赤い獅子と淑女

あーす。

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始まりの誕生会

始まりの誕生会 1

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 オーガスタスは昼間の陽光の中、優しく吹き渡る風を感じながら、華やかに装い楽しげに会釈する人々の間から、門より颯爽と駆け来る一騎に気づいて、顔を上げる。



真っ直ぐの黒髪。
ざっ!
と見事に黒光りする馬から飛び降りる、その男らしい姿。
馬丁に手綱を預け、真っ直ぐ背を伸ばし来る、無頼のような風情。

けれど彼が「左の王家」の血を継ぐと、知っているオーガスタスは、『気品は隠しきれないな』と苦笑する。

が目前の貴婦人らが、いきなり声高に話しかけて来るのに、オーガスタスは顔を向けた。
年配の貴婦人二人は瞳を輝かせ、興奮気味に告げる。

「左将軍補佐でいらっしゃるの…?
まあ!
本当にゼッデネスったら、素晴らしい養子を迎えたものね…?!」

「本当に…彼がこのお屋敷を、取り戻して良かったわ…!
彼のお母様が…それは愛情込めて手入れをされていて…。
昔に、戻ったよう…。
私、ここが大好きでしたの………」

昔なじみの婦人なのだろう…。
オーガスタスは奴隷商人から自分を買う為、この…素晴らしい屋敷ヴィラヴィクス邸を、養父ゼッデネスが高値で売却した事を、思い返して俯く。

左将軍ディアヴォロスがオーガスタスの誕生祝いに、この屋敷を買い彼にプレゼントし、養父ゼッデネスはこのヴィラヴィクス邸を取り戻した…。

近衛の戦闘で足を痛めたゼッデネスは、杖を付きながら、昔なじみの貴婦人や貴人らに取り囲まれて、左将軍補佐なんて高位に就いた、養子の生誕を祝う言葉を聞いていた。

栗色の巻き毛と空色の瞳。
鼻髭を蓄え…笑うととても人好きのする、感じの良い中年男に見える。
近衛の戦闘で痛めた足を引きずる彼は、いつも気むずかしげな表情をしていた。
その彼が…とても嬉しそうに見えて、オーガスタスはほっ…とする。
やがて先程の真っ直ぐの黒髪の男…ディングレーが、気配を殺してそっ…と寄るのを感じ、振り向く。

ディングレーはその2mを越す男(オーガスタス)に突然振り向かれ、ちょっとぎょっ!として目を見開く。
が、直ぐ、顔を寄せて小声で囁く。
「実は…ディアヴォロス(左将軍)は凄く、来たがっていたんだが…」
「来られないのか?」
ディングレーは無言で頷く。

「左の王家」の一族の、左将軍ディアヴォロスの年下の従兄弟、ディングレーは、園遊会には相応しくない、大層質素な出で立ちで、顔を下げて言葉を繋ぐ。

「…俺に代理をしろ。
と最初無茶を言ったが…あんたに伝言するに止(とど)めてくれた」
「…つまり「左の王家」の男として、客に挨拶はしないと?」

ディングレーはもっと顔を下げ、オーガスタスにチラと視線を向け、屈むオーガスタスに、こっそり告げる。
「…俺はこういう場では、絶対身分を、知られたくない」

オーガスタスは、解った。
と頷く。
そそくさと背を向けるディングレーに、オーガスタスはぼそり。と呟いた。
「で?さっさと帰る気か?
美味い食い物も酒も、嗜(たしな)まずに?」

ディングレーは面倒くさげに振り向く。
「…なんでこんな目立たない服装してると思う?
顔知ってる誰かに、出会わない為だ。
長居なんて、出来る訳無いだろう?」

オーガスタスはその、華やかな場所で王族として晒し者にされるのが、大っ嫌いなその男にくすり…と笑う。

「ローフィスも、来てるのに?」



ディングレーが一瞬で歩を止め、キョロ…と人々を見回すので、オーガスタスはその向こうに視線を振った。

ディングレーは気づき…庭の外れで誰かと話し込んでいる、明るい栗毛の爽やかな伊達男の姿をそこに見つける。

「…ここには来ないと、言ってたのに…!」

呻きながら自分に挨拶もせず、そちらへ歩き出す「左の王家」の男に、オーガスタスは肩を竦めた。

やがて明るい栗毛のローフィスの元へ、彼より背の高い、頑健な体格の男らしいディングレーが姿を見せ、二人が話し始める様子を、召使いが手にした盆の、上に乗ったグラスを取り口に運びながら、伺い見る。

暫くしてやっぱり、ローフィスは顔をこちらに向けると自分を睨み付けたので、オーガスタスはくすくす笑う。

ローフィスは手のかかる奴(ディングレー)から解放され、華やかな場で楽しむ為ディングレーに、この園遊会の出席を、伏せていたから。

絶対、文句を言いに来るな…。
そうは思ったが、ローフィスがディングレーを振り切って、こちらに歩き始めた時。

庭園の入り口から金髪で長身の、素晴らしい美貌の男が姿を現す。



彼は邸宅近くに居る赤毛の大男、オーガスタスの、端正な顔を見つけ、嬉しげに歩を進めた。

颯爽と歩くその美男を…来ていた若い女性達が一斉に呆けて見つめ…一人が寄ると、後は次々と寄り集まって、彼のその歩を止める。


「…女がびっしりで、当分こっちには来られそうに無いな」
いつの間にか横にローフィスが来ていて、オーガスタスはつい習慣で、その悪友の言葉に頷く。
「無理だな」

金髪美貌の青年…ギュンターは、困ったようにオーガスタスへと視線をニ度三度と送り、前を塞ぐ女性達を、どうやって退けようか、困惑してる様子だった。

オーガスタスは…その群れる女性達の…その後ろで微笑む、たおやかな淑女に気づく。



柔らかそうな栗毛。
ブラウンの瞳のとても楚々とした…優しくて心の暖かそうな淑女…。

ローフィスがオーガスタスの視線に気づき、告げる。
「美人だな」
オーガスタスが頷く。

ローフィスは彼女を見ながら、言葉で念押しする。
「でも気取っても、冷たい感じでも…気が、強そうでも無い。
家庭的で…優しそうだ」

オーガスタスは頷きかけ…けれどふ、と気づいたように、俯く。
それでオーガスタスの気持ちを良く知るローフィスは、囁く。
「淑女にゃ自分は、縁が無いと?」

オーガスタスは苦笑する。
「多分、俺みたいな無頼は怖がられる」
「試したのか?」

オーガスタスは肩を竦める。
「デカいし力も強いから…乱暴事なら頼られるだろうが」
「恋愛対象には、されないと?」
「まあ…大抵の淑女は、あいつ…(今だ女性に取り囲まれ、こちらに来られない優美な美貌のギュンター)みたいなのを、好むだろう?」

ローフィスにじっ…と見つめられ、オーガスタスは言葉を足す。
「一見…で、あいつ(ギュンター)の本性がバレなければ」

ローフィスはたっぷり、頷き、ローフィスの背後に陣取ってた、ディングレーも頷きながらぼやく。
「あいつの優美なのは顔、だけなのにな」

「お前は…ああいう淑女はタイプか?」
オーガスタスに聞かれ、ディングレーは栗毛の楚々とした美女に視線向ける。

ディングレーの、眉が寄る。
「…俺より、年上なんじゃないか?」
ローフィスも畳みかける。
「ディングレーのタイプは、小さくて可愛らしくて、弱々しい子だ」

オーガスタスはそれを聞いて暫(しば)し沈黙し、後ぼそり。と感想を述べた。
「小さい女は結構、気が強いぞ?」
ディングレーは即座に言った。
「だから、そういうのはパスだ」

女性に取り囲まれ、困り果てたギュンターは呻く。
「頼むから、招待主に挨拶をさせてくれ!」

女性達は彼を見、すっ…と道を開ける。
ギュンターは大事な先輩で親友オーガスタスの、誕生会だった。
と思い返すと、素っ気無く歩き去る歩を止めて振り向き、彼女達に言った。
「後で。また」

彼女達は彼のその言葉に、瞳をハートマークにしてその背を見送った。

ギュンターが、やっとオーガスタスの目前に辿り着く。

「本性が、まだバレてないな」
ローフィスが声かけると、オーガスタスも頷く。
「あんまり手酷く、お前をロマンチックな騎士だと勘違いする女性らの、夢を壊すな」
ディングレーが即座に、却下する。
「無理だろう…」

ギュンターは目前に並ぶ男らを見つめ、ディングレーに視線振る。
「…あんた、なんでそんな地味なんだ…。
「左の王家」の王族だって言ってくれりゃ、俺にあれ程女は集まらない。
第一、ディアヴォロスはどうした?
左将軍が現れりゃ、女達は一斉にそっちに行くのに」

オーガスタス、ローフィス、ディングレーは顔を、見回し合い発言を譲り合う。

結果、オーガスタスとディングレーに見つめられた、ローフィスが言った。

「無器用なディングレーは王族して女に取り囲まれても捌(さば)けないから、王族と名乗りたくないそうだ。
で、ディアヴォロスは用が出来て来られない」

三人はギュンターが、がっくり…。
と首垂れるのを、見た。

ディングレーがその様子を目にし、ローフィスに視線振ると、ローフィスは代わって呟く。
「女に取り囲まれて、その反応か?」

ディングレーもオーガスタスも、自分らの気持ちを代弁してくれる、ローフィスに頷いた。

ギュンターは、俯いたままぼそり…と告げる。
「夢見る少女の憧れの王子様に、俺が成れるか?
寝てくれる女なら、相手するが」

オーガスタスが、ぼそり。と止めを刺す。
「憧れの王子様に一番相応しいのは、今日ここでお前だけだから、諦めて彼女達に嫌われる努力でも、するんだな」

ギュンターは顔、上げる。
「…どんな風に?」

聞かれて、ローフィスは肩竦める。
「みっともなく格好悪い様を見せる」

ギュンターは吐息と共にまた、俯くと、ぼそり。と告げる。
「自分を下げてまで、引かそうとは思わない。
みっとも無い俺だと、俺が落ち込む」

ディングレーがその意見に、思わず尋ねる。
「…お前でも落ち込む事ってあるのか?」

マトモな人間扱いされず、ギュンターがそう言ったディングレーを、上目使いで睨み付けた。

「…王族だ…って、バラすぞ?」
ギュンターの脅しに、ディングレーは一辺で、顔背ける。

ギュンターは誕生会の主賓、オーガスタスに顔向けると囁く。
「お誕生日のおめでとうを言うべきか?」

オーガスタスとローフィスは顔見合わすと、オーガスタスが言った。
「俺の誕生会は名目で、実質はゼッデネスがヴィラヴィクス邸を取り戻したお披露目の園遊会だし、俺の祝いは夕べの酒場の乾杯で終わってる」

ギュンターが見ると、横のローフィスが、うんうん。
と頷いていた。

ギュンターが吐息吐く様を目に、ローフィスはすかさず言う。

「だからと言って、無茶したらオーガスタスの養父の顔に、泥を塗る」

ギュンターは、ぐっ。と詰まると、小声でぼそり。
と言った。
「自重する」

が、オーガスタスは大人しくなる金髪美貌の悪友に、笑顔で語りかける。
「だが楽しんで行ってくれ」

が、それを聞いてローフィスが、途端俯き、大きく溜息吐きだした。

ディングレーが、そんなローフィスを見て、フテたように告げる。
「余計なお荷物(俺)ヌキでここで、美女と楽しい時間を過ごしたかったんだな?」

そして、華やかに集う女性達の向こう、数人の色気有る美女と楽しげに話し込む、彼らの悪友、栗毛の長身、リーラスに顎しゃくる。



ローフィスは項垂れたまま、吐息と共に呟く。
「それはお前の姿を見た途端、諦めた」
ディングレーはその模範解答に、大きく頷く。
「俺を「左の王家」と、知ってる奴に出会ったら、即座にここを抜け出して、下品で楽しい女が居る酒場に、場所変えるぞ?」

ローフィスは諦めと共に、顔下げたままその言葉に頷いた。

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