アグナータの命運

あーす。

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125 瀕死のレグウルナス(勇敢なる者)

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 ファオンは必死に歩いた。
皆がいる場へ。

行きは軽々と岩を蹴った、足場の悪い坂を、手をかけよじ登りながら。

背に受けたかぎ爪の傷から血は滴り続け、最初身を捩る度痛みが走っていたけど、だんだん、ぼーっとなって来る。

「(血がたくさん…出てる…から?)」

けれど手を伸ばし、やっと…岩を掴み、渾身の力で身を岩の上に迫り出した時…脇を掴み、引き上げてくれる力強い腕…。

屈む黒髪の…。
アリオン…!

そして右脇も…青冷めた顔のセルティスが。

二人に抱え上げられるようにして岩の上に足を着いた時…。

二人の体にもたれかかり思った…。

《化け物》キーナンの血の臭いに混じって…二人の血も流れてる。

セルティスの胸にはかぎ爪の傷が幾つもあって…アリオンは腕からまだ…血を流してた。

二人共、こんなに傷だらけなのに…!

ファオンは嬉しくて…でも二人に力を貰ったように、自分で歩こうと力込めた途端、背に受けた傷が熱く…そして激しく痛み、力を抜く。

激痛で一瞬、息が出来ず…必死で息を吸い込む。

でも腕に触れる二人の体の温もりが、ただただ嬉しくて…泣きながらそろり…そろりと歩き出す。

一気に動くと、背の傷が引きつれたように痛み出すから。

右で支えてくれているセルティスから、ずっと血が滴り続けてる。

とても弱ってると感じるから、自分で歩きたかったけど…。

痛み、足が止まり…。
ぼうっとした意識の中、アリオンの男らしく若々しい声が、はっきりと響く。

「無理するな」

…だって…アリオンだって…セルティスだっ…て、無理してる………。

なのに僕には“無理するな”って…言うの?

ファオンは顔を上げる。

岩場はごつごつした坂…。

行きは…あんなに早く飛べたのに。

あの三つの岩を一気に飛び越えて。

なのに今は…一つの岩を乗り越えるだけでも凄く…大変に思えた。

ふら…。と足がもつれる。
意識が繰り返し途切れ…そして今度は横から、力強い腕に抱き止められ、シーリーンの心配げな美麗な顔が見え、抱き上げられて体が宙に浮いた途端…。
世界は真っ暗になった。

「リチャード!
セルティスを支えろ!
…歩けるか…?アリオン」

アリオンはシーリーンに、頷いて見せる。

シーリーンは頷き返し、岩場を歩き出す。

岩と岩の間が飛べれば、また楽だったけど、岩の間は狭かったり尖った石があったりで、歩くには厄介すぎた。

やがて雑兵アルナらが駆けつけて来るのを目に、リチャードはセルティスの足を持て!
と怒鳴り、自分はセルティスの背を抱き、二人で抱えて歩き出す。

アリオンは横から支えて貰い、微かに微笑んで感謝を告げながら…。
歩き出す。

シーリーンは腕に抱く、気絶したファオンを見つめる。
背を自身の血で真っ赤に染めて。
顔色は真っ青だったけど…。

その表情は、微笑んでいた。



キースはアランをテントに運び入れて怒鳴る。
「テス!」

テスが入り口の布を払い、すっ飛んで来る。

ローエングリン面会所で待機してるシュティッセンを呼べ!
桃を食わせてレオとファルコンの止血をさせろ!」

テスは必死で頷く。
ぐったりと横たわるアランを心配そうに見つめるから、キースは怒鳴る。

「行け!」

テスは気づいたように、一気にテントから駆け出す。

「…………」

キースはアランに屈む。
虫の息だ。

必死で望む。

“この尾根に白の魔法使いの“力”が散らばってると言うのなら…!
今、ここに来い!
俺に力を貸してくれ!
頼む…アランを死の淵から引き上げ、生命力を戻してくれ!
傷の治癒を…!
そして、生還を!”

自分に“力”を引き寄せながら、アランの喉の傷に当てる。

“まだだ…まだ…!
“力”が足りない…。
もっと…もっとくれ!
散らばった白の魔法使いの“力”よ!
俺の元に来い!”

滑り落ちて行きそうな…アランの魂が…微弱に輝きだすのを、キースは感じ、叫ぶ。

“もっとだ!”

どくんっ!

アランの力強く脈打つ、その鼓動を感じる。

アランの顔に…死相が消えて生気が戻る…!

キースは手をアランに当てたまま、頭を垂れた。

“…神よ!感謝します………”



シュティッセンがレオを抱きしめ、テスはファルコンを必死で抱いていた。

二人共真っ青な顔で、ぐったりと横たわりテスとシュティッセンに抱かれていた。

レオの顔に生気が戻り始めた頃、テスが叫ぶ。

「シュティッセン!」

泣き出しそうな声。

振り向くと、ファルコンの顔色が真っ青でその顔は死人のよう…。

シュティッセンは腕に抱くレオを見る。
まだ…まだ弱い!
今放り出したら…!

テスが必死に顔を見る。

シュティッセンは迷う。
レオを助けるか…ファルコンを助けるか…?

どちからしか無い…?

“いや…術(すべ)はある”

シュティッセンはゆっくりと…願った。

“私の生命力を…二人に。
命かけて二人を守護すると以前誓った、その誓いを今。
…成就させたまえ…!”


テスは横たわったファルコンに手を向ける、シュティッセンを見た。

その手の先から仄青い光が、ファルコンへと流れ始める様子も。

レオの血は止まった。
けれどそれだけでは…レオは戻って来ない…!

ファルコンの傷口から血が、止まり始める。
それでも…シュティッセンの手から光は迸(ほとばし)り続け、ファルコンに注がれ続けた。



リチャードはセルティスを抱え歩きながら、必死でセルティスを伺う。
血の気が引き、傷ついた体で動き回った為か、深い傷を負った肩からの血が、止まらない…!

“止まれ…!止まれ止まれ!
セルティスの傷から出る血全部、止まってくれ!”

叫びながら必死で、足を持つ雑兵アルナと共に尾根へと、早足で歩き続けた。

シーリーンは腕に抱くファオンの血が止まるよう、心の中で呟き続け、手応えを感じると、今度はアリオンに気持ちを向ける。

斜め背後から来るアリオンを、目では無く心の目を向けた時…愕然とした。

“弱ってる…!
あれ程強い男がこんなに…!”

雑兵アルナらが怒鳴る。

《化け物》キーナンの襲撃が…!」

シーリーンはゆっくり…坂の下。
背後に振り向く。

ばらばらと…駆けて来る黒い塊。

「…!よせアリオン!」

ふらふらになりながら、アリオンは振り向き剣を持ち上げる。

「ファオンを頼む!」
シーリーンは近くを歩く雑兵アルナが駆け寄り、広げる両手の上にファオンを下ろし、振り向くリチャードに怒鳴る。

「いいから行け!
セルティスを頼む!」

リチャードは頷き、後坂の上。
10m程の距離を見つめて、必死でセルティスを、抱え上がり始める。

「アリオン!引け!
俺と雑兵アルナで戦う!」

けれどアリオンは背後に振り向き、血塗れの姿で剣を構え…笑った。
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