アグナータの命運

あーす。

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夢の中の逃避行

179 夢の中の冒険 2

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 岩の隙間を、雑兵アルナに見つからないようアリオンが先頭。
シーリーンが最後尾を進む。

けれど背後のシーリーンが囁く。
「…ここ…マズくないか?」

先頭のアリオンが振り向く。
「…ああ。
雑兵アルナを避けるとどうしても…」

ファオンも気づく。
尾根の周りには、雑兵アルナが配置され…もし人目を避けて逃げるのなら…どうしても尾根を下った…《化け物》キーナンらの居住する岩の洞の近くを…通らなくてはならない。

まだ冬にさしかかったばかり…。
冬眠する《化け物》キーナンはウロつく数が激減しているとはいえ…。
全くいない訳じゃない。

が、尾根からかなり下った、《化け物》キーナンらの住処との中間まで来ると、岩の間にアリオンは身を隠し、ファオンに革袋から衣服を差し出す。
「用意しておいた」

ファオンは久々の《皆を繋ぐ者》アグナータの衣服で無く、戦士らが着る薄衣と上掛けの衣服に、嬉々として着替えた。

「…計画してたんだな」
シーリーンが、横で嬉しそうに着替えるファオンを見て呟く。

「…お前は計画、外だが」

シーリーンは余所を向いてとぼける。
「…俺は尾根を少し下ったところに、隠してあった」
アリオンはシーリーンを見る。
「…ファオンの着替えを?」
シーリーンは頷く。

「ここからそこには…?」
「大岩に隔てられて、無理」
シーリーンの返答に、アリオンは俯く。

シーリーンはアリオンに顔を振る。
「こっからだと…北領地の最端に出る。
どっちに逃げる気だったんだ?」

「…アリオネア…」
「…南領地のその向こう?
…すっごく、遠いな。
北領地の最端から東領地を通って南領地まで抜け…その先だ」

「お前の予定は?」
「………カミア」
「…東領地のその向こうか…」
「アリオネアより近い」
「ここからだと、五十歩百歩だ」
ファオンが着替えを終えて、二人を見る。

「修行中、シリルローレルと良くこの辺りを動いたから…道僕、分かるよ。
ここ抜けた先の高台に、山小屋もあるし」

アリオンとシーリーンは顔を見合わせた。

三人は尾根と崖下にある《化け物》キーナンの居住地との中間の、ごつごつとした岩場を上っていく。
間もなく
《皆を繋ぐ者》アグナータの姿が無い!」
「ファオン!」

リチャードの叫ぶ姿が尾根の近くに見え、三人は慌てて、岩の後ろに姿を隠す。
下から見上げられたら、バレてしまう。
こそこそと岩陰に隠れながら…三人は岩のうんと先。
《化け物》キーナンがやって来ない、北尾根のうんと外れにある、凄く険しい岩場を上る。

アリオンとシーリーンは、足場が尖った岩だらけ。
高さもある岩場の上に、冷や汗かきながら上るのに、ファオンはするすると上っていく。

「僕まだ、体力残ってる」
「…あれだけ毎日、抱かれ続けてたから…」

アリオンとシーリーンの声が揃い、二人共が互いを見た。

やがて、誰も上らない西の絶壁に限り無く近い、とても高い崖の上に、山小屋を見つけた。

アリオンとシーリーンは、居住地から離れた、人の滅多に来ないその場所から、下を見る。

《化け物》キーナン住む谷と、谷を囲む迫り出した尾根が全て、見渡せた。

「…ここ…冬凄く寒く無いか?」
シーリーンはこれから迎える冬を思い、囁く。
ファオンが山小屋の扉を開けて、振り向く。
「うん。
食料とかの備蓄が無いと、冬越せない」

シーリーンとアリオンはまた、顔を見合わせた。

けれど中は割と広くて、馬で来た時馬ですら、中へ入れられて休ませられるくらいの土間があり、その向こうに分厚い木の扉。
それを開けると、四方が木で囲まれ、暖炉のある居心地良い部屋。

部屋の隅には毛皮の敷かれたでかい五人くらいは横になれそうな寝台が。

「……………………………」
アリオンとシーリーンが無言で、革袋をその上に下ろす。
ファオンはさっさと、横に積まれた木を暖炉に組んで、火を付け始めた。

「水も出た所に小さな川があるけど…真冬は氷るから、氷を切り出して、暖炉の上で溶かすんだ」
「…だろうな」
シーリーンが言うと、アリオンも俯く。

ファオンが暖炉の前から二人に振り向く。
「でも真冬になったら、《化け物》キーナンの谷も通れるから…。
谷を通って南尾根の端から、アリオネアに抜けられるよ」

「真冬って…まだ二ヶ月あるぞ?」

アリオンの素朴な問いに、シーリーンも顔下げる。
「…どうやって食糧確保する?」

ファオンは俯く。
「…ええと…。
お金があったら、ここをうんと下った先の雑貨屋で瓶詰めをいっぱい買える」
アリオンが呟く。
「…二ヶ月分の瓶詰め…ここ迄運ぶのか?」

ファオンは二人を見る。
「二人共立派な体格だから…五往復くらいしたら…可能かも」

シーリーンは部屋の隅にある、でっかい瓶を見つけ
「瓶詰めの食料。
って…あれ?」
と聞く。
両手で二つ抱えるのが厳しい程、デカい。
「えっとね。背に二つ吊り下げて、一つは手で抱えると、三つ運べる」

アリオンとシーリーンは顔を、下げきった。
「どうしてもやれ。と言われたら…出来なくも無い」
アリオンの言葉に、シーリーンが顔上げる。
「本気か?」

「…二人共背が高いから…縦に三つ背に下げられる」

アリオンとシーリーンは互いを見交わし、溜息を吐く。
シーリーンが呟く。
「無理だろう?
一番下の瓶なんて毎度足に当たって揺れるから、間違いなく一往復で肩がイカれる」
が、アリオンが聞いてないファオンを見て囁く。
「…どうしても俺達に運ばせるつもりみたいだな」
アリオンの言葉に、シーリーンが声も無く頷く。
「…そうみたいだな…。
その上この寝台…」

アリオンも頷く。
「いつも間にファオンを配置しないと…真冬までいたらお前とだって、愛が産まれそうだぜ…」
シーリーンが、言ったアリオンを呆れて見る。
アリオンがぼそり。と付け足す。
「…皮肉だ」
「…そうだろうな」

二人はまた、深い溜息を吐くので、ファオンが二人に振り向く。
「結構楽しいよ?
僕ずっと、《皆を繋ぐ者》アグナータだと好き勝手あちこち行けなかったから、今凄く楽しい!」

アリオンとシーリーンは寝台の上で、頬杖付きながら、頷いた。
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