赤い獅子と淑女

あーす。

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園遊会

園遊会 5

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 マディアンが、馴染みの貴婦人とポプリの花をどんな風に使うか。
を、お菓子の乗ったテーブルの前で、話していた時。
庭園の外れの緑溢れる細道を、ヨーンが苦い顔で歩き去って行く姿を見た。

けれどヨーンは見つめているマディアンに振り向き、嫌な目付で見つめ、にやっ。と笑う。

“まだ…懲りてないなんて!”

マディアンは咄嗟、ヨーンのかなり離れた背後から、その道をやって来るオーガスタスの長身を見つける。

駆け寄っていた。
どうしてだか、オーガスタスにはそうさせる、安心感があった。

オーガスタスはヨーンが庭園を出るのを見守るつもりだった。
が、駆け寄るマディアンに視線を送る。

優しい…柔らかな家庭的な雰囲気を纏った…たおやかな美しい淑女。
が、その表情が不安げに見え、彼女が横に付くのを待って、顔傾ける。

マディアンはまるで、受け止めてくれるようなそのオーガスタスの仕草に、胸が高鳴った。

どういう訳だかその時、衣服を着てる筈の彼の、裸体が頭に浮かんだ。
逞しく広い、肩や胸。

そんなに大きな強そうな男なのに…抱き止める腕は、とても優しい…。

淑女としては恥ずかしい想像をしてる筈なのに、どういう訳か、涙が、こぼれた。

それは自分にとっても、訳の分からない感情だった。
“なぜ…?”

怪訝(けげん)そうに伺うオーガスタスに気づくと、マディアンはそっと彼の胸の衣服に指先を、触れて囁(ささや)く。

「ヨーンはまだ、嫌な目付きをしています。
こういう場では、私は長女で一番目立つので、あの男は私を追い回していますが…。
どちらかと言えば身持ちの軽い、次女や四女をいつも、それは嫌らしい目付で見ていますの」

「…つまり、お目付役の貴方を取り込んでしまえば、次女や四女にも手が出せる。
と、ヨーン思ってる…?
貴方のお考えでは」

マディアンは、はっ。として、胸元に触れた指先を引っ込める。

「あの…殿方のお考えは正確には、女の私には解りませんが」

けれどオーガスタスは屈む背を伸ばすと、溜息吐いて喋(しゃべ)り出す。
「いいえ。
多分貴方のお考え道理だ。
あの男は実は近衛の頭痛のタネで。
女にモテたいが為に、近衛の使命の戦いもせず、制服を着て園遊会や舞踏会を回り、女性につきまとってる。
一通り回り終えたのか。
どこからも苦情が来て、結果今日私は、友人がそういう男を、例え年上で身分が高かろうが平気で殴り倒すから。
彼を除隊処分にさせない為、見張りに付いて来たんです」

マディアンはちょっとびっくりした。
「あの、金髪の美貌の騎士は…そんなに勇敢な方なんですか?」

オーガスタスは苦く笑うと
「間違いなく近衛の、出世頭ですよ」
と告げる。

マディアンはオーガスタスの、その後の言葉の想像がつき、微笑った。
「除隊に、成らなければ?」

オーガスタスは、苦笑する。
「…そういう勇敢な戦力になる男を、戦いもしない男の為に失うのは、近衛の損失。
と、左将軍は考えてる」

マディアンは俯いた。
「でも…勇敢な方は命を亡くしやすいと…。
あの…貴方は戦いには、出られないんでしょう?」

オーガスタスが何か言い出そうと振り向いて口を動かしかけ、けどその前に、マディアンは言い切った。
「だって…左将軍補佐なんですもの!」

オーガスタスは暫く…会って間もない貴婦人が、自分の命の心配をしている。
と感じ、少し悲しげな表情で屈み、彼女の顔を、覗き込んで言った。

「こういう場に本来、私は来ない。
だから、私が戦うべきでは無い戦闘の場でも、必要があれば私は出向きます」

「でも…でも!
戦いはされないんでしょう?
だって補佐を失えば…左将軍にとってはあの金髪の美青年よりもっと大きな、損失になるんじゃありません?!」

オーガスタスは自分の為に、必死に尋ねる貴婦人に、そっ…と呟(つぶや)く。
「私の体格をご存知でしょう?
そして近衛にいる。
例え左将軍補佐だろうが、戦いになれば私は仲間を助けます。
戦場に赴(おもむ)いて、左将軍の伝言を伝えるだけで。
戦う仲間に背を向ける事は…私は決して致(いた)しません」

マディアンはその時、目頭が熱くなって沸き上がる涙が、堪(こら)えきれなかった。
戦場の草原で…陽を浴びた赤い髪を靡(なび)かせ…。
この大きな人が剣を振り、仲間と共に戦う姿が、うっすら…と浮かんで来たから。

マディアンは頬に涙が、伝うのが解った。
オーガスタスが、目を、見開いて凝視していたから。

「わ…私…困りましたわ。
だって貴方の戦死報告をもし、耳にしたら………」

言った途端、涙がどんどん溢れ出て、どうしようもなくて、顔を、下げた。

オーガスタスが決死でポケットを探り、ようやくハンケチを目前に、慌てて差し出す。
マディアンはそれを暫く見つめ、受け取って…先を細く立たせ、そっ…と瞳の縁を拭う。
左右を拭い終わると、ハンケチを、そっ…と。
大きなオーガスタスの手に戻し、顔を上げてにっこり、笑う。
弾かれたようにオーガスタスが、問うた。
「最近、どなたかお亡くしになったのですか?」

マディアンはびっくりし、目を見開く。
咄嗟…怒鳴ってた。
「いいえ!」

オーガスタスが死ぬ事が悲しかった。
けれどその理由が、自分ですら解らなかった。

オーガスタスは怒鳴られて、少し俯くと囁く。
「私の…命の心配をされて?」

マディアンはその言葉に、背けかけた顔を戻し、見つめる。
長身の、誰よりも威風堂々とした方が少し、感傷的な表情を浮かべ、俯いてる姿から。
マディアンは目が離せなかった。

でもその風情は人を寄せ付けない印象がして、マディアンは切なくなる。

「…私の他にも…心配をされてる…お方が…いらっしゃるのね?」

オーガスタスは気づいて顔を上げると、屈託無く笑った。
「ああ確かにいますが…教練時代の級友です」

言った後、目を見開くマディアンに気づき、慌てて屈むと囁く。
「…彼とも、恋人じゃない!」

マディアンはその語気の強さに途端、笑顔になる。
「そんなにいつも、誤解されていらっしゃるの?」

オーガスタスは困ったように背筋伸ばすと、髪に手をやり決まり悪げに呟く。
「ギュンターとは…金髪の男ですが。
あの美貌だ。
連んでいると、昔はかなり、誤解されてましたね」

マディアンは気づいて囁く。
「先程貴方のご心配をされてるご友人とは…。
もしかして、左将軍の事ですか?」

オーガスタスは、ぎょっ!としてマディアンに振り向く。
そして彼女の顔を、暫くマジマジと見て、吐息吐く。

「…まさか私が、左将軍とデキてるから入隊1年目で左将軍補佐になった。
とか…ヨーンが言ったりしましたか?」

マディアンはまだ、くすくすと笑い続けた。
「言ってませんでしたけど…そうなんですか?」

オーガスタスは暫く、考え込むように沈黙し、その後言った。
「無論、違いますが…。
私と彼が誤解された。
と左将軍が知ったら…きっと暫くの間、彼の笑いが止まる事は無いでしょうね」

そう言った途端、マディアンはもっと笑った。
オーガスタスは困ったように吐息を吐き出し、目前のマディアンと、想像上の左将軍が笑い続ける様を、見守った。

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