赤い獅子と淑女

あーす。

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出立 と番外編 ディアヴォロスとオーガスタス ギュンターとディンダーデンの出会い

左将軍就任 3

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 オーガスタスは、ディアヴォロスの視線がもう三度。
自分に注がれ、振り向く度に外されるのを見た。

噂では、ディアヴォロスの最側近である補佐に成る栄誉を、申し入れられたどの男も断った。と。
ムストレスが怖くて、矢面(やおもて)と成る補佐の地位に、誰も就きたがらないのだと。

まさか…。
一度目は、そう思った。
だが二度。
そして三度目は、直感した。

ディアヴォロスに呼び出され、左将軍室に呼ばれた時、とうとう確信した。

机の前で、室内に入って来るオーガスタスに向かい、ディアヴォロスは言った。
「君に私の仕事を、手伝って欲しい。と思ってる」

オーガスタスは、頷いた。

ディアヴォロスは改めて、自分より一つ年下。
教練で一学年下だった、畏怖堂々とした奴隷上がりと呼ばれた…臆すること無く野生の輝きを放つ、その男を見つめる。

その、燃えるような赤毛。
自分よりも高い背。
大柄な体格に見合った、威風さえ漂わせる、年下の男。

ディアヴォロスはじっ。とオーガスタスを見つめ、それでも躊躇(ためら)った。

ワーキュラスが、心の中で優しくつぶやく。

“君の気持ちをそのまま言え”

だが………。

「役職は後に考える。
まず…君にその気が、あるかどうかを知りたかった」
そう…切りだした時、オーガスタスは即答した。
「あんたに仕えるのは光栄だ。
ご存知のように俺は、誰かに従うのは大嫌いな、下賎(げせん)な生まれの男だ。
だが、それでもそのままの俺でいい。
と、あんたが望んでくれるなら………」

オーガスタスは、大らかに笑った。
アルフォロイス同様、その微笑みで相手の心を掴む術を、この体格同様器(うつわ)の大きな男は、持っていた。

「俺はあんたの、役にたとう」

ディアスは初めて…この男を見た時の事をふ…。と思い出す。
一年の入学式で、その誰よりも高い背と体格。
そして風格で目立っていた。

新入生離れしていて、どの男達もが彼を、意識した。
いずれ近衛に進むのに、その男程体格に恵まれた男はいない。
皆がそう、思った事だろう。

そしてオーガスタスは、喧嘩も剣の腕も…争い事の対処法も…。
彼を“大物”と意識する男達の思惑を、裏切らなかった。

一度…食事のテーブルで、空いた彼の横に付こうと身を屈めた時。
オーガスタスはすっ。と席を立つ。

横に並び、爽やかに笑って、彼は言った。
「下品な男は退散するから、ゆっくり食べてくれ」

ディアヴォロスはそう気遣う、彼にささやく。
「私は構わない」

だがオーガスタスは、やっぱり笑った。
「俺は、構う。
あんたみたいに、上品な作法を知らないし…。
第一、そんな雲の上の高貴な男の横じゃ、食事の味が解らない」

周囲の男達はオーガスタスのその言葉に、一斉にどっ!と笑った。

「君と同様、人間だ。
“雲の上”は取り消してくれ」

そう告げると…。
だが、オーガスタスは首を横に振った。
「俺も色々、人間を見て来た。
どれだけ高貴に見せようが、たかが人間じゃないか。と。
雲の上に居たがる男達を、俺は全部、引きずり下ろして来た。
だがあんたは無理だ。
正真正銘、雲の上の高貴な男だ」

周囲の皆は、それは知っていた。
が、オーガスタスまでが、真正面から認めるとは。

そう…ディアヴォロスへの、尊敬の、念を増した…。

つまりオーガスタスの発言には、人の感情を動かす程の、影響力があった……………。


ディアヴォロスが俯くのを見て、オーガスタスはまた鮮やかに笑う。
「意外に、歯切れが悪いな?」

やはりアルフォロイス同様、理屈よりも感情に、真っ直ぐ斬り込んで来る。

『話はそれだけだ』
そう…紛らわそうと思った。
が…心の中で、ワーキュラスは異論を唱える。

“この男は、誤魔化しで済ませられる男じゃない”

ディアスも同感だった。
心の中で一つ、ワーキュラスに頷くと口を開く。

「…言いにくい事だからな。
役職についてだが…。
実はもうとっくに、君に就いて欲しい地位は決まってる。だが…………。
断ってくれていい。君にそれが負担なら、遠慮無く」

オーガスタスはだが、二人を隔てる机の上に両手を付き、椅子に座る真正面のディアスを、その鳶色の親しげな瞳で、覗き込んで言った。
「…そのまま、俺に言えばいい。
どこに、就いて欲しいのかを」

ディアスはそれでも…躊躇った。
いつもその長身の背を真っ直ぐ伸ばし、自分に一点も偽りは無い。
と、堂と胸を張るこの男の事が…。
時々、大切な大切な存在で、何があっても彼を失う事は避けたい。
そう…思わせる気持ちが、どこからともなく自分の中から沸き上がって来て…。
それがとても、不思議だった。

ワーキュラスがその時、理解を助けてくれた。
“それだけ大勢に頼られ、必要とされている男だから、無理も無い”

そう……………。

この男の、周囲へ及ぼす影響力は大きい。
そう考えると、アルフォロイスのような我が儘を言う気には、到底なれなかった。

まだ躊躇うディアスに、オーガスタスは机に乗り出した姿勢のまま。
じっ。とディアヴォロスの、端正で高貴な面を見つめ、優しい表情(かお)をすると、つぶやく。

「…思ったよりずっと…あんた、優しい男だったんだな?」

その表情は『雲の上の高貴な男』をもう、見てはいず、自分の大切な友達か…家族を見るような瞳だった。

ディアヴォロスは胸が、詰まった。
そんな…優しげな瞳をする男をこれから…あの、残忍なにいとこと(ムストレス)との抗争に、巻き込みたくは無かった。

が、オーガスタスはやっぱり、笑った。
「俺に言え。どうして欲しいか、そのままを。
俺は絶対、断ったりしないから」

だから…言えない。
余計に、言えないだろう?

オーガスタスは机の上に付いた手を、すっ。と上げると、腿の横で拳に握り、一気に言いきった。
「俺はあんたの、側近の地位が欲しい」

ディアヴォロスは吐息混じりに、とうとう認めた。
「君に望む、私の要望も、同じだ。
しかも側近中の側近。
補佐に君を任命したい」

オーガスタスは一瞬動揺したように顔を揺らし…。
が、ディアヴォロスを見つめ。
そして、朗らかに笑った。
予感が。
当たった。

そんな、表情だった。
そして言った。
「じゃ、両思いだな?」

ディアスはしぶしぶ、認めた。
「とても、危険だ」

オーガスタスは、太陽のような笑顔で頷いた。
ディアヴォロスはそれを見はしたが、言葉を続ける。
「…それに…大変だ。
伝令に出向く相手は、軍の大物ばかりだし…それに、年上の兵達の伝達や統率もある」
オーガスタスは頷く。
「そっちも覚悟が要るぜ。
俺はそれなりには礼節も覚えたが、十分じゃないからな。
最年少左将軍の補佐は、礼儀知らず。
と世間に叩かれるぜ?
年上の兵の方は、何とかなる。
言葉じゃ年上と一応立てといて、異論があるなら拳で話を付けるか?と脅せば」

ディアスはやっぱり、屈託の無い笑顔でそう言う、一つ年下の赤毛の、ライオンのように何にも縛られたりしない、自由奔放な男の言葉に俯く。
「やり方に、文句は一切付けない。
“礼儀知らず”と呼ばれようと、構った事じゃない」

オーガスタスは途端、肩を竦めた。
「…ちゃんと、俺がマズイ時は叱っといた方がいい。
俺だって若輩なんだからな?」

だがディアヴォロスは、ようやく微笑った。
「忘れているな?
その君の主(あるじ)も、若輩だ。
もうとっくの昔、年上のお偉方に
『若輩の癖して年上の男を差し置き、左将軍に成った礼儀知らず』
と睨まれてる。
今更礼節を欠いて文句が出ようが、それが何だ?」

オーガスタスは、少し首を傾けて俯く。
そして唸った。
「…マズイな…。
俺が思ってるよりずっと…。
俺はあんたの事が、好きになりそうだ」

がディアヴォロスはつぶやく。
「私はとっくに…君の事がとても好きだ。
壁を作っていたのは君の方だ。
君は『雲の上の高貴な男』
に私を、しておきたいようだったが」

オーガスタスは首を竦めた。
「そりゃ…“男が男に惚れる”のは、半端無い事態だし、覚悟が要る。
俺は野生のライオンでいる事が気に入ってるし…その俺に首輪付けるんだ。
それなりの男で無いとな!」

ディアヴォロスはオーガスタスの笑顔に釣られて、つい笑った。
「では私は合格か?」

オーガスタスはその時初めて、顔を下げた。
そして、言葉を詰まらせながらつぶやく。

「俺には、家族がいない」

ディアヴォロスは胸が、痛んだ。
彼の、奔放な程の強さは…彼が、一人だからだと知っていたので。

「…だが変な話、あんたは家族のように、今は感じてる」

ディアスは俯いたままそうそう告げるオーガスタスに、ささやくようにつぶやいた。
「ちっとも変じゃないさ。私の方は、とっくだからな」

オーガスタスが、驚いたように、顔を上げる。
「ロクに口も、きいた事が無いのに?」

ディアヴォロスは吐息混じりに、両手を、机の上で組む。
「…言ってやろう。
私は数人に側近の申し出をした。
私の内に済む『光の国』の『光竜』の事は知ってるな?
彼は私がわざと…断りを入れる相手を選んで、申し出をしていると言った。
腹の中ではとっくに…君を選び、君しか居ないと確信してると。
なぜなら…私は既に君を護ろうと、そう…決めているからだそうだ。
自覚が無くても。
自分の側近を君が引き受けてくれたなら。
どれ程の敵が君を葬り去ろうとしても、断固として戦う決意が、既に私の中で確固として、あるんだと」

オーガスタスは苦笑した。
「側近が主を、護るんじゃないのか?」
「だがその為に君が命を失うのは、私が許さない」

ディアヴォロスの即答に、オーガスタスは顔を一瞬、泣きそうにくしゃっ。と歪めた。
そして顔を背け、俯くとささやく。

「…俺にそんな事を、真顔で言った男は、あんたが初めてだ。
“俺の為に命を投げ出せ”
…そう言った男は、大勢居たが」

そして、顔を上げて言う。
「手綱を、あんたが握ってる。
頼むから…あんまり引き絞らないでくれ。
俺はあんたの…多分言う事は全部、飲むだろうから」

ディアヴォロスは…小声でささやいた。
「君は人間で…家族同然だ。
そんな君だからこそ…側近を頼んでる」

だがオーガスタスは赤毛を振って顔を上げ、笑った。
「俺は自分が、野生のライオンだと知っている。
そうなる事を目標に生きてきたし…ライオンの戦い様をいつも思い浮かべ、戦い抜いて来た。
俺は戦士としてしか、生きる道を選べなかったから…ずっと…ライオンでいようと決めている。
覚えておいてくれ。
あんたが飼っているのは…人間の成りをした、実は獰猛なライオンだ。
だが…そうだな。
そのライオンは確かに獣だが…。
人間と、親友にだって成れるし…。
あんたの、家族にも成れる」

ディアヴォロスはじっ。
とオーガスタスを見つめ…その男の歩んできた道のりが全て見えてるかのような…情の籠もった、透ける、神秘的で浮かぶような、ブルーともグレーとも、グリンとも取れる瞳で、見つめた。

南領地ノンアクタルの、奴隷上がり…。
オーガスタスの境遇について、そう…聞いた。
両親とも亡くし、奴隷商人に幼い頃、売られた。と。

そして…ディアヴォロスは、その男らしくどこまでも通る声音に、柔らかい羽毛にくるまれたような響きを含ませ、ささやく。

「野生のライオンと家族に成れるのは…この上の無い、光栄だ」

その言葉には真実の響きがあり…心を打つ“想い”が込められていた。

オーガスタスはその言葉に…今まで決して居場所を見つけられなかった男が。
初めて安らげる場所を見つけた…。

そんな、こ込み上げてくる感激を抑えるような、少し歪んだ表情を、浮かべた。

懐の広い、雲の上の高貴な男。
両腕を広げたその腕(かいな)は、どこよりも広い。







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