すが…」
ここでそれが必要か?と、アイリスを見た。
アイリスは、ファントレイユとレイファスを婦人扱いするべきか悩む、オーガスタスに返答出来ないで俯いた。

大人達の会話に、テテュスもレイファスも気づいた。
テテュスはアイリス同様、ナイフとフォークで肉だけを切り落として食べていたし、レイファスはシェイルを習って、フォークで刺して喰い付いていた。
二人揃ってファントレイユを見たが、彼は気づく風も無く、両手にチキンを握ったまま夢中で喰らい付いていた。

全員が、ギュンターを見た。
ギュンターは見つめられて唸った。
「俺もあんなに、野蛮に食ってるように見えるのか?」
オーガスタスは肩をすくめた。
ディングレーが助け船を出す。
「野蛮と言うよりちゃんと男らしくは見えるが、ファントレイユが真似してるのは確かだな」
アイリスの泣き出しそうな視線に、とうとうギュンターはオーガスタスと目を見交わし、二人は手からチキンを離すと、仕方無さそうにフォークで突き刺した。



 食事を終えた頃、テテュスがそっとローランデを伺った。
「ローランデは北領地[シェンダー・ラーデン]の大公子息だから、北領地の地方護衛連隊長をしているの?」
テテュスに視線を向けられ、ローランデは微笑む。
「大公子息だと否応無く、地方護衛連隊長の道へ進むしか無い。けど…」
ファントレイユもレイファスもその瞳を上げて、そう言うローランデを見つめた。
明るい栗毛と濃い栗毛のメッシュの艶やかな髪を肩や背に流した、とても気品ある姿の美しい貴公子で、“野獣"の親玉と呼ばれる地方領主子息には、どうしても見えない。
「…腕と人望が無ければ、必ず他の誰かに取って代わられる。
絶対と、約束された地位じゃ無いんだ」

テテュスはどうしてローランデがとても優しげなのに、あれ程隙の無い剣を使うのか理解出来た。
きっと、地方護衛連隊長の責務を果たす為に幼い頃から必死で、鍛錬し続けて来たんだろう。
ローランデは見つめてくるテテュスに、諭すように続けた。
「地方護衛連隊長はその地方を護る要で、地方領主達が主と仰ぐ相手だから、敵を目前に一歩でも退く、気の弱い男だったら領主達は後に続かず、敗退すれば大抵無力な領民達が、犠牲になる。
私は幼い頃から父と領地を巡り、幾度と無く聞かされた。
私が護衛連隊長の資格無しと下ろされるだけならまだしも。
無能を晒せばその代償として支払われるのは、領民の命だと。
目の前で、楽しそうに農作業している一人を指して、父が言った。
『死ぬのは、彼かもしれない』」
子供達は、そう告げるローランデの真摯な深い青の瞳を見つめた。
ローランデは静かに続けた。
「彼が無惨な遺体に成った姿が脳裏に浮かび、あんな怖い気持ちに成った事は無いし、それは絶対に嫌だと思った。
父は脅しを言う人では無く、自分が鍛錬を怠ればそれは事実、起きるのだと私も知っていたから、私の担う責務がどれ程重いかを、思い知らされた」

テテュスもファントレイユも、ローランデがどうして剣を持つと一つのためらい無く、突き進むように斬り込むのかが解って、胸が、詰まった。
レイファスが、ギュンターをそっと見て尋ねた。
「ギュンターは、近衛?」
「ああ」
ギュンターがぶっきら棒に答え、オーガスタスも子供達に視線を向けられて微笑んだ。
「俺もディングレーもシェイルも近衛だ」
テテュスはアイリスをそっと見つめ
「アイリスとローフィスは神聖神殿隊付き連隊だから、ローランデ程大変じゃない?」
と尋ねる。
アイリスは切なげな微笑を浮かべた。
「大変じゃない代わりに『神聖神殿隊』と軍との橋渡し役だから、しょっちゅうあちこちに出向かなきゃならなくて、君とずっと一緒にいられない。
昔は私もローフィスも、近衛に居たんだけれどね」
ギュンターがそっとささやく。
「近衛で何時までも残ってる奴らは、コネの無い身分の低い奴ばかりだ。
上官がいい奴だと長く近衛に居ても生き残れるが、近衛は死亡率が高いから、余所に移るコネさえあれば、移る奴が大半だ」
それを聞いた途端、テテュスもレイファスも、ファントレイユ迄もが近衛の皆を、心配げに伺うのを見て、ローランデは微笑んだ。
「確かに戦闘がひっきり無しにあるから、一旦出動がかかると近衛は危険だけど、オーガスタスは左将軍の補佐だし、シェイルもディングレーも直属部隊だ。
ディアヴォロスの左将軍傘下は戦闘中でも一番安全な部隊で、ギュンターも隊長を任されているけど、とても有能な部下が居る上、いつも左将軍か右将軍直接指揮下に、置かれる隊だから」
オーガスタスも、にっこりと笑った。
「俺達は幸運だ。左将軍も右将軍も、歴史に名を残す名将だからな」
レイファスとファントレイユが、顔を見合わせた。
「僕らの代には、代わる?」
その問いに、シェイルがぼそっと答えた。
「多分な」
レイファスが俯き、吐息を吐く。
ファントレイユが不安げに、そっと尋ねた。
「じゃ、ローランデみたいな、ちゃんと大事な地位だって解ってない人が将軍に成ったりしたら、最悪?」
ディングレーが、その瞳を険しく変えた。
「そうだ。そうなったら、引きずり下ろしてやるしか、手が無いな」
レイファスがにっこり、笑った。
「謀反(むほん)だね?」
テテュスもファントレイユも、その難しい言葉をレイファスが知っているのに驚いたけど、皆はとても可愛らしい彼が、とびきりの微笑でそれを言ったので、揃って苦笑した。


 子供達はおしゃべりの後直ぐに眠そうで、お休みを言って、部屋へ上がって行った。
その後の雰囲気は、とても微妙だった。
ギュンターのローランデへ向ける視線は痛い程で、ローランデは彼を切なげに見つめてそれを押し止め、オーガスタスが彼の襟首を引き、猫の子を連れ出すようにギュンターをその部屋から、連れ出した。

アイリスもディングレーもギュンターのその熱情には、恐れ入った、とため息を洩らし、シェイルはローランデの気を持ち上げる為に、彼に話かけた。

部屋に入るともう、レイファスは上着を脱ぎ出していた。
ファントレイユは何か言おうとしたけれど、襲って来る眠気は強烈だった。
見ると横のテテュスも同様のようで、無言で衣服を寝間着に着替えてる。
ファントレイユも意識の無いまま着替えを終えると、先に枕を抱いて寝台に伏すレイファスの横に潜り込んだ。
テテュスが隣に潜り込むのを感じたが、“お休み"と口を開く間も無く、睡魔にノックアウトされて深い睡眠へと、沈み込んだ。

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26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

竜の国のカイラ~前世は、精霊王の愛し子だったんですが、異世界に転生して聖女の騎士になりました~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
辺境で暮らす孤児のカイラは、人には見えないものが見えるために悪魔つき(カイラ)と呼ばれている。 同じ日に拾われた孤児の美少女ルイーズといつも比較されていた。 16歳のとき、神見の儀で炎の神の守護を持つと言われたルイーズに比べて、なんの神の守護も持たないカイラは、ますます肩身が狭くなる。 そんなある日、魔物の住む森に使いに出されたカイラは、魔物の群れに教われている人々に遭遇する。 カイラは、命がけで人々を助けるが重傷を負う。 死に瀕してカイラは、自分が前世で異世界の精霊王の姫であったことを思い出す。 エブリスタにも掲載しています。

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

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