アースルーリンドの騎士 幼い頃

あーす。

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第ニ章『テテュス編』

14 最強の敵

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「あの…旦那様……」
執事が扉を開けて口を挟むと、その場に緊張が、走った。
「着いたのか?」
アイリスが問うと、執事は黙して頭を下げた。
「お通ししてよろしいので?」
ディアヴォロスが頷き、ローフィスとディングレー、そしてカレアスがため息を付き、大人達の様子に子供達は顔を見交わし合った。

間もなく、かっ!かっ!かっ!とカン高い靴音が響き、その二人の美人が顔を出した。
「カレアス…」
アリシャが彼の姿を見つけてつぶやくと、カレアスはがたっ!と椅子を立ち、ディアヴォロスに座るよう視線を投げられ、おずおずと腰を降ろす。
アリシャはチラ、と、それは立派な黒髪の騎士を見つめると、アイリスに視線を投げた。
「ご紹介がいります?
お兄さまの今までのお相手の中では最高に、ご趣味がよろしいようですけれど」
アイリスは真っ青に成った。
が、ディアヴォロスはご婦人達に、微笑んで見せた。
セフィリアも、アリシャもその微笑の素晴らしさについ、あら。と、ディングレーやローフィスの時とは違う反応を見せる。
アイリスがおもむろに告げた。
「左将軍、ディアヴォロス殿だ」
二人は道理で…。と扇を口に当て、顔を寄せてその素晴らしく男らしくて美しく、神秘的で崇高な騎士を見つめた。

ディアヴォロスは低い、良く響く男らしい声で言った。
「初めてお目にかかる」
二人はドレスの裾を摘み、軽く頭を下げて礼を、取った。
「来て頂いたのはご子息の事だ。お話せねばと思い、ご足労頂いた」
二人はアイリスの横に腰掛けると、ゆったり座る斜め向かいのディアヴォロスを見つめた。
セフィリアが、口を開く。
「ご意見がおありのようね?」
ディアヴォロスは微笑んだ。
その神秘的で魅力的な微笑みは、子供達のみならず、ご婦人達も魅了した。
「ご子息に何を望むか、お尋ねしたい」
アリシャはセフィリアを見、セフィリアが口を開いた。
「主人が騎士をしておりますので。
同様の道をとは考えますが。
ご覧の通り、でもとても教練に入れられる様子ではありませんから。
出来れば、文官で宮仕えを望んでおります」
ファントレイユの眉が寄り、その綺麗な顔が、引き締まった。
ディアヴォロスは彼に真っ直ぐ視線を向けると、尋ねた。
「君はどうしたい?」
セフィリアが途端、異論を唱える。
「相手は五歳の子供ですのよ?」
ファントレイユに非難を込めて見つめられ、でもセフィリアは自分の意見を変える気は無かった。
「構わぬ。言いなさい」
ディアヴォロスに微笑まれ、ファントレイユは彼を見つめ、勇気を貰ったように口を開く。
「騎士に……。誰よりも強い騎士に、なりたい…」
それは低く小さな声だったけれど、強い意志が籠もっていた。
ファントレイユは真っ直ぐ、突きつけるように、セフィリアを見つめた。

「子供だから彼の決意を無視出来ると、思われるか?母君」
セフィリアにそう問い、見つめるディアヴォロスに。
彼女は視線を向け、そして少し俯いた。
「貴方はご存じ無いんですわ。この子は体が弱いんです」
「鍛えてやろうとは思われない?」
ディアヴォロスの澄んだ声に、セフィリアは顔を上げた。
彼は言葉を続ける。
「大事に保護し、弱いままで幾つになっても病に怯える大人に、したいのか?」
セフィリアは異論を唱えようとした。
だがディアヴォロスは彼女に微笑んだ。
「幾らでも、強くなれる。意思がとても強いご子息だ。
今まで病の苦しみに耐えた強い心があるから、鍛錬にも耐えきるだろう。たとえ…。土を食べても菌に負けない」
「土ですって?!」
セフィリアが叫んだ。
ディアヴォロスは言って聞かせるように、反復した。
「そう、土だ。
戦になれば野山に迷う事もある。食料の尽きる事も。
森や野山で食べ物を見つけられなければ、飢える。
土の付いた食べ物で飢えをしのがなければ、体力も弱り、弱った体で敵に出くわせば…命が、無い」
セフィリアは両拳を机の上でがたがた震わせた。
「…ファントレイユ。本気でそんな目に、合いたいの?
嫌よね?騎士より文官に……!」
「例え土すら食べられなくても、騎士に成りたい気持ちは変わらない」
ファントレイユがあんまりきっぱりとそう言うので、セフィリアは彼を見つめた。
信じられない程、ファントレイユはしっかりとそれを口にした。

まるで今まで知っていた彼とは、別人のようで、セフィリアは不安に成ってアイリスを見た。
アイリスが彼女にささやく。
「セフィリア。
ファントレイユは君をとても愛しているから、君に心配かけまいとずっと大人しくしていたけれど、今しゃべっている彼が本当の彼だ」
ファントレイユも言った。
「セフィリア。
僕もう、女の子に間違われるのは、うんざりだ。
あんな目に合うくらいなら、野山で飢えた方がうんとマシだ」
ディアヴォロスが静かに、ささやいた。
「とても、誇り高い。騎士として十分な資質だ」
「お願いですから、そそのかさないで下さらない?
貴方のような立派な騎士にそう言われたら、どんな相手だってその気になりますわ」
だがディアヴォロスは態度を崩さず、静かに告げた。
「母親なら彼の誇りを護ってやれ。体は彼が自分で管理する。
それが出来ず病にかかっても、彼は後悔しないだろう。
見目は確かに、貴方の思う通りに美しいが。
その気質は…貴方が管理出来る範囲を超えている」
セフィリアは困ったように、その信頼感溢れる騎士を見た。
「左将軍。貴方から見て…本当にファントレイユは………」
困惑した彼女に尋ねられ、ディアヴォロスは頷く。
「…命を捨てに戦場に立てと。
私は決して言わない。
その資質の無い者には、はっきりとそう言う。
彼は騎士として生きる事が出来なければ、魚から水を取り上げるのと同じ。
満足に呼吸すら、出来ないだろう」

ディアヴォロスの言葉に、セフィリアは呆然とした。
「あの……。じゃ、今までは………」
「彼は貴方への愛ゆえに、じっと本当の自分を抑えていた」
セフィリアの瞳がふいに、潤んだ。
ディアヴォロスはそれを見て、にっこりと微笑んだ。
「いずれ、子は一人立ちしなければならないが、騎士になるのなら早い方がいい。
戦場で、生き残って欲しいのなら」
セフィリアは、顔を上げた。
「テテュスに感心しているだろう?
彼は物心ついた時から父親を見習って、剣をおもちゃにしている。
その扱い方をこの年で充分に知っている。
勿論、早く始めればいいというものでは無いが、有利なのは確かだ。
呼吸するのと同じ感覚で剣を扱えるなら。
ファントレイユの年は、騎士としての全てを身に付けるのに、ぎりぎりの年だ。
今から始めなければ、貴方の言うように教練にすら、残れない」

セフィリアは俯いた。
「…どうすればいいと、おっしゃるの?」
「この屋敷に預けるか、ローフィスかディングレー並の教師を付ける事だ」
アリシャが厳しく、口を挟んだ。
「…つまり、戦いに必要な事以外は教えたりしない方ね?」
ディアヴォロスがアリシャを見つめた。
「貴方のご子息への心配は解る。が彼は非常に頭がいい。
彼は相手を見抜き、どう対処すればいいかを、誰よりも知っているから、心配はいらない…。
貴方は無法者達のみを、気遣うようにすれば。
だがご子息が武術を体得すれば、その心配も無くなる」
アリシャが不安そうに言った。
「…あの…でも、………」
ディアヴォロスは彼女の言いたい事が解った。
「…短剣が使いこなせれば、大抵の近づいてくる敵は撃退できる」
アリシャはほっとした。
「レイファスがムキムキになるかもと想像したら、ぞっとしたわ…!」
それを聞いたレイファスとカレアスは、顔を見合わせた。
カレアスが、思わず尋ねる。
「アリシャ。
君、筋肉が嫌いなの?だから、私が君に、選ばれたのか?」
「…そりゃ、お肉がでっぷり余ってるのが良いとは、言わないけど。
自分はいかにも逞しいのを自慢する男って、なんか臭い気がするの。
獣みたいな匂いが漂いそう」

男達はその意見に、皆一斉に顔を下げた。
セフィリアが、カレアスに説明する。
「アリシャの理想はお父様だから。
小柄でスレンダーで綺麗で。
男臭く無いのが好きなのよ。
取り巻きのゲインゼルは、自分は男前で身分も高くて、一番と思ってたみたいだけど。
いちいち筋肉がこんなに付いていると彼女にアピールして、不快な気分にさせてるなんて、気づきもしなかったでしょうね。きっと」

カレアスは呆然と口を開けた。
アリシャはディアヴォロスに尋ねる。
「あの……じゃ、レイファスは護身術を身につければ……」
ディアヴォロスはレイファスを見つめた。
「彼は冒険が、大好きなようだ。
女の子のようだと、歩き回る事を禁止されるのがとても、苦しいようだ。
それもファントレイユと同じ…」
「魚から水ですの?」
ディアヴォロスはまた、うっとりとした微笑を浮かべてアリシャをつい、ほぅっと、見とれさせた。
「貴方のご心配も解るが、そういう不測の出来事の起こる場が、自分の本領を発揮出来ると彼も気づいている。
人と人の橋渡し役は得意だ。
彼程『神聖神殿隊』付き連隊に向いている者は居ない」
アリシャは聞くなり、眉間を寄せて叫んだ。
「…でもそれって、お兄さまのいらっしゃる連隊じゃありませんか!」
ディアヴォロスは頷く。
「旅は人を磨く。
多くの人々との出会いは宝物のようで、人の幅を広げるものだ。
レイファスをもっと、信じてあげなさい。
彼は自分が人からどう見られているか、知り尽くしている。
折角身近に、教えられる人材が居るのだから、利用しない手は無いと思うが」
アリシャにまた、ぎんぎんと睨みつけられ、アイリスもローフィスも、ディングレーもが顔を下げた。

けれどディアヴォロスは、優しく言い諭す。
「彼らから学ぶ事はたくさんある。恋愛についても。
ローフィスは軽く見えるが、惚れた相手には全身全霊を尽くす、素晴らしい男だ。
ディングレーはそのやり用を、今はまだ学ぶ時期だが。
相手を大切に出来るよう、心を砕いている。
アイリスは人を思いやる心は申し分無い。
そう言った事も、人生には大切な事だと思うが」
「…でもお相手が………」
セフィリアが言いかけると、ディアヴォロスはささやくように彼女をたしなめる。
「初恋は確かに永遠だ。
が、往々にして、破れる運命にある。
アイリス以上の騎士に出会えなかったのは。
貴方が、心を閉ざしているからだ」

ファントレイユはセフィリアを、見た。
「ゼイブンを、見下してるの?アイリスより劣るって」
セフィリアは俯いた。
ディアヴォロスはアリシャを見つめて口を開く。
「アリシャ。貴方もそうだ。
貴方の父といつも比べられて、カレアスはそれは不安だろう」
二人共が、ディアヴォロスの鋭い指摘に、俯いた。

アリシャがセフィリアにささやく。
「…つまり情事の真っ最中なんて見なくても、失恋していたって事よ」
セフィリアの、眉が寄った。
「あら…!だって恋より悪いわ!憧れですもの!
失恋で、済む問題?」
ディアヴォロスは笑った。
「憧れは自分の作り上げた幻だから、現実と違うのは当たり前だ」
二人はディアヴォロスの言葉に呆れた。
「当たり前なんですの?」
ディアヴォロスは頷いた。
「私が人外の生き物と友達で、随分神秘的に見られているのと同じ。
友達と話が出来る以外の才能は、私には無い。
だが人外の力があるように思われる。
私がしているのは、その友達と友情を持ち続ける努力をする事のみ。
その努力は、人間のする修行だ。
まるで、神秘的では無い」

アイリスはそれを聞いて、ため息を付いた。
「誰も帰って来られないような獣の済む岩山に、たった一人で出かけても、帰っていらっしゃるじゃありませんか」
ディアヴォロスはもっと、笑った。
「人外の友達のお陰で獣が襲い来るのは、解る。
が防ぐのは私の仕事だ。
素早く襲いかかる敵を、殺す筋肉は自分で鍛えなければならない。
だからきっと、私が脱げばかのご婦人は、嫌そうに目を覆われるな」
ローフィスもディングレーも、その鋼のような体付を知っていたので、あれを見て嫌そうにするだなんて。
とため息を、付いた。

「あら…。筋肉全部が嫌な訳じゃありませんわ。
それを自慢して見せつけようと、押しつけて来るから。
嫌なんです」
ディアヴォロスはそれを受けて頷く。
「押しつけられるのは誰でも嫌だろう。
ご子息が子供だからと人格を無視し、ご自分達のやり用を、押しつけないようにされるといい」
アリシャが、ディアヴォロスを見つめた。
「私…押しつけてます?」
「二人の子息はあなた方をとても愛しているから、貴方方の気に触る事は全て我慢している」

アリシャはレイファスを見、セフィリアはファントレイユを見つめた。
ディアヴォロスはそっ、と付け足した。
「お人形で居る事が男の子にとってどれだけ屈辱か。
お解りにならないだろうが」
ディアヴォロスに言われ、アリシャもセフィリアも揃って俯いた。

ディアヴォロスはアイリスに振り向く。
「テテュスは甘え方を知らないようだが、君は知ってるだろう?」
アイリスは呆然とした。
「私が。
…テテュスに甘えろと?」
「無理に父親しようとするよりは、良いだろう。
テテュスは誰かに頼られると、その時相手と、絆を作る」
アイリスは思い切り顔を下げた。
「ではテテュスに私が、頼る。
と言う事ですか?」
「君の妻が居た時、君はそれは、テテュスを頼ったろう?」
アイリスは思い当たって、思わず顔を上げる。
ディアヴォロスはさらに言葉を足した。
「彼女が居なくなって、それまで彼から取り上げたりしてはいけない」
アイリスは、言葉を無くした…。
「…今までずっと…頼っていたから…だから……」
「今度は頼って欲しかったの?」
テテュスに聞かれ、アイリスは頷いた。
「でも君にとって、父親の都合を押しつけただけにしか、感じられなかったんだね?」
テテュスは笑った。
「でも、労ってくれるのは、とても嬉しかった」

アイリスは年の割に彼があんまりしっかりしていて、寂しさを感じた自分勝手を、恥じた。
ディアヴォロスを見つめると、彼は微笑んだ。

ディングレーが、感嘆のため息を吐きながら言葉を漏らす。
「まるで千里眼だ」
ディアヴォロスは応えた。
「人外の友達の居る、特権だ」
それを聞いて、ローフィスは笑った。

アイリスもアリシャも、セフィリアもが同時にため息を付いた。
「親って、寂しい生き物だったんだね」
アイリスがつぶやくと、セフィリアもアリシャも、本当に、そうだわ。と頷いた。
カレアスも彼らの横で、心から同感だ。と、頷いた。
「…全くだ。
気づくと親に成っていて、気づくと子供は一人前に成っている」

三人共が、ほぼ同時に顔を上げた。
カレアスは気づくと、とぼけた口調で尋ねる。
「……私は何か、言ったかい?」
「…それだけ無関心で居られると、いいね」
アイリスの言葉は皮肉だった。
が、カレアスはささやいた。
「親が頼りないと子供はしっかりする。
頼りない親で居る事も結構、情けないと思う。
が、子の為だと思うと、自分の誇りは二の次だ」

アリシャがため息を付いた。
「貴方のそれは、ただの詭弁だわ」
「でも、的を得てないか?
アイリスは立派な男だけれど、あんまりテテュスを構えないんだろう?
結局、私と同じに成っている」

だが。
やっぱり三人は、カレアスの意見を、納得しようとしても仕切れない自分を感じた。

レイファスが口を開く。
「カレアス。目の前をしょっちゅうウロ付かれるのに全然構って貰えない方が、倍も切ないよ」
「…でも文句を言おうと思えば、言えるじゃないか。
テテュスは文句を言う相手が居なくて、いつも機会を逃してる。
結局、差し引きゼロだろう?」

レイファスの眉が思い切り、寄った。
ファントレイユはいつもレイファスが、駆け引きのように相手と付き合う理由が、とても良く解った。
この父親の影響だ。
が、レイファスはちゃんと情が大切だと知っているから、いつもそれを尊重する。

ディアヴォロスは、アリシャとこの父親の血を受け継いだレイファスを見つめた。
「君は体格で自分は他の男達より、うんと不利だと感じているようだ。
が、私が保証する。
君は大物になる。アイリスとはまた、違った意味で」
レイファスの眉はまた、寄った。
それが誉めているのかどうか、良く、解らなかったからだ。
だがディアヴォロスは優しく微笑む。
「現実でのやり様を知っているだけで無く、情の大切さも知っている。
それが大物になる秘訣だ。
本人の、望むに限らず」
レイファスが尋ねる。
「それが本人の幸せでなくとも?」
ディアヴォロスは頷いた。
「大物というものは、自分のすべき事をしていると自然に周囲がそう認めて、そう呼ぶようになる事だ。
なろうと思って成るものじゃない」
レイファスは納得して頷いた。
「要するに、自分のすべき事を手抜きしないと言う事ですね?」
「だがレイファス。
大物ってのは大勢の人に影響力のある人間を指すから、資質が無ければすべき事を一生懸命しただけでは、成れないと思う。
ディアヴォロスは君に資質があると、言っているんだ」
ローフィスに言われ、そういう事かと、レイファスは笑った。

納得したような彼の微笑があんまり可愛らしくて、可憐で。
ディアヴォロスもローフィスも、思わず微笑んだ。


 ディアヴォロスを見送る一同は、そこに立つ彼の素晴らしさに改めて、驚嘆した。
さりげ無く艶やかな黒馬の手綱を引き寄せ、振り向く馬の首を少し見上げて一瞥をくれる。
彼の愛馬は主人を心から愛しているような、優しい視線を彼に向ける。
彼は、たくさんの人に信頼され、尊敬され愛されて来た人物とはこういう人なのかと、思わせるだけの魅力に溢れていた。

ディアヴォロスの姿を、ファントレイユもレイファスも、そしてテテュスもとても残念そうに見上げた。
彼は並ぶ一同の前でとても素早く優雅に、馬に跨る。
マントをひるがえして彼らに振り向き、とても素直で一途な、子供達の視線に気づくと、ディアヴォロスは本当に素晴らしい笑顔を彼らに向けた。
三人が、心から彼らを理解し、大切に思ってくれているのが解って、その笑顔に胸がきゅん。となった。
彼の為ならどれだけの事でもしよう。とたくさんの男達が彼の後に従う気持ちが、解った。
でもディアヴォロスは“それで充分だ”と、もう一度とても爽やかな微笑を彼らに送る。
ご婦人方に一瞥をくれ、そしてディングレーを見つめて頷くと、ディングレーも頷き返す。
アイリスにも同様にする。
が、アイリスは馬に跨る彼の前に立つと
「どんな事でもお役に立ちます」
と告げた。
が、ディアヴォロスは手綱を引き、快活に笑った。
「随分殊勝だな?
全滅と諦められた部隊を、笑って率いて帰って来て、私とアルフォロイス(右将軍)を呆れさせた男と。
本当に同一人物か?」
アイリスは少し頬を染めて俯いた。
が、ぼやく。
「呆れていらっしゃったんですか?」
ディアヴォロスは肩をすくめた。
「這々の体(ほうほうのてい。散々な様子)で逃げ帰って来たんなら、同情したが」
アイリスはますます俯いた。
「察してやれ。彼は息子の前では自分を保てない」
ローフィスにそう言われ、ディアヴォロスは笑った。
そして親しみのこもる瞳で、彼を見つめるとささやく。
「…また、会おう」
ローフィスが、頷いた。

マントはひるがえり、ディアヴォロスの独特の、神秘的でとても魅力ある、浮かぶようなグレーの印象的な瞳の残像を皆の心に残し、彼は背を向けた。

彼の愛馬は彼の合図を待ち兼ねていたように、誇らしく嬉しげに前足を跳ね上げた。
ローフィスは誰もが認める素晴らしい男が背を向け、駆け去っていく姿を見送った。
皆はその魅力的な男が去って、小さくなっていく姿を、心から残念そうに、見つめ続けた。

「…私のようにつまらない男が居るから、彼のような男の素晴らしさが。
更に、引き立つな」
カレアスのぽつりと洩らす言葉に、皆が一斉に振り向く。
ローフィスが心の底から言った。
「君は、つまらなくないと思うぞ」
ディングレーも、ため息を吐き、首を横に振った。
「ある意味、とても大物だ」
レイファスが笑って父親の背を、その小さな手で叩く。
アリシャはそんな男の子らしい息子を、別人を見るように見た。
セフィリアがそっと、同感だと、アリシャに寄り添った。


 室内でファントレイユとレイファスは、セフィリアとアリシャの前に座らされた。
「…ちゃんと、お話して頂戴。ファントレイユ。
本当は、私の前では務めて大人しくしていたの?」
ファントレイユは顔を、上げた。
少し甘えるように見つめられて、セフィリアはそれは嬉しかった。
でも彼の、いかにも幼さが抜けて、どこか気概を感じさせるしっかりとした様子が瞳に映る。
ローフィスが俯いて助け船を出した。
「そういう年頃なんだ。いつまでも赤ちゃんでいられない」
アイリスはテテュスの背をそっと抱いたまま、彼を見つめて言った。
「…負担じゃ、無いんだね?私が君を、頼っても」
テテュスは聞かれた途端、とても嬉しそうに彼を見上げた。
「アイリスに頼られるのは、とても、誇らしい」
まるで自分の部下のような事を言う息子に
『親子の愛情は、そういうものじゃないと思う』
と言いたかった。
が、それを教えられずに来たのも、確かに自分だった。
彼はテテュスの腕を掴んで、また大きな、ため息を、吐いた。

「…カレアス。知っていたの?貴方全然驚かないわね?」
アリシャに言われて、カレアスは彼女にささやいた。
「私が知っているのは彼が、男の子だって事だ。
確かに君の愛してる、人形と同じに、君の瞳に、映っているかもしれないけど。
でも、並ぶと彼も私も自然に、男同志として話を始める。
そういうのは、理屈じゃなくて……」
なあ?と、説明し切れず、レイファスを見た。
レイファスも、頷く。
「アリシャが僕の外見でうんと慰められたり、誇りに思ってくれるのはまた別で、それはそれで嬉しいんだけど」
アリシャはため息を、付いた。
「でも貴方は乱暴な言葉使いもしないし。乱暴な事もしないし。
とてもお行儀良くていい子なのに」
ローフィスも、ディングレーも、テテュスも。
レイファスの猫かぶり具合に、呆れた。
ファントレイユがアリシャに顔を向ける。
「でも僕と居る時は、とても快活だ。
…僕も、そう。
セフィリアやアリシャの前で、大騒ぎしたり走り回ったり。
殴ったりすると…不快で嫌でしょう?」

その意見に、二人はお互い顔を見合わせた。
「…じゃあ、私達を不快にさせまいと、ずっと気を使っていたの?」
アリシャが聞くと、レイファスが言った。
「カレアスも言ったじゃないか。自然にそうなるって。
カレアスとは自然に男同志の話をするし。
アリシャの前では自然と、行動を控えるんだ。
別に凄く、意識してしてる訳じゃなくて」
「…そうなの………」
アリシャがとても、残念そうにレイファスを見つめた。
「カレアスも言ってたけど。
確かに貴方の血を受け継いでるから、上品に見える、かもしれない。
でもカレアスの血も混じってるから。
上品で通せない」
これにはローフィスもディングレーも、アイリス迄もがぷっ、と吹き出し、カレアスは肩をすくめ、アリシャに睨まれた。
真顔でそう言うレイファスを見つめる、とても綺麗なファントレイユを、セフィリアは見つめてささやいた。
「じゃあ…。ファントレイユはゼイブンにそのうち、似てくるのかしら?」
レイファスは、きっぱり言った。
「ファントレイユはとても素直でいい子だから、あそこ迄どうしようも無くは、ならないと思うな」

同じ隊でゼイブンを良く知るローフィスとアイリスは、それを聞いてこっそり笑った。
レイファスはファントレイユがでもとても、父親のゼイブンの事を好きなのを知っているから、彼の為に言葉を付け足す。
「でもゼイブンはいい加減だけど、憎めない。
たくさんの人に絶対好かれてると思うし、あれですごく、魅力的な男だから。
…似ていても、いいんじゃないの?」
セフィリアはじき六歳のレイファスに、ムキに成って怒った。
「その、いい加減な所が大問題なのよ!」

それを見るなり、皆はファントレイユがたまに凄くムキになるのは、セフィリアの影響か。と納得した。
「でも、そういうのもセフィリアのやり様じゃないの?」
レイファスは言って、アリシャが見つめているのについ、言葉を足した。
「生意気言う様だけど。
でもゼイブンはやっぱりセフィリアが一番なんだし。
そういう所を解って、喜んであげたらゼイブンは随分外での遊びを控えると思うな」
ローフィスも思い切り、頷いた。
「全く、同感だ。
あれであいつは寂しいんだ」
「ゼイブンが?!」
セフィリアの叫びに、アイリスも頷いた。
「君の前で強がっているかもしれないが。
君に外で遊んで来いと言われて、暫く落ち込んでいた。
ローフィスは良く知っている。
普段何でも器用にこなし、周囲を明るくさせる陽気な男が落ち込むと、それは………」
ローフィスが後を継ぐ。
「…面倒だった。
場を盛り上げたり、他人の気分を持ち上げるのが得意な本人が落ち込むからな。
どうやって慰めていいのかすら解らなくて、そりゃ困ったもんだ」

レイファスは、ファントレイユを見た。
ファントレイユは、微笑んでいた。
職場の同僚達がゼイブンの肩を持つのが、とても嬉しかったみたいだった。

「僕もゼイブンが大好きだから、彼が長く家を開けると、とても寂しい」
ファントレイユに素直にそう言われ、セフィリアは彼を見つめ、もう少し考えるわ。と頷いた。
が、アイリスが、とても素直に感情を口にするファントレイユを見つめ、その後テテュスを見て尋ねた。
「君は寂しく、感じなかった?」
テテュスは、確かに寂しかったけど、アイリスは立派な仕事をしてるから。と自分の感情を、二の次にする様子を見せて。
アイリスをまた、悲しくさせた。
そういう言葉ですら、言える機会を作ってやらなかったと、心から反省して。
けどディアヴォロスの言葉を思い出すと、アイリスは言ってみる。
「…私もテテュスと長い間会えないと、とても気にかかって、寂しい」
テテュスはそう本心を告げるアイリスを、思わず見つめた。
そして、気遣うように側に来て、頭を彼の胸に寄せる。
アイリスはテテュスを抱きしめると、ディアヴォロスの言いたかった事が、解った。
身近に子供が居なくて、どう感情を現していいのかすら、テテュスは解らなかったのかもしれない。
だから自分は大人なんだから。と、素直に感情を彼にぶつけないから、彼も寄っては、来ないんだと。

アイリスはテテュスを抱きしめると再び、アリルサーシャ不在の空洞を、テテュスと自分の中に見つけた。
テテュス自身も、解っているみたいだった。
自分とアイリスとは、同じ痛みを抱えて分かり合える唯一の相手だと。
ローフィスもディングレーも、黙ってそれを見つめた。
親子が抱き合う姿を。
レイファスもファントレイユも、アリシャもセフィリアもが。

ローフィスがため息を付くと、そっとささやく。
「アリルサーシャが、微笑んでいる気が、する。
ディアヴォロスはそう感じる時、彼女は居るそうだから。
きっとここに、今、居るんだろうな…」

レイファスがそっと、カレアスの手を握り、カレアスは息子を見つめ、レイファスも彼を見た。
アリシャはそんなレイファスを見つめた。
アイリスとテテュス同様、レイファスも…。
やっぱり自分の体調が優れない間、二人で寄り添って励まし合い、自分を気遣っていたんだろうか。と。
その可愛らしい外見より。
レイファスはもしかしてうんと、大人びてしっかり、しているのかもしれない。
と……………。

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