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第三章『三人の子供と騎士編』
2 話し合い
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川で皆が飛び跳ねる魚と、はしゃぎながら格闘している所に、使者がやって来た。
腕と足をまくり、子供達に溶け込むアイリスの姿に使者は目を丸くしたが、普段それは品の良い自分の主人に、見ない振りして内容を告げた。
テテュスとファントレイユ、それにアイリスは慌てて仲間達に別れを告げ、暫くは来られないかもと告げて、その場を去った。
アイリスは外庭のテーブルに、金髪のギュンターと並ぶ大柄なライオンのようなオーガスタスを同時に見つけ、心からほっと、ため息を吐いた。
テテュスが見上げているのに気づき、その彼の可憐な幼い様子に、アイリスは大丈夫だと微笑む。
テテュスの落ち着いた濃い茶色の髪に囲まれた色白な頬の、どこかあどけない顔はとても…初々しい感じがして、ファントレイユはつい、自分より背の高い彼を、見つめた。
テテュスは自分やレイファスに面差しが似てるだけあって、黙ってそっと俯いていたりすると、とても育ちの良さそうな大人しげな少年に見えたし、顔立ちの整ったとても綺麗な少年に見えた。
…なのに遊びになったり剣を使い始めると、綺麗な印象はどこかへ飛んで行く。
ファントレイユはまだ、自分がずっと綺麗だったらどうしよう。と、一生懸命テテュスを見習おうとした。
アイリスはファントレイユのいじらしいそんな気持ちが解り、でもやっぱり淡い色の栗毛とブルー・グレーの瞳が際だつ、とても綺羅綺羅しい美貌の彼の様子を口に出来ないでいた。
陽は、傾きかけていた。
シェイルが、戻って来る彼らの姿を外庭のテーブルから見つけ、怒鳴る。
「…よう!」
アイリスは頷き、ローランデを見つめようとし、その横に掛けるギュンターが凄まじい瞳で睨むのについ、足を止めて秘かに震った。
ローランデは気づいて、止めろとギュンターに振り向いてたしなめ、オーガスタスはため息混じりに肩をすくめる。
「アイリス」
ローランデは迎えるように立ち上がり、歩み寄るので。
アイリスは感激するようにローランデの手を、取った。
「こちらがテテュスで私の息子。
彼は妹の子で、ファントレイユ。
テテュス。ファントレイユ。彼が、ローランデだ」
けれどファントレイユとテテュスは、剣の名手はギュンターとオーガスタスのどちらだろう?と視線を彷徨わせている真っ最中で、アイリスが彼らに振り向いて、隣の自分より小柄な騎士を紹介し始めたものだから、二人共、ローランデをまじまじと凝視した。
アイリスは二人の失礼な様子に頬を染めたが、ローランデは気にする様子無く、優しげな微笑みを彼らに向ける。
「よろしく」
テテュスは彼がいっぺんに好きになって微笑み、ファントレイユは自分の失礼に頬を染めて俯き、小声で返した。
「よろしく」
ローランデは顔を上げてアイリスに告げる。
「父に使者を送ったから、二週間近く居られる」
アイリスは後ろでまだ椅子にかけ、ぎんぎんと自分を睨むギュンターに視線を送る。
ギュンターの視線は射るようにきつく、アイリスのそれは戸惑う様子に、オーガスタスもディングレーも思わず顔を、下げた。
「それは…とても嬉しいが。
でも…」
アイリスの様子を目にし、シェイルが静かに威嚇した。
「好意は受けるものだアイリス」
アイリスはもじもじと俯き、つぶやく。
「シェイル。でも。
苦しい恋をしていると普通の人間ですら、凶暴になるものだ………」
レイファスがつい、振り返ってギュンターを見つめた。
ギュンターは唸った。
「ましてや、野獣じゃな!お前の手に負えそうに無いだろう!」
アイリスは、見え見えの言い訳をする。
「別に君の事を野獣だとは、言ってない」
ギュンターがとうとう、吼えるように怒鳴った。
「往生際が、悪いぞ!」
シェイルが彼を振り向き睨み、ローランデも振り向いて目で彼を制し、アイリスにささやく。
「ギュンターは大人しくすると言う条件で、付いてきてる。
だから、出来なければ帰す」
アイリスは思い切り、ため息を吐く。
「…つまりそれは、彼の限界前に君を解放しろと言う事だと、思う」
ローランデが驚いて、アイリスを見つめた。
「解釈が、私と違う」
アイリスは頷く。
「でも事実は私の言う通りになる。
ギュンターは引く気は、無さそうだし」
オーガスタスも頬杖付いてぶっきら棒に唸る。
「俺が抑えとける間で、何とかしてくれ」
調教師のようなその一番大柄な彼を、それでもディングレーは信頼を寄せて見つめ、安堵のため息を付いた。
オーガスタスはそれに気づくと目を見開いてディングレーを見つめ、顔を寄せると、耳元でそっとささやいた。
「…お前でも、怖いのか?」
ギュンター迄がその、黒髪の気品溢れる男らしい王族の、ディングレーを見つめる。
ディングレーはそれに戸惑うが、口を開いた。
「…恋に狂ってなきゃ、俺だって怖くは無いさ」
ギュンターはふん!と鼻を鳴らし、オーガスタスはぼりぼりと首を掻いた。
レイファスはそっと、ディングレーにささやき尋ねる。
「…そんなに、怖いの?」
レイファスに聞かれ、ディングレーは彼にそっとささき返す。
「お前だって一番お気に入りのおもちゃを取り上げられたら、キレるだろう?」
レイファスもそっと、ディングレーを見つめ返す。
「僕はキレないで、どうやって取り戻すか、知恵を絞る」
ディングレーはぽん。とレイファスの頭を叩き、言った。
「お前の方が間違いなく、あいつより大人だ」
ギュンターがディングレーを凄まじい瞳で睨み付けて唸る。
「ローランデをおもちゃと一緒にするな!」
レイファスは頷いた。
「カレアスからアリシャを取り上げられたら彼は狂う」
ギュンターも、そうだろう。と頷いた。
ディングレーは腕組みすると、ギュンターから思い切り、顔を向けた。
テテュスもファントレイユももう、テーブルに付いていてそれを耳にしていた。
ローランデは呆れたようにギュンターを見つめ、アイリスが思わず青冷めて、ぼそっとつぶやく。
「今でさえ狂ってるのに、取り上げたらこれ以上か………?」
ギュンターが、嗤った。
「アイリス。聞こえているぞ………」
アイリスはそれが、獣の威嚇に思え、顔が上げられなかった。
大人達はギュンターをはばにし、話し合いを持った。
ギュンターは席に子供達と残され、レイファスが二人に、彼はローランデにぞっこん参っていて彼を独り占めしたいから、あんまりローランデに世話をかけるとギュンターが暴れ出し、それで大人達は困ってるんだ。
と説明した。
テテュスは頷いた。が、ファントレイユがその金髪の並外れた美男に尋ねる。
「どうして男の人が好きなの?」
ギュンターは素っ気なく質問に答えた。
「…そういう事は考えてない。気づいたら、ローランデに惚れていた」
「…でも相手は凄腕の剣士でしょう?
好きだって言って、すんなりうんと言ったの?」
尚も聞くファントレイユに、レイファスは頬杖を付いて呆れ、テテュスと顔を見合わせる。
ギュンターはその人形のように綺麗な少年の疑問にそれでも、答えた。
「言う訳無いだろう?相手をその気にさせるには、こっちも本気にならないとな」
「…それで?どうやったの?」
レイファス迄便乗してつい尋ね、ギュンターは肩をすくめる。
「相手がうんと言う迄、好きだと言う」
テテュスも頷いた。
「…そうだね。本気はいつか相手にちゃんと、伝わる」
ギュンターはその幼い、見目がアイリスそっくりの、だが彼と違って素直で純真そうなアイリスの息子を、見た。
そしてつぶやく。
「そう…思うか?」
テテュスは微笑んだ。
「思うよ」
レイファスはファントレイユに振り向き、ささやく。
「気が合うと、思った。テテュスとギュンターは似てるもの」
テテュスはその、金髪のしなやかな美貌の男を見つめ、レイファスにそっと問う。
「僕より、ファントレイユだよ?とても目立つもの」
レイファスはすかさず言い返す。
「外見じゃなくて…。何を大切にするかって所なんだけど」
テテュスはギュンターを、腑に落ちない様子で見つめた。
綺羅綺羅しい美貌は、間違いなくファントレイユみたいだったし、ファントレイユだって、とても意志が強い。
レイファスは理解出来ないテテュスに、尚も言い聞かせる。
「大切な事には潔く自分を全て賭ける所も、似てると思う」
ギュンターは自分を凝視するテテュスを見つめ、肩をすくめた。
「別に否定していいぞ。
俺に似てるなんて、誉め言葉じゃないからな」
だがテテュスは微笑んだ。
「どうして?とても、光栄だ」
ギュンターはテテュスの頬に手を、そっと添えて囁く。
「…お前はアイリスの息子にしては、出来過ぎだ」
レイファスとファントレイユは同時に顔を見合わせ、声を揃えた。
「みんな、そう言う」
「……どうすると、思う?」
ディングレーがそっと、問う。
五人はテーブルから離れた、すっかり暮れた庭で立ち話をしていた。
屋敷の豪奢な窓から、濃紺に包まれた景色の中に、柔らかな黄色の灯りがもれる。
オーガスタスがローランデをそっと、見た。
「サイアクなのはあいつがこらえきれずに、始める事だ。
例え子供の前だろうが」
ローランデが瞳を見開くが、オーガスタスが促した。
「…無いとは言えないだろう?」
ローランデは真っ赤になって俯く。
シェイルが素っ気なく言った。
「そんなマネしたら、俺が短剣を投げてぶっ殺してやる」
アイリスがそっと、聞いた。
「ローランデとくっついてるのに?」
シェイルは肩をすくめた。
「あいつは絶対ローランデを庇うに決まってる。
あいつが弾かない限りは、当たるさ」
ディングレーとオーガスタスが、顔を見合わせ思い切り下を向いた。
「もっと良い案は?」
ディングレーに勝手に却下され、シェイルは睨んだ。
ぷんぷん怒ったシェイルが、テーブルに戻って来る。
生徒のレイファスに見つめられ、二人の子供に顔を向ける。
ギュンターがその端に座り、悠然と腕組みして腰掛けていた。
「どうなったの?」
レイファスに問われ、シェイルは手の上に顎を付き、不機嫌に唸った。
「獰猛な野獣の扱いに、慎重を期すようだ」
テテュスとファントレイユが、その分かりにくすぎる返答に、顔を見合わせた。
レイファスはつい、ギュンターを見た。
シェイルはギュンターを睨め付け、口を開く。
「…誰の事か解っていても、言う事は無いようだな?」
ギュンターは顔を上げ、その銀髪の美青年を見つめ返す。
ローフィスとディアヴォロスの前でだけ素晴らしい恋人になる、いつも素っ気ない態度で迂闊に近寄ると攻撃的な男に、彼は唸った。
「…だから?言う事なんか別に無い」
テテュスが、困惑してささやく。
「僕達、立派な騎士がたくさん来てくれて、凄く嬉しいんだけど……」
テテュスの言葉に、シェイルは彼らの気持ちに気づき、真顔に成って謝罪した。
「…悪いな。ゴタついて。
だが立派な騎士に見える男でも。
時と場合によっては、危険極まりない場合がある。
アイリスはお前らの事が、凄く大事だから…」
レイファスは頷いた。
「腕っぷしが強いと気が大きくなって、平気で乱暴を働く奴でも騎士然としてるから、見分けが必要だって」
シェイルは頷いた。
ファントレイユが、ギュンターも本当にそうなのかな?
といぶかって、自分の意見を言ってみる。
「でもギュンターはとても、格好いい騎士に見える」
ギュンターがファントレイユを見つめるが、シェイルは素っ気なく言った。
「だが中味は野獣だ。戦闘で味方だと心強いが。
普段の扱いには、慎重さが要る」
ファントレイユがそっと尋ねる。
「…喰い付くの?」
テテュスもレイファスも、会ったばかりの騎士に対して、かなり失礼な言い方だと感じた。
が、ギュンターは平気で、大丈夫だ。お前らに危害を加える気は無い、と言うように、肩を揺らして言い放つ。
「俺がローランデと一緒で、したい事は一つだ」
シェイルが途端、ギュンターを睨みすえた。
「子供の前でもか?!」
ギュンターは肩をすくめる。
「世間を知る、いい教育になるだろう?」
シェイルはもう、唸り出しそうにギュンターを睨んだ。
「…お前の事だからどうせそれは、冗談じゃ無いんだろう?」
「どうして冗談を言う?」
オーガスタスは少し離れた場所で腕を組んで二人の言い合いを聞いて、ため息を付いた。
ディングレーは俯ききっていた。
オーガスタスが肩を揺らして提言する。
「…昼は隔離して、夜は一番外れで誰も側に居ない客室に、ローランデと放り込むしか手は無いだろう?」
ディングレーとアイリスが、ローランデを見つめた。
ローランデはその頼りになる、一番大柄な男を見上げる。
「夜は君が、彼(ギュンター)を管理してくれないのか?」
ローランデに言われ、途端ディングレーは、気の毒そうにオーガスタスを見つめた。
オーガスタスは肩をすくめて見解を述べる。
「どうせ抜け出して君の寝室を襲うさ。
一晩中鎖で繋いどけと、言ってる様なもんだぞ?」
ローランデは俯いた。
「だって、大人しくすると誓うから、連れて来たんだ…。
シェイルに同室に泊まって貰うと、きっとギュンターと夜中に争う事になる」
アイリスはやっぱり頭を抱えた。
「紐を引いたらベルが鳴るようにして、すぐに私が駆けつけよう…。
オーガスタスはギュンターを頼む」
オーガスタスはため息混じりに、頷いた。
ディングレーはこの采配に、心から安眠を約束されて安堵した。
大人達が、戻って来る。
オーガスタスが椅子を引き、腰掛けながら隣のギュンターに、決定を告げる。
ギュンターが不満げに唸るが、ローランデが彼を瞳で見つめ、制した。
だがとうとうギュンターが怒鳴った。
「…禁酒しろと言われてるようなもんだぞ!」
オーガスタスは肩をすくめた。
「それ位はしろ。
ローランデに惚れた時点で、想像ついたろう?我慢が、それは必要な事くらい?」
「………ローランデが近衛に居た頃はいいさ!
今俺は、彼に会う為暇を見つけては北領地[シェンダー・ラーデン]迄、一日半昼夜駆けてるんだぞ!」
アイリスはあんぐり口を、開けた。
「…北領地[シェンダー・ラーデン]大公地領迄本当に、一日半で辿り着いてるのか?」
ギュンターはぶすったれた。
「…少しでも時間が惜しいからな」
アイリスは俯ききった。
「『神聖神殿隊』付き連隊も、真っ青だな…。
どう頑張っても二日は要すると思っていた」
シェイルがどこの世界の話しだ?とつぶやいた。
「…北領地[シェンダー・ラーデン]迄は普通、早くても4・5日かかるもんじゃないのか?」
ローランデも頷く。
「抜け道を幾つも知ってる私でも、三日はみてる」
アイリスは、見つめるディングレーとオーガスタス、それに子供達に説明した。
「“早駆け"が『神聖神殿隊』付き連隊の身上で、最速で二日。
二日半が隊の常識だ。
もちろん、誰もが避ける難所を駆けて。
だがそれすらも、休みも取らずぶっ続けで、馬を取っ替えながら乗っての話。
…ローフィスに聞いてみるといい。
彼もきっと開いた口が、塞がらないと思う」
ローランデはそこ迄自分の為に労力を費やしながら、微塵も顔に出さず彼に恋い焦がれる、金の髪の美貌の野獣をそっと…見た。
その切なげに眉を寄せる親友の様子に気づきながら、だがシェイルはめげなかった。
「オーガスタスも言ったろう?
それ位の根性が無いなら、ローランデはとっとと諦めればいいんだ!」
他の騎士達は一斉に、シェイルを見つめた。
シェイルは、その視線を跳ね返して怒鳴る。
「何だ!」
ディングレーが呻いた。
「お前らの学年は、本当にローランデ大切だな。
…親友と言うより、まるで保護者だ」
シェイルはきっ!と睨んだ。
「学年の誉れで、最も崇拝されてしかるべき騎士だ!
…お前ら上の学年の奴には解ってないが、俺達の英雄なんだぞ!
今だにローランデを辱める男が居るだなんてふれて回ったら、数十人は剣を携えて飛んで来る!
ギュンター!
そいつらに斬り殺されないだけでも、有り難いと思っておけ!」
ギュンターは思い切り肩をすくめ、ローランデはシェイルに、大袈裟だと視線を向け、子供達はその大人しげで品のいい騎士をつい、まじまじと見つめた。
アイリスがだが、ギュンターをそっと見つめ、吐息を吐く。
「…在学中に君を急襲する計画を、何度私が止めたか、知らないだろう?」
ギュンターがアイリスを見つめ返し、唸る。
「だから、恩に着ろと?」
アイリスは首をすくめた。
「いや?だがローランデは、そういう崇拝者をごろごろ抱えてる。
本人は知らなくても。
シェイルは連中を代表してるし、これでも随分……君に好意的だ」
ディングレーが目を丸くした。
「…これでもか?」
アイリスが頷いた。
「これでもだ。だって秘かに彼の似顔絵を、短剣の的にしてないし。
顔を見ても、今にも剣を抜きそうに、手をぴくぴく動かさない」
ディングレーとオーガスタスはギュンターを、見た。
レイファスは思い切りため息を付き、テテュスとファントレイユはつい、その話の内容の凄まじさに呆然とした。
ギュンターは腕組みしたまま、唸った。
「…ダンキーにクウィル…それに…」
アイリスが、顔を上げた。
「チェザ・ストン」
ギュンターは頷く。
「他にも数名居たな。俺の顔を見るなり剣の柄に、無意識に手を掛ける奴が。
デンスは、今だそうだ」
オーガスタスもディングレーも、知らんぷりをした。
彼らは何度も、その連中がギュンターと出くわす度、無意識に剣の柄に手をかけてそれを抜こうとし、気づいた彼らの視線を受けて慌ててその手を引っ込めるのを、見ていたからだ。
ローランデが、知らなかった。と、シェイルとアイリスを、じっと見つめた。
ギュンターはそんな彼を見つめて唸った。
「どうして奴らがかかって来ないのか、不思議だったが。
…そういう事か?」
アイリスが肩をすくめた。
シェイルは凄く不満そうに、ギュンターを頬杖付いたまま睨んだ。
「あんまりお前が人前でも堂々と、ローランデに迫るんで。
困ってるローランデを見かね、腹に据えかねて連中が集まると、いつの間にかアイリスが混ざって、説くんだ。
ギュンターは真剣だし、恋に狂ってるからそれは凶暴で。
絶対君らは無傷で帰れないと。
…それでも聞かないと、あれでローランデはギュンターの事を認めてるから、幾ら何でも多数に斬り殺されたら、ショックを受けると」
そして、アイリスを憮然と見つめ、顎をしゃくる。
「こいつの弁のたつのは、みんな知ってるだろう?」
オーガスタスは頷いた。
ディングレーも、ギュンターを見つめて、解いた。
「…これでも戦場で、その身を盾に部下の命を救い続けてきた男だから、ヘタに年下の仲間に斬り殺されたりしたら、今度はそいつらが、ギュンターの報復に出るしな」
アイリスがため息交じりにささやく。
「…きりが無いだろう?
第一こんな勇猛な味方が居ないと、戦場で困る」
ローランデもオーガスタスも、ディングレーも頷いた。
レイファスはギュンターを見て、笑った。
「やっぱり凄く、強いんだ!」
ギュンターは唸った。
「…手練れの恋人を持つと、それに見合う程強くならないとな。
俺だって剣は、苦手だ」
皆が一斉に、何を言ってるんだ?とギュンターに振り向く。
ローランデが目を、見開く。
「…苦手なのか?」
ギュンターは何を驚いてるんだ?と見つめ返す。
「だって殺しちまうだろう?
お前やディアヴォロスは、ちゃんと加減が出来るじゃないか」
言って、思い出すように付け足す。
「ああ…ローフィスもオーガスタスも、アイリスもそうだな…」
そしてディングレーを見やり
「あんたも結構器用だな。そう、見えないが」
ディングレーが静かに怒鳴った。
「…どういう意味だ!」
ギュンターはシェイルも見、そして説明するようにレイファスを見て、肩をすくめた。
「この中では俺が一番、ヘタだ」
レイファスが見つめられて、そっと言う。
「ゼイブンも…そう言った。
ヘタだから、殺しちまうと」
“ゼイブンと同じ”と言われ、ファントレイユがギュンターを見る。
テテュスも、ギュンターをじっと見た。
三人の視線を受けて、ギュンターは笑う。
「いい剣士は相手を苦しませず、一瞬で殺すか、相手がそれ以上かかって来ないような剣を、振るう。
俺にそんな器用なマネは出来ない」
「だが剣が苦手は初耳だ」
ディングレーがぼそりと言うと、アイリスも、考えられない。と首を振って尋ねる。
「…どの辺が苦手か、聞いていいか?」
オーガスタスが、ギュンターに顎をしゃくる。
「…イラ付くんだろう?
性格からいって、拳で相手を殴り倒す方が、性に合ってる」
ギュンターは良く解ってる悪友に、頷いた。
「剣は長いし、扱いを間違えると絡まる。
迂闊に扱えば隙が出来るし。
振り回すのも、長さを考えて無いとどこかに、ぶつけそうだ」
皆がたっぷり、そう言うギュンターに呆れた。
アイリスが頷く。
「…つまり幼少の頃から、剣を扱い慣れてないんだな?」
ギュンターが、訂正した。
「剣より先に、拳を覚えちまったからな。
あっちの方が直接的でいい。
加減なんかしなくても、滅多に殺す事も無いし」
ローランデにまじまじと見つめられ、ギュンターは尋ねる。
「どうした?」
ローランデは少し赤くなると俯いた。
「君の性格がもう少し良く、解った気がする」
ギュンターはそうか?と、愛しのローランデを見つめた。
「相手との距離を計るのは、苦手だ。
その気に成った時、手加減するのも」
ローランデは思い切り俯くと、そうだろうな。と大きく吐息を吐き、そんな彼に皆がつい、同情の視線を向けた。
「…あれ……どういう意味かな」
ぞろぞろと皆で屋敷に入っていく途中、ファントレイユが疑問を口にした。
レイファスが
『つまりギュンターは寝室で、ローランデ相手に全然手加減が出来ないんだ』
と口に出来ず、珍しく言い淀むと。
テテュスが代わって口を開く。
「手加減が、出来ないって事だろう?
剣は刃物だから、気概や気迫が必要だけど。
同時に凄く、冷静で無ければって、ディングレーが言っていた。
相手にそれ以上戦意が無いのに気づかずに戦うと、死人を出すって。
自分が強ければ強い程、自制心が居るから。
剣豪は、相手を殺す事が大好きな人間か。
凄く強くても、相手を殺さずに済ますか…。
ギュンターの言ったみたいに、苦しませずに一瞬で殺せる人の事を言うし。
お前はどっちに成りたい?って、聞かれた」
ファントレイユは、テテュスを見た。
「それで?」
テテュスは微笑む。
「人を殺して楽しいと思えないから、後者がいいって。
そしたらディングレーは、じゃあうんと鍛錬しないとなって。
剣の腕と、気持ちを抑えてそれでも勇敢でいられる訓練が必要で。
人を殺すのが好きな奴よりもっと、大変な鍛錬が要るって」
レイファスが口を開く。
「…じゃあ、ローランデは後者なんだ」
三人はその噂のローランデの剣を振るう様が今日見られなくて、心から残念に思った。
三人はぺこぺこのお腹で夕食の食卓に付いたが、大人達の間に目に見えない緊張が走っていて、誰も口を聞こうとはしなかった。
三人は食べるのに夢中だったけど、とうとうギュンターが唸った。
「…どうしても、取り押さえるつもりか」
アイリスが、べそをかきそうな声でささやいた。
「…ローランデの意思を尊重する。悪いが」
シェイルが怒鳴った。
「どうして悪い!当然だ!」
オーガスタスもディングレーも、深いため息を、付いた。
ギュンターがそれを聞いて言った。
「同情より、味方に回ってくれると嬉しいんだが」
オーガスタスは肩をすくめ、ディングレーがささやいた。
「…同情しか手が、無いだろう?訪問の目的を考えると……。
そりゃ、俺だってアイリスを呆れさせるくらいの情熱で、北領地[シェンダー・ラーデン]迄お前が時間を惜しんで駆けてるのは…気の毒だとは思う。
そのローランデが、こっちに居る間少しでもその…二人きりの時間を過ごしたいって気も、解るが…」
ギュンターは思い切り、その同年の王族に告げた。
「が…なのか?」
ディングレーは、いつもそれは颯爽と並み居る視線を受け。
誰からも求愛され、だが誰がその相手でも格好良さを決して崩したりしなかった男が、ローランデを目の前に、ご馳走を喰い損ねた子供みたいに苛立つ様を、無様だと笑えず顔を下げた。
「すまないが…」
「謝る必要は、無い!」
シェイルが相変わらず強気で言うが、ローランデがディングレーにそっとささやく。
「…そんなに…気の毒だと思うのか?
君でも」
ディングレーはギュンターの視線に戸惑いながらも
「だってそりゃ…普段そんな素振りは全然見せない男が、影では。
必死でお前に会う為に昼夜駆け続けてるんだと思うと…俺だって奴を気の毒に思う気持ちくらいは、あるさ。さすがに」
と告げた。
オーガスタスがため息を、吐く。
ローランデがもじった。
「だが……。
ギュンター。近衛の時だって、いつもその…君と過ごせていた訳じゃない」
ギュンターは憮然と言った。
「ずっと居ろとは言わない。俺の為に少し時間を作ってくれ」
アイリスがとうとう、折れた。
「二日とか、三日に一辺くらいは、半日彼と付き合ったらどうだ?」
ローランデはため息を付いた。
彼の青い瞳が、ギュンターに呆れるように注がれる。
「ギュンター。解ってるのか?
ディアヴォロス左将軍の要請だからこそ、父も快く二週間もくれたんだ」
ギュンターはそれでも、判定を待つようにローランデを見つめ続ける。
珍しいギュンターの紫色の瞳が、彼の美貌を更に引き立たせていたけど。
あまりにも真摯な眼差しに、子供達は思わず見入った。
あまりにも真っ直ぐな、ローランデに向ける視線。
子供達はギュンターの想いの深さに、恐れ入った。
だがシェイルが釘を差した。
「…仕事をさぼって菓子を食うのと、変わらないぞ!
そんなに奴を感心したような眼差しで見るな!
大人になって内情が解ると、俺の気持ちが解る!」
ギュンターは肩をすくめた。
「恋人と甘い時間を過ごすのがどれだけ重要かを知れば。
俺の苛立ちも、解る筈だ」
シェイルは怒鳴った。
「お前はしたいだけだろう!」
ギュンターも怒鳴り返した。
「したいだけなら他に幾らだって相手が居る!
とっとと余所へ行くさ!」
「じゃあ、余所へ行くんだな!」
シェイルの冷たい言いぐさに、とうとうローランデもつぶやいた。
「だってギュンター。君は加減してくれないじゃないか………」
ローランデの切実な言葉に、オーガスタスもディングレーも、アイリス迄が、思わずギュンターから視線をそらした。
ギュンターが、掠れた声でささやく。
「じゃあうんと優しくすれば、時間を取ってくれるのか?」
ローランデが遠慮がちにギュンターを、見つめた。
「…出来るのか?
君、剣だってその気になると加減出来ないと言ってたろう?」
ギュンターは何か言おうと手を振り上げ、そして言葉が出ず、それを二度、繰り返した。
シェイルが顎を手に乗せ、ギュンターを見た。
「セコンドがいるか?お前が止まるよう、立ち会ってもいいぜ!」
ギュンターが唸った。
「俺は構わないが、ローランデが嫌がるだろう」
シェイルが彼を見ると、ローランデは赤くなってシェイルの袖を引いた。
「君に見られたりしたらもう、君と話せなくなる」
シェイルは真っ赤になって俯くローランデを見、つぶやいた。
「…こんなにシャイな相手によくお前みたいな奴が手を出せるな!
せいぜいでも、ディングレーだ!」
アイリスもオーガスタスも、言い切るシェイルを、見た。
「…それは…違うと思う……」
アイリスが言うと、オーガスタスも諭すようにつぶやいた。
「ディングレーはギュンターと張るだろう?
ハデに相手を取り替えないし、遊ばないだけで」
皆が一斉に、ディングレーを見た。
彼はいきなり怒鳴った。
「どうして比較対照が俺だ!
俺は…ちゃんと加減出来るぞ!」
オーガスタスはそっぽを向き、アイリスは下を向いた。
「おい…ちゃんと、俺を見ろ!
どっから聞いて、このどうしようも無い遊び人と俺を同列に扱う!
こいつの方が……やり慣れてるに決まってるだろう?!」
アイリスがオーガスタスを見るので、オーガスタスは仕方なさそうに、つぶやいた。
「だってお前……大抵相手を気絶させるだろう?
それで……噂に登らないと、本気で思っていたのか?」
ディングレーが、黙る。
そして俯く。
「どこから洩れてるんだ?そんな事が……」
アイリスが気の毒げに言った。
「野戦のテントで暇な時酒のつまみに、誰がどうだって内容になるのは、いつもだろう?」
「…つまり、俺の寝た相手が触れて回ってるのか?」
ディングレーの声が静かで、アイリスとオーガスタスは目を見交わした。
結果、オーガスタスが口開く。
「まあその…“夜付き人"達はそれぞれの事情を良く、知ってるし。
感想を好んで聞きたがる輩も、居るしな」
「…そういう事か…。
だが今は俺で無く、ギュンターの事だろう?」
ギュンターが肩をすくめた。
「つまり奴らはディングレーが居ない時、ディングレーが一番激しいと言い、俺が居なければ俺か?」
アイリスもオーガスタスも頷きかねて、オーガスタスは鼻を指先で擦り、アイリスはもじもじと腕を障った。
シェイルが呆れて二人を見る。
ギュンターが二人の様子に視線振り、ディングレーに、少し同情するようにささやく。
「…そういう事らしい」
「…俺は………」
言いかけ、子供達が面白そうに見つめるので、彼らに目を向けた。
「…こういう事もあるから、秘密だと思ってる事でも注意が必要だ」
ディングレーの為に三人は、解った。と頷いた。
腕と足をまくり、子供達に溶け込むアイリスの姿に使者は目を丸くしたが、普段それは品の良い自分の主人に、見ない振りして内容を告げた。
テテュスとファントレイユ、それにアイリスは慌てて仲間達に別れを告げ、暫くは来られないかもと告げて、その場を去った。
アイリスは外庭のテーブルに、金髪のギュンターと並ぶ大柄なライオンのようなオーガスタスを同時に見つけ、心からほっと、ため息を吐いた。
テテュスが見上げているのに気づき、その彼の可憐な幼い様子に、アイリスは大丈夫だと微笑む。
テテュスの落ち着いた濃い茶色の髪に囲まれた色白な頬の、どこかあどけない顔はとても…初々しい感じがして、ファントレイユはつい、自分より背の高い彼を、見つめた。
テテュスは自分やレイファスに面差しが似てるだけあって、黙ってそっと俯いていたりすると、とても育ちの良さそうな大人しげな少年に見えたし、顔立ちの整ったとても綺麗な少年に見えた。
…なのに遊びになったり剣を使い始めると、綺麗な印象はどこかへ飛んで行く。
ファントレイユはまだ、自分がずっと綺麗だったらどうしよう。と、一生懸命テテュスを見習おうとした。
アイリスはファントレイユのいじらしいそんな気持ちが解り、でもやっぱり淡い色の栗毛とブルー・グレーの瞳が際だつ、とても綺羅綺羅しい美貌の彼の様子を口に出来ないでいた。
陽は、傾きかけていた。
シェイルが、戻って来る彼らの姿を外庭のテーブルから見つけ、怒鳴る。
「…よう!」
アイリスは頷き、ローランデを見つめようとし、その横に掛けるギュンターが凄まじい瞳で睨むのについ、足を止めて秘かに震った。
ローランデは気づいて、止めろとギュンターに振り向いてたしなめ、オーガスタスはため息混じりに肩をすくめる。
「アイリス」
ローランデは迎えるように立ち上がり、歩み寄るので。
アイリスは感激するようにローランデの手を、取った。
「こちらがテテュスで私の息子。
彼は妹の子で、ファントレイユ。
テテュス。ファントレイユ。彼が、ローランデだ」
けれどファントレイユとテテュスは、剣の名手はギュンターとオーガスタスのどちらだろう?と視線を彷徨わせている真っ最中で、アイリスが彼らに振り向いて、隣の自分より小柄な騎士を紹介し始めたものだから、二人共、ローランデをまじまじと凝視した。
アイリスは二人の失礼な様子に頬を染めたが、ローランデは気にする様子無く、優しげな微笑みを彼らに向ける。
「よろしく」
テテュスは彼がいっぺんに好きになって微笑み、ファントレイユは自分の失礼に頬を染めて俯き、小声で返した。
「よろしく」
ローランデは顔を上げてアイリスに告げる。
「父に使者を送ったから、二週間近く居られる」
アイリスは後ろでまだ椅子にかけ、ぎんぎんと自分を睨むギュンターに視線を送る。
ギュンターの視線は射るようにきつく、アイリスのそれは戸惑う様子に、オーガスタスもディングレーも思わず顔を、下げた。
「それは…とても嬉しいが。
でも…」
アイリスの様子を目にし、シェイルが静かに威嚇した。
「好意は受けるものだアイリス」
アイリスはもじもじと俯き、つぶやく。
「シェイル。でも。
苦しい恋をしていると普通の人間ですら、凶暴になるものだ………」
レイファスがつい、振り返ってギュンターを見つめた。
ギュンターは唸った。
「ましてや、野獣じゃな!お前の手に負えそうに無いだろう!」
アイリスは、見え見えの言い訳をする。
「別に君の事を野獣だとは、言ってない」
ギュンターがとうとう、吼えるように怒鳴った。
「往生際が、悪いぞ!」
シェイルが彼を振り向き睨み、ローランデも振り向いて目で彼を制し、アイリスにささやく。
「ギュンターは大人しくすると言う条件で、付いてきてる。
だから、出来なければ帰す」
アイリスは思い切り、ため息を吐く。
「…つまりそれは、彼の限界前に君を解放しろと言う事だと、思う」
ローランデが驚いて、アイリスを見つめた。
「解釈が、私と違う」
アイリスは頷く。
「でも事実は私の言う通りになる。
ギュンターは引く気は、無さそうだし」
オーガスタスも頬杖付いてぶっきら棒に唸る。
「俺が抑えとける間で、何とかしてくれ」
調教師のようなその一番大柄な彼を、それでもディングレーは信頼を寄せて見つめ、安堵のため息を付いた。
オーガスタスはそれに気づくと目を見開いてディングレーを見つめ、顔を寄せると、耳元でそっとささやいた。
「…お前でも、怖いのか?」
ギュンター迄がその、黒髪の気品溢れる男らしい王族の、ディングレーを見つめる。
ディングレーはそれに戸惑うが、口を開いた。
「…恋に狂ってなきゃ、俺だって怖くは無いさ」
ギュンターはふん!と鼻を鳴らし、オーガスタスはぼりぼりと首を掻いた。
レイファスはそっと、ディングレーにささやき尋ねる。
「…そんなに、怖いの?」
レイファスに聞かれ、ディングレーは彼にそっとささき返す。
「お前だって一番お気に入りのおもちゃを取り上げられたら、キレるだろう?」
レイファスもそっと、ディングレーを見つめ返す。
「僕はキレないで、どうやって取り戻すか、知恵を絞る」
ディングレーはぽん。とレイファスの頭を叩き、言った。
「お前の方が間違いなく、あいつより大人だ」
ギュンターがディングレーを凄まじい瞳で睨み付けて唸る。
「ローランデをおもちゃと一緒にするな!」
レイファスは頷いた。
「カレアスからアリシャを取り上げられたら彼は狂う」
ギュンターも、そうだろう。と頷いた。
ディングレーは腕組みすると、ギュンターから思い切り、顔を向けた。
テテュスもファントレイユももう、テーブルに付いていてそれを耳にしていた。
ローランデは呆れたようにギュンターを見つめ、アイリスが思わず青冷めて、ぼそっとつぶやく。
「今でさえ狂ってるのに、取り上げたらこれ以上か………?」
ギュンターが、嗤った。
「アイリス。聞こえているぞ………」
アイリスはそれが、獣の威嚇に思え、顔が上げられなかった。
大人達はギュンターをはばにし、話し合いを持った。
ギュンターは席に子供達と残され、レイファスが二人に、彼はローランデにぞっこん参っていて彼を独り占めしたいから、あんまりローランデに世話をかけるとギュンターが暴れ出し、それで大人達は困ってるんだ。
と説明した。
テテュスは頷いた。が、ファントレイユがその金髪の並外れた美男に尋ねる。
「どうして男の人が好きなの?」
ギュンターは素っ気なく質問に答えた。
「…そういう事は考えてない。気づいたら、ローランデに惚れていた」
「…でも相手は凄腕の剣士でしょう?
好きだって言って、すんなりうんと言ったの?」
尚も聞くファントレイユに、レイファスは頬杖を付いて呆れ、テテュスと顔を見合わせる。
ギュンターはその人形のように綺麗な少年の疑問にそれでも、答えた。
「言う訳無いだろう?相手をその気にさせるには、こっちも本気にならないとな」
「…それで?どうやったの?」
レイファス迄便乗してつい尋ね、ギュンターは肩をすくめる。
「相手がうんと言う迄、好きだと言う」
テテュスも頷いた。
「…そうだね。本気はいつか相手にちゃんと、伝わる」
ギュンターはその幼い、見目がアイリスそっくりの、だが彼と違って素直で純真そうなアイリスの息子を、見た。
そしてつぶやく。
「そう…思うか?」
テテュスは微笑んだ。
「思うよ」
レイファスはファントレイユに振り向き、ささやく。
「気が合うと、思った。テテュスとギュンターは似てるもの」
テテュスはその、金髪のしなやかな美貌の男を見つめ、レイファスにそっと問う。
「僕より、ファントレイユだよ?とても目立つもの」
レイファスはすかさず言い返す。
「外見じゃなくて…。何を大切にするかって所なんだけど」
テテュスはギュンターを、腑に落ちない様子で見つめた。
綺羅綺羅しい美貌は、間違いなくファントレイユみたいだったし、ファントレイユだって、とても意志が強い。
レイファスは理解出来ないテテュスに、尚も言い聞かせる。
「大切な事には潔く自分を全て賭ける所も、似てると思う」
ギュンターは自分を凝視するテテュスを見つめ、肩をすくめた。
「別に否定していいぞ。
俺に似てるなんて、誉め言葉じゃないからな」
だがテテュスは微笑んだ。
「どうして?とても、光栄だ」
ギュンターはテテュスの頬に手を、そっと添えて囁く。
「…お前はアイリスの息子にしては、出来過ぎだ」
レイファスとファントレイユは同時に顔を見合わせ、声を揃えた。
「みんな、そう言う」
「……どうすると、思う?」
ディングレーがそっと、問う。
五人はテーブルから離れた、すっかり暮れた庭で立ち話をしていた。
屋敷の豪奢な窓から、濃紺に包まれた景色の中に、柔らかな黄色の灯りがもれる。
オーガスタスがローランデをそっと、見た。
「サイアクなのはあいつがこらえきれずに、始める事だ。
例え子供の前だろうが」
ローランデが瞳を見開くが、オーガスタスが促した。
「…無いとは言えないだろう?」
ローランデは真っ赤になって俯く。
シェイルが素っ気なく言った。
「そんなマネしたら、俺が短剣を投げてぶっ殺してやる」
アイリスがそっと、聞いた。
「ローランデとくっついてるのに?」
シェイルは肩をすくめた。
「あいつは絶対ローランデを庇うに決まってる。
あいつが弾かない限りは、当たるさ」
ディングレーとオーガスタスが、顔を見合わせ思い切り下を向いた。
「もっと良い案は?」
ディングレーに勝手に却下され、シェイルは睨んだ。
ぷんぷん怒ったシェイルが、テーブルに戻って来る。
生徒のレイファスに見つめられ、二人の子供に顔を向ける。
ギュンターがその端に座り、悠然と腕組みして腰掛けていた。
「どうなったの?」
レイファスに問われ、シェイルは手の上に顎を付き、不機嫌に唸った。
「獰猛な野獣の扱いに、慎重を期すようだ」
テテュスとファントレイユが、その分かりにくすぎる返答に、顔を見合わせた。
レイファスはつい、ギュンターを見た。
シェイルはギュンターを睨め付け、口を開く。
「…誰の事か解っていても、言う事は無いようだな?」
ギュンターは顔を上げ、その銀髪の美青年を見つめ返す。
ローフィスとディアヴォロスの前でだけ素晴らしい恋人になる、いつも素っ気ない態度で迂闊に近寄ると攻撃的な男に、彼は唸った。
「…だから?言う事なんか別に無い」
テテュスが、困惑してささやく。
「僕達、立派な騎士がたくさん来てくれて、凄く嬉しいんだけど……」
テテュスの言葉に、シェイルは彼らの気持ちに気づき、真顔に成って謝罪した。
「…悪いな。ゴタついて。
だが立派な騎士に見える男でも。
時と場合によっては、危険極まりない場合がある。
アイリスはお前らの事が、凄く大事だから…」
レイファスは頷いた。
「腕っぷしが強いと気が大きくなって、平気で乱暴を働く奴でも騎士然としてるから、見分けが必要だって」
シェイルは頷いた。
ファントレイユが、ギュンターも本当にそうなのかな?
といぶかって、自分の意見を言ってみる。
「でもギュンターはとても、格好いい騎士に見える」
ギュンターがファントレイユを見つめるが、シェイルは素っ気なく言った。
「だが中味は野獣だ。戦闘で味方だと心強いが。
普段の扱いには、慎重さが要る」
ファントレイユがそっと尋ねる。
「…喰い付くの?」
テテュスもレイファスも、会ったばかりの騎士に対して、かなり失礼な言い方だと感じた。
が、ギュンターは平気で、大丈夫だ。お前らに危害を加える気は無い、と言うように、肩を揺らして言い放つ。
「俺がローランデと一緒で、したい事は一つだ」
シェイルが途端、ギュンターを睨みすえた。
「子供の前でもか?!」
ギュンターは肩をすくめる。
「世間を知る、いい教育になるだろう?」
シェイルはもう、唸り出しそうにギュンターを睨んだ。
「…お前の事だからどうせそれは、冗談じゃ無いんだろう?」
「どうして冗談を言う?」
オーガスタスは少し離れた場所で腕を組んで二人の言い合いを聞いて、ため息を付いた。
ディングレーは俯ききっていた。
オーガスタスが肩を揺らして提言する。
「…昼は隔離して、夜は一番外れで誰も側に居ない客室に、ローランデと放り込むしか手は無いだろう?」
ディングレーとアイリスが、ローランデを見つめた。
ローランデはその頼りになる、一番大柄な男を見上げる。
「夜は君が、彼(ギュンター)を管理してくれないのか?」
ローランデに言われ、途端ディングレーは、気の毒そうにオーガスタスを見つめた。
オーガスタスは肩をすくめて見解を述べる。
「どうせ抜け出して君の寝室を襲うさ。
一晩中鎖で繋いどけと、言ってる様なもんだぞ?」
ローランデは俯いた。
「だって、大人しくすると誓うから、連れて来たんだ…。
シェイルに同室に泊まって貰うと、きっとギュンターと夜中に争う事になる」
アイリスはやっぱり頭を抱えた。
「紐を引いたらベルが鳴るようにして、すぐに私が駆けつけよう…。
オーガスタスはギュンターを頼む」
オーガスタスはため息混じりに、頷いた。
ディングレーはこの采配に、心から安眠を約束されて安堵した。
大人達が、戻って来る。
オーガスタスが椅子を引き、腰掛けながら隣のギュンターに、決定を告げる。
ギュンターが不満げに唸るが、ローランデが彼を瞳で見つめ、制した。
だがとうとうギュンターが怒鳴った。
「…禁酒しろと言われてるようなもんだぞ!」
オーガスタスは肩をすくめた。
「それ位はしろ。
ローランデに惚れた時点で、想像ついたろう?我慢が、それは必要な事くらい?」
「………ローランデが近衛に居た頃はいいさ!
今俺は、彼に会う為暇を見つけては北領地[シェンダー・ラーデン]迄、一日半昼夜駆けてるんだぞ!」
アイリスはあんぐり口を、開けた。
「…北領地[シェンダー・ラーデン]大公地領迄本当に、一日半で辿り着いてるのか?」
ギュンターはぶすったれた。
「…少しでも時間が惜しいからな」
アイリスは俯ききった。
「『神聖神殿隊』付き連隊も、真っ青だな…。
どう頑張っても二日は要すると思っていた」
シェイルがどこの世界の話しだ?とつぶやいた。
「…北領地[シェンダー・ラーデン]迄は普通、早くても4・5日かかるもんじゃないのか?」
ローランデも頷く。
「抜け道を幾つも知ってる私でも、三日はみてる」
アイリスは、見つめるディングレーとオーガスタス、それに子供達に説明した。
「“早駆け"が『神聖神殿隊』付き連隊の身上で、最速で二日。
二日半が隊の常識だ。
もちろん、誰もが避ける難所を駆けて。
だがそれすらも、休みも取らずぶっ続けで、馬を取っ替えながら乗っての話。
…ローフィスに聞いてみるといい。
彼もきっと開いた口が、塞がらないと思う」
ローランデはそこ迄自分の為に労力を費やしながら、微塵も顔に出さず彼に恋い焦がれる、金の髪の美貌の野獣をそっと…見た。
その切なげに眉を寄せる親友の様子に気づきながら、だがシェイルはめげなかった。
「オーガスタスも言ったろう?
それ位の根性が無いなら、ローランデはとっとと諦めればいいんだ!」
他の騎士達は一斉に、シェイルを見つめた。
シェイルは、その視線を跳ね返して怒鳴る。
「何だ!」
ディングレーが呻いた。
「お前らの学年は、本当にローランデ大切だな。
…親友と言うより、まるで保護者だ」
シェイルはきっ!と睨んだ。
「学年の誉れで、最も崇拝されてしかるべき騎士だ!
…お前ら上の学年の奴には解ってないが、俺達の英雄なんだぞ!
今だにローランデを辱める男が居るだなんてふれて回ったら、数十人は剣を携えて飛んで来る!
ギュンター!
そいつらに斬り殺されないだけでも、有り難いと思っておけ!」
ギュンターは思い切り肩をすくめ、ローランデはシェイルに、大袈裟だと視線を向け、子供達はその大人しげで品のいい騎士をつい、まじまじと見つめた。
アイリスがだが、ギュンターをそっと見つめ、吐息を吐く。
「…在学中に君を急襲する計画を、何度私が止めたか、知らないだろう?」
ギュンターがアイリスを見つめ返し、唸る。
「だから、恩に着ろと?」
アイリスは首をすくめた。
「いや?だがローランデは、そういう崇拝者をごろごろ抱えてる。
本人は知らなくても。
シェイルは連中を代表してるし、これでも随分……君に好意的だ」
ディングレーが目を丸くした。
「…これでもか?」
アイリスが頷いた。
「これでもだ。だって秘かに彼の似顔絵を、短剣の的にしてないし。
顔を見ても、今にも剣を抜きそうに、手をぴくぴく動かさない」
ディングレーとオーガスタスはギュンターを、見た。
レイファスは思い切りため息を付き、テテュスとファントレイユはつい、その話の内容の凄まじさに呆然とした。
ギュンターは腕組みしたまま、唸った。
「…ダンキーにクウィル…それに…」
アイリスが、顔を上げた。
「チェザ・ストン」
ギュンターは頷く。
「他にも数名居たな。俺の顔を見るなり剣の柄に、無意識に手を掛ける奴が。
デンスは、今だそうだ」
オーガスタスもディングレーも、知らんぷりをした。
彼らは何度も、その連中がギュンターと出くわす度、無意識に剣の柄に手をかけてそれを抜こうとし、気づいた彼らの視線を受けて慌ててその手を引っ込めるのを、見ていたからだ。
ローランデが、知らなかった。と、シェイルとアイリスを、じっと見つめた。
ギュンターはそんな彼を見つめて唸った。
「どうして奴らがかかって来ないのか、不思議だったが。
…そういう事か?」
アイリスが肩をすくめた。
シェイルは凄く不満そうに、ギュンターを頬杖付いたまま睨んだ。
「あんまりお前が人前でも堂々と、ローランデに迫るんで。
困ってるローランデを見かね、腹に据えかねて連中が集まると、いつの間にかアイリスが混ざって、説くんだ。
ギュンターは真剣だし、恋に狂ってるからそれは凶暴で。
絶対君らは無傷で帰れないと。
…それでも聞かないと、あれでローランデはギュンターの事を認めてるから、幾ら何でも多数に斬り殺されたら、ショックを受けると」
そして、アイリスを憮然と見つめ、顎をしゃくる。
「こいつの弁のたつのは、みんな知ってるだろう?」
オーガスタスは頷いた。
ディングレーも、ギュンターを見つめて、解いた。
「…これでも戦場で、その身を盾に部下の命を救い続けてきた男だから、ヘタに年下の仲間に斬り殺されたりしたら、今度はそいつらが、ギュンターの報復に出るしな」
アイリスがため息交じりにささやく。
「…きりが無いだろう?
第一こんな勇猛な味方が居ないと、戦場で困る」
ローランデもオーガスタスも、ディングレーも頷いた。
レイファスはギュンターを見て、笑った。
「やっぱり凄く、強いんだ!」
ギュンターは唸った。
「…手練れの恋人を持つと、それに見合う程強くならないとな。
俺だって剣は、苦手だ」
皆が一斉に、何を言ってるんだ?とギュンターに振り向く。
ローランデが目を、見開く。
「…苦手なのか?」
ギュンターは何を驚いてるんだ?と見つめ返す。
「だって殺しちまうだろう?
お前やディアヴォロスは、ちゃんと加減が出来るじゃないか」
言って、思い出すように付け足す。
「ああ…ローフィスもオーガスタスも、アイリスもそうだな…」
そしてディングレーを見やり
「あんたも結構器用だな。そう、見えないが」
ディングレーが静かに怒鳴った。
「…どういう意味だ!」
ギュンターはシェイルも見、そして説明するようにレイファスを見て、肩をすくめた。
「この中では俺が一番、ヘタだ」
レイファスが見つめられて、そっと言う。
「ゼイブンも…そう言った。
ヘタだから、殺しちまうと」
“ゼイブンと同じ”と言われ、ファントレイユがギュンターを見る。
テテュスも、ギュンターをじっと見た。
三人の視線を受けて、ギュンターは笑う。
「いい剣士は相手を苦しませず、一瞬で殺すか、相手がそれ以上かかって来ないような剣を、振るう。
俺にそんな器用なマネは出来ない」
「だが剣が苦手は初耳だ」
ディングレーがぼそりと言うと、アイリスも、考えられない。と首を振って尋ねる。
「…どの辺が苦手か、聞いていいか?」
オーガスタスが、ギュンターに顎をしゃくる。
「…イラ付くんだろう?
性格からいって、拳で相手を殴り倒す方が、性に合ってる」
ギュンターは良く解ってる悪友に、頷いた。
「剣は長いし、扱いを間違えると絡まる。
迂闊に扱えば隙が出来るし。
振り回すのも、長さを考えて無いとどこかに、ぶつけそうだ」
皆がたっぷり、そう言うギュンターに呆れた。
アイリスが頷く。
「…つまり幼少の頃から、剣を扱い慣れてないんだな?」
ギュンターが、訂正した。
「剣より先に、拳を覚えちまったからな。
あっちの方が直接的でいい。
加減なんかしなくても、滅多に殺す事も無いし」
ローランデにまじまじと見つめられ、ギュンターは尋ねる。
「どうした?」
ローランデは少し赤くなると俯いた。
「君の性格がもう少し良く、解った気がする」
ギュンターはそうか?と、愛しのローランデを見つめた。
「相手との距離を計るのは、苦手だ。
その気に成った時、手加減するのも」
ローランデは思い切り俯くと、そうだろうな。と大きく吐息を吐き、そんな彼に皆がつい、同情の視線を向けた。
「…あれ……どういう意味かな」
ぞろぞろと皆で屋敷に入っていく途中、ファントレイユが疑問を口にした。
レイファスが
『つまりギュンターは寝室で、ローランデ相手に全然手加減が出来ないんだ』
と口に出来ず、珍しく言い淀むと。
テテュスが代わって口を開く。
「手加減が、出来ないって事だろう?
剣は刃物だから、気概や気迫が必要だけど。
同時に凄く、冷静で無ければって、ディングレーが言っていた。
相手にそれ以上戦意が無いのに気づかずに戦うと、死人を出すって。
自分が強ければ強い程、自制心が居るから。
剣豪は、相手を殺す事が大好きな人間か。
凄く強くても、相手を殺さずに済ますか…。
ギュンターの言ったみたいに、苦しませずに一瞬で殺せる人の事を言うし。
お前はどっちに成りたい?って、聞かれた」
ファントレイユは、テテュスを見た。
「それで?」
テテュスは微笑む。
「人を殺して楽しいと思えないから、後者がいいって。
そしたらディングレーは、じゃあうんと鍛錬しないとなって。
剣の腕と、気持ちを抑えてそれでも勇敢でいられる訓練が必要で。
人を殺すのが好きな奴よりもっと、大変な鍛錬が要るって」
レイファスが口を開く。
「…じゃあ、ローランデは後者なんだ」
三人はその噂のローランデの剣を振るう様が今日見られなくて、心から残念に思った。
三人はぺこぺこのお腹で夕食の食卓に付いたが、大人達の間に目に見えない緊張が走っていて、誰も口を聞こうとはしなかった。
三人は食べるのに夢中だったけど、とうとうギュンターが唸った。
「…どうしても、取り押さえるつもりか」
アイリスが、べそをかきそうな声でささやいた。
「…ローランデの意思を尊重する。悪いが」
シェイルが怒鳴った。
「どうして悪い!当然だ!」
オーガスタスもディングレーも、深いため息を、付いた。
ギュンターがそれを聞いて言った。
「同情より、味方に回ってくれると嬉しいんだが」
オーガスタスは肩をすくめ、ディングレーがささやいた。
「…同情しか手が、無いだろう?訪問の目的を考えると……。
そりゃ、俺だってアイリスを呆れさせるくらいの情熱で、北領地[シェンダー・ラーデン]迄お前が時間を惜しんで駆けてるのは…気の毒だとは思う。
そのローランデが、こっちに居る間少しでもその…二人きりの時間を過ごしたいって気も、解るが…」
ギュンターは思い切り、その同年の王族に告げた。
「が…なのか?」
ディングレーは、いつもそれは颯爽と並み居る視線を受け。
誰からも求愛され、だが誰がその相手でも格好良さを決して崩したりしなかった男が、ローランデを目の前に、ご馳走を喰い損ねた子供みたいに苛立つ様を、無様だと笑えず顔を下げた。
「すまないが…」
「謝る必要は、無い!」
シェイルが相変わらず強気で言うが、ローランデがディングレーにそっとささやく。
「…そんなに…気の毒だと思うのか?
君でも」
ディングレーはギュンターの視線に戸惑いながらも
「だってそりゃ…普段そんな素振りは全然見せない男が、影では。
必死でお前に会う為に昼夜駆け続けてるんだと思うと…俺だって奴を気の毒に思う気持ちくらいは、あるさ。さすがに」
と告げた。
オーガスタスがため息を、吐く。
ローランデがもじった。
「だが……。
ギュンター。近衛の時だって、いつもその…君と過ごせていた訳じゃない」
ギュンターは憮然と言った。
「ずっと居ろとは言わない。俺の為に少し時間を作ってくれ」
アイリスがとうとう、折れた。
「二日とか、三日に一辺くらいは、半日彼と付き合ったらどうだ?」
ローランデはため息を付いた。
彼の青い瞳が、ギュンターに呆れるように注がれる。
「ギュンター。解ってるのか?
ディアヴォロス左将軍の要請だからこそ、父も快く二週間もくれたんだ」
ギュンターはそれでも、判定を待つようにローランデを見つめ続ける。
珍しいギュンターの紫色の瞳が、彼の美貌を更に引き立たせていたけど。
あまりにも真摯な眼差しに、子供達は思わず見入った。
あまりにも真っ直ぐな、ローランデに向ける視線。
子供達はギュンターの想いの深さに、恐れ入った。
だがシェイルが釘を差した。
「…仕事をさぼって菓子を食うのと、変わらないぞ!
そんなに奴を感心したような眼差しで見るな!
大人になって内情が解ると、俺の気持ちが解る!」
ギュンターは肩をすくめた。
「恋人と甘い時間を過ごすのがどれだけ重要かを知れば。
俺の苛立ちも、解る筈だ」
シェイルは怒鳴った。
「お前はしたいだけだろう!」
ギュンターも怒鳴り返した。
「したいだけなら他に幾らだって相手が居る!
とっとと余所へ行くさ!」
「じゃあ、余所へ行くんだな!」
シェイルの冷たい言いぐさに、とうとうローランデもつぶやいた。
「だってギュンター。君は加減してくれないじゃないか………」
ローランデの切実な言葉に、オーガスタスもディングレーも、アイリス迄が、思わずギュンターから視線をそらした。
ギュンターが、掠れた声でささやく。
「じゃあうんと優しくすれば、時間を取ってくれるのか?」
ローランデが遠慮がちにギュンターを、見つめた。
「…出来るのか?
君、剣だってその気になると加減出来ないと言ってたろう?」
ギュンターは何か言おうと手を振り上げ、そして言葉が出ず、それを二度、繰り返した。
シェイルが顎を手に乗せ、ギュンターを見た。
「セコンドがいるか?お前が止まるよう、立ち会ってもいいぜ!」
ギュンターが唸った。
「俺は構わないが、ローランデが嫌がるだろう」
シェイルが彼を見ると、ローランデは赤くなってシェイルの袖を引いた。
「君に見られたりしたらもう、君と話せなくなる」
シェイルは真っ赤になって俯くローランデを見、つぶやいた。
「…こんなにシャイな相手によくお前みたいな奴が手を出せるな!
せいぜいでも、ディングレーだ!」
アイリスもオーガスタスも、言い切るシェイルを、見た。
「…それは…違うと思う……」
アイリスが言うと、オーガスタスも諭すようにつぶやいた。
「ディングレーはギュンターと張るだろう?
ハデに相手を取り替えないし、遊ばないだけで」
皆が一斉に、ディングレーを見た。
彼はいきなり怒鳴った。
「どうして比較対照が俺だ!
俺は…ちゃんと加減出来るぞ!」
オーガスタスはそっぽを向き、アイリスは下を向いた。
「おい…ちゃんと、俺を見ろ!
どっから聞いて、このどうしようも無い遊び人と俺を同列に扱う!
こいつの方が……やり慣れてるに決まってるだろう?!」
アイリスがオーガスタスを見るので、オーガスタスは仕方なさそうに、つぶやいた。
「だってお前……大抵相手を気絶させるだろう?
それで……噂に登らないと、本気で思っていたのか?」
ディングレーが、黙る。
そして俯く。
「どこから洩れてるんだ?そんな事が……」
アイリスが気の毒げに言った。
「野戦のテントで暇な時酒のつまみに、誰がどうだって内容になるのは、いつもだろう?」
「…つまり、俺の寝た相手が触れて回ってるのか?」
ディングレーの声が静かで、アイリスとオーガスタスは目を見交わした。
結果、オーガスタスが口開く。
「まあその…“夜付き人"達はそれぞれの事情を良く、知ってるし。
感想を好んで聞きたがる輩も、居るしな」
「…そういう事か…。
だが今は俺で無く、ギュンターの事だろう?」
ギュンターが肩をすくめた。
「つまり奴らはディングレーが居ない時、ディングレーが一番激しいと言い、俺が居なければ俺か?」
アイリスもオーガスタスも頷きかねて、オーガスタスは鼻を指先で擦り、アイリスはもじもじと腕を障った。
シェイルが呆れて二人を見る。
ギュンターが二人の様子に視線振り、ディングレーに、少し同情するようにささやく。
「…そういう事らしい」
「…俺は………」
言いかけ、子供達が面白そうに見つめるので、彼らに目を向けた。
「…こういう事もあるから、秘密だと思ってる事でも注意が必要だ」
ディングレーの為に三人は、解った。と頷いた。
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