赤い獅子と淑女

あーす。

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花祭り

花祭り 4

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 マディアンは、とても素直に自分の感情を見せるオーガスタスを見つめ、そっ…とつぶやいた。
「…きっと…ご両親にとても、愛されていらっしゃったのね。
二人は貴方が、可愛くて仕方なかったんだわ」

言って、オーガスタスが振り向き、その瞼(まぶた)の奥に深い悲しみが浮かび、マディアンははっ…として…。
慌てて口に、手を当てる。

けれどオーガスタスは顔を背け、微笑み、笑顔をマディアンに向けて囁(ささや)く。
「ええ。一人っ子だったし駆け落ちだったので、余計でしょう」

「…駆け落ち…されたの?」
オーガスタスは俯く。
「…父は私同様の近衛の騎士で、准将(じゅんしょう)の地位を捨て…。
母は大公に見初(みそ)められ、大公夫人の座を捨てて…逃げたそうです」

マディアンが、それを聞いて言葉も無く俯く。

オーガスタスはそんなマディアンを気遣うように、優しく囁く。
「貴方は?
私がお会いしたご両親に、そんなドラマは何も無いのですか?」

マディアンは、オーガスタスの言葉に振り向く。
「ご覧の通り…母はいつも娘達の相手で忙しく…父は出荷の役人で…。
いつもくたびれきって、帰って来ますわ。
平凡な、両親です」

オーガスタスは帰り際、挨拶をかわしただけの、彼女の父親を思い出す。
顔立ちは良く感じも良かったが、言われた通り、くたびれきっている様子で
「お嬢さんの怪我は私の不手際のせいで…」
と詫(わ)びを言ったが、彼はびっくりして
「妻から聞いているが、左将軍様にこんな配慮をして頂き、大事な片腕を娘の世話係にして頂くなんて、恐縮(きょうしゅく)なのはこちらだ。
謝罪は必要ありません!」
そう、言われた。
けれど大変疲れているので。
と言われ、頷いて背を向けた。

二人の背後にいた四女アンローラが、会話を聞いていたのか、突然叫ぶ。
「お父様は、手抜きが出来ないのよ!」

次女エレイスも、口を揃えて叫んだ。
「出荷に来た農民達に、不都合があると直ぐ、駆けつけられて…。
母様も、お給料以上に働いてるって!」

「…だが、良い事だ」
オーガスタスのその言葉に、ローフィスも頷く。
「財産では計(はか)れない。
彼は親身になったたくさんの人々に、いつも感謝を受けているんでしょう?
偉大な方ですよ」



ローフィスの言葉に、かしましかった姉妹らは、しん…となる。

次女、エレイスが顔を上げて囁く。
「マディアンお姉様はよく、奥さんが病気になった…。
お父様がいつも出荷を請(う)け負(お)っている農民の、子供の世話に出向かれたりするの」
四女アンローラも、小声でつぶやいた。
「旦那さんが出荷の準備で忙しくて、奥さんの看病も、子供の世話も出来ないから」

オーガスタスが、マディアンを見つめる。
マディアンはオーガスタスを見上げ、言った。
「…ですから、薬草にも詳(くわ)しいわ。
貴方がどれだけお怪我をしても、私看病できます」

オーガスタスは目を見開き、妹達はそんな彼を見て、くすくすと笑った。
次女、エレイスが囁く。
「マディアンお姉様、ご自分をオーガスタス様に、売り込んでいらっしゃるの?」

アンローラが、少しむくれたように言う。
「あら。
シェダーズ様は?
私お姉様と凄く、お似合いだと思ったのだけど」

けれど後ろにいたラロッタは、反論する。
「私、シェダーズ様とオーガスタス様なら、絶対オーガスタス様を選ぶわ!」

アンローラが、背後に振り向き、尋ねる。
「左将軍補佐で、ご身分が高いから?」

ラロッタは、解ってないわね!と妹を睨み
「うんと男らしくて、逞しいからよ!
貴方だって、シェダーズ様といるよりオーガスタス様といる方が、絶対ドキドキすると思うわ!」
と言い切った。

けど、アンローラは異論を唱える。
「私、ギュンター様だと、心臓が跳ね上がるけど」

ローフィスはそれを聞いて
「きっとギュンター以外の男は、視界に入ってないんだな」
と呟く。

が、エレイスとアンローラは両側から、ローフィスの腕を取ると微笑みかけ
「ローフィス様が婚約者を振って、私が好きだ。
と言って下さったら、きっと心がぐらぐら揺れるわ!」
「私も!」
そう言って、ローフィスを困らせていた。

けれどラロッタが、自分の意見を披露する。
「確かにギュンター様って、とってもお綺麗で…。
シェダーズ様もローフィス様も、本当に素敵で、理想の旦那様だとは思うわ。
でも私はやっぱり、オーガスタス様が一番男らしくて騎士って感じで、お姉様とお似合いだと思う」

一番後ろでアンリースと並んで歩いてたラロッタは、そう言いながらローフィスに両側から腕を絡ませてる、アンローラとエレイスの横に進んで来る。

アンリースも、先へと進む、ラロッタの横に並ぼうと早足になって
「私も…お義兄様。
ってお呼びするのは、オーガスタス様だと嬉しいわ」
と小声で囁くものだから、エレイスとアンローラは思わず、真ん中のローフィスを見上げた。

ローフィスは前を歩くオーガスタスに
「家族公認だ。
もらったようなもんだな?!」
とぶっきらぼうに告げ、振り向くオーガスタスに軽く睨まれ、言い諭された。

「野郎同士でその言い草は、容認出来るが」

低い声音でそう釘を刺すオーガスタスを、マディアンも目を見開いて見たし、ラロッタもアンリースも見た。

「…迫力だわ」
ラロッタが囁くと、アンリースも頷いた。
「凄く、男っぽくて素敵」

オーガスタスは気づくと、そう言う二人を思わず見つめ、その後、顔を戻し、腕に抱くマディアンまでもが、目を見開いて自分を見てるのに気づく。
それで、慌てて言った。
「失礼。
女性の前では極力、あまり男臭くならないよう、務めていますが…」
と言い訳し、背後のローフィスを見る。

ローフィスはにこにこしていて
「近衛では、あれよりもっと迫力があって男らしいんですよ。
もう、“可愛い”とは、思われませんね?」
そう、女性達に念押しするものの。

アンローラに
「あら!
いつもとても男らしい方が、困っていらしたら…」
と言いかけ、エレイスも
「やっぱり、“可愛い”と思うわ。
いけないの?」
とローフィスを伺って問い。
ラロッタも
「そういう、“可愛い”部分も、無いと困るわ!」
と叫び、アンリースまでもが頷く。
「…でないと、私達なんて…相手にして下さらないでしょう?」

マディアンも
「ええ。
とてもお優しくて、温かい心根を持っていらっしゃるから。
私達も、いらっしゃるのがとっても楽しみなんですのよ?」
と同意する。

マディアンの賛同に、引っ込み思案の末っ子、アンリースは嬉しそうで。
ラロッタも笑顔になり、アンローラもはしゃいだ声でローフィスに叫ぶ。
「もう、朝からお母様を入れてみんな、いついらっしゃるか、って。
わくわくして、大騒ぎなの!」
エレイスも、ローフィスの腕を引くと
「もちろん、ローフィス様もご一緒頂けないと、私達、すごーーーく、がっかりするから!」
と告げるので、ローフィスはぼやいた。
「本当に?
俺はおマケ、とか、思ってませんか?」

その言葉に、みんな一斉に笑い、マディアンまでもがくすくす笑って。
オーガスタスも、全開の笑顔を披露した。

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