赤い獅子と淑女

あーす。

文字の大きさ
上 下
31 / 44
花祭り

花祭り 8

しおりを挟む
 オーガスタスは自室に戻ると、扉を後ろ手で閉めた後。
暫くそのまま、動けなかった。

花の香りが甘やかに自分を包んでいるのが分かる。
華やかで優しくて…まるで…天国のように楽しい時間だった。

腕に抱く、彼女の感触がまだ、残ってる。
そして唇に触れた、彼女の…。
柔らかで優しい唇の感触…。

オーガスタスは室内へ歩き出そうとし…出来ずにまだ、後ろ手で扉のノブを、握っていた。
自分を、全て包み込もうとする、マディアンの甘い香り。
きっとどれだけの暴挙に出ても、彼女は引かず、自分を受け入れ続ける。
それを、オーガスタスは確信していた。

泣き出しそうだった。

自分が、彼女をズタズタに傷つけそうで…心底、怖かった。

彼女は、幸福な天国(領地)に居て欲しい…。
彼女らを傷つけようとする輩は…俺が地獄(戦場)に留まって、決してそちらには、行かせないから…!

俺は剣を…奴らを引き裂くために振る。
決して…君を傷つけるために、じゃない!

分からないのか…俺が血に染まっていることを…!
俺が、戦うために産まれて来たことを…!

生き抜くために、ずっと拳を降り続け…それしか…生き方を知らない。
ディアヴォロスが俺を、制御し、導いてくれているから…左将軍補佐なんて役職も、なんとかやっていけるだけで…。

オーガスタスはその時、ようやく…自分に自信がないことを、思い知った。
たった一人の…恋い焦がれた淑女を、幸せにする自信が。

コン…。
背後の扉の振動で、オーガスタスは我に返る。
コンコン…。
ガチャ。
扉を開けると、見慣れた制服の使者の姿。
アーガンソ大公夫人の専属使者だった。

「…確か約束は、お断りを…」
「夫人が、いらしてる。
が、補佐官邸前の門で、足止めを…」
「馬車で?」
問うと、使者は頷く。
「通行証を…出して頂けますか?」

オーガスタスは迷った。
だって正直…マディアンが怪我を負った、その前日。
彼女と一夜を過ごしていた。



たまたま、その数日前の王宮舞踏会に、ディアヴォロスの代理で近衛騎士らの悪行を見張るため、遣わされ、再会した。
始めて出会ったのは、教練(王立騎士養成学校)時代の四年の時。
下級生アイリスの叔父、エルベス大公家の舞踏会で。

その時はダンスを踊っただけで、関係を断った。
が、舞踏会で夫人は、笑顔を浮かべやって来て、再会の挨拶を述べた。

「左将軍補佐になられたと聞いて…。
お会いできる機会を待ってましたの。
ずっと舞踏会に足を運んでましたのに、全然お会いできなくて…」

彼女は黒髪の、有名な美女だったから…。
背後では彼女の取り巻き宮廷貴公子らが、群れて自分を見つめ、ひそひそと眉をしかめ、話し合っていた。
それで…。

どうだっけ?
出会ってから一年半後の再会。
年上の、熟し切った美女。
誘うような色香。
けれど品が良くて…。

少し疲れた。
と言われ、別室に付き添った折、個室に入るなり、しなだれかかられ、抱きつかれ、そして…。

疲れて…いたのかもしれない。
誘われて、そのまま………。

関係を持った後、気づいた。
大公家の夫人で…身分高く。
もし関係がこじれたら、厄介な事になるかもしれない…と。

けれどどうせ、この場限りの関係だろう。
そう…思った。が…。
翌日、使者が来た。
目立つ…大公家の使者と一目で分かる制服の。

そして、彼女の別宅に招待された。
彼女の、新しい愛人に。
と…打診を受けたも同然だった。

ぐらぐら心が揺れ…。
だが慣れた愛撫、甘やかな一夜、を思い返すと、つい頷いて返答していた。
「…ではそのお時間に、お伺いする」

使者が帰ってから。
しまった、取り消そう、と思った。
が、使者はとっくに去っていた。

訪問を、迷っていたその時に…マディアンが、怪我をした。
だから使者を出し、今夜は訪問出来ない。
と………。

オーガスタスはいつの間にか、部屋を出、使者を促していた。
「馬車はどこに?」
使者は頷くと、廊下を先に歩き出した。
だからオーガスタスは付いて行き…。
やがて玄関を出て、庭園を抜け、門番に開けるよう促し…。
門の外に出ると、止まっている馬車の、窓を覗く。

黒髪で青い瞳の…麗しの貴婦人が、そこに居た………。

オーガスタスは彼女の顔を見た途端。
下半身に、痺れたように快感が駆け抜けた…彼女の中に放った瞬間を、思い出す。

その時、オーガスタスは脳裏に…そのまま彼女を自室に引き入れ、一瞬で燃え上がって抱き合う姿を、思い描けた。
しかも彼女もそれを、望んでいた……。

顔を上げ、門番に、門を開けるよう告げようとした、その時。
ふいに、声。

「悪いがオーガスタス。
君に用がある」

オーガスタスはまるで、都合の悪い隠し事を見咎められたように、大きくビクっ!と体を揺らした。

暗がりから姿を現したのは…やはり、ディアヴォロスだった。

「な…ど…そ…」

オーガスタスは口ごもってそう言うと、ディアヴォロスはやって来て
「なんでここに?どうしてそんな姿で?
…か?
夫人には私から、ご説明させて頂くから」

呆けて、頭が真っ白になってるオーガスタスを、退けるように近づくと、ディアヴォロスは馬車の横に付き、窓を覗き込むので。
オーガスタスは慌てて、背後に避ける。
その拍子にオーガスタスは、ディアヴォロスがやって来た方角の、左将軍官邸の建物の影に。
ローフィス、ディングレー、ギュンターの姿を見た。

「本当に申し訳無いが。
暫く彼は、私の用事で忙しくなる。
二週間後にもう一度。
彼に使者を、出しては頂けないだろうか?
この後、彼は忙しくなる。
今夜は休ませたい。
ご理解頂けるか?」

オーガスタスはディアヴォロスのその言葉を聞き、頭の中で反論していた。

「(…用…休ませたい…ったって、マディアンの世話だけで…。
戦闘じゃ無いし、体力も使わない…)」

が、アーカンソ夫人は、とても…とても残念そうに馬車の窓から、オーガスタスを欲望で濡れた瞳で見つめ…。
けれどディアヴォロスの、引く気無い、一見柔らかな、けれど断固とした“気”を持つ微笑を見つめ、頷いて御者に出立を知らせるベルの紐を、引いた。

ベルが鳴り、間もなく…馬車は、走り去って行った。

オーガスタスは、呆然とした。
そしてディアヴォロスを見る。
数㎝しか自分より背の低くないディアヴォロスは、とっくに自分を見つめていて。
「個人的な事に、口を出されて不満か?」
そう、突きつけるように告げる。

オーガスタスは、言葉に詰まった。
ディアヴォロスはそんな彼に、言い諭す。
「マディアンとちゃんと対峙し。
結論が出てから、アーカンソ夫人との関係を考えたまえ。
今では君は。
マディアンから逃げ出す為、夫人に流される。
それでは…お互いにとって、良くない」

言うだけ言って、ふい…と背を向け、今だ建物の物影でこちらを伺ってる、ローフィスらの方へと、歩き去って行く。

オーガスタスが見てると、ローフィスは肩すくめ。
ディングレーとギュンターは、何を見せられてるのか、理解出来てない様子だった。

やっと…オーガスタスは叫んでいた。
「マディアンとの関係について、結論が出た後なら!
アーガンソ夫人と関係を持っても、文句は付けないんだな?!」

ディアヴォロスは振り向くと…印象的な、透けたグレーともグリンとも、ブルーともとれる瞳を向け、男らしい美しさの、整いきった面を向けて言い切る。
「…そうなったら、君の決断だ。
尊重しよう。
が、今は駄目だ。
若い君は、悪戯に気持ちを決められないまま、年上の彼女に流される。
悪いが私は。
後悔で深酒に浸かる、君を見たくない」

きつい…半ば睨み顔を向けたディアヴォロスに、そう告げられ。
オーガスタスはもうそれ以上、千里眼の上司に返す言葉無く、顔を横に背けた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

邪魔しないので、ほっておいてください。

りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。 お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。 義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。 実の娘よりもかわいがっているぐらいです。 幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。 でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。 階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。 悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。 それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...