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出立 と番外編 ディアヴォロスとオーガスタス ギュンターとディンダーデンの出会い
左将軍就任 1
しおりを挟む近衛に上がって、一年が経とうとしていた。
新兵の歓迎式が、直だった。
そんな折りだった。
右将軍アルフォロイスが私邸を、訪れたのは…。
金の髪。そして淡いブルーの瞳。
その整った容姿と淡い瞳は、彼を高貴に見せていたが、本人は気さくで。
屈託の無い笑顔を見せる男だった。
私より三つ年上。
彼と近衛で再会を果たす以前の、教練時代。
学年無差別の剣の練習試合で、入学したてだった私は、四年の彼と剣を交えた。
年下の私が彼の剣を叩き落とした時。
それまで真剣そのものの表情をしていた彼は、途端苦笑し、そして手を、差し出した。
「…たいした腕だ」
その言葉に皮肉は微塵も無く、屈託無い笑顔を向けられ、結局負けたのは自分だと気づく。
その器の大きさと笑顔に、一瞬で彼に、魅入られて。
アルファロイスは二十歳の若さで右将軍に就任した。
代々右将軍を継ぐ家柄。
その血統に見合う度量の男だったから、異論を唱える者など、どこにもいなかった。
アルフォロイスは私が姿を見せた時、暖炉の前に背を向けて立っていた。
が、こちらに振り向き、やっぱり笑った。
屈託の無い笑顔。
太陽…それよりは光の輝き。
それも強烈な。
…を思わせる笑顔。
「以前話してた事を、ついに実行した。
逃げるなよ!」
私に、就いて来る気があるんなら。
いや…。
私の事が、好きなら。
この明け透けな男なら、後者だろう…。
私は多分…眉間を寄せた筈だ。
「ムストレスが、黙って無い」
だがアルフォロイスは即答した。
「解ってるだろう?」
ムキになると、やんちゃな子供のように見える。
だが…それさえも魅力的に見える。この男だと。
私が無言なので、彼はまるで…。
恋人にプロポーズをするように、居ずまいを正す。
俯いた顔に金の髪を落とし、殊勝な表情で。
だが淡いブルーの瞳をきらりと光らせ、顔を上げて真っ直ぐ見つめ、口を開く。
「俺の“左”腕に、どうしてもお前が必要だ」
その、真剣な表情。
真っ直ぐ問い正すように向けられる、淡いブルーの瞳。
私なら…こんな無茶を大事な相手に、決して頼んだりしない。
近衛入隊一年目の男に、左将軍になれ。
…等とは決して。
アルフォロイスは計算度外視だ。
本人もそれを、知ってる。
冷静さや理論で無く、直感で動く。
そしてその殆どが、いつも正しい。
更にその大らかな魅力。
戦闘の時、真っ先にその金の髪を振り、誰よりも早く、敵に斬り込む勇気。
彼が先陣切ってなだれ込み、周囲を埋め尽くす敵を矢継ぎ早に斬り殺す姿に…。
その恐れの微塵も無い圧倒的な強さに。
皆が身震いして奮い立ち、彼に続け!と熱狂にも似た興奮に包まれ、一斉に敵へと襲いかかる。
彼の一隊がいつも最強と呼ばれるのは…。
彼が自身の戦いで、兵を無言で戦闘へと、駆り立てるからだ…。
そして…彼の戦いぶりを見た男達は皆、彼に惚れる。
崇拝し、慕い…彼の戦場での姿を、熱狂的に語る。
彼に就いて行く事を誇り…彼の部下である幸福を誇るのだ………。
ディアヴォロスはまだ真摯に見つめるアルフォロイスに、返答を躊躇(ためら)った。
彼を支える大切な地位、左将軍に乞われるのは光栄以外、何者でも無い。
だが…………。
アルフォロイスは若い、ディアヴォロスの。
表情の読めぬ神秘的な整いきった面を見つめ、少し、落胆したように髪を揺らしつぶやく。
「…嫌か?」
ディアヴォロスはまだ、その表情を崩さず。
年上の駄々っ子のような男が無茶を突きつける、その、内容が。
どれ程重大で多くの者に影響を及ぼすかを、無言で問い正す。
だがアルフォロイスは、直感でそれを感じ俯く。
そして年の割に冷静そのものの、誰よりも存在感のある自分より三つも年下の男の、静かな瞳を見つめ、それでも、言った。
「…だが、どうしても俺はお前がいい」
ディアヴォロスは理屈等無いような、子供のような彼のその言い草に、つい短い、吐息を吐く。
「それに…もう、言っちまった。
お前で無ければ俺は、右将軍を降りる。と」
ディアヴォロスは瞬間、目を見開き真正面の彼を、喰い入るように見た。
アルフォロイスは悪さを見咎められた子供のように、ようやく表情を晒すディアヴォロスの顔を見、髪を揺らして俯く。
ディアヴォロスはとっさ、呻くようにつぶやく。
「…何を…!
何を言ったのか、解っておいでか?
貴方は…………!」
ディアヴォロスは…そこで言葉に詰まった。
理屈等無い。
感情の赴くままのこの男に、何をどう…言って説得すればいいのか、全く思い浮かばす。
が、自分を抑えきれず、年上の男を、叱咤(しった)するように叫ぶ。
「貴方は、自分の立場をお考えなのか?!
右将軍という地位にありながら、そんな事を軽々しく……!
軽々しく、おっしゃるものじゃない!」
アルフォロイスは、『解っている』と言わんばかりに暖炉の上に腕を乗せ、俯き、溜息を付く。
だが本当に、解っている筈なんか無い。
解っていたら…相談の内容は違っていた筈だ。
『馬鹿を言った。
どうやって取り消せばいいのか、知恵を貸してくれ』
間違っても…
『左将軍の地位を、受けてくれ』
なんかじゃ、無い筈だ!断じて!!!
ディアヴォロスはその男が、自分の言葉を撤回する気が毛頭無く…。
言った事をそのまま実行する男だと、知り尽くしていたがそれでも。
感情が収まらず、つい、口を突いて出た。
「お言葉を直ちに…撤回なさい!
感情的になり…一時の気の迷いで口の滑った事で、本心で無い。と!」
だがアルフォロイスは子供のような瞳を、向けた。
真っ直ぐで、微塵の邪気の無い。
「俺に嘘を付け。と?」
ディアヴォロスはぐっ。と詰まって目を固く閉じ、顔を震わせる。
そしてとうとう…遠慮を取っ払った。
「嘘だとしても!
必要な言葉だ!
他の…あんたより年上の、軍の重要な役職に就くお歴々には!
あんたは年上のプライドばかり高いあの連中を、この先束ねてかなきゃならない!
軍中の男が惚れてるあんただからこそ!
暴言も甘く見られてる!
折角…そんな我が儘が許される程、近衛全ての男に惚れられてるんだ!
無理を通し私を器用し、連中を敵に回す必要がどこにある?!」
だがアルフォロイスは一点の曇りの無いブルーの瞳で、年下の激昂する、まだ若いが老獪(ろうかい)を解(かい)する、知的な男を見つめる。
「ディアス。人生はたったの、一回なんだぞ?」
ディアヴォロスは彼が本気でそれを口にしているのを、知っていた。
そしてその、無垢。とも言える瞳が注がれ続け…。
結局自分が敗北する様も、思い描けた。
アルフォロイスはだがまだ折れぬ瞳で、真っ直ぐ見つめる年下の男にささやく。
「俺は自分の言った言葉を、後悔なんかしない。
お前が俺の“左”に座るんじゃなけりゃ、右将軍なんてただの羽根飾りだ。
何の意味も無い」
実質の意味をこの男は…知り尽くしていた。
真実を。
だから…この男が右将軍の座に座ってなきゃ、軍中の男達は絶対皆、納得出来やしない。
それは…統率の乱れを意味する。
実際戦闘に置いてはそれが何より重要で…軍中の男達を奮い立たせる器だからこそ、この男を始め、この男の血統は近衛に必要不可欠だと、その実績で周囲に知らしめ、代々右将軍の地位を授けられて来。
そして…そんな男が右将軍の地位に居なければ、最強と詠われるアースルーリンドの近衛軍は、存在しない。
とさえ言われ、実際…その通りなのも…………。
その男が!
選(よ)りに選って、去年入隊したばかりの、新兵とも呼べる男を。
“左”将軍に地位に座らせる為、意見が通らなければ辞める。
等と………。
ディアヴォロスはだが、まだ抗(あらが)った。
つい、凄みある低い声で、今度は脅しにかかったのだ。
「…自分がどれ程の我が儘を言ってるのか!
あんた本当に、解ってないのか!
あんたが連中に突きつけた言葉は!
脅しで強迫だ!
近衛の兵達はあんたしか、右将軍で居る事を認めない!
あんたを右将軍に据えとく為には、連中はどんな事も聞かざるを得ない!
絶対断れない意見を!
あんたは連中に突きつけてるんだぞ!」
「俺にそんな計算が出来るか!」
アルフォロイスがふてたようにそう怒鳴っても。
ディアヴォロスはまだ、アルフォロイスを睨んだ。
「ムストレスは黙ってない。彼は実力者だ。
軍中にツテがあり…あんたが計算度外視で戦闘で暴れてる最中も、自分が“左”将軍に成る根回しを、軍の重要人物を抱き込んで、着々と進めて来た!
唯一抱き込めなかったのはあんただ!
だからと言って…そのあんたがそんな無茶を言っていい。
と言う事には、ならないんだぞ!」
アルフォロイスはこれにはとうとう、キレた。
「なら俺がムストレスに言ってやる!
近衛は勝たねばならない!
もし負ければ国を、無くすからだ!
戦闘以外でどれ程幅を利かそうが、無意味だとな!
勝つ為の“左”にどうしてもお前が必要だし!
俺だけでなく、皆が納得する!
お前なら。と!
その、お前の若さを除いて!」
二人はまるで喧嘩をしてるように、睨み合った。
暫く………実際の拳を振る事無く、自(みずか)らの主張を拳のように、相手に無言で放ちながら。
二人は互いを。
ディアヴォロスがその瞳に冷静さを消し、感情を表した時。
アルフォロイスは途端、太陽のように笑った。
「ほら!
やっぱり、俺の事が好きだろう?」
ディアヴォロスは素っ気なく顔を背け、つぶやく。
「お偉方に、その理屈が通用すればね…」
アルフォロイスは肩をすくめる。
「命はあそこ(戦場)では、一瞬のやり取りで決まる。
嫌いな奴が“左”で…その一瞬に意志が通じるか?
意志が通じず打つ手が遅れれば…結局無くさなくて済む命を無くす。
俺はそれだけは、絶対に嫌だ。
お前はその事を知ってる。
命がどれ程…大切かを。そしてどれほど脆(もろ)いのかも。
だがムストレスは、『構わない』と言うだろう…。
『それを無くしたからと言って、どうだと言うのです?』と…。
俺は…連中に責任がある。
俺を慕って危険の中に一緒に飛び込んで来てくれる、どの顔にも。
そんな立場に居るのに、ムストレスのように簡単に斬り捨てる事なんか、出来るか?
一兵卒の、命も惜しみたい。
それが出来なきゃ俺は無能な右将軍でしかない。
お前が“左”でなきゃ、俺は無能に成り下がり…。
地位を降りるのは、当然の事だ」
ディアヴォロスは俯き、彼の言葉を聞いていた。
ただの我が儘で無く、決意だ。
アルフォロイスはそれだからこそ…近衛中の兵が彼を慕い…信頼し…そして彼に付いて行く。
とうとう…ディアヴォロスは『誓いの言葉』を口にした。
彼にとってはやっぱり、『敗北』の言葉だったが。
「あんたの“左”腕に成れるのは光栄だし…。
どれだけの精力を傾けても、全力であんたを支える気が、俺にはある」
アルフォロイスはやっぱり、にっこり。と屈託無く微笑んだ。
若い、ディアヴォロスが、それを見てフテたように顔を背けても。
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