16 / 389
第ニ章『テテュス編』
5 貴族の友達
しおりを挟む
アイリスの叔父、王家の血を継ぐ大公に成ったばかりのアイリスの母の弟エルベスは、良く似た髪と瞳の色をした甥のアイリスの椅子に座り込んでしょげた様子を見つめ、その横に立つとつい言った。
「お前も昔は、それは大人びた餓鬼だったじゃないか」
アイリスはでも、ため息を付いた。
「…だって父親(シャリス)が、7つしか年が離れてなくて、私が七歳になる迄私の事を知らなくて、会った時背丈もたいして変わらなくて…。
あんなに…華奢で頼りなげな方じゃ、こっちが大人びても無理、無いだろう?
私はシャリスとは、全然違うと思うんだけど。
テテュスから見たら私もシャリスのように、見えてると思うかい?」
そう問われてエルベスは首を横に振った。
「少なくとも頼りなげな外観には、見えないな」
そうだろう?とアイリスは自分に良く似た兄のような叔父を見つめた。
「それにいつも、貴方が兄代わりに面倒見てくれたし。
祖母や母親や、母の姉のニーシャ伯母様や…ともかく、いつも凄く賑やかだった。
でもテテュスは、いつも死の不安に怯える病弱な母親と、ずっと二人きりだったんだ」
「…でもあの子はとてもいい子だ。真っ直ぐ人の瞳を見る。
何一つ、自分に嘘の無い証拠だ」
アイリスはますます、項垂れた。
「…でも甘え方も、知らないんだ」
「…そうだな。お前と彼だと、お前の方が大きな甘えん坊に見える」
やっぱり?と、アイリスが叔父を、見上げた。
叔父エルベスは弟のような甥にささやく。
「セフィリアに話したら、彼女息子を連れてくるって。
同い年だし。やっぱり貴族の友達は必要だろうと、言っていた」
アイリスの、眉が寄った。
「大丈夫かな?彼女の秘蔵の、息子だろう?」
エルベスは肩をすくめる。
「…お前が遊び人だとバレる前迄お前は、彼女の一番の、憧れの人だったのにな。
まあ、まだ潔癖な彼女からしてみたらお前の信用は地には落ちてるが、アリルサーシャの一件で株が少しは上がり、同情もされてる」
アイリスは顎に手を乗せて尋ねた。
「本当に?」
エルベスは頷きながら、請け合う。
「テテュスはお前と違って真面目だ。
あれでセフィリアだって人を見る目くらいあるから、彼だったら大丈夫だろう?」
アイリスはその言葉に、顔を上げる。
「でもセフィリアが来たら、療養から戻ったばかりのアリシャも顔を、出さないか?」
「…出すだろう?あそこの息子自慢は、凄いからな」
「…二人相手か。厳しいな」
たいして年の離れていないエルベスは、弟のような甥に同情するようにつぶやく。
「…50人の敵に囲まれた方が、マシか?」
「絶対に、マシだ」
アイリスの言い切りに、エルベスは思わず肩を竦めた。
「エルベス!叔父様!お久しぶり!」
アリシャはいつも、朗らかだった。
テラスでテーブルを囲むエルベスとアイリスの姿を見つけ、馬車から降りるなり彼女は手を振った。
爽やかに晴れた昼前だった。
風が見事に咲き乱れる花々の美しい庭園を駆け抜け、花の首を優しく、揺すっていた。
「療養してたと聞いたけど、もう、いいのかい?」
抱きつく小柄な彼女を、エルベスは抱き返して尋ねた。
「すっかりとは言えないけど。でもセフィリアには随分、世話を掛けたの」
アリシャはとても背の高い叔父を見上げて答えた後、横の椅子に掛けるアイリスを見つめた。
「アリルサーシャが、亡くなったそうね?」
アイリスは頷く。
「セフィリアが、君の分迄世話してくれた」
セフィリアはそれを聞いた途端、俯いた。
「…テテュスがとても、可哀想だったわ。
泣いたりしないから、余計に。
あの子、アリルサーシャが亡くなった事、ちゃんと解ってるのかしら?」
アリシャは周囲を見回す。
「テテュスは、どこに居るの?」
アイリスが口を開く。
「自分の部屋に」
「レイファス。召使いに部屋を聞いて、彼を迎えに行って貰えるかしら?」
アリシャの後ろに二人並んだ、とても綺麗な容姿の子供達は、無言で頷いた。
アイリスはそれを見て少し、呆れる。
「…お人形みたいだな」
アリシャはそれを聞くなり微笑みを浮かべ、褒め言葉を言われたかのように、弾んだ声で言葉を返す。
「二人並ぶと、いっそう綺麗でしょう?」
エルベスとアイリスはつい、顔を見交わした。
「…でも、男の子なんだろう?」
アイリスが尋ねると、セフィリアは顔を下げ、ため息を付いた。
「それでゼイブンが、最近、五月蠅く口を出すようになったの。
この間ファントレイユったら、男の子に襲われて」
アリシャが甲高い声で叫ぶ。
「女の子と間違われて、口づけされたんですって!」
エルベスとアイリスはまた、顔を見交わした。
「…男の子ならもっと、強そうに育てないと。
人形遊びとは訳が違うんだから」
アイリスが言うと、アリシャの眉間が寄った。
「そうね。教練(王立騎士養成校)なんかに入れたら、お兄さまみたいな、男女問わずの不届き者がいっぱい居そうだし」
エルベスは、始まった、と気の毒そうにアイリスを見る。
アイリスは、けど開き直ったみたいに、肩をすくめた。
「その通りだ。
…あれじゃ、用心棒が必要だ」
「それで?ゼイブンもお兄さまならそういう輩の心理にも詳しいし、相談に乗って貰えるだろうって」
セフィリアのセリフを聞いた途端、アイリスは自分の部下で彼女の夫のゼイブンが、厄介事を自分に押しつけたな。と顔を下げた。
でも休暇願いを出ないのはゼイブンの方で、取り上げたりしていないのに。
「…セフィリア。ゼイブンとは上手くいってるの?」
アイリスが、そっと心配げに尋ねると、セフィリアは眉を上げ、チラと兄を見た。
「…お仕事の方が家に居るより、うんと楽しいらしいわ」
「でもゼイブンは、君が、帰ってくるな。と言ったって」
セフィリアは、少しバツが悪そうだったが、隙を作らず言った。
「…それは…そう言ったわ。だってあの人、本当に、うっとおしいもの」
エルベスが小声で感想を述べる。
「君は母親似だな。姉様はそれは、男嫌いだったから」
アリシャがすかさず、口を挟んだ。
「…だって母様の元婚約者のダレルンスクって、最悪にスケベ面!
あんなのが子供の頃の婚約者なら、お母様が男嫌いになっても無理ないわ!」
エルベスが、心から彼らの父親シャリスに同情し、ささやく。
「……だからって。
たった七歳だった君らの父親を手込めにして、良い事にはならない。
君らは解ってないけど。
被害者は、シャリスの方なんだぞ?」
二人の女性は顔を、見合わせた。
アリシャがすまし返り、可憐で小さな、唇を開く。
「でも私、お母様は趣味がいいと思うわ。
そりゃシャリス父様は、御一緒に暮らしてないし、父親らしい事は何一つなさらないけど。
とても華奢でお美しい方だし。
でもちゃんと剣士としては、腕の立つお方だと、聞いたわ」
セフィリアも、ため息を付いた。
「…本当に、色白で素晴らしくお綺麗な方だわ!
お母様がお兄さまに失望されるのも、解るわ。
お兄さまったらお父様に似ず、叔父様に似ていらっしゃるもの」
それは長身で立派な体格の、エルベスとアイリスは顔をまた、見合わせた。
アイリスがぼそりとつぶやく。
「…でも私は、エルベスに似られて。
とても、嬉しい」
セフィリアの眉が途端に、寄った。
「でも叔父様と違って、ニーシャ伯母様にも似ていらっしゃるでしょう?
どれだけの相手と寝室で過ごされたの?
結婚もせずにたくさんの男性の取り巻きの居る伯母様にも呆れるけど、まさかお兄さまもそうだったなんて!!!」
エルベスが慌ててアイリスを庇う。
「でも結婚前の男は大抵、そんなものだ」
だが二人は険しい顔のまま。
「叔父様のお相手はせいぜい、女性でしょう?
それに大公子息だったから、変な素姓の女性とだって、遊んだりなさらなかったじゃない!」
アリシャが怒鳴ると、セフィリアも言った。
「だいたい真面目な叔父様が、お兄さまを庇う事自体が、おかしいのよ!」
エルベスはだが、言い返す。
「幾ら兄でも、年頃の青年の寝室をノックもしないで二度も入るのは、どう考えても礼儀を逸してる。
非は君たちの方にあると、私は思うけど」
アイリスも頷きながら、尋ねる。
「私の交際相手は友達も含めて全員、一緒の寝室で過ごしてると勘違いしてるだろう?」
アリシャは、眉を吊り上げた。
「あら。じゃ、一人一人お名前を挙げて、はっきり関係を尋ねてもいいのかしら?」
だがふいに、アリシャは自分の脇に居る小さなレイファスに、突然気づく。
「…レイファス!聞いていたの?」
「召使いが、自分が呼びに行くからって」
セフィリアも、自分を見上げるファントレイユを見て、ぎょっとした。
「…アイリス叔父様なんでしょう?
紹介しては、下さらないの?」
ファントレイユの頬が染まってるのを見て、セフィリアは一発でファントレイユが、立派な騎士のアイリスが気に入ったと、解って狼狽えた。
「あ…あら。そうね。
アイリス。こちらが私の息子のファントレイユよ」
アイリスが微笑むと、ファントレイユは憧れの騎士の実物を目にしたように感激をたたえた瞳で彼を見上げ、告げる。
「彼は、レイファス」
ファントレイユに紹介され、可憐で可愛らしいレイファスが微笑む。
それはたいそう、愛らしく皆の目に映った。
「…お父様に、似てない?」
アリシャが自慢そうに微笑む。
エルベスとアイリスはまた、顔を見交わした。
エルベスがとうとう、出来れば口にしたくない事柄を解き放った。
「…アリシャ。君はどこ迄知ってるか解らないけど。
シャリスはその華奢さと美しさで、本当に苦労している」
アリシャはすかさず、言い返す。
「取り巻きが男しか、居なかったって事?」
エルベスは頷き、ため息混じりに言い諭す。
「…私が思うに、七歳で女性に襲われたりしたから女嫌いに成って。
あの容姿で子供の頃から男にしつこく付きまとわれてたから、自分を護ってくれる騎士にすっかり入れ込んだ。
自分の息子にもそうなって欲しいなんて、思ってないだろう?」
アリシャは、プン!と余所を向いた。
「…でも、たくさんの立派な騎士がお父様に跪くみたいに仕えていて、お父様は彼らを従わせて、それはステキだったわ!」
アイリスとエルベスは思い切りため息を吐き、レイファスとファントレイユはつい、顔を、見合わせた。
セフィリアが、息子達が聞いている様子に困惑し、とうとう提案した。
「アリシャはまだ、あんまり長い間陽に当たると良く無いわ。
部屋に通して貰っていいかしら?」
一同はようやく、室内へと向かった。
エルベスとアイリスはやっと第一ラウンドが、終わったと感じた。
がもう、彼女達の外見至上主義の少女趣味と潔癖症、それに勘違いだらけの想像力には、へとへとだった。
レイファスは、彼らの部屋から閉め出されて、少しほっとした。
別室に案内され、ファントレイユはとても残念そうだった。
「アイリス叔父様とどうして、一緒にお話出来ないのかな?」
ファントレイユが言うと、レイファスはつぶやいた。
「叔父さんは、男女問わず遊び回る不道徳な男だから、悪影響が無いよう隔離されたんだ」
「悪影響?隔離?」
「ばい菌が、移らないように」
「…遊び回ると、ばい菌なの?
でもセフィリアはいつも、アイリスは立派で男らしい騎士だって。
僕も、本当にそう思う」
そう、頬を染めるファントレイユにチラと視線をレイファスはくべる。
「…セフィリアはずっとアイリスを信望していたんだ。
なのに思い切り、裏切られたりしたから、恨みが深いんだって」
「……恨んでるの?」
「でも僕はきっと今でもセフィリアは、彼の事好きだと思う。
アイリスを時々、凄くうっとり見てるもの。
…でもセフィリアは不潔な事が大嫌いだから」
「アイリスは、不潔なの?
好きだけど不潔だから、近寄れなくて恨んでるの?」
レイファスはもう、説明に力尽きて言った。
「…そんな、もんだ」
こと………。扉の開く、音がした。
いとこだと、聞いていた。
アイリスがいつも滅多に崩さない顔を、苦い薬を飲んだみたいに崩す、セフィリア叔母さんとアリシャ叔母さんの、同い年の子供だって。
でも、そこに居たのは………。
窓辺に、彼らは居た。
陽が差し込み、彼らは光に浮かび上がった。
こんなに綺麗な子供は、見たことが無くてテテュスはそれが、絵じゃないか。と疑った。
でも絵は大抵、モデルが居る。
背のちょっと高い子は、淡い色の髪と瞳をしていて、人形のように綺麗で、小柄な子は、鮮やかな栗毛が陽できらきらして、真っ赤な唇をしていて、青紫の瞳が本当に綺麗で、とても可愛らしかった。
本当に、生きて、動いてるんだろうか?
実は大きな人形で、からかわれてるんじゃないか、とテテュスは側に誰か隠れて彼の様子を伺い、くすくす笑ってやしないかと見回した。
でも、小柄な子の唇が、開いた。
「…テテュス?」
テテュスは一瞬、どきん…!と心臓が、鳴った。
二人共男の子だと聞いていたのに。
「…あの…ごめん…なさい。僕、聞き間違いをした、みたいだ」
レイファスが、首を傾げた。
テテュスの俯く顔を見て、ファントレイユが聞いた。
「テテュスじゃ、ないの?」
彼は顔を、上げた。
「僕はテテュスで…そうじゃなくて、男の子だって…聞き間違えて……それで………」
二人は顔を、見交わした。
「それ、聞き間違いじゃないと思う」
人形みたいに綺羅綺羅したファントレイユにそう言われ、テテュスはびっくりして顔を、上げた。
「…でも……二人共……」
レイファスも、顔を上げた。
「僕が女の子だと思ったの?」
とても愛らしい彼にそう言われ、テテュスは暫く、言葉が無くなって固まった。
出来るんならくるりと背を向けてその場から、逃げ出したかった。
ファントレイユが微笑んだ。
「君、アイリス叔父さんにそっくりだね」
彼に微笑まれて、テテュスは随分、ほっとした。
「ありがとう。でもアイリスは僕よりずっと立派な騎士だし」
レイファスも、微笑んだ。
「…どうしようか、困ってたんだ。
だって…君もっと随分、落ち込んでるかと思って」
レイファスの、気遣いが解ってテテュスは微笑んだ。
「母親を亡くしたから?」
レイファスは、頷いた。
「もう、落ち着いたの?」
可憐な彼にそう聞かれて、テテュスは頷いた。
ファントレイユがつぶやいた。
「レイファスは、ローダーの時うんと泣いて、目が腫れたんだ。
君の目は、腫れて無いね」
彼が首を傾げたりすると本当に綺麗な人形が、動いている錯覚に、襲われた。
「ローダー?」
テテュスが問うと、レイファスは少し俯いた。
その仕草が可憐で、テテュスはつい、頬が染まった。
「僕の大事な、騎士なんだ。
犬だけど」
レイファスは母親を亡くしたばかりのテテュスが、犬が死んだ事で泣くなんてと、馬鹿にしやしないかと思ったけど、テテュスの反応は彼の想像以上だった。
心から悼む、気遣う表情で、優しい声でつぶやいたからだ。
「それは……とても悲しいね」
少し首を傾けて、濃い茶のウェーブのかかった髪に囲まれた、色白のとても綺麗な顔立ちのそう告げるテテュスを、レイファスは見つめて思った。
テテュスが、とても真っ直ぐな広い心の持ち主で優しい子供だと。
どうやら、自分を他に洩れず女の子だと勘違いしたみたいだったけど。
ファントレイユもそれは素直で、優しかった。
ファントレイユはそう告げた時のテテュスの濃紺の瞳が、とても綺麗だと感じた。
二人の前でどこかたどたどしい態度で、けど大人しげなのにとてもしっかりしている感じで、彼らより大柄で気品のある様子で、二人はいっぺんに父親のアイリスに良く似た、この同い年の優しいいとこが、気に入った。
アイリスとエルベスが、二人の妹で姪達との会話に疲れ果てた頃、二人は息子達を呼び寄せた。
「…レイファス。そろそろおいとましましょう」
テテュスが、とても残念そうにレイファスを、見つめた。
彼らとの時間は夢のようだった。
お互いの事を、尋ね会っただけだったけれど。
でも、二人とも陽にきらきらして、ファントレイユは淡い髪と瞳が夢のように綺麗で美しくて、レイファスは本当に、花のように愛らしかった。
テテュスはずっと夢心地で、殆ど何を話したのかも良く、覚えてない。
が、レイファスが言った。
「でもアリシャ。テテュスはとても寂しいと思う。
僕、ここに泊まってテテュスを元気付けてあげたいんだ。
勿論、ファントレイユも一緒に。
だってこのお屋敷には子供は本当に、居ないもの」
レイファスがそう言うとアリシャはアイリスを、ジロリと、見た。
エルベスが途端に、釘を差した。
「…アイリスが彼らに、何かすると本気で思ってるのか?息子と同い年の彼らに?!」
アリシャが途端に、口ごもった。
が、セフィリアが言った。
「…でも、男の子を好きになると、困るわ!」
ファントレイユが素直な顔をあげた。
「どうして男の子を、好きじゃだめなの?」
ファントレイユのあまりにも素朴な質問に、大人達は思わず言葉を、詰まらせた。
レイファスとファントレイユがテテュスの両側から、彼を気遣うように見つめ、アリシャはとうとうつぶやいた。
「いいわ。じゃあ、テテュスと一緒に居るのよ?」
テテュスは俯いた。そして少し寂しげに言った。
「…アイリスはいつも長い事、屋敷には居ないし。
それがご心配なんですか?」
テテュスのその、とてもしっかりした口調と気品のある様子に、二人は一気に、顔を見合わせ、声を揃えた。
「良い友達が出来て、良かったわね!」
息子達は、それはにっこり、微笑んだ。
テテュスはその誉め言葉に、頬を染めて俯いたりしたから、二人の女性は尚一層テテュスが気に入った。
「…お兄さまがあんまりテテュスを構えなかったから、あんなにいい子に育ったのね!」
アリシャは帰りながらセフィリアに言うと、セフィリアもその言葉に、にっこり笑い返す。
「外見はお兄さまそっくりだけど、中味は私が思い描いていた、昔のお兄さまみたいだわ!」
エルベスは、聞こえて来る二人の、テテュスについての感想を耳にするなり。
とても気の毒そうにアイリスを見つめた。
アイリスは、ともかく帰る二人を、ほっとして見送った。
夕食の席は子供達に取って、夢のようだった。
特に、テテュスとファントレイユにとって。
テテュスは動く人形のような彼らに、今だどう接して良いのかそれは戸惑ったけど、彼らがそこに居るだけで、光り輝いているみたいに見えた。
ファントレイユはアイリスを、それは立派な騎士だとため息を付きまくり、出来ればいっぱいお話がしたいとどきどきしていた。
エルベスが、口を開く。
アイリスと同じ位の背たけの、とても気品と威厳のある大公の彼に、子供達は気後れしたけど。
エルベスは暖かい微笑みを零した。
「二人共、いつも、大事にして貰っている様子だ」
アイリスが少し、顔を伏せる。
気づいてエルベスが、言葉を掛ける。
「…別に君に、嫌味を言ってない」
アイリスは解ってる。と頷いた。
そして顔を上げて彼らに微笑んだ。
ファントレイユはアイリスの笑顔に夢中になった。
とても綺麗だけど、凄くチャーミングで、彼に微笑まれると心が弾んだ。
だからアイリスに
「…私の仕事が忙しくて、テテュスはずっと病気の母親と二人きりだったから、友達になってくれる?」
と言われた時。
ファントレイユは大きく頷いた。
レイファスが尋ねる。
「アイリス叔父さんも、あんまりテテュスとは、遊んでいないの?」
アイリスは、寂しそうに頷いた。
「私は帰ると、アリルサーシャの側に居たから」
テテュスはけれど、笑顔を浮かべると、弾んだ声で告げる。
「でもいつも、友達を連れてきてくれた。
彼らがアイリスの代わりに色々、教えてくれるんだ」
その微笑みにアイリスは、複雑な表情を見せた。
「ローフィスもディングレーも、君の事をとても気に入っていてね。
そして心配していた。また、近いうちに寄るって」
テテュスは嬉しそうに、笑った。
「ファントレイユとレイファスが居る時だといいのに。
二人共凄く格好いい騎士なんだ」
ファントレイユもレイファスも、それを聞いて夢中になった。
レイファスが可愛らしく微笑んで言う。
「いいな。僕、騎士ってあんまり近くで見ていない」
レイファスの父親は大領主で、いつも領地管理に走り回っていたから。
「…僕の父さんはあまり家に、居ないんだ」
ファントレイユが俯いて言うと、テテュスもつぶやいた。
「…じゃあ僕と、同じだ」
ファントレイユが顔をあげて、テテュスに微笑む。
テテュスは彼の微笑みが、あんまり綺麗でぼっとなったけど。
ファントレイユは自分の思い描く理想の騎士のようなアイリスを、そっくり小さくしたような雰囲気のテテュスがとても、気に入った。
エルベスが、アイリスを、見た。
「…二人とも、女の子みたいだ」
アイリスは、頷いた。
「テテュスが惚れないか、心配じゃないのか?」
その言葉を聞くなり、アイリスは頭を抱えた。
「…どうしてもテテュスが好きなら、戦うけど。
アリシャとセフィリアを出来れば、敵に回したく無い」
エルベスは思い切り、同意して頷いた。
レイファスが顔をあげる。
「アイリス叔父さん。
ここでしちゃいけない事って、ある?」
アイリスが、そのどう見ても女の子にしか見えない男の子に微笑んだ。
「テテュスに、聞いてごらん。
彼が知ってる」
テテュスは微笑んだ。
「何がしたいのかは知らないけど。殆ど、無いよ」
「木登りしても、構わない?」
レイファスが聞くと、テテュスはそんな事かと笑った。
「いっぱい登れる木があるから。
明日全部、紹介するよ。
上でおやつが食べられる位の木も、あるし」
レイファスがそれを聞いてとても嬉しそうに微笑むので、皆が思わず和やかに微笑んだ。
「お前も昔は、それは大人びた餓鬼だったじゃないか」
アイリスはでも、ため息を付いた。
「…だって父親(シャリス)が、7つしか年が離れてなくて、私が七歳になる迄私の事を知らなくて、会った時背丈もたいして変わらなくて…。
あんなに…華奢で頼りなげな方じゃ、こっちが大人びても無理、無いだろう?
私はシャリスとは、全然違うと思うんだけど。
テテュスから見たら私もシャリスのように、見えてると思うかい?」
そう問われてエルベスは首を横に振った。
「少なくとも頼りなげな外観には、見えないな」
そうだろう?とアイリスは自分に良く似た兄のような叔父を見つめた。
「それにいつも、貴方が兄代わりに面倒見てくれたし。
祖母や母親や、母の姉のニーシャ伯母様や…ともかく、いつも凄く賑やかだった。
でもテテュスは、いつも死の不安に怯える病弱な母親と、ずっと二人きりだったんだ」
「…でもあの子はとてもいい子だ。真っ直ぐ人の瞳を見る。
何一つ、自分に嘘の無い証拠だ」
アイリスはますます、項垂れた。
「…でも甘え方も、知らないんだ」
「…そうだな。お前と彼だと、お前の方が大きな甘えん坊に見える」
やっぱり?と、アイリスが叔父を、見上げた。
叔父エルベスは弟のような甥にささやく。
「セフィリアに話したら、彼女息子を連れてくるって。
同い年だし。やっぱり貴族の友達は必要だろうと、言っていた」
アイリスの、眉が寄った。
「大丈夫かな?彼女の秘蔵の、息子だろう?」
エルベスは肩をすくめる。
「…お前が遊び人だとバレる前迄お前は、彼女の一番の、憧れの人だったのにな。
まあ、まだ潔癖な彼女からしてみたらお前の信用は地には落ちてるが、アリルサーシャの一件で株が少しは上がり、同情もされてる」
アイリスは顎に手を乗せて尋ねた。
「本当に?」
エルベスは頷きながら、請け合う。
「テテュスはお前と違って真面目だ。
あれでセフィリアだって人を見る目くらいあるから、彼だったら大丈夫だろう?」
アイリスはその言葉に、顔を上げる。
「でもセフィリアが来たら、療養から戻ったばかりのアリシャも顔を、出さないか?」
「…出すだろう?あそこの息子自慢は、凄いからな」
「…二人相手か。厳しいな」
たいして年の離れていないエルベスは、弟のような甥に同情するようにつぶやく。
「…50人の敵に囲まれた方が、マシか?」
「絶対に、マシだ」
アイリスの言い切りに、エルベスは思わず肩を竦めた。
「エルベス!叔父様!お久しぶり!」
アリシャはいつも、朗らかだった。
テラスでテーブルを囲むエルベスとアイリスの姿を見つけ、馬車から降りるなり彼女は手を振った。
爽やかに晴れた昼前だった。
風が見事に咲き乱れる花々の美しい庭園を駆け抜け、花の首を優しく、揺すっていた。
「療養してたと聞いたけど、もう、いいのかい?」
抱きつく小柄な彼女を、エルベスは抱き返して尋ねた。
「すっかりとは言えないけど。でもセフィリアには随分、世話を掛けたの」
アリシャはとても背の高い叔父を見上げて答えた後、横の椅子に掛けるアイリスを見つめた。
「アリルサーシャが、亡くなったそうね?」
アイリスは頷く。
「セフィリアが、君の分迄世話してくれた」
セフィリアはそれを聞いた途端、俯いた。
「…テテュスがとても、可哀想だったわ。
泣いたりしないから、余計に。
あの子、アリルサーシャが亡くなった事、ちゃんと解ってるのかしら?」
アリシャは周囲を見回す。
「テテュスは、どこに居るの?」
アイリスが口を開く。
「自分の部屋に」
「レイファス。召使いに部屋を聞いて、彼を迎えに行って貰えるかしら?」
アリシャの後ろに二人並んだ、とても綺麗な容姿の子供達は、無言で頷いた。
アイリスはそれを見て少し、呆れる。
「…お人形みたいだな」
アリシャはそれを聞くなり微笑みを浮かべ、褒め言葉を言われたかのように、弾んだ声で言葉を返す。
「二人並ぶと、いっそう綺麗でしょう?」
エルベスとアイリスはつい、顔を見交わした。
「…でも、男の子なんだろう?」
アイリスが尋ねると、セフィリアは顔を下げ、ため息を付いた。
「それでゼイブンが、最近、五月蠅く口を出すようになったの。
この間ファントレイユったら、男の子に襲われて」
アリシャが甲高い声で叫ぶ。
「女の子と間違われて、口づけされたんですって!」
エルベスとアイリスはまた、顔を見交わした。
「…男の子ならもっと、強そうに育てないと。
人形遊びとは訳が違うんだから」
アイリスが言うと、アリシャの眉間が寄った。
「そうね。教練(王立騎士養成校)なんかに入れたら、お兄さまみたいな、男女問わずの不届き者がいっぱい居そうだし」
エルベスは、始まった、と気の毒そうにアイリスを見る。
アイリスは、けど開き直ったみたいに、肩をすくめた。
「その通りだ。
…あれじゃ、用心棒が必要だ」
「それで?ゼイブンもお兄さまならそういう輩の心理にも詳しいし、相談に乗って貰えるだろうって」
セフィリアのセリフを聞いた途端、アイリスは自分の部下で彼女の夫のゼイブンが、厄介事を自分に押しつけたな。と顔を下げた。
でも休暇願いを出ないのはゼイブンの方で、取り上げたりしていないのに。
「…セフィリア。ゼイブンとは上手くいってるの?」
アイリスが、そっと心配げに尋ねると、セフィリアは眉を上げ、チラと兄を見た。
「…お仕事の方が家に居るより、うんと楽しいらしいわ」
「でもゼイブンは、君が、帰ってくるな。と言ったって」
セフィリアは、少しバツが悪そうだったが、隙を作らず言った。
「…それは…そう言ったわ。だってあの人、本当に、うっとおしいもの」
エルベスが小声で感想を述べる。
「君は母親似だな。姉様はそれは、男嫌いだったから」
アリシャがすかさず、口を挟んだ。
「…だって母様の元婚約者のダレルンスクって、最悪にスケベ面!
あんなのが子供の頃の婚約者なら、お母様が男嫌いになっても無理ないわ!」
エルベスが、心から彼らの父親シャリスに同情し、ささやく。
「……だからって。
たった七歳だった君らの父親を手込めにして、良い事にはならない。
君らは解ってないけど。
被害者は、シャリスの方なんだぞ?」
二人の女性は顔を、見合わせた。
アリシャがすまし返り、可憐で小さな、唇を開く。
「でも私、お母様は趣味がいいと思うわ。
そりゃシャリス父様は、御一緒に暮らしてないし、父親らしい事は何一つなさらないけど。
とても華奢でお美しい方だし。
でもちゃんと剣士としては、腕の立つお方だと、聞いたわ」
セフィリアも、ため息を付いた。
「…本当に、色白で素晴らしくお綺麗な方だわ!
お母様がお兄さまに失望されるのも、解るわ。
お兄さまったらお父様に似ず、叔父様に似ていらっしゃるもの」
それは長身で立派な体格の、エルベスとアイリスは顔をまた、見合わせた。
アイリスがぼそりとつぶやく。
「…でも私は、エルベスに似られて。
とても、嬉しい」
セフィリアの眉が途端に、寄った。
「でも叔父様と違って、ニーシャ伯母様にも似ていらっしゃるでしょう?
どれだけの相手と寝室で過ごされたの?
結婚もせずにたくさんの男性の取り巻きの居る伯母様にも呆れるけど、まさかお兄さまもそうだったなんて!!!」
エルベスが慌ててアイリスを庇う。
「でも結婚前の男は大抵、そんなものだ」
だが二人は険しい顔のまま。
「叔父様のお相手はせいぜい、女性でしょう?
それに大公子息だったから、変な素姓の女性とだって、遊んだりなさらなかったじゃない!」
アリシャが怒鳴ると、セフィリアも言った。
「だいたい真面目な叔父様が、お兄さまを庇う事自体が、おかしいのよ!」
エルベスはだが、言い返す。
「幾ら兄でも、年頃の青年の寝室をノックもしないで二度も入るのは、どう考えても礼儀を逸してる。
非は君たちの方にあると、私は思うけど」
アイリスも頷きながら、尋ねる。
「私の交際相手は友達も含めて全員、一緒の寝室で過ごしてると勘違いしてるだろう?」
アリシャは、眉を吊り上げた。
「あら。じゃ、一人一人お名前を挙げて、はっきり関係を尋ねてもいいのかしら?」
だがふいに、アリシャは自分の脇に居る小さなレイファスに、突然気づく。
「…レイファス!聞いていたの?」
「召使いが、自分が呼びに行くからって」
セフィリアも、自分を見上げるファントレイユを見て、ぎょっとした。
「…アイリス叔父様なんでしょう?
紹介しては、下さらないの?」
ファントレイユの頬が染まってるのを見て、セフィリアは一発でファントレイユが、立派な騎士のアイリスが気に入ったと、解って狼狽えた。
「あ…あら。そうね。
アイリス。こちらが私の息子のファントレイユよ」
アイリスが微笑むと、ファントレイユは憧れの騎士の実物を目にしたように感激をたたえた瞳で彼を見上げ、告げる。
「彼は、レイファス」
ファントレイユに紹介され、可憐で可愛らしいレイファスが微笑む。
それはたいそう、愛らしく皆の目に映った。
「…お父様に、似てない?」
アリシャが自慢そうに微笑む。
エルベスとアイリスはまた、顔を見交わした。
エルベスがとうとう、出来れば口にしたくない事柄を解き放った。
「…アリシャ。君はどこ迄知ってるか解らないけど。
シャリスはその華奢さと美しさで、本当に苦労している」
アリシャはすかさず、言い返す。
「取り巻きが男しか、居なかったって事?」
エルベスは頷き、ため息混じりに言い諭す。
「…私が思うに、七歳で女性に襲われたりしたから女嫌いに成って。
あの容姿で子供の頃から男にしつこく付きまとわれてたから、自分を護ってくれる騎士にすっかり入れ込んだ。
自分の息子にもそうなって欲しいなんて、思ってないだろう?」
アリシャは、プン!と余所を向いた。
「…でも、たくさんの立派な騎士がお父様に跪くみたいに仕えていて、お父様は彼らを従わせて、それはステキだったわ!」
アイリスとエルベスは思い切りため息を吐き、レイファスとファントレイユはつい、顔を、見合わせた。
セフィリアが、息子達が聞いている様子に困惑し、とうとう提案した。
「アリシャはまだ、あんまり長い間陽に当たると良く無いわ。
部屋に通して貰っていいかしら?」
一同はようやく、室内へと向かった。
エルベスとアイリスはやっと第一ラウンドが、終わったと感じた。
がもう、彼女達の外見至上主義の少女趣味と潔癖症、それに勘違いだらけの想像力には、へとへとだった。
レイファスは、彼らの部屋から閉め出されて、少しほっとした。
別室に案内され、ファントレイユはとても残念そうだった。
「アイリス叔父様とどうして、一緒にお話出来ないのかな?」
ファントレイユが言うと、レイファスはつぶやいた。
「叔父さんは、男女問わず遊び回る不道徳な男だから、悪影響が無いよう隔離されたんだ」
「悪影響?隔離?」
「ばい菌が、移らないように」
「…遊び回ると、ばい菌なの?
でもセフィリアはいつも、アイリスは立派で男らしい騎士だって。
僕も、本当にそう思う」
そう、頬を染めるファントレイユにチラと視線をレイファスはくべる。
「…セフィリアはずっとアイリスを信望していたんだ。
なのに思い切り、裏切られたりしたから、恨みが深いんだって」
「……恨んでるの?」
「でも僕はきっと今でもセフィリアは、彼の事好きだと思う。
アイリスを時々、凄くうっとり見てるもの。
…でもセフィリアは不潔な事が大嫌いだから」
「アイリスは、不潔なの?
好きだけど不潔だから、近寄れなくて恨んでるの?」
レイファスはもう、説明に力尽きて言った。
「…そんな、もんだ」
こと………。扉の開く、音がした。
いとこだと、聞いていた。
アイリスがいつも滅多に崩さない顔を、苦い薬を飲んだみたいに崩す、セフィリア叔母さんとアリシャ叔母さんの、同い年の子供だって。
でも、そこに居たのは………。
窓辺に、彼らは居た。
陽が差し込み、彼らは光に浮かび上がった。
こんなに綺麗な子供は、見たことが無くてテテュスはそれが、絵じゃないか。と疑った。
でも絵は大抵、モデルが居る。
背のちょっと高い子は、淡い色の髪と瞳をしていて、人形のように綺麗で、小柄な子は、鮮やかな栗毛が陽できらきらして、真っ赤な唇をしていて、青紫の瞳が本当に綺麗で、とても可愛らしかった。
本当に、生きて、動いてるんだろうか?
実は大きな人形で、からかわれてるんじゃないか、とテテュスは側に誰か隠れて彼の様子を伺い、くすくす笑ってやしないかと見回した。
でも、小柄な子の唇が、開いた。
「…テテュス?」
テテュスは一瞬、どきん…!と心臓が、鳴った。
二人共男の子だと聞いていたのに。
「…あの…ごめん…なさい。僕、聞き間違いをした、みたいだ」
レイファスが、首を傾げた。
テテュスの俯く顔を見て、ファントレイユが聞いた。
「テテュスじゃ、ないの?」
彼は顔を、上げた。
「僕はテテュスで…そうじゃなくて、男の子だって…聞き間違えて……それで………」
二人は顔を、見交わした。
「それ、聞き間違いじゃないと思う」
人形みたいに綺羅綺羅したファントレイユにそう言われ、テテュスはびっくりして顔を、上げた。
「…でも……二人共……」
レイファスも、顔を上げた。
「僕が女の子だと思ったの?」
とても愛らしい彼にそう言われ、テテュスは暫く、言葉が無くなって固まった。
出来るんならくるりと背を向けてその場から、逃げ出したかった。
ファントレイユが微笑んだ。
「君、アイリス叔父さんにそっくりだね」
彼に微笑まれて、テテュスは随分、ほっとした。
「ありがとう。でもアイリスは僕よりずっと立派な騎士だし」
レイファスも、微笑んだ。
「…どうしようか、困ってたんだ。
だって…君もっと随分、落ち込んでるかと思って」
レイファスの、気遣いが解ってテテュスは微笑んだ。
「母親を亡くしたから?」
レイファスは、頷いた。
「もう、落ち着いたの?」
可憐な彼にそう聞かれて、テテュスは頷いた。
ファントレイユがつぶやいた。
「レイファスは、ローダーの時うんと泣いて、目が腫れたんだ。
君の目は、腫れて無いね」
彼が首を傾げたりすると本当に綺麗な人形が、動いている錯覚に、襲われた。
「ローダー?」
テテュスが問うと、レイファスは少し俯いた。
その仕草が可憐で、テテュスはつい、頬が染まった。
「僕の大事な、騎士なんだ。
犬だけど」
レイファスは母親を亡くしたばかりのテテュスが、犬が死んだ事で泣くなんてと、馬鹿にしやしないかと思ったけど、テテュスの反応は彼の想像以上だった。
心から悼む、気遣う表情で、優しい声でつぶやいたからだ。
「それは……とても悲しいね」
少し首を傾けて、濃い茶のウェーブのかかった髪に囲まれた、色白のとても綺麗な顔立ちのそう告げるテテュスを、レイファスは見つめて思った。
テテュスが、とても真っ直ぐな広い心の持ち主で優しい子供だと。
どうやら、自分を他に洩れず女の子だと勘違いしたみたいだったけど。
ファントレイユもそれは素直で、優しかった。
ファントレイユはそう告げた時のテテュスの濃紺の瞳が、とても綺麗だと感じた。
二人の前でどこかたどたどしい態度で、けど大人しげなのにとてもしっかりしている感じで、彼らより大柄で気品のある様子で、二人はいっぺんに父親のアイリスに良く似た、この同い年の優しいいとこが、気に入った。
アイリスとエルベスが、二人の妹で姪達との会話に疲れ果てた頃、二人は息子達を呼び寄せた。
「…レイファス。そろそろおいとましましょう」
テテュスが、とても残念そうにレイファスを、見つめた。
彼らとの時間は夢のようだった。
お互いの事を、尋ね会っただけだったけれど。
でも、二人とも陽にきらきらして、ファントレイユは淡い髪と瞳が夢のように綺麗で美しくて、レイファスは本当に、花のように愛らしかった。
テテュスはずっと夢心地で、殆ど何を話したのかも良く、覚えてない。
が、レイファスが言った。
「でもアリシャ。テテュスはとても寂しいと思う。
僕、ここに泊まってテテュスを元気付けてあげたいんだ。
勿論、ファントレイユも一緒に。
だってこのお屋敷には子供は本当に、居ないもの」
レイファスがそう言うとアリシャはアイリスを、ジロリと、見た。
エルベスが途端に、釘を差した。
「…アイリスが彼らに、何かすると本気で思ってるのか?息子と同い年の彼らに?!」
アリシャが途端に、口ごもった。
が、セフィリアが言った。
「…でも、男の子を好きになると、困るわ!」
ファントレイユが素直な顔をあげた。
「どうして男の子を、好きじゃだめなの?」
ファントレイユのあまりにも素朴な質問に、大人達は思わず言葉を、詰まらせた。
レイファスとファントレイユがテテュスの両側から、彼を気遣うように見つめ、アリシャはとうとうつぶやいた。
「いいわ。じゃあ、テテュスと一緒に居るのよ?」
テテュスは俯いた。そして少し寂しげに言った。
「…アイリスはいつも長い事、屋敷には居ないし。
それがご心配なんですか?」
テテュスのその、とてもしっかりした口調と気品のある様子に、二人は一気に、顔を見合わせ、声を揃えた。
「良い友達が出来て、良かったわね!」
息子達は、それはにっこり、微笑んだ。
テテュスはその誉め言葉に、頬を染めて俯いたりしたから、二人の女性は尚一層テテュスが気に入った。
「…お兄さまがあんまりテテュスを構えなかったから、あんなにいい子に育ったのね!」
アリシャは帰りながらセフィリアに言うと、セフィリアもその言葉に、にっこり笑い返す。
「外見はお兄さまそっくりだけど、中味は私が思い描いていた、昔のお兄さまみたいだわ!」
エルベスは、聞こえて来る二人の、テテュスについての感想を耳にするなり。
とても気の毒そうにアイリスを見つめた。
アイリスは、ともかく帰る二人を、ほっとして見送った。
夕食の席は子供達に取って、夢のようだった。
特に、テテュスとファントレイユにとって。
テテュスは動く人形のような彼らに、今だどう接して良いのかそれは戸惑ったけど、彼らがそこに居るだけで、光り輝いているみたいに見えた。
ファントレイユはアイリスを、それは立派な騎士だとため息を付きまくり、出来ればいっぱいお話がしたいとどきどきしていた。
エルベスが、口を開く。
アイリスと同じ位の背たけの、とても気品と威厳のある大公の彼に、子供達は気後れしたけど。
エルベスは暖かい微笑みを零した。
「二人共、いつも、大事にして貰っている様子だ」
アイリスが少し、顔を伏せる。
気づいてエルベスが、言葉を掛ける。
「…別に君に、嫌味を言ってない」
アイリスは解ってる。と頷いた。
そして顔を上げて彼らに微笑んだ。
ファントレイユはアイリスの笑顔に夢中になった。
とても綺麗だけど、凄くチャーミングで、彼に微笑まれると心が弾んだ。
だからアイリスに
「…私の仕事が忙しくて、テテュスはずっと病気の母親と二人きりだったから、友達になってくれる?」
と言われた時。
ファントレイユは大きく頷いた。
レイファスが尋ねる。
「アイリス叔父さんも、あんまりテテュスとは、遊んでいないの?」
アイリスは、寂しそうに頷いた。
「私は帰ると、アリルサーシャの側に居たから」
テテュスはけれど、笑顔を浮かべると、弾んだ声で告げる。
「でもいつも、友達を連れてきてくれた。
彼らがアイリスの代わりに色々、教えてくれるんだ」
その微笑みにアイリスは、複雑な表情を見せた。
「ローフィスもディングレーも、君の事をとても気に入っていてね。
そして心配していた。また、近いうちに寄るって」
テテュスは嬉しそうに、笑った。
「ファントレイユとレイファスが居る時だといいのに。
二人共凄く格好いい騎士なんだ」
ファントレイユもレイファスも、それを聞いて夢中になった。
レイファスが可愛らしく微笑んで言う。
「いいな。僕、騎士ってあんまり近くで見ていない」
レイファスの父親は大領主で、いつも領地管理に走り回っていたから。
「…僕の父さんはあまり家に、居ないんだ」
ファントレイユが俯いて言うと、テテュスもつぶやいた。
「…じゃあ僕と、同じだ」
ファントレイユが顔をあげて、テテュスに微笑む。
テテュスは彼の微笑みが、あんまり綺麗でぼっとなったけど。
ファントレイユは自分の思い描く理想の騎士のようなアイリスを、そっくり小さくしたような雰囲気のテテュスがとても、気に入った。
エルベスが、アイリスを、見た。
「…二人とも、女の子みたいだ」
アイリスは、頷いた。
「テテュスが惚れないか、心配じゃないのか?」
その言葉を聞くなり、アイリスは頭を抱えた。
「…どうしてもテテュスが好きなら、戦うけど。
アリシャとセフィリアを出来れば、敵に回したく無い」
エルベスは思い切り、同意して頷いた。
レイファスが顔をあげる。
「アイリス叔父さん。
ここでしちゃいけない事って、ある?」
アイリスが、そのどう見ても女の子にしか見えない男の子に微笑んだ。
「テテュスに、聞いてごらん。
彼が知ってる」
テテュスは微笑んだ。
「何がしたいのかは知らないけど。殆ど、無いよ」
「木登りしても、構わない?」
レイファスが聞くと、テテュスはそんな事かと笑った。
「いっぱい登れる木があるから。
明日全部、紹介するよ。
上でおやつが食べられる位の木も、あるし」
レイファスがそれを聞いてとても嬉しそうに微笑むので、皆が思わず和やかに微笑んだ。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説


もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい
増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。
目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた
3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ
いくらなんでもこれはおかしいだろ!

30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる